122話 クレイジーモーニング・ジェラシーシャボン
【ホテルホーリーウッド・ルーシー視点】
※合宿終了まであと14日。
心地良い香りに薄目を開けると、ぼんやりとした白い世界に散らばった色とりどりの花が目に飛び込んだ。
「レグルス!?」
起き上がり書き物机の上を見ると、手紙とヘアピンが無くなっており、そこかしこに甘い香りのピンクの花が散らばっていた。
喜んでくれたみたい!
素直な感情で花を咲かせるレグルスちゃんの置き土産に、私はホッと一息ついた。
時計を見るとまだ5時半。
昨日は訓練で疲れて帰り、夕食を済ませ辛うじてシャワーを浴びた後すぐに眠ってしまった。
手紙は5日前に書き、レグルスちゃんがいつ来てもいいように毎晩夜眠る前、机の上に出して置いたものだった。
「やっと、来てくれたんだ」
それにしても、レイ兄さんやイム副隊長の目を盗んで、この部屋まで来るなんて妖精族の女の子って凄いなと感心してしまう。育ての母 (リラ)も、レグルスちゃんと同じ髪色の妖精族で、気配を消すのがめっぽう上手い。それに二人とも、もれなく絶世の”美女”である。レグルスちゃんの将来が楽しみで仕方ない。もしかして5年後ぐらいに”ボク、ルーシーみたいな騎士になる”ってアンフェール城に来てくれたらどうしよう! もうみんなレグルスちゃんの可愛さに、メロメロになるだろうな~。
『あの子、おへそ出して寝てるルーシー見て驚いてたぞ』
「え!?」
シャルルの突然の突っ込みに幸せな妄想が吹っ飛んだ。
レグルスちゃんが憧れてくれるような”ステキなお姉さん”を目指している私にとって、これはかなりの痛手だった。
「見てたなら起こしてよ、シャルル……」
ベッドにうつぶせに寝転がり枕に顔をうずめて喚くとシャルルは『無理だよ』と呆れた声で言いため息を吐いた。
『はぁーっ(ため息)……それより、あの子。手紙読んで泣き出しちゃって』
「え、レグルスちゃんが!? なんで!?」
枕から顔を上げ、書き物机の横に立てかけたシャルルを見つめた。
『……わからない。で、』
「で?」
『”ボクだって、このままずっとルーシーの傍にいたい”って言ってた』
「何かあったのかな……」
『はぁ!? 絶対なにかあると思うよ普通。あんなかわいい妖精族の女の子が、夜中に一人で出歩いてるんだよ。何か深刻な事情があるのかもしれないよ』
「…両親がいないとか?」
『もしくは……家に居場所がなかったり、あと逆に厳しすぎるとか……あ、気を付けて。あいつが来た』
「あいつ?」
コンコン……
突然のノック。
こんな朝っぱらから、誰だろう。シャルルとの会話を中断しドアへ向かった。
「はい? どちら様ですか?」
「!!!ルーーーーシーーーーー!!!!」
「べリアス!?」
ドア越しだが、異常なまでに高いテンションのべリアス(陛下)のホテル中に響くほどの叫び声に唖然とした。
「お待ちください! 陛下! 女性の部屋を勝手に「うるさい! ルーシー! 早く、ドアを開けてくれ!!!」
廊下の向こう側からこちらに駆けてくるスチュワート様の声が聞こえた。
「どっ、どうしたんですか!?」
「休暇だ。一緒に朝食を食べながら、愛を確かめにきた!」
「あ、あい?」 あまりのことに思考が追い付かない。
「(小声)申し訳ありません、ルーシー様。あらかじめ連絡するつもりでしたが、少々立て込んでしまい連絡を差し上げることが出来ず「うるさい、スチュワート! 我慢の限界だ…」「(小声)ですから陛下!」「ルーシー!開けて」「(小声)陛下!」「お前は下がれ!」「(小声)ですが…
いつになく興奮気味の陛下の声に、狼狽するスチュワート様の声。
どうやら、この状況は……
”この忙しいさなか、べリアス(陛下)が勝手に単独でアクアラグーンまで来てしまった”ようだ。
「(小声)陛下。まずはルーシー様のご都合の確認をなさってからです」
ドアの向こう側で陛下をなだめているスチュワート様の姿が目に浮かぶ。
「そーんなのいまここで確認する。(いい声で)ルーシー今日の予定は空いているか?」
「は、はい」(ルーシー)
「やった! じゃ、ここ開けてルーシー♪」
ウキウキした声。
起きたばかりで顔も洗ってないのに。
「……あの、まだ着替えておりませんので、お待ちいただいてもよろしいですか?」
「ええっ!?」
ショックを受けたような声。ちょっとわざとらしいんじゃない? と思うくらいの、べリアスの悲し気な表情が想像できる。
「(小声)では、ルーシー様階下のカフェを貸し切っておりますので、そこでお待ちしております。陛下、参りますよ」(スチュワート)
「ええーーーっ! ヤダ、ここで待つ!」
ドアの向こうからドタバタドタバタと音が聞こえる。
一国の王がこれでいいのだろうか?
「(小声)他のお客様の迷惑にもなります。さ、」
「ヤダ!」
「(小声)陛下!」
「せっかく、ここまで来たのに。顔ぐらい見たい!」
「(小声)陛下!」
いつになく駄々をこねる陛下の振る舞いに……もしかして、陛下も公務が激務すぎてストレスでおかしくなったのだろうか? もしくは、イフリート殿下に、また私のことについてなにか言われたのかもしれない……と、少し不安になった。
鏡で髪を整えドアを少しだけ開けた。
ガチャ
「べリアス、おはよう」
「はぅっ!」
目があった途端べリアスは嬉しそうに赤い瞳を輝かせ、黒い魔力とともに翼まで飛び出した。
「スハー……んん……スーハー……いい匂いだ~~~。ルーシー」
息を荒げ目を爛々とさせ、じりじりと美しい顔を近づけてきたので「あ、それじゃあ。また」ドアを閉めようとしたそのときだった。
「ルーシー!!!」
「陛下!」
スチュワート様の制止を振り切り、べリアスが扉を押し開け部屋へ飛び込んできた。
パァン!
ベシッツ!
黒いマントを羽織ったべリアスは、顔面を弾かれ後ろの壁にゴキブリのように叩きつけられた。
「べリアス!」(ルーシー)
「陛下!」(スチュワート)
ガチャ
「どうしたんですか!?」(レイ)
「なに!?」(スカーレット)
「え!?」(マルクス)
「うるせーな!」(ホムラ)
「なに……ひっ!」(ロナ)
2階西のフロアに滞在している騎士団所属の女の子たちとその引率のマルクス副隊長とレイ兄さんが、この騒ぎにほぼ一斉に廊下へ出てきた。
叩きつけられた陛下は気を失い顔には、蛍光のインクがベッタリと付着し、”エロ”という文字がまだ薄暗い廊下に浮かび上がった。
「レイ様、急ではございますがお部屋をお貸しください。マルクス様は、急ぎ北の神殿のローラ様とエスタ様をこちらにお連れするように」
「は、はっ!」
白いシャツに黒のガーゴパンツという休日の普段着姿のマルクス副隊長が、足早に階下に降りて行った。
「陛下をベッドへ。私はターナーへサミュエル様を呼ぶように連絡してきます」
レイ兄さんは陛下のわきの下、私とホムラは左右の足をそれぞれ持ちベッドへ運んだ。
よいしょ……と前屈みになりながら足を降ろし、視線を感じふと見上げると、大きく見開いた赤い瞳と目が合った。
「……べリアス大丈夫「ノーブラ!?」
「は?」
「いま、胸が……」
ふと自分の胸元に視線を移すと、Tシャツの首周りからチラリと谷間が覗いていた。
「ーーーーっ!!! もう、心配して損した!」
脚をべシッと叩き、部屋へ戻った。
べリアスがああなのは、今に始まったことではないが、久しぶりに早朝から繰り出されるド直球セクハラ攻撃を、優しい気持ちで受け流したり打ち返す気力は全く湧かなかった。
+++
「はぁーーーーっ」
ため息をつきながら着替えているとホムラとロナとスカーレット先輩がやってきた。
「窓の外見た? 赤い花が一面に咲いていてビックリ! すごく綺麗よ!」
ロナが瞳を輝かせて教えてくれた。
「えっ!? 本当、着替えたら見るね」ロナに手伝ってもらい、さらしを巻いた。
「それよりも、キャーッ! ディアンサス(ナデシコ)にスイトピー。しかも花びらだけって贅沢! あれ、一本だけカンパニュラ?」
外の花畑のことには全く興味がないのか、スカーレット先輩が床やベッドに落ちた花をかき集め、机の上にまとめ花言葉を調べ始めた。
ホムラはベッドに寝転がり「昼まで寝ようと思ってたのに……」とあくびをした。
「なんかお腹空いちゃったね。朝食は7時からか~」
ロナに言われ、自分のお腹も減っていたことに気が付いた。
時刻はまだ6時を過ぎたばかり。
上下長袖のジャージに着替え顔を洗っていると、廊下のほうでパタパタ……とスリッパのような足音が聞こえた。
ここから一番近いのは北の神殿だから、ローラかな?エスタ様?と考えを巡らせた。
窓の外も気になったが、後頭部を強打したべリアス(陛下)の容態も気になる。
「ちょっと隣の様子見てくるね」
レイ兄さんの部屋のドアは半分開いたままで、そこから中を覗くと……ベッドとは反対の壁側手前にマルクス副隊長とレイ兄さんが並んで立ち。ベッド脇の椅子に腰かけべリアス陛下の後頭部に”癒しの光”を当てる、サミュエル副隊長の姿が見えた。白いTシャツにベージュのハーフパンツ、急だったのかサンダル履きで、ロングの金髪をいつもとは違う頭の後ろの低い位置で無造作にまとめていた。あの”パタパタ”はサンダルの音だったのかと納得した。
ベッドに一人、椅子に一人、そのほか二人の男性が立つ縦長のホテルのシングルルームは狭く暑苦しそうで、私は中に入るのを躊躇った。そんな私の気配やら気持ちを察したマルクス副隊長は、目が合うと微笑みレイ兄さんの肩を叩き、私が来たことを知らせてくれた。
「(小声)ルー、陛下は無事だ。エスタ様たちは、1時間ほどでこちらに来られるらしい」
部屋の入り口までやってきたレイ兄さんに言われ、安堵したのもつかの間。
「ルーシー、こっちにきてくれ」
うつ伏せ状態で治癒を受けていた陛下が弱々しい声で仰った。
部屋の中へ入ると、治療を終えたサミュエル副隊長が立ち上がり、ベッドから離れ私に椅子を差し出しニッと笑った。
「ありがとうございます」
ん? キラキラと顔のあちこちが光ったのでよく見るとそれは、無精ひげ。金髪の人って髭も金髪なんだ……と、至極当たり前のことに改めて納得し、朝っぱらから叩き起こされ慌ただしく飛出してきたであろうサミュエル副隊長に同情した。
椅子に腰かけると、べリアス(陛下)が仰向けに寝返り満面の笑みを私に向けた。
その笑顔に光る”エロ”という文字に、思わず噴き出してしまった。
「フッ、あ、失礼しました」
「もーーーっと笑っていいぞ」
べリアス(陛下)は、その美しい顔面を台無しにしたまま嬉しそうに瞳を輝かせた。
「え、でも」
笑顔のたびに変態感が増し、とても笑う気にはなれない。
「ルーシー、手を……」
右手を差し出され、その上に自分の右手を重ねた。陛下の手はヒンヤリとしていた。
「はぁーーーっ! 生き返る。野郎の手より、やはりルーシーの手が一番だ!」
そのまま手をグイと引き寄せ、チュッと指輪に口づけをし”エロ”と書かれた顔で満足げに目を細めた。この状況を平然と受け入れている私も”変態”なのかもしれないと思えてくる。
いつも通りの”手にキス”というルーティンを終え一息ついた陛下は手を握ったまま、
「……今日の午後、イフリートが来る」
と、急激に落胆し何段階も落とした声のトーンで仰った。
「殿下が……」
べリアス(陛下)は”エロ”と書かれた表情を更にどんよりと曇らせた。
「式典の話し合いと……」
「……と?」
「はぁーーっ(ため息)。ルーシーと妖精王の第三王子の”婚約”を正式に発表する。…で……その……こ……」
べリアス(陛下)の声が次第に小さくなり、悲愴な面持ちで声を震わせた。でも申し訳ないが、光る”エロ”という文字であまり可哀そうには見えない。
「え!? 正式に…」
「そうだろう!? ”え”だろう? そんなに急がぬともよいのに」
正式に婚約……。
マジで!?
正直、ちょっと嬉しい反面、これは”勇者あるあるの伏線”では? という思いも拭えない。
・魔王(魔女)を倒して帰ってきたら、婚約者が別の人と結婚していた。もしくは、婚約破棄。最悪な場合、戦死。あと、戦いが長引き年老いてそのまま……。
前世でネットの統計で見た”冒険から帰ってきた勇者の既婚(婚約も含む)率は10%以下”と……。
だがっ、これはチャンスかもしれない! (心の中でガッツポーズ)
少なくとも前世でできなかった”婚約”ができる!
しかも相手は、かっこいい王子!
もしかして私、この”勝手に婚約システム”って向いてるのかもしれない。恋愛の駆け引きとか様々な難関(告白とかデートとか)をすっ飛ばして婚約、結婚……。
でも、相手の気持ちを考えたら素直には喜べない。
コンコン……ガチャ
「失礼します。サミュエル様、陛下のご容態は?」(スチュワート様)
ティーセット乗せたカートをドアの前に停め、恐らく各所へ連絡を済ませ戻ってきたスチュワート様が早口で仰った。
一歩踏み出し、私の座る椅子の右真横にサッと跪いたサミュエル副隊長が陛下に尋ねた。
ふわっと羽から、あの石鹸のいい香りがした。
「陛下、痛みはございますか?」(サミュエル)
「ああ、大丈夫だ」
涙を浮かべぶっきらぼうに答えた。
「では、私はこれで失礼します」(サミュエル)
最敬礼し立ち上がったサミュエル副隊長がサッと横を向くとまた、羽からいい香りがした。
「ん……ちょっ、ちょっと待った!」
べリアスが飛び起きサミュエル副隊長の腕をつかみ、その匂いをスンスンと嗅いだ。
「え!?」
「この匂いだ!」
今度は、私の手を鼻へ押しあてた。
みるみるうちに表情が険しく変わり、黒い魔力がズズズ…と漏れ出した。
「なんで同じなんだ!? 匂いだ!……おまえら、私に隠れて淫らな真似を!」
私とサミュエル副隊長を掴み交互に見ながら、目を真っ赤に光らせ涙を浮かべ叫んだ。
「は!? 違います! あるわけないです! 同じ石鹸使ってるだけです!」
とにかく全力で否定した。
「誤解です陛下! 宿泊所の見習いが作った試作品です! 宿泊所の風呂に置いてあるので使っただけです!」
サミュエル副隊長も青ざめた顔で弁明した。
「いいや、信じられん。私は騙されないぞ! 熱愛中のカップルはそうやってごまかす!」
サミュエル副隊長を睨みつけ、掴んだ腕に血が滲むほどギリギリと爪をたてた。
「べリアス違います! ああ、なんでそうなっちゃうのかな。あ……。レイ兄さん、隣の部屋にいるホムラたちを呼んできて」
+++
隣の部屋にいたホムラたちの“匂い”を確かめたべリアス(陛下)は、拗ねた表情で「疑って悪かった」と謝り、ベッドにうつぶせになり枕に顔を埋め黙り込んだ。
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「ルーシー様、少し宜しいでしょうか?」(スチュワート)
「ご相談があります」と、スチュワート様に連れられ階下のカフェへ行くと、入り口近くの4人掛けのテーブル席に座った青い隊服姿のオスカー兄さんが見えた。兄さんが来てくれたことを単純に嬉しく思った私だったが、朝食が並べられたテーブルを呆然と見つめる兄さんの暗く深刻な表情を目にしたとたん、それは言い知れぬ不安に変わった。
「……兄さん」
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いつもお付き合いいただきありがとうございますm(__)m
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※2021/11/4 訂正しました。




