24話 私、婚約したらしい
【アンフェール城北実験棟・ルーシー視点】
※王暦1082年4月23日。午前中。
北の実験棟は、総二階建てのコンクリート造り。
1階に2部屋。二階に2部屋の計4部屋。
講義を行う1階手前の部屋(102)は、入り口が二つあり、壁は打ちっぱなしのコンクリート。机や椅子、照明など何もなく、床には補強の為か縦1m、横2m、厚さ2cmほどの鉄板が敷き詰められていた。南側に大きな窓が二つ開け放たれ、日の光が射しこんでいる。
いったい何の実験をするのだろうか……不気味な雰囲気が漂っていた。
教室に入ると、ホムラとマリオンが私を見つけ駆け寄ってきた。
(ロナは医療班の実習で別行動だと、置き手紙に書いてあったのを思い出した。)
「ルー! 大丈夫だった?」
ホムラの声に、ざわついていた教室中が静まり、視線が一気に私に向けられた。
え……何……!?
「大変だったな」
マリオンが私の肩を叩いた。
「で……何があったの?」(ルーシー)
二人に問いただそうとしたそのとき、緑と黒の防護服を着たモジャモジャ頭のドルトン隊長が教室へやってきた。その後ろには、大きな袋を担ぎ、同じ防護服姿の助手が二人ついてきている。
「お、勇者も間に合ったか~。俺、陛下に殺されるかもな」
「え?」
「まっ、いいや。じゃあ、はじめるよ~」
皆が教室に入ったのを確認し、出席を取り、入り口の扉を閉めた。
ドルトン隊長が合図すると、後ろの二人が、担いできた袋を床に叩きつけた。
バフン……
袋は簡単に破れ、粉が飛び出した。
粉の粒子が瞬く間に教室中に広がる。
ん、これって……もしかして。
ドルトン隊長を見ると、手に炎の入ったガラスボールが握られていた。
まずい!
「みんな! 逃げてーーー!!!」
「君、気付くの早いよ」
ドルトン隊長がニッ! と笑い、炎のボールを床に叩きつけた。
パリン!
ブワッッ
!!!!!ボン!!!!!
咄嗟にマリオンが私たちを庇い抱き抱えてくれたのまでは良かったけど、そのまま爆風で開いていた窓から教室の外へ飛ばされ、中庭の芝生に転がっていた。
”粉塵爆発”
昔、高校の化学の実験でやった事があった。
百均で売ってるケチャップなんかを入れる容器に小麦粉を入れて、パフッとして、着火。ボワっ!と炎があがる小規模なものだ。
いくらなんでも、こんな大規模な実験をやるなんて信じられない!?
「ルー、ホムラ、無事か?」
イケボのマリオンの声に目を開けると、心配そうな顔で私たちを見つめ、目が合うと「ああ、よかった~」と脱力した。
あの状況で私たちを抱えて飛び出すなんて、マリオンってやっぱり超人なんだろうか?
「マリオンこそ、大丈夫?」
「ああ」
チリチリになった頭を掻いて、ハハッと笑った。
こんなになっても、マリオンって爽やか~。
「あの隊長、イカれてんのか!!!」
ホムラが目を光らせ、煙があがる実験棟を睨んだ。
「っ……ルー!!!!」
突然、実験棟とは別の方向から、血相を変えたオスカー兄さんが私に飛びついてきた!?
グワッシッ!
「兄さん!? なんでいるの?」
「大丈夫か! 怪我は無いか……あっの変態野郎!!! クソあたま!!! 」
私の無事を確認すると、滅茶苦茶悪口(たぶんドルトン隊長の)を口走りながら、実験棟の方へ走り出した。それを追いかけるイム副隊長。
まずい! 怒り狂ってる。兄さんを止めないと……でも、爆発のショックからなのか立ち上がれない、身体が動かない。
ヨロヨロと煤だらけになりながら建物から出てきたドルトン隊長に、兄さんが右ストレートを打ち込もうとした瞬間、ドルトン隊長は、その場に倒れ込んだ。
……ドタッ。
うつ伏せに倒れたドルトン隊長を兄は、仰向けにし跨った。
「てめぇ!」
パシッ……
振り上げた兄さんの拳を、イム副隊長が止めた。
「そこまでだ! 落ち着け! こいつ死にかけてっぞ。救護班を呼べ!!! そこの天使族全員手を貸せ」
イム副隊長が、天使族のアイザック他4名を呼び、あの”癒しの力”で応急処置を始めた。
その横で、地面に拳を叩きつけるオスカー兄さんをイム副隊長が宥める。
「……ぶっ殺す。……隊長ってのは、何やっても許されっと思ってんのか、タダで済むと思うな〜、ルーに傷なんて付けたら肉片ひとつ残らねぇと思え。くたばれ‥…クソバカアフロ……
「オスカー、こいつ気失ってっから言っても無駄だぞ」
+++オスカー兄さんが怒る姿を見たのは、いつ以来だろう。
小さい頃、レイが飛ばした矢を剣で弾き飛ばす訓練をウィルとしていた時。間違って耳に矢が当たって怪我をしたとき以来かな……"ルーはそんな事しなくていい"と、レイとウィリアムを怒鳴りつけた。怒りで金色に輝く瞳に、心底ビビった思い出が蘇る。+++
救護班が到着し、ドルトン隊長とその助手二名は担架で運ばれていった。
騎士見習の半数以上は、髪がチリチリに焼け焦げ煤だらけになっていたが、さすがは選ばれし精鋭達。あの一瞬でドアを蹴破り部屋から脱出した者や、咄嗟に床の鉄板を剥がして爆風を防ぐなど、全員大した怪我もなく無事だった。結局、大怪我をしたのは、第6部隊科学班の3名だけだった。
煤だらけの同期の騎士見習いたちが私の周りに集まってきて言った。
「ルーシーがあの時叫ばなかったら、俺たちも巻き込まれてた、ありがとう」
その中の妖精族の男子が……。
「さすが、イム王子の婚約者っすね」
え!? その一言に、耳を疑った。
「なんで!?」
落ち着いて辺りを見渡すと、みんながなんだかニヤニヤしている。
「っと、ルーシーは、知らないか……」
マリオンが気まずそうな顔をして私に言った。
「今朝、妖精王が来て色々あって、イム副隊長が”君を貰う”って宣言したんだ」
「何それ!?」
いまいち話の辻褄が合わないが、ついさっきイム副隊長が急に謝ってきたのは、この事なのだろうか?
立ち去ろうとしたイム副隊長と兄を引き止めた。
「兄さん、何があったんですか!?」
振り向いた兄さんは、ため息をつき疲れ切った表情で手招きした。
イム副隊長と3人、中庭のベンチに座り今朝の事件の経緯を聞いた。
「じゃあ、イム副隊長が助けてくれなかったら、ユリウスさんやホムラ達が危なかったんですね」
今朝、女子寮の出口で微笑むユリウスさんを思い返した。
私のせいで怪我をしたうえに、その後も心配してくれていたのに……。
ああ、助けた女子が、サンドイッチを咀嚼しながら飛び出してくるって、"ひどく残念な女子"と、思たに違いない。
「ああ、そうだけど。ルー、イムは妖精族の曲がりなりにも王子なんだ」
「なんだその言い方」
イム副隊長が絶妙なツッコミを入れた。
「お前のその軽率な発言で、ルーがお前と婚約したって騎士寮は大騒ぎだぞ!」
「マジで!? あちゃー、……悪かった」
イム副隊長は、頭を抱えうずくまった。
あの皆の好奇の視線はそのせいだったのかと、やっと理解した。
待てよ、そうだったとしてもイム副隊長は兄ぐらいの年齢。
結婚を約束した相手とか、密かに思っている女性がいてもおかしくはない。
もしもその女性がこの事を知ったらどう思うだろうか……王子をめぐる愛憎入り乱れるドロドロしたバトルに発展しかねない。
「まあ、それはそれでルーに他に悪い虫が付かなくていいと思ってる」(オスカー)
オスカー兄さんが笑った。呑気過ぎるよ。
「さっきの怒り狂った兄さんの姿を目撃した時点で、誰も私に近づかないと思うよ」(ルーシー)
「ハハハハハ! そりゃそうだ! 」
ナイス妹! と、イム副隊長が屈託なく笑う。
「イム副隊長。兄を止めてくれてありがとうございます」
「…いいって、気にすんな妹」
イム副隊長が、ドルトン隊長を殴り飛ばそうとしていた兄さんを止めてくれなかったら、今こんな風に笑って話をする事だって出来なかった。オスカー兄さんが隊律違反で処罰され、騎士を解雇されていてもおかしくない。
オスカー兄さんは額を抑え、ため息を吐いた。
「昨日からお前の事で色々あって俺もヘトヘトだ。ルー、もう行っていいぞ」
あと忘れないうちに、これはちゃんと聞いておきたい。
「あの、イム副隊長ひとつだけお聞きしてよろしいでしようか?」
「なんだ?」
「イム副隊長は、王子ですから婚約者や、もしくは、お付き合いなさっている女性など、いらっしゃるんですよね?」
イム副隊長が固まった。 兄も興味ありげにイム副隊長をニヤ〜と見つめた。兄も同期の恋バナには興味がある模様。
「……」
イム副隊長が腕組みをし、糸目をますます細くして悩んでいる。やはり兄の手前、言いづらいのであろうか。
「あの、さっきの成り行き発言を、その女性がお聞きになりましたら、きっと誤解を生むと思いまして……」
新たな火種は早いうちに消し去らねば! 女子力の無い私にとって、特に色恋沙汰は面倒すぎる!
相手は”双剣の王子!”きっと過激なファンがいるに違いない!
「ルー、心配しすぎだ。な、イム」
兄さんがイム副隊長の肩を叩いた。イム副隊長は、ハッとし恥ずかしそうに笑った。
「いないよ、考えた事もなかった。婚約か……」
はぁー……と、ため息をつき空を見上げた。
めっちゃ遠く見てる。
にわかには信じられなかったが、王子にも色々あるのだろう。女性が小蝿のように群がるのを好む王子もいれば、孤高にひとり佇み己を研鑽し続ける王子もいる事を。
まさに、孤高の双剣騎士!
「本当に!? 王子で、騎士で、こんなに素敵なのに?」
思わず本音が出た。
「こいつのどこが!?」
オスカー兄さんが私の頬をぎゅーっと掴んで、真顔を近づけキッと睨んだ。
ん? なんで怒ってるの? 大好きな兄さんの友人だから、ちゃんとした素敵な人だと思うのは当然なのに。
「そ、双剣とか。最強だって言ってたじゃん」
「そうだけどなー、ルーの好きなタイプは俺だろ!」
「それは、小さい時!」
オスカー兄さんも、レイ兄さんと同じで、いつまでたっても私を”赤ちゃんルーシー”と思っている。そりゃ、小さい時は、オスカー兄さん大好きでべったりだったけど。
「今は?」
「今は、アーサー騎士団長補佐かな。渋くてかっこいい」
「なに!? アーサー団長補佐だとぉ」
先週、剣の訓練の指導をして頂いて以来、私の推しメンになっている。
(※アーサー・ロウ騎士団長補佐。
なんとあのハリウッド俳優にそっくり!?
おそらく40代。黒い短髪に青い瞳。年齢を重ね深みを増している彫りの深い整った顔立ち。そして左耳から頬にかけての傷。2mほどある鍛え上げられ引き締まった体格に、騎士団長と騎士団長補佐のみしか身につける事が許されない深紅の隊服を纏った姿は、芸術作品のような印象を受けたのを思い出す。オスカー兄さんも、アーサー騎士団長補佐ぐらいの年齢になったらこんな風な渋い男前になるのかと想像したりもした。)
後ろに倒れそうなほど驚愕した兄さんをイム副隊長が、やれやれと引き起こした。
「でも兄さんの事はずっと好きだから大丈夫、心配しないで」
「!」
悴しきっていた兄さんが一瞬、満面の笑みを見せた。この変わり様、誰かと似てるような気がした。
「アハハハハハハ……妹、それ以上オスカーをからかうんじゃねぇ。あと、オレを褒めてくれてありがとな」
「これからも、兄をよろしくお願いします」
「おう! 妹」
イム副隊長の笑顔に、一抹の不安を残しながらも私は皆の元へ戻った。
+++
ちなみに、爆発に巻き込まれた騎士見習は午後の訓練は中止し、全員医務室で診察を受けた。
+++
それから、王宮の私の部屋に集まり、ホムラとロナから今朝の事件の状況を詳しく聞いた。
そして残念だけど婚約の話は、イム副隊長がその場を治めるためだけに言った”ただの出まかせ”だと説明しておいた。
「ルー的には、イム副隊長の事はどう思うの?」
ロナが興味深々で聞いてきた。
「う~ん。兄さんの友人だし。ちゃんとした人だと思う。……渋くて深みのあるアーサー騎士団長補佐ぐらいの年齢になったイム副隊長ならタイプかも!」
「またそれ!?」
ロナが呆れた。
私は先週から、事あるごとにアーサー団長補佐の素晴らしさを説いていた。
「確かにアーサー団長補佐は強いけど、私は恋愛対象にはならないかな」(by.ロナ)
(現在、私達は15歳。
前世の記憶を持っているせいか、同年代の異性に対して特に狂気するほど恋愛感情を抱いた経験は今までない。むしろ、前世の趣向の傾向が強く、年上の渋いイケメンに心動かされるのである。
そう、アーサー団長補佐は、あのハリウッド俳優○ム・クルーズにそっくりなのである! もうドッキドキ!?
手合わせしてる時だって、あの映画のサントラが頭の中で流れ、もうまさに○ッション・〇ンポッシブル状態。『秘密組織に所属し、エージェントになるための訓練を主人公から手解きされているシチュエーション』と想像するだけで心が昂揚した。
楽し過ぎる!)
「最高だよアーサー団長補佐。強いから思いっきり戦えるし、大人だし、あんな風に歳をとれるって感動もんだよ!」
「ルーは、自分より強い人がタイプなのか」(ホムラ)
「そうかも」(ルーシー)
「だったら少しわかるな」(ホムラ)
リラックスしベッドに寝そべるホムラが賛同してくれた。その横に腰掛けているロナは、複雑な表情をしている。
「好みは人それぞれだから、じゃあ、ホムラやロナどんな人がタイプなの?」
顔を少し赤くしたホムラとロナと、楽しい恋バナは夕食まで続いた。
+++++++
窓辺に佇むロナ。
"勇者ルーシーが好きな異性のタイプは、頬に傷がある強い人"
と、メモした紙に魔力を込めて、開いた窓から空へ放った。
+++++++
ちなみにドルトン隊長の実験計画の表題は「第3回アフロ計画」でした。
第1回は、粉の量が足りず、自分だけアフロ。
第2回は、粉の量を増やしたが、その日は雨で湿度が高く実験棟の床が濡れていたため失敗。
そして、第3回アフロ計画は……。
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並びに、ブックマーク登録ありがとうございます。
これからもお付き合いいただけましたら幸いです。
※2021/10/1 誤字脱字、そのほか気になる箇所訂正しました。
2023/1/18 気になる箇所訂正しました。