116話 なんて痛みだ!
【アクアラグーン訓練場・ルーシー視点】
※合宿終了まであと19日。
翌日。
午前中に、訓練棟講義室で植物学のテストがあった。
60点以上が合格。合格者は、午後休み。60点以下は、午後に補修&再テストを行う。
私は昨夜、というか今日の明け方までレグルスちゃんと一夜漬けしたおかげで、なんと75点も取れたのだった。
え?75点……大したことないじゃんと思うかもしれないが、平均点が65点の”75点”!
もうレグルスちゃんに感謝しかない。
いつもはすぐに帰ってしまう”恥ずかしがり屋のボクっ子妖精レグルスちゃん”が、明るくなるまで勉強に付き合ってくれるなんて、はじめてのことで(ひとりだったら絶対寝落ちしてた。)そのお礼も兼ねて朝食に誘ったら、惜しくも逃げられしまった。
……でも、今回はちゃんと”さよなら”も言えたし、きっとまた来てくれる。
テストを見せて、勉強のお礼もしたい。お菓子は賞味期限とか考えると難しいから……あの長くて綺麗なエメラルドグリーンの髪に似合う、お揃いの髪留めとかいいかな……なんて考えている。帰ったらさっそく探しに行ってみようと思う。
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ちなみに、スカーレット先輩は、安定の90点。ロナとホムラはギリギリの60点。
昨晩、睡魔に襲われて全然勉強できなかったとロナが残念がっていた。でも、3日という短期間で60点は凄いと思う。男子たちは、半分以上が赤点で、ハント副隊長が「できなかった奴はアンフェールに強制送還な」と真顔で脅していた。
***新人騎士見習強化合宿がはじまって約1か月半***
私たち騎士見習は、怪我人も脱落者も無く皆順調に訓練カリキュラムをこなしている。
そしてまた、明日から新しい訓練が始まる。
怪我人役と救護隊に分かれ実戦形式で行われる”救助訓練”と、待ちに待っていた”移動用魔方陣特訓”だ。
あの移動用魔方陣が、自由自在に扱えるようになれたら絶対便利!
雨の日とか濡れずに訓練場まで行けるし、アンフェール城に帰るのだってあっという間。週末の休暇は、海にだって行けるかもしれない! 訓練が待ち遠しい。
しかも、嬉しいことに、この二つの訓練にはロナも参加する。
話は変わるが……
ロナはアンフェール城から帰ってきた朝、朝食をとりながら「姓が”シェルギエル”から、亡くなった実の父の姓”フォーレ”に戻ったの」と、嬉しそうに話してくれた。
ロナのお父さんは天使界では人気の賛美歌の作曲家だったらしく、それで、お母さんがその歌い手だったと……聞くや否や。
「なに、その設定ステキじゃない!?」
スカーレット先輩が瞳をキラキラさせてロナに詳しく話を聞かせてと身を乗り出した。
「出会ったその日に惹かれ合って、その場の勢いで結婚したまでは良かったんだけど。父って作曲以外はポンコツで、お金にもルーズで、体が弱いのに健康管理も全くできなくて、結局それが原因で早死にして……、はぁーっ(ため息)……全然、ロマンティックじゃないの」
言葉を失ったスカーレット先輩に「現実なんてそんなものよ。勢いって、怖いわよね」と、ロナがフフフっと笑った。
言葉が胸に突き刺さる。
”勢い”で、いつのまにか婚約してしまった私は、いったいどうなるのだろうか?
それに加え、いまのところ……ロマンティックなことは、ひとつも起きていない。
+++++
【アクアラグーン訓練場・ルーシー視点】
※週明け。合宿終了まであと18日。
訓練前、グラウンドでいつもの朝礼がはじまった。
今日の担当は、サミュエル副隊長。
「……今週前半は、基礎訓練後に救助訓練。午後は、魔力強化訓練後に、移動用魔方陣特別訓練を行う。専門訓練は、希望者のみ時間外で行う。以上。いまから準備に入れ!」
「「「はい!」」」(全員)
サミュエル副隊長の指示に従い、私たちは基礎訓練の準備を始めた。
「痛っ…」
訓練棟の物置に向う途中、下っ腹にチクリと痛みが走った。
「ルー、どうしたの?」ロナが私の顔を覗き込んだ。
「うん、食べ過ぎたのかな……お腹が痛くて」
「フフフッ、鹿肉のシチューおかわりしてたもんね。あとパンも」
ロナが眩しく微笑んだ。
「ロナだっておかわりしてたじゃん!食べ合わせかな?……胃腸には自信あるのに。痛っ」
徐々に増していくチクチクとした痛み。
これまでに感じたことのない感覚に、不安を感じた。
食後のデザート”ヨーグルトフルーツポンチ”かな……。
「痛たたたっ。トイレ行ってくる。ロナ、先に行ってて」
とにかく、女子トイレの個室に駆け込んだ。
+++
「えっ!?」
天使も悪魔も妖精も小人も人魚までいる世界で、なんで!?
どうしてなの!? こんなことってある!?
急すぎて、どうにも受け入れられない現実に、頭が真っ白になった。
”生理”がきた。
信じられない!?
この世界に、”生理”があるなんて!
対処しなければと、気持ちを奮い立たせるも、更に増す痛み。
「ルー。 大丈夫?」
女子トイレの前の廊下から、戻ってこない私を心配したレイ兄さんの声が聞こえた。
「ロナから聞いたよ。お腹痛いんだって? 食べ過ぎ?」
どうやら、レイ兄さん一人のよう。
……どうしよう。
全く何も準備してないし、せめてロナかホムラかスカーレット先輩が一緒に来てくれれば何とかなるのに……考えていても仕方ないので、とにかく、トレペで吸収材を作った。
「ルー。顔色悪いよ」
女子トイレから廊下へ出てきた私を見て、レイ兄さんが額に手を当てた。
「熱は、ないみたいだね」
安心した声で微笑んだレイ兄さんの、涼し気な切れ長のグレーの瞳を見上げた。
「兄さん。どうしよう」
「どうしたの?」いつもと変わらない、優しい表情で微笑んだ。
これは賭けに等しい。
”血”が苦手なレイ兄さんは、女性の”生理”という現象を知っているのだろうか?
そもそも男ばかりの兄弟。知っている方が……いやいや、一応、副隊長までなったレイ兄さんだもん、それくらい知ってて当たり前のはず……だけど、なんだろうこの不安は。
「あ、あのね。せ、生理がきちゃったみたいなの」
「ん? なに? ”せいり”って、なにが来たの?」辺りをキョロキョロ見渡した。
知らなかったーーーーーっ!
なんて説明すれば……この世界って性教育とかないのかな? あったとしても、レイ兄さんは”血”と聞いただけで拒絶反応を示して記憶の中から消し去りそう。そもそも、この世界では”生理”を”生理”と呼ぶのだろうか? ”別の言い方”ってことも考えられる。
「その、女性の…月に一度来るもので…血が…」
「血!?」レイ兄さんの顔色と声色が変わった。
「その…だから」
「病気か!?」
「そうじゃなくて…」
「だって、血って」
お腹の痛みがチクチクからズキズキしてきた。頭痛もする。
「なにやってんだ!」
怒鳴り声に振り向くと、基礎訓練担当のハント副隊長が仁王立ちしていた。
うわーーーーーーっ。
いちばん知られたくない人が来ちゃった。
せめて、サミュエル副隊長だったら良かったのに……。
「兄妹で……こそこそしやがって。レイ、説明しろ」
レイ兄さんの前に立ち睨みつけた。
私と同じくらいの身長で小柄なハント副隊長だが、眼光は強烈でレイ兄さんが僅かに怯えているのが見て取れた。
「あ、あの妹が、腹痛で、その……なんかきたと……」
明らかに動揺し、しどろもどろなレイ兄さんの説明に当然のごとくイラついたハント副隊長が、また低い声で怒鳴った。
「はっきりと言え」
「だから、その、なんか、来たって。血が……」
「血が!? は!?」
「だから…なんかきて……お腹が…」
「生理なんです!」
レイ兄さんの、どうにも的を得ない説明にイラついた私は、痛みをこらえ叫んだ。
「え!?」ハント副隊長の顔が引きつった。
「だから、”生理”がきちゃったんです。でも兄さん何も知らなくて。その、だから困ってたんです!」
「・・・・・・」
ハント副隊長は、私とレイ兄さんを交互に見つめ、しばらく沈黙した。
「なんだ、だったらそう言え。ちょっと待ってろ。レイは、そうだな……ブラッド隊長に説明して、あとスカーレットを呼んで来い」
「はい」
ハント副隊長は、少しも狼狽えることなくレイ兄さんに指示を出すと、医務室へ入って行き、天井まである棚へ机を寄せた。
「…確か、ここにあったはず」
机に椅子を乗せその上に立ち一番上の引き戸を開け、中から茶色い紙袋に入った包みを私に手渡した。
「はい、これ」
「ありがとうございます」
戸棚を閉め、椅子からスタンと飛び降り、机と椅子を元の位置に戻しながら私に聞いた。
「使い方は分かるか?」
「たぶん…」
「じゃあ、替えてくるといい」
「はい!」
速攻、トイレに向いナプキンを装着した。
それにしても……「準備もなにもしてないなんて騎士である前に”女”として失格だ」とか、ドS的扱いを覚悟していた私は、ハント副隊長の冷静で的確で落ち着いた対応に感動していた。
以前、オスカー兄さんが言ったことを思い出した。
ハント副隊長が厳しいのは”私たち騎士見習のため”と……。
もしかすればハント副隊長は、合宿中、わざとドSキャラで私たちの反抗心を燃やさせ、見習いたちを一致団結させる”悪者教官”的役どころなのかもしれない。
はぁーっ。(ため息)
無事ナプキンを入手し、替えたはいいが、下着もズボンも汚れてしまった。
しかも、お腹が痛い! 痛すぎる!
ズキズキと腰の方まで痛い感じがしてきた!
「ううっ……生理って、こんなに痛かったっけ!?」
腹部を抑え、ふらつきながらトイレから廊下へ出ると、ハント副隊長が立っていた。
ハント副隊長は上官。とにかくお礼は言っておかないと……痛みをこらえ、顔を引きつらせながら敬礼した。
「ハント副隊長。ありがとうございます」
「ルーシー、痛むのか?」
ハント副隊長が今まで見たことも無い、心配そうな表情で私を見つめた。
「……はい。でも平気で……ううっ」突然、痛みが押し寄せ、その場にうずくまってしまった。
「おいっ!?大丈夫か!?」慌てるハント副隊長の声が遠くに感じる。
「だいじょう……ぶ…で…」
気合を入れ立ち上がったが、激痛でふらつき目の前に立つハント副隊長の胸に右手をつき、もたれかかった。あ……見た目よりがっちりとした胸板の感触に驚き、「す、すいませ……」と、パッ手を放し、どうにか体勢を整えようとしたが、今度はひどい眩暈に襲われた。
クラッ……
そのまま、その場に崩れ落ちそうになった私をハント副隊長はグッと抱えた。
「うわっ! おいっ…っ。とにかく、医務室まで…歩け……ないか。……あああっ。うあああっ、運んでやる!」
ハント副隊長はあたふたしながらも、少し屈んで私のわきの下に左手を入れ、両膝の裏に腕を回した。
「腕、俺の首にまわせ」と言われ、腕を首に回し抱きつくと…。きっと重いのだろう「ゔゔ…」と低い声をあげながら持ち上げ、よろめきながら医務室のベッドまで運んでくれた。
ハント副隊長からは、汗の他に、種類は分からないがハーブのいい匂いがした。セージかな? ベルガモット? 少年っぽい見た目からは想像がつかない、爽やかな清潔感のあるいい香りに、なんとなくだが親近感を覚えた。
「少し、横になってろ。ああっ。そうか、痛み止め……鍵持ってるのサミュエルさんだっけ。レイ、遅いな……」
ハント副隊長は落ち着かない様子で、廊下と医務室を行ったり来たりし、レイ兄さんが戻ってくるのを待っていた。
横になった安心感で少し痛みは和らいだように感じたものの、それもつかの間。相変わらず断続的な痛みが私を襲った。
+++
「すいません。ブラッド隊長に話すのに手間取っちゃって」
レイ兄さんがサミュエル副隊長とスカーレット先輩を連れ医務室にやってきた。
「ルー、大丈夫? その、今ごろ (生理が)くるなんて」スカーレット先輩が私の頭を撫でた。
「私も、てっきり (生理が)無いもんだと思ってたから」
「マジで? うそでしょ」
「マジです」
スカーレット先輩は、呆れた顔で笑った。
「こればっかりは個人差があるからな。食べ物にもよるし……」ハント副隊長が平然と言った。
「さすがハントさん女性に、詳しいんですね」
レイ兄さんの言葉に、
「く、詳しくなんて!? 姉が4人いるから、慣れてるだけだ! レイ、変な言い方するんじゃねぇ」
ハント副隊長は、急に取り乱しレイ兄さんを軽く小突いた。
戸棚の鍵を開け薬を探していたサミュエル副隊長が、明らかに慣れていない照れくさそうな顔でこっちに来た。そういう反応もなんか困る。
「ルーシー、その、あのな、痛み止めが切れてたんで、今から買ってくる。待てるか?」
薬って!?
痛くて仕方ないのに。
「え、いつものように、あの光でパッと治してくれないの!?」
カモンマイエンジェル! と心の中で叫び、手を差し出した。サミュエル副隊長は、その手をそっと握り「こればっかりは……癒しの光を使うのは禁止されてるんだ。……ごめんな」と、ポンポンと手の甲を優しく叩きベッドへ戻された。
ああっ。
痛い。
サミュエル副隊長は、薬を買いに宿場町まで出かけて行った。
「スカーレット。申し訳ないが午後の訓練は休んで、ルーシーに代わって町で必要なものを揃えてほしい。レイ、付き添い頼む」
「はい」
「レイ様と!?」スカーレット先輩が嬉しそうに飛び上がった。
「ルーシーは、落ち着くまでここで休んでから宿に自力で……いや、昼休み、サミュエルさんかブラッドさんの移動用魔方陣で宿まで移送してもらうのがいいかもな」
ハント副隊長は、テキパキとレイ兄さんとスカーレット先輩に指示を出し訓練に戻って行った。
「あのドS、優しいのね、意外だわ」スカーレット先輩がポツリと呟いた。
「え、スカーレット、”ドS”って言った?」
レイ兄さんに聞き返された先輩は、おろおろと狼狽え「え、あ、その…「そんなこと言っちゃダメだよ。ルーにも注意したけど、ハントさん意外と傷つきやすいから」
レイ兄さんに優しく諭され、スカーレット先輩は小さく「はい」と返事をした。
スカーレット先輩が驚くのも無理もない。
童顔ドS毒舌毒キノコキャラのハント副隊長は、意外過ぎるほど優しくて、冷静で、大人だった。
私も、このときはじめて感謝と尊敬の念を抱いた。
”ドSって呼んで、ごめんなさい”と、心の中でつぶやいた。
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お付き合いいただきありがとうございますm(__)m
☆彡ブクマ★感謝です!アルティメットサンクス!
ブクマ★励みになります、今後とも応援よろしくお願いします!
次回、来週火曜日ごろ更新予定です。
引き続き、感想誤字脱字報告お待ちしておりますm(__)m
※2021/10/14 少し加筆しました。




