11話 アニソンって、やっぱり神。
【アンフェール城・王宮前広場・ルーシー視点】
※王暦1082年4月1日。
「……よって、我が命を救いし勇者“ルーシー”を、我が国の勇者並びにアンフェール城騎士見習としてここに任命する。勇者ルーシー、こちらへ……」(国王べリアス)
ん!?
今、名前呼ばれなかった?
私は真新しい騎士見習の水色の隊服を身に着け、列の一番後ろでオスカー兄さんに付き添われながら式典に参加していた。昨夜あまり眠れなかったせいか、夢見ごごちで国王べリアスさんの騎士見習任命式の挨拶を聞いていた。
べリアス陛下が私の名前を発した途端、会場がどよめいた。
オスカー兄さんが「ルー、行くぞ」と背中を押した。
仕方なく前に歩み出ておもむろに顔を上げると、最前列に騎士見習試験で友達になったマリオンとジュリアンがいた。
「「ルっ…………」」(マリオン&ジュリアン)
お互い驚き、見つめ合った。
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ほどなくして国王べリアスによる私 (勇者)の紹介が終わり、続いてトーナメント戦の優勝者の表彰式が行われた。
体術は、マリオン・ネルソン。
弓は、ホムラ・ブルーエ。
剣は、アイザック・ラミエル。
賞状と賞金を受け取り、嬉しそうに笑うマリオンがこっちを向いて手を振ってくれた。
それがなんだか嬉しくて“嘘“をついていたことをちゃんと謝らなきゃいけないと私は決心したのだった。
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「ゴメン。私、自分の実力が知りたくて“男”として参加してた。騙すようなことして本当に済まない」
騎士見習任命式が終わった昼休み、城のひと気のない中庭で私はマリオンとジュリアンに謝罪した。
「き、気にするな。どっちにしても、ルーカスは、あ、ルーシーは俺の友達だ」
マリオンがなぜか目線を少し逸らしながら右手を差し出した。
「ありがとう、マリオン」
私の倍以上はあるゴツゴツとしたマリオンの手を握ると、ジュリアンもその上に両手を重ねた。綺麗な金髪から覗く茶色の瞳で優しく微笑んだ。
「心配したよ。ルーカスが突然消えて。ルーカスの弓の兄さんもひどく混乱して大変だったんだ」
「レイ兄?」
ジュリアンがその時の様子を説明してくれた。
「ルーカスの弓の兄さんが、対戦相手の仕業と決めつけて凄い形相で弓で射抜こうとして、弟さんや騎士たちが必死に止めて大騒ぎになったんだ」
そんなことがあったなんて、レイ兄さんもウィリアムも全然言わなかったし!
「俺達も城内でルーカスを探していたら、迎賓の間で爆発みたいが音がして、騎士に囲まれて担架で運ばれるルーカスを目撃して……きっと、何かに巻き込まれたんだと……心配だった……で、ルーカスは、やっぱり女の子だったんだね」
ジュリアンが照れくさそうに笑った。
「ごめんね」
「俺の方こそ、体力無いのバカにしてゴメン」
マリオンがフッと笑った。
「約束。覚えているか? “ルーシー“」
「忘れてなかったかーーーっ」
「ほら、賞金の半分」
「貰えないよ、冗談だったのに」
「僕は本気だよ」
「えーーー、じゃあ……歌だけでいい?」
「いいのか!!! 頼む!!!」
マリオンの目が輝いた。そんなに嬉しいものなのかな………
私的には、イケボのマリオンに歌ってほしかったけど。
+++
樹々の緑が涼やかな城の中庭。
二人以外、人がいないことを確認した私は深呼吸した。
「じゃあ、お気に入りの曲を歌うね」
♪~~~~
あのヒット曲を、熱唱した。
~~~~♪
この世界でも通じるか心配だったが、涙を浮かべ拍手する二人に胸が一杯になった。
「うっ……ルーカス、お前、何があったんだ!?……ぐすっ」
「こんな悲しい詩、どこで……」
「どんな経験をしてきたんだ~!?」
「俺たちが付いてる、だから、ルーカス……」
「俺は、お前の味方だ!」
二人とも至極純粋なのか泣きじゃくり”俺達がいる! 大丈夫だ!”と、慰めだした!
いや待って。歌詞と私の経験とか全然全く関係ないのに……純粋ってある意味怖い。
これが、アニソンの威力!
あと、私”ルーシーだよ”って突っ込みたい。
ガサッ
すると突如、近くの木の上から影が落ちてきた。
シュッタッ……
短い髪に二本の角。黒いローブのような服を着て……ホムラくん!?
あの弓の美少年!
聞かれてたの!?
見られてたの!?
うわー恥ずかしい!?
私たち3人は固まった。
彼は思いつめたように潤んだ瞳で私を見つめ悲し気に頷き、そして、私の首に腕を回しギュっと抱きしめた。
えええ!!!
……ん?
柔らかい。
もしかして、ホムラくんって。
女の子だった!?
………彼女の漆黒の髪からは、お香のような懐かしい香りがした。
「勇者としての覚悟、聞かせてもらった」
赤い瞳からはらはらと零れる涙に、罪悪感を覚えた。
違う、罪悪感しかなかった。
「ホムラさん、違うの……」
「“ホムラ“でいい、勇者ルーシー」
「え、でも」
「私は、お前と共に戦う」
「え?」
涙声でそう言うと、タタっ……と走り、どこかへ行ってしまった。
「いや、ちょっと……ホムラ」
アニソン恐るべし!
この後、とにかく歌の詩と私の経験は全く別だと二人に理解してもらうまで説明し、二人と分れた。あとでホムラにも同じように説明をしなければと考えながら、私は兄オスカーと女子寮の手続きへ向かった。
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ちなみに、騎士見習合格者は全部で50名。マラソンとトーナメント戦で暴行行為を行った者達は、ことごとく落とされていた。マリオンは騎士見習寮に入寮し、ジュリアンは家の後継ぎなので民間騎士候補として登録し、王都の実家から通いで訓練を受ける。民間騎士は有事の際、騎士と共に戦い町の人々を守る仕事で、副業を持っている人がほとんどらしい。
【アンフェール城内・べリアス視点】
騎士見習任命式で、私の演説を深い青い瞳で見上げ神妙な顔で聞いているルーシーが、めーちゃくちゃ可愛かったーーー!!!
あのでかい兄に付き添われ緊張しながら前へ立った時の表情は背を向けていたため伺い知れなかったが、水色の騎士見習の隊服を纏った小さな背中までも愛おしく口元が緩むのを抑えるのに苦労した。
スチュワートが言っていた。
”王として尊敬されればきっとルーシー様は自ら陛下の元で努めることを望みます”
それまでの辛抱だ。
過度な接近やボディタッチを我慢し、王としての務めを華麗にこなしてやる!
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「……で、シール川の工事については、私からは以上だ」
会議も無事終わり、昼休み、中庭に面した回廊で友人と談笑するルーシーを”偶然”見つけたので覗いていた。その友人の一人が、体術であのルーシーを抱きしめた46番と気付いた。
忌々しい小僧め……。
あとで血祭りにしてやろうかと考えていると、その隣の太った小僧が何やらルーシーに謝っている。何をした!?
“約束”とか聞こえてきた。
金を渡そうとした46番、それを貰えないと断るルーシー。
何をやっているのだ?
話に割って入りたい欲求を必死に抑え様子を伺っていると、ルーシーが……はっ、はにかみながら歌を歌い出した!
♪~~~~
なんと胸を熱くさせ締めつけるように切ない詩だ!
ルーシー、いったいお前に何があったのだ!?
こんなにも切なく、強く、心動かされる詩が今まであっただろうか!?
ルーシー!!!
俺はお前を助けたい。
お前の希望を、未来を、叶えてやりたい!
この手で!
未来を!
~~~~♪
拳を握りしめ涙を堪えた。
「……ルーシー、お前の望みを……」
「……素晴らしい詩ですね。
勇者は悪魔を倒すのが仕事ですから。その戦いを詩にしたのでしょうか」
私の隣で、宰相(兼執事)スチュワートがハンカチで自らの目元を抑えていた。
「ス……スチュワート……」
興奮気味だった感情が一気に覚め忌々しく睨み返すと。
「陛下、天使族長と妖精王様には“勇者の件については調査中”と、急ぎ伝令を入れておきます」
「ああ。あと、各国の長たちにも同じく伝令を頼む」
「畏まりました」
「それから、“女子寮を明日から改修し、寮に住まう者たちは、すべて城の王宮に住まわせる“というのはどうだ? もちろん、ルーシーの部屋は我が寝室の隣だ」
「……陛下、申し訳ありませんが改修にかかる予算も代替えの王宮の客室の数もございません。ここは、ルーシー様の意向を汲み、女子寮で暮らしていただいたほうが体裁的にも無難かと。陛下においては、しばらくの間ご辛抱願います。陛下の素晴らしさやお気持ちを知れば、きっと、ルーシー様も、陛下の傍で努めたいとお考えになることでしょう」
「…………」
早口言葉のように俺の提案を表情ひとつ変えずスチュワートは却下し、では……と執務室に戻って行った。
「ああっ……」
少し目を離したすきに、ルーシーが中庭から消えていた。
勇者と悪魔の王。
相容れぬ関係だからこそなのか……お前を思うだけで、どうにも胸が締め付けられる。
【女子寮・ルーシー視点】
「寮って……」
アンフェール城内南。新緑の樹々に囲まれ、様々な種類の花が咲き乱れる庭園の一角にそれはあった。
ファザードにはパルテノン神殿のようなドーリア式の円柱が並び、ペディメント(切妻屋根の屋根の下の部分と柱の上の水平材に囲まれた三角の部分。日本建築では“破風”という。)には、様々なポーズをとるギリシャ彫刻のような見事な女神像が彫り込まれ私に微笑みかけている。女子寮は、ローマの『神殿』のような建物だった。
白い大理石の階段を上ると、扉の両側に控えている白い隊服姿の神殿騎士によって観音開きの木製の扉が開け放たれた。
ギィィィィ
「第2部隊副隊長のオスカーです。妹ルーシーの入寮手続きに参りました」
開かれた先は、予想外に小さいマンションの管理人室のような小部屋だった。窓口には40代ぐらいのメガネをかけ、白い髪をきっちりと編み込んだ女性がおり、柔らかな笑みを浮かべている。
その女性は、この世界で初めて見る縦長の襟を左側で留めるタイプ(サイドウェイ襟)の白いシャツの上にロイヤルブルーのローブを羽織っていた。
「女子寮へようこそ、新しい勇者様」
私が勇者であることがここまで伝わっているのかと考えると、胃が痛くなる。
私はただ、国を守る騎士になり、きれいな家(というか部屋でもOK)に住みたいだけなのに。
魔王を倒すとか、本気で考えていた自分が痛い。
入寮台帳に名前を書き、続けて保護者代理として兄がサインした。
「これから神官長の面接がありますのでルーシー様は中でお待ちください。お兄様は申し訳ありませんが、外でお待ちいただいてもよろしいですか?」
「はい。ルーシー、大丈夫だな?」
優しいオスカー兄さんの問いかけに逆に少し不安になり、兄の隊服の裾を思わず握ってしまった。
「う……うん」
不安そうにする私に、兄は屈んで頭に手を乗せ優しく微笑んだ。
「大丈夫。この扉の先は、男が入れないよう結界が張られている。この寮の中は、女性騎士の他に神殿巫女も住まう。今までルーは、同じ年ごろの女の子と関りが無かったから……これから女の子の友人ができるといいな」
兄は兄なりに、女の子の知り合いも皆無で男兄弟ばかりの家で育った私の行く末を心配していたのだろう。
女の子の友人か……できるといいな。
「兄さん、行ってくる」
私は深呼吸して奥へ続くドアを開けた。
ご覧いただきありがとうございます。
まだまだ続きますので、お付き合いいただけたら幸いです。
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※2021/9/22 気になる箇所訂正しました。
2023/1/18 気になる箇所訂正しました。作中の日付入れました。