100話 花冠
【樹海→ホテルホーリーウッド・妖精王第一王子レグルス(女の子の姿)視点】
樹海・深夜
月の光を浴び薄緑色に輝く眠り粉を撒く虫たちが、仕事を終え、森に戻ってきた。
樹海の入り口で眠るアークトゥルスに、もう一度入念に眠り粉を振りかけ、ボクはルーシーのもとへ駆け出した。
今夜は満月。
君に会いたい。
キィ……カタン……
いつものように、そっと窓からルーシーの部屋へ忍び込むと。
「なっ……!!!」
なんて格好で寝てるんだ!?
ルーシーは多分、帰ってきてそのまま倒れたのか、うつぶせで横たわり、身体が半分ベッドの外に落ちかけていた。
しかも、ブーツを履いたまま……。
そして、点々と床に投げ出された荷物の先には、豪華な装飾の鞘に納められた立派な剣が無造作に置かれていた。
「え……これ」
これって”勇者の剣”!?
これ絶対大事な”剣”なのに、こんな置き方 (床に直置き)していいの!?
これまで、あったこともない状況に戸惑い、どこからなにをどうしたらいいのか少し考えた。
「よしっ!」
まず、ブーツを脱がせて、ルーシーをベッドの上に引っ張り上げた。
「んーーーーっ、重いっ」
ほんのりと石鹸のいい香りがするルーシーを、やっとベッドの中央に寝かせ、ぐちゃぐちゃに顔を覆っている髪をどけてあげると、ルーシーがわずかに微笑んだ。
「かっ……」
(心の声)かっわいいっ!
息が止まりそうなほど愛らしい寝顔を見つめ、ボクは暫く動けなくなってしまった。
ドクドクドクドク……
鼓動と連動するように、次々と髪の中から白い大輪のバラが咲き落ちた。
「……っ、くしゅん!」
ルーシーが、くしゃみをした。
そういえば、今夜は少し肌寒い。何か掛けるもの……足元にあったタオルケットをかけたが、少し小さく心もとない。クローゼットを探すと大きめの毛布が見つかった。
首元までクリーム色の毛布を掛けその周りに、さっき咲き落ちた棘の無い白いバラを並べた。そしてルーシーの赤い髪に、白いバラの花で冠を作って乗せてみた。
「かっ…………」
かっわいいーーーーーーっ!
結婚式みたいだ!
花婿が花嫁に誓いのキスをして……
ルーシーの唇を見つめた。
キス……。
うわぁぁぁぁっ!!!
ダメだ!
絶対ダメ!
ルーシーの気持ちをちゃんと確認しないと!
勝手にキスなんてしちゃダメだ!!!
気持ちを抑え静かに眠るルーシーの横に寝そべり、腕の辺りを毛布越しにそっと”ぎゅっ”と抱きしめた。
んっーー、柔らかいっ!
「ん……」
ルーシーがむず痒そうに、顔を少し顰めた。
起きた!?
……と一瞬嬉しくなったが、再びルーシーから気持ち良さそうな寝息が聞こえ、少し残念に思った。
でも、かっわいいーーーーっ!
花冠姿で眠るどうしようもなく可愛いルーシーを、ボクは、ただただ見つめ続けた。
ああ、ずっとこのまま、こうしていられたら……
目覚めたルーシーに「おはよう」って言えたら。
夜明けが近づき、窓の外が薄っすらと明るくなりかけてきた。
ああ、もう朝になっちゃう。
「ルーシー、またね」
頬に指でそっと”チョン”と触れ、部屋を飛び出し森へ戻った。
+++
目を覚ましたルーシーはどう思うだろうか。
ボクが来たって、ちゃんと分かるだろうか。
樹海の森の湖の畔に寝ころび、ぼんやりと朝焼けの空を見上げながら、白薔薇の花冠を付けたルーシーの姿を思い返した。
「ボクと、友達になって、け、けっ、結婚してほしい!」
大声で叫んだ!
「一緒に、ここで暮らしてほしい! ルーシー、好き! 愛してる! 愛して……愛してる……」
抑え込んでいた気持ちを言葉にしたとたん、息が苦しくなり、目から熱いものがこみ上げた。
嬉しいはずなのに、なんで涙が……。
袖で涙を拭った。
涙をぬぐった自分の”少女の手”の感触に、ボクは悲鳴を上げた。
「うわぁぁぁ!………ああっ、うわぁぁぁぁーーーー!!!」
ボクはとんでもない事に、気づいてしまった。
ルーシーは、ボクを”女の子”のレグルスとして、認識している。
ボクが”女の子”だから、ルーシーはあんなに無防備に、怪しむこと無く部屋に入れ、話をしたりお菓子を食べたり、優しく接してくれている。
それがもし、ボクが”男”だってバレたらどうなる!?
よく考えたら変態じゃないか!?
女の子の部屋にこっそり忍び込んで、花を置いていったり、動かすためとはいえ、身体をちょっと触ったり……。
ああっ、ボクはなんてことをしてしまったんだ!
「そんな……」
絶望に頭を抱え蹲るボクを、暗い緑色の荊棘の蔓が覆い隠していく。
「女の子じゃないと、会えない……ルーシーと……話せない………でも、男だってバレたら変態で……あああっ……どうして………ボクは、どうして…………ごめんルーシー……どこでボクは、……」
ルーシーに対して、はじめはどうでもよかった道徳心が首をもたげ、犯してきた君への背徳行為に、後悔と懺悔を繰り返す。
そのすべてを”愛”のせいにして片づけられれば、どれだけ楽なのだろうか……でも、それをルーシーが受け入れ、ボクを許してくれるとは到底考えられない。
君は、王国の勇者。
姿を偽り君に近づいたボクは、”悪役”……。
”愛のない”アークトゥルスから、君を奪って幸せにするなんて想像して、いい気分になって、花冠なんか作って、結婚なんて夢みたいなこと考えるなんて……。
「うわぁぁぁ!……ルーシー……グスッ……ウッ……うわぁぁぁぁ……
こんなことになるのなら……君に、会わなければ良かった。
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【ホテルホーリーウッド・ルーシー視点】
朝か……
あ、今日、訓練は休みだからダラダラできる~♪
……ん、なんだろ、いい香り。
薄目を開けると、白いバラの花が目に飛び込んだ……えっ!?
ベッドから溢れるたくさんの、白い大きなバラの花が、私の周りを取り囲んでいた!?
「レグルス!?」
飛び起き、朝日が射し込む部屋を見渡すと、頭から白い花で作られた花冠が、ポロっと手元に落ちてきた。
「また……来てくれたんだ。っ、あれっ?」
帰宅後、何も被らず眠ってしまった私に、多分レグルスが掛けてくれたのだろう。タオルケットの上にもう一枚、大きな毛布が掛けられていた。
そういえば、今朝はなんだか肌寒い。レグルスが毛布を掛けてくれなかったら、確実に風邪をひいていたに違いない。
「ああっ、せっかく来てくれたのに」
『そうだね』
突然のシャルルの声。
「え、シャルル?」
『なに?』
「なにって、シャルル、レグルスと会ったの?」
『見てただけで、話はしてないよ』
「えーーだったら起こしてくれても良かったのに」
『ムリだよ。爆睡してただろ。あのレグルスってのも、呆れてたぞ』
「……ああ、一番ダメなところ見られるなんて。デキるお姉さんで通したかったのに」
『っていうか、少しは警戒したら? ルーシー不用心すぎ。大体、昨日だって部屋のドアの鍵、かけ忘れてるからね』
「!?」
(心の声)そういえば、かけた覚えは……全くない。
『あのさ、何かあってからじゃ遅いよ、いい加減にしてよ……』
(心の声)はい、気を付けます!
「はぁ(ため息)」
自分の不甲斐なさに呆れていると……
コンコン
「ルー、起きてる? ガチャ……あ、開いてた」
ホムラがやってきて、鍵のかかってないドアに驚いた。
「へへへ……鍵かけ忘れてて」
「ルー、体調は平気? ロナとスカーレット先輩が、風邪ひいちゃったみたいで」
「今朝、意外と寒かったもんね。私は平気。ホムラは?」
「この通りよ」
フッと首を傾げ微笑んだ。
「熱は、高いの?」
「うん……。で、ロイヤルラグーンから今、ノエルさんが来て看病して貰ってる」
「ノエルさんが! いいな~」
優しいノエルさんが、看病してくれている姿を想像し、少しだけ羨ましさを感じた。
「だから、朝食は私と二人だけ、ってこの花、凄いね」
花であふれるベッドの上から、花冠を手に取り、私の頭にかぶせた。
「うん、目が覚めたら、こうなってて……」
「ふーん。白いバラがこんなに……フッ」
ニヤニヤしながらホムラが窓の外を見つめた。
もしかしてホムラは、夜たまにやってくるレグルスちゃんのこと、気づいてるのかな?
「あ、そうだ! この花、ロナとスカーレット先輩の部屋に持っていってあげよう」
「いいかも! ルーの部屋に置いていても萎びるだけだしね」
+++
ロナの部屋にバラの花をまとめて持っていくと、戸口でノエルさんが「おはようございます。ルーシー様。では、お預かりしますね」と、優しく微笑んでくれた。
”風邪”は、サミュエル副隊長の”癒しの光”じゃダメなんですか? と聞いてみたら、
「風邪は基本、自然の生薬と、本人の力で治すものと相場が決まっております。暖かくしてゆっくり休養しなさい、という身体からのサインです。焦らずしっかり休養を取ることが大切です。ですが、あまり熱が長引く場合に限り”癒しの光”に頼る場合もございますので、ご安心を」
「ルー、ありがと」
かすれた声でロナが私の方を向いて、力なく微笑んだ。
休日温泉リフレッシュのはずが、逆に疲弊して風邪をひいてしまうなんて……これは他人事じゃない。もしかすれば、私も、ロナやスカーレット先輩と同じように、熱を出して寝込んでいたかもしれない。
レグルスちゃんには感謝しないと。
毛布に、お花に、花冠……あの子はきっと、いいお嫁さんになるんだろうな。
お付き合い頂きありがとうございますm(__)m
ブックマーク★ありがとうございます!感謝感謝です!
(※前まで活動報告でお礼をさせて頂いたのですが、ご覧になられる方が少ないようですので、これからは、後書きにてお伝えいたしますm(__)m)
※2021/11/3 訂正しました。
※2022/3/20 訂正しました。