2話 騎士見習に試験に向かう途中で、もしかしたら、将来の雇用主になってくれそうな人を見つけた。
【王都カルカソ東・シール川下流域・主人公ルーシー(ルーカス)視点】
※王暦1082年3月23日。
私は、ルーシー。(男の子の時は、ルーカス)
この物語の実質主人公。
四人兄弟の末っ子で、女の子は私一人。
今年で15歳になった私は、人里離れた山奥から、アンフェール城の騎士見習の試験を受けに王都カルカソへ向かっていた。
王都カルカソは、王国中央部に位置し、南東には川。南は平野。北と西には森が広がっている。
王都近くを流れるシール川沿いは、自然豊かで風光明媚。ずっと山奥で隠れるように暮らしていた私は、(この世界で)はじめて見る美しい森と水辺の景色に心躍らせていた。
(妄想中)あの辺の開けた平らな場所に、大きなお城を建てたら眺めは最高だろうな。あっちの崖には、レインシュタイン城みたいな感じのを建てて、木立のある中州なんて、小さなお城を建てたら素敵!
なーんて考えていたら、中洲から突き出た流木に、黒い服を身につけた男の人が引っかかっていた。顔色は青白く水死体のようだ。
マジで!?
さっきまでの幸せな妄想タイムは終了である。
うわぁ、嫌なもん見ちゃったな。
どうしよう……通報しようにも、この辺誰も見かけないんだけど。
ん?
するとさっきの水死体が腕をあげ、急にもがき始めた。
生きてる!?
声をかけると、顔を動かし瞳をこちらに向けた。見間違いじゃない、良かった生きてる!
すぐさま中洲へ飛び移り、その”おっさん”を助けた。
水にしばらく浸かっていたせいか肌は青白いが、怪我は無いようでホッとしていると、……なんと魔法で服を乾かしてくれた。以前から“魔力“の存在は知っていたが、”魔法”のようなものを見るのは、この世界に来て初めてだった。
助けた“おっさん”は、べリアスさんという方で、王都の川の治水工事の担当者らしい。
よくよく見ると、小ぎれいな身なりに髭を蓄え、黒いロングヘアに赤い瞳。終始、笑顔だが滲み出る威圧感が半端なかった。
どうやら王都でも有力な建設会社か何かの重要なポストに就いている人物なのだろう。
ここで偉い人とお知り合いになっておけば、万が一、騎士見習い試験に落ちた場合、王都で仕事を探すとき相談に乗ってくれるのかもしれない。
偉い人なのに“川に落ちた”とか、なんだか鈍くさそうだし、必死に頼んだら承諾してくれるかも。
あ、でもさっき、おっさんとか、鈍くさいとか、いろいと失礼な事言っちゃったけど、大丈夫かな。私の身なりも小汚いし……でも、やってみないと分からない!
まずは、連絡先ゲットよ!
意を決して提案すると……
「ほう、お前から言ってくれるとは……
いとも簡単に承諾してくれて、しかも、魔法で指輪まで作ってくれた!
この世界に来て指輪なんて見たことも身に着けたことも無かった私にとって、忘れかけていた乙女心を大いに揺さぶられたのであった。
まあでもこれはべリアスさんとのただの連絡手段のようなものらしいので、変な期待はやめておこう。
それに、私からべリアスさんを呼び出すなんてもってのほか。
常識外れの人間と思われてしまう。
もし間違ってパジャマ姿とか、お風呂の最中のべリアスさんを呼び出してしまったら……考えただけでも恐ろしい。
王都にいられなくなるかも……
とにかく、私はこの先兄たちと同じ立派な騎士になり、王城に住む悪い悪魔の王を倒し、理想の家を建てるんだ!
そのために今まで……
べリアスさんが王都へ戻ったあと、私はひたすら川沿いを歩き続けた。
前の世界で好きだったアニソンは、この世界でも私の心の拠りどころとなっている。
宿場町のような場所で歌うと意外に好評で、小金を稼ぎながら王都へたどり着いた。
【ここで主人公ルーシー(ルーカス)の回想】
実は、私には前世の記憶が残っていた。
ついでに、転生した瞬間の、生まれたての記憶も若干ある。半端ない記憶力である。
前世の私の人生から、転生後の私「ルーシー」の経緯をざっくりと解説すると……
転生前、東京某所で生まれ育った私は、大学卒業間近。バイトで溜めたお金をはたいて“ドイツロマンティック街道と華の都パリ“というツアーに、お一人様参加した。ドイツ各地を巡り、最終地のパリで事故に遭い、22年という短い生涯を終えた。
(ここで転生!)
真っ暗な世界で目を覚まし、暗いトンネルを抜け気が付くと、あたたかく優しい光に包まれていた。
視界はまだ、白い膜が掛ったようにぼんやりしていてよく見えなかった。
♪んんん~ んんん~ んんん~ん~ んん~ん……
子守歌? ブラームスだ!
女の人? 男の人の声も聞こえる……
柔らかで温かいそこはかとない安心感のなか、誰かがハミングするブラームスの子守歌を聞きながら、今さらながら事故で死んでしまったことや転生前の両親や妹を思い出し泣いてしまった。
もしかしたら、夜泣きとか、赤ちゃんが理由もなく泣くのは、前世の記憶を思い出し悲しんでいるのかもしれないと……俯瞰している自分もいて、このまま前世の記憶を持ったまま、生きていくのもありかな……なんて楽観視していた。
ある日、それが一変した。
「ハァ……ハァ…… 」
暗闇の中、私を抱えた女の人が走っていた。おそらく母親だろうか?
そして、暗闇から聞こえる獰猛そうな息遣いをした“イキモノ”が襲いかかった。
グルルルルルルル!
「きゃあああああ!……」(女の人の声)
温かい腕の中から、私は投げ出された。
暗闇に必死に目を凝らすも、包まれている布の縁しか見えない。怖い。
辺りは静まり返った。
しばらくすると、動物のような生き物が歩く音がそこかしこで聞こえ、さっきの“イキモノ”に殺されるかもしれないという恐怖に身を強張らせた。
不意に、黒い影が目の前に現れ、キラリと光る赤い目で私を覗きこんだ。
もうダメだ……と、思ったその時。
赤目の影は、私をそっと胸に抱き、すごい速さで駆けだした。
さっき、私を抱いてくれた女の人の比にならないほど、風のように影は速かった。
ああ、巣に持ち帰って食べるタイプの種族かな………この人生も短かったな……ああ、殺されるときはひと思いにサクッとお願いします。
なんて考えている間に、影がぴたりと止まりそっと地面に降ろされた。
遠くから、誰かの声が聞こえる。
すると影は私の顔を覗きこみ、頬をギュッと摘まんだ。
イタっ!!! なにするの!!!
「ふぎゃ~~~」
思わず泣き声が出てしまった。
「あれ~~~」(オスカー兄さん)
子どもの声。男の子かな? その声を発したと思われるその子どもは、しゃがみ込み私に顔を近づけた。優しいグレーの瞳に、声が止まった。
「おっ、泣き止んだ。かわいいな~」(オスカー兄さん)
その少年は瞳を見開き、私をそっと抱き上げた。
「兄ちゃん、この子だれ?」(レイ兄さん)
もう一人。男の子? の声がした。
「わからない……でも、かわいいから、うちの子にするぞ!」(オスカー兄さん)
私を見つめ、その少年がまた微笑んだ。そんな、”かわいいから”って……
「ぼく、とうさんよんでくる」(ウィリアム兄さん)
もっと小さい子どもの声! 3兄弟!?
でも“かわいいから、うちの子にするぞ!”って、うれし~~~い!
こうして、私はあっさりこの家の子になった。
拾われた私は、3兄弟の父テオ(テオドール)、母リラのもとすくすくと成長した。
養父母は”お尋ね者”だった。
貴族の子息だったらしい父は、女性騎士だった母と出会い恋に落ち、身分の違いから自ら身を引こうとする母を父が説得し、王都から愛の逃避行をしたらしい。
本人たちから直接話をしてもらったことは一度もないが、私が小さい頃(2歳ぐらい)油断していたのか、そんな内容の会話を何度か耳にし”貴族と女性騎士の恋バナ”と、ワクワクしたのを覚えている。それと同時に、駆け落ちしただけで”お尋ね者”になる社会ってマジで怖いと思った。絶対、関わらないようにしよう。
とはいえ、父が元貴族だったとはいえ、現実の生活は厳しかった。
”家”は手作り。料理は外。トイレは川。部屋は、2部屋。
つまり、2D(?っていうの)の、毎日キャンプしているような山小屋暮らし。
山小屋と聞くと、大きな木の丸太で作られるイメージだろうが、腕くらいの太さの木を骨組みにして、藁と土で壁を作った簡素極まりない家である。時々、荒廃した村から木の板、レンガなど建材を調達しながら修繕し、なんとか住めるよう父がDIYに励んでいる。
この世界の両親も、あまり身の回りの事には無頓着なのか、散らかっていようが汚れていようが一切気にも留めない。
そう前世でも……(これは余談です。)
共働きの両親は二人とも大学の教授で、学者肌のせいか家事は一切やらなかった。
祖母が生きていた頃は、そこそこ狭いながらも清潔な暮らしが出来ていた。だが、高校生の時、祖母が亡くなってからは、怒涛のごとく家事が私たち姉妹に降りかかり、慣れない家事にボヤ騒ぎまで起こす羽目に!
それでも、一切何もしない両親に、反抗的だった妹は、高校卒業と同時にミュージシャンを目指しアメリカへ。残された私は家事をこなし、バイトもし、大学に通いなんとか卒業単位を取得し、就職先も決まり、順風満帆とばかりに綺麗な賃貸を契約した。そして、志半ばで、事故に遭いあっけなくこの世を去った。
とにかく、綺麗な家に住みたい。
“城“までとは言わない、小さくても綺麗な、そして“清潔”な、家に住みたい。
この世界でも私の望みは、さほど変わらなかった。
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