25話 執事としての意見と樹海に住む兄
【王宮・エスタの部屋 お茶会♪ べリアス視点】
※王暦1082年4月27日。夜。(誘拐未遂・爆発事件から3日後。)
30分は短い!
誘拐未遂事件に、爆発事件。
幸いルーシーは怪我も無く、あの妖精王の三男の事も全く心にもないようでホッとしている。科学班の奴らは、しばらく投獄して拷問してやろうと考えていたが、3人とも爆発で瀕死の重傷らしい。運のいい奴らめ。
北のノール帝国の大使が持ってきた"コーヒー"という黒い豆で出来た黒い茶を、ルーシーはいたく喜んでくれた。
この黒い茶、はじめて口に含む時は勇気がいるが、流石は私のルーシー、匂いを愉しみ美味しそうに飲み、あのスチュワートを驚かせた。
苦くないですかと問われたルーシーは「この苦みがいいんですよね」と笑い、スチュワートがもう一杯と勧めていた。
日々成長し、美しくなっていくルーシー。
会うたびに思いが増していくのが分かる。自分でも、どうしようもなくもどかしい。
ああっ、あと4日でルーシーは合宿に行ってしまう。
考えただけで胸が一杯になり、言いたい事も半分も言えず、あっという間に30分が過ぎ、ルーシーは部屋に戻って行った。
短い。
短過ぎる!
「……ルーシー」
カップに残ったほろ苦い液体を見つめた。
2ヶ月の新人騎士見習強化合宿。
私はルーシーに会えないこの苦しみに、耐えられるのであろうか?
「無理だ、耐えられない! どうしようスチュワート」
「陛下、ここはエスタ様のお部屋ですよ」
元聖女エスタが怪訝そうな表情で私を睨んでいる。
「……元聖女、見習合宿では、主に魔力の強化を目的としているが、訓練によって魔力は増えるものなのか?」
「まだ若い騎士たちなら可能です。聖なる山から湧き出るエネルギーを取り込み、身体に循環させることで魔力の質を上げ、より強靭な肉体を形成することが出来ます」
「聖なる山のエネルギー……胡散臭い。そもそも、魔力量の多いルーシーに必要なのか?」
「……どういう意味でしょうか?」
「ただの一振りで、この城の部屋を破壊できる魔力を持っているのだ。合宿などしなくても、十分だろう」
「何もお分かりになってらっしゃらないのですね」
「じゃあ理由をはっきり申せ!」
「ノール帝国の大使から伝えられた筈です。南の大陸で動きがあると。近々、魔族の軍団が我が国へ侵攻する気配があると」
情報がそこまで伝わっているとは……さてはスチュワートか? それとも北の神殿の聖女か? 確か予知の能力を持っていると……。
「フン、そんなもの恐れる必要などない。それに、もし戦いが起ったとしても、ルーシーを戦場に行かせるわけがない」
「何を仰っているのですか? あの娘は、勇者として国のために真っ先に先陣をきって飛び出してしまいますよ。そういう娘です。”魔力の強化”と”力の制御”。この二つを身に着けて頂かないと」
そうだ……ルーシーはそういう娘なのだ! 私が止めるのも聞かずに”木刀で元勇者に挑んでしまう”
……そういう娘なのだ!!!
「どのくらいかかるのだ、その……魔力の強化と制御は」
「人によります。理解力も必要です。ですから、合宿中は出来るだけ静かに集中できる環境を勇者に与えてあげたいのです。ルーシーのためです! ……この短期間で身に付けばよいのですが」
「ルーシーのためか?」
「ええ」
”ルーシーのため”
わかっている。
戦場で、若さゆえに突っ走り、命を落とした者たちは数多い。しかも、勇者であればこそ、誰よりも皆を守れねばならない責任感に駆られるのは仕方のないことだ。私のルーシーも例外なく、先陣へ飛び出し、敵に立ち向かうのだろう。
……ネグリジェ姿で、私に剣を構えたように。
”可憐だった(ニヤニヤ)"
「陛下!」
スチュワートの声で我に返った。
元聖女が唖然とした表情で私を見ている。
「フンっ……では、ルーシーを頼んだぞ。元聖女」
だが、これから2カ月。ルーシーに会えない日々を、私は我慢できるだろうか。
【王宮・スチュワート視点・会議の準備中】
※王暦1082年4月28日。午後
(スチュワートの回想からスタート!)
陛下の行動に変化が生じたのは、元勇者による襲撃事件が起こる1週間程前だった。
右手中指の指輪を見つめ、物思いに耽る陛下に、僅かながら胸騒ぎを感じておりました。
以前に比べ、公務に対し前向きに対処して頂く姿勢はありがたく、王としての自覚が増したように思われました。ですが、昨年まで、興味も何も示さなかった、騎士見習試験を観覧するといい、新人騎士見習強化合宿の内容を詳しくお聞きになさるなど、あの指輪に関係したな何かが陛下の中で進行しているかもしれないという漠然とした懸念がありました。
騎士関係でしょうか……前回、陛下が封印された理由が女性絡みという事もあり、女性には二度と近づかないと仰っておりました。ですが、ここにきて気が弛み、陛下の心のタガがはずれ、まさかとは思いますが、男色へ興味を向けられたのかと心底憂慮しておりました。
元勇者に襲撃され、私共々絶体絶命の中、突然、陛下の前に現れたルーシー様。
逃げろ! と叫ぶ陛下を背に、元勇者と戦い陛下を守り、そして"聖なる光"に選ばれた。
陛下のお心を一瞬で取り込んだ、若干15歳の若き女性勇者を、私は危険要因と判断し、暫く陛下から距離を置き、冷静に精査する必要があると考えました。襲撃直後、陛下の独断で王宮に部屋を用意なさった時は、ハラハラいたしましたが、陛下の誘惑を振り切り、ルーシー様とその兄の機転により、無事陛下から引き離し安堵いたました。
私の調べによると……勇者ルーシー様は、4人兄妹の末っ子。孤児で、15年前いまの家族に拾われ、育てられた。育ての父親の名は、テオ。3人の兄はこの城の優秀な騎士。王都より東の川沿いで暮らしていて、騎士見習の試験のため王都へいらっしゃった。
王宮でお会いする以前から、指輪の契約を陛下と結ばれており、それも憂慮すべき重要課題ではありましたが、ルーシー様は1度も、悪戯に契約を行使したりせず、寧ろ、騎士見習として立場をわきまえ、日々の鍛錬に励んでいらっしゃる姿は、私の目から見ましても大変好ましく感じられました。先週の訓練中、我が騎士団の精鋭アーサーとの鬼気迫る手合わせは実に見事で、ルーシー様の剣技の技術の高さは、我が国の勇者として申し分ないと、あくまで主観ですが私は判断致しました。
勇者の剣が暴走し、女子寮を破壊した件についても、いち早く陛下に謝罪し、部屋やお茶会の件などにつきましても私の気持ちまでも汲んでいらっしゃるような言動に、15歳とは思えぬ精神年齢の高さを感じました。陛下の話を興味深く伺い、意見する時も陛下を立て、諭すように仰る姿勢も、ルーシー様の知性の高さを感じたのは私だけではないように思われました。
通常であれば、勇者で、しかも陛下のご寵愛を受けたりなどすれば、それなりに奢り暴虐な振る舞いをなさる方も御座います。
ルーシー様には、それが見られない。
女子寮の騎士見習を傷つけたという理由で、"勇者の剣"にすら毅然と立ち向かう姿に、エスタ様が好意を抱いたのも理解できます。
ときに、手に追えぬ陛下の暴走を諫めるのに、どれだけルーシー様の名を挙げてしてしまった事か……
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バンディ城、キャージュ城、カース城。天使界、サンマリノ、イナリ城、ノール帝国。それぞれに新勇者の誕生を知らせる書簡を送った。
"聖なる光に選ばれし勇者は、アレクサンドライト王国・国王ベリアスの命で王都アンフェール城の騎士として任を務める。"
そもそも聖なる光の勇者は、悪魔を封印するために選ばれし者。その者が悪魔の王城に騎士として務めるという事に反感を抱く輩が現れるのは必至。
とくに天使族。
プライドが高く血統主義。魔力が殆ど無かった前勇者を蔑み、見放した。
その天使界が、ルーシー様をどう扱おうとしているのか……未だ何の兆候も見せない天使界を懸念しているのは私だけであろうか?
立て続けに起こった寮の半壊、誘拐未遂に、爆発事件。
確実に、ルーシー様の周辺で何かが静かに進行しているように私は感じております。
(回想終わり)
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※王暦1082年4月28日。午後。
「おう! スチュワート、元気か」
北の城のアスモデウス殿下が参られた。
普段は、人を寄せ付けない血の染み込んだような色の黒い軍服に、裾がギザギザに切り刻まれた漆黒の外套を靡かせているが。今日は珍しく、黒地に金の刺繍をあしらった豪華なマントを羽織り、騎士の隊服に似た黒のシンプルな衣装をお召しになっている。
この方は、勇者交代の情報を聞きつけ、いち早く勇者ルーシー様を確認しに来られた。
「勇者ちゃんは? どこだ?」
勇者ちゃん
……陛下だけならまだしも、アスモデウス殿下まで。
今日は会議にかこつけ、ルーシー様目当てでいらっしゃったのでしょうか。
「騎士見習の訓練中でございます」
「会議まで暇だ。案内しろ」
会議まで、あと2時間。
………さて、案内してもよろしいのでしょうか。
【上級騎士寮・イム副隊長視点】
※王暦1082年4月28日。午後。
午前中は訓練に後輩の指導。
夜からは女子寮の警備が入っている。
仮眠を取るため、部屋のベッドに横たわった。
オスカーの妹ルーシーが、俺の女性関係を心配し質問してきた。
そして、俺に恋人や婚約者がいないことを聞いたルーシーが言った言葉に衝撃を受けた。
その一言が、あれからずっと俺の頭の中で何度もこだましていた。
"本当に!? 王子で、騎士で、こんなに素敵なのに?"
"本当に!? 王子で、騎士で、こんなに素敵なのに?"
"本当に!? 王子で、騎士で、こんなに素敵なのに?"
嬉しすぎて眠れない。
俺もこの妹の為だったら、もっと偉くなって、憧れて貰えるくらい強くなって、そして……オスカーの顔が浮かんだ。
オスカーは今、妹の好きなタイプが”アーサー騎士団長補佐”と知り、
「じゃあ俺は、騎士団長になってやる!」(オスカー)
と、アーサー騎士団長補佐に嫉妬の炎を燃やしている。
それが本当に実現するまで努力するのがオスカーの凄いところだ。あの妹のためならどんな苦労も厭わず、真っ直ぐにそこへ向かって行く……羨ましい程、ストレートにあの妹を思っている。
可愛いもんな……。
先日、少し話をしただけで楽しくて仕方なかった。
真面目なオスカーを翻弄する妹に、どうしようもなく惹かれている。あの時、ハッキリと言ってしまえばよかったのだろうか?
"婚約してくれ"
うわぁーーダメだ。
今度こそ、殺される。
ああ……あと少しで、ルーシーは騎士見習の合宿へ行ってしまう。
俺は合宿の元聖女警護から外され、代わりにもう一人の神殿騎士副隊長マルクス・キングが指名された。俺より1つ年上の天使族で、同じ神殿騎士ユリウスの兄。二人は、天使族のエリート兄弟として有名だ。元聖女警護にはうってつけだろう。
一つ気がかりなのは、北の神殿がある場所だ。
”北の神殿”
その西には、俺の2歳上の引きこもりの兄が住まう樹海が広がっている。
最後に話をしたのは5年前……。
北の神殿の警備の任務中、肝試しをしに樹海へ入った騎士見習を救助しに行った時だ。
兄は樹海へ入った俺を、何重にも張ったトラップで出迎えてくれた。幸い騎士見習達は全員無事だったが、帰り道もトラップだらけで戻るのに3日もかかった。
樹海の出口で、あいつは楽しそうに笑った。
「また遊びに来てね」
妖精王の第一王子 ” レグルス”
イヤな胸騒ぎしかしない。
長い休暇を取ってでも、行くべきだろうか?
ご覧いただきありがとうございます。
イム副隊長の、2番目のお兄さんは”シリウス”。妖精王の趣味で、子供たちは星にちなんだ名前にしている設定です。
※2021/10/1 誤字脱字気になる箇所訂正しました。
2023/1/18 気になる箇所等訂正しました。日付とか入れてみました。