16話 美しいってそれだけで武器になる! 欲しい!
【アンフェール城訓練棟・ルーシー視点】
※王暦1082年4月8日。
アンフェール城内北に位置する訓練棟は、長方形の箱に三角形の切妻屋根を乗せた巨大な建物。外観はクリーム色のレンガ造り。建物内部は木造で、高い天井に板張りの空間が広がっている。天井の造りがむき出しになっており、柱に渡した木製の弦材と束材、斜材などが見えた。ここから山形トラス構造ということが分かる。
訓練棟では、曜日毎に各隊の担当者が体術、弓、剣、乗馬、基礎戦闘の指導を行う。
訓練の他にも礼儀作法や身だしなみチェック、組織的な活動を可能にするためのコミュニケーション能力を磨くらしい。
今日は体術訓練の初日という事もあって、1年先輩の騎士見習の訓練を見学した。
目が合うなりレジーナ先輩が「ルーシー、あなた勇者だったのね! 式典は、寝坊しちゃって行けなかったの」と、恥ずかしそうに話してくれた。
そしてあのスカーレット先輩は、壁の方を向き黙々と基礎訓練をしていて、私たちとは目も合わせてくれなかった。
体術は女子と男子に分かれて行われるため、私たちは先輩騎士ダリアさんと、レジーナ先輩と軽く手合わせをした。
ダリアさんは、第4部隊の、美しき”雌豹”と呼ばれていると、レジーナ先輩から聞いていた。
近くで見ると、確かに美しい。凄い美女。金色の目に、長い栗色の髪を一つにまとめ、上着を脱ぐまで判らなかったが、筋肉が凄い。
第5部隊医療班志望のロナは、見かけによらず体術が得意で、関節技をかけダリアさんを驚かせていた。私も、ダリアさんと手合わせしたところ、“捕まえられてもすり抜けるのが上手いな”と褒められた。お世辞かもしれないけど嬉しかった。ホムラは、緊張して逃げてばかりでダリアさんが面白がって暫く追いかけっこしていたが、力尽き、捕まり、無抵抗。逆にそれを褒められていた。
ホムラは
「無抵抗を褒めるなんて、謎すぎる」
と不思議がっていた。
ダリアさんは、“褒めて伸ばす“をモットーとした人なのかもしれない。
優しい先輩で良かった。
+++
休憩時間、男子の方を見てみると、なんと3番目の兄ウィリアムが体術担当騎士として指導をしていた。
後輩を指導する兄ウィリアムの姿を見るのは初々しくて私の方がむず痒いような、なんだか照れくさい感じがした。
私と目が合うと、ウィリアムはニヤリと笑いこっちに向って走ってきたと思ったら、いきなり回し蹴り!? をしてきた。
それをよけながら壁を足場に飛び上がり、顔面めがけて膝蹴りした。それをよけられ着地すると、ウィリアムはまた回し蹴りの素振りをしたので、振り向きざまに低めの蹴りを入れようと……
「ルーシーファイト!」
ロナの澄んだ声に、ウィリアムの動きが一瞬遅くなり、私の蹴りが掠りバランスを崩した。そこにすかさず、もう片方の足で弾くと、ウィリアムはステーンと横に転んだような状態で倒れた。
「あれっ!?」(ウィリアム)
「ロナに見とれてたでしょ」
手を差し出しながら言うと。
「ルーあれは、反則だぞ」
起き上がり、ロナを見つめ頭を掻き、頬を赤くして笑った。
ふと、視線を感じ見ると、ほぼすべての男子がロナを見つめていた!
恐るべし、ロナの破壊力。
「ルーシー、すごいわ」(ロナ)
「ロナのお陰、ウィルは、本当はもっとすごいよ」
「そうなの!?」
ロナに見つめられたウィリアムは、耳まで真っ赤になり、無言でくるりと背を向け戻って行った。
「ルーシーたち兄妹は、いつもああなの?」
ロナが心配そうに聞いてきた。目が合った途端、いきなり蹴りかかる兄ってやっぱり普通じゃないよね。DVと間違われてもおかしくない。
「ウィルとはね。あ、でも、体調悪いときとかは、初動で“ムリ”って言うから大丈夫」
「……そう」(ロナ)
「フ、あいつ明らかに手ぇ抜いてたぞ」(ホムラ)
ホムラが笑いながら言った。
「わかるの!」
ロナがホムラに詰め寄った。
「だって笑ってた。殺気なんて全然感じなかった」
「兄さんだもん殺気とか出さないよ、ホムラ目がいいんだね」
「あ、マリオン」(ロナ)
ロナの視線の先に、ウィリアムと対峙しているマリオンの姿があった。
「ウガッ……ま、参った」(マリオン)
なにがどうなったのか、あっという間に小柄なウィリアムがマリオンに肩車するような形になり、マリオンの両腕を足で固め、首をウィリアムの両腕で締めていた。
そう、ウィリアムは騎士見習期間中、近接格闘術を叩き込まれ、所属する第4部隊で絶賛活躍中だったのである。(ウソだと思ってた)
こうして、ガチで戦っている兄ウィリアムに少し恐怖を感じた。
マリオンの声に、技を解いたウィリアムは、先ほどの汚名返上とばかりに満面の笑みでこっちを見た。というよりロナを見た。
「…………」
ロナは若干引き気味で、無言でその場を去って行った。
私はマリオンに「ドンマイ」と手を振り、訓練に戻った。
体術を得意とするマリオンが、兄ウィリアムにあっさり抑え込まれ、落ち込んでなければいいんだけど。
【アンフェール城・-----視点】
その日の夕刻。
女子寮の窓辺に佇む影。
"勇者ルーシーの3番目の兄は、体術が得意"
紙に書き魔力を込めると、小さな白い小鳥になって飛び立っていった。
【アンフェール城、南塔・べリアス視点】
※ ※王暦1082年4月9日。
早朝。
♪~~~(魔王の鼻歌)
いい場所を見つけてしまった。
朝、早めに目が覚めたので散歩がてら南塔に登ってみると。
※南塔とは、王宮南棟にある見張り用の丸い塔。クリーム色の石造りで高さは約20m。
なんとここから、女子寮のルーシーの部屋が見えるのだ!!!
バー――ン!!!(効果音)
塔からルーシーの部屋まで南に約?0m。樹々に囲まれていて見えぬと考えていたが……。
きっ、奇跡か!
窓を開け深呼吸するルーシーの姿がそこにあった!!!
赤い髪が乱れているが、そこもなんとも可愛らしい! 愛らしい! 愛おしい!
心臓が止まるかと思うほど胸が高鳴り、呼吸が苦しくなった。
「落ち着け、落ち着け……」
“過剰な接触は控える“とスチュワートに言われていたが、これはいいだろう。
遠くから眺めるだけだ、何が悪い。
「ん!?」
ルーシーが服を脱ぎだした!!!
待て待て待て!
何をしているルーシー! お前は女の子なんだぞ、窓を閉めて着替えるんだ!
誰が覗いているか分からぬぞ!!!
ルーシーーーーーー!!!!!
と……窓に黒い影が飛び込んでいった。
黒い影の背中に隠れ、ルーシーが見えぬ。
ふと、その影が振り向き俺に向って矢を放った!?
シュッ……
カキン!
あ、危ない!?
幸い矢は、石で出来た窓の縁に当たり下に落ちて行った。
事無きを得たが……ルーシーの傍にいる、あの者は一体……。
王である私に矢を向けるとは無礼な!
ギリギリ……と歯ぎしりをし、魔力を指に溜め、矢を放った者に仕返しをしようとした時だった。
「陛下、これぐらいにして頂きたいのですが」
スチュワートが低い声で私の指を掴んだ。
なぜ、ここに!?
「王であるもの、覗きはいけません。ルーシー様にも着替える際は窓をお閉めくださるように申してまいります」
「な、うっ、覗きなど……しておらん」
「いえ、陛下のなさっている事は“覗き”です」
「…………」
俺は愕然とした。
せっかく、やっと、心置きなくルーシーを見ていられるサンクチュアリを、覗きとは……
「ルーシー様が、陛下がそのような事をなさっていると存じあげましたら、さぞ心中穏やかでは済まされないと思われます。ですか「わかった! もうしない! でも、ルーシーに会いたいのだ。いっ、1週間に一度でもいい、会って話したいのだ!」
スチュワートはため息をつき頷いた。
「畏まりました。では、1週間後、ルーシー様とのお茶会を検討いたします。さ、陛下お戻りを」
お茶会!?
ルーシーとお茶会!!!
「うむ……」
後ろ髪引かれながら南塔を後にした。
1週間後、ルーシーとのお茶会。
この言葉の響きに、俺は感銘を受けていた。
なんだ初めからスチュワートに頼んでおれば良かったのか、私としたことが……。
【女子寮・ルーシーの部屋】
窓を開け、深呼吸し、パジャマ代わりの長そでのTシャツを脱ぎ、練習着の半袖を探して、タンクトップでうろうろしていると、ホムラが来て窓の外めがけて矢を放った。
「チッ……距離を見誤ったか」
「ホムラどうしたの?」
急に矢を放ったホムラに驚いて聞くと。
「ルー、着替えるときは窓を閉めたほうがいいよ」
「え?」
「あそこ、ほら、あの塔の窓からさっき誰かが覗いてたよ」
木立の隙間から塔の窓が見え、人影のようなものが動いたように見えた。
「えーーーーっ、やだ! 気持ち悪い。ホムラありがとう!」
「無防備なんだよルーは」
「フフフっ、なんかその呼び方、兄さんみたい」
ホムラは、私と兄ウィリアムの手合わせを目撃して以来、私の事を”ルー“と呼ぶようになった。同じくマリオンもジュリアンもロナも、”ルー”と呼んでくれる。
私も、皆の呼び方を考えてみようかと思った。
ホムラ……ホム。なんか変、ボムみたい。
ロナ……ローとか、他にローって人いるから無理か。
ジュリアン……ジュリー。後ろだけにして、リアンとか。なんかかっこいいからダメだな。
マリオン……マリオ。う~~ん……
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
※2021/9/29 気になる箇所訂正しました。