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10話 レイ兄さんの匂いは許せる

【アンフェール城内客室・べリアス視点】

 ※王暦1082年3月30日。


「俺、アスモデウス“殿()()“って呼ばれちゃったよ♪」(アスモデウス)


 浮かれるアスモデウスとは対照的に、私はルーシーが去った部屋で深くため息を吐いた。


「はぁ~~~っ」


「赤い髪に深い青い瞳か……(ノール)の人魚族に、そういうのがいたな」


 アスモデウスがグラスに入ったワインをグッと(あお)った。

 ルーシーが斬ったテーブルとソファーを眺めながら床に座り、トレーに乗ったハムをつまんだ。



「それにあの緑の髪をした兄は、見た感じ”実の兄”じゃねぇだろ」

「……」

「なんだ? 拒否られて落ち込んでるのか?」

「……いや、その」


 ルーシーの事を考えていた。


 男のフリをしていたとはいえ、思っていたよりルーシーは食事の作法も上品で、目上の者に対する言葉遣いも申し分なかった。ここにいるアスモデウスに対しても、それなりの敬意を払い蔑むような態度など微塵も見せなかった。


 私が王になってからも、おおよその他種族たちは悪魔族を忌み嫌う。


 特にこのアスモデウスのような、見るからに悪魔然とした輩にまで怯むことも侮蔑することもなく”殿下“付けで呼ぶなど……さすが私の見込んだルーシー。

 

 言ったら絶対気持ち悪がられると思い言わなかったが。ネグリジェ姿で光る剣を構えた姿など、可愛らしくて仕方なかった。


 例え()()()だとしても、側近として傍らに置いておきたい! 

 近くで見ていたい!



「……どうすればいいのだ」


 頭を抱える私にアスモデウスは静かに言った。


「そうだな、まず素直に謝れ。15歳の女の子に対して()()()ダメだぞ」


「見ていたなら止めろ」


「あと兄や家族をダシに契約を迫るのもやめた方がいいぜ、あの娘の事だ、躊躇なくお前をぶった斬るぜ。ブハハハ……」


「”ゆくゆくは私の側近として育てたい”と、言った方が良いのか?」


「まず、お嬢ちゃんは騎士見習になりたくてここへ来たんだろ。好きにさせてやればいい」


「はぁ、男だらけの騎士見習の中に放り込んで、変な虫が付いたらどうする!?」


「ハハハ……そりゃ気が気じゃねえな。でも、あの近衛騎士が兄だぜ。誰も早々に手なんか出せねぇよ」


 アスモデウスはワインの瓶を手に持ちそのままゴクゴクと飲み干した。


「それだけじゃない。“聖なる光に選ばれし勇者“が、しかも可愛い女の子の勇者が悪魔族の王の私に仕えるとなると、妖精族や天使族が黙っているはずがない」


「ああ、面倒なのがいるな……」


 悪魔を封印できる勇者が忌々しい天使族に引き抜かれでもしたら、王国内の力の均衡が崩れかねない。


「この際、ある程度の年齢になるま”で北の神殿”の聖女に預けたほうがいいのだろうか……」


「あのお嬢ちゃんが、了解するかな~?」


「どうすればいいのだ」


「夜は長い、飲みながら一緒に考えようぜ、べリアス」



 アスモデウスは次のワインを開け私のグラスに注いだ。


 


【アンフェール城上級騎士寮・ルーシー視点】


 オスカー兄さんの部屋のドアを開けると、王国軍の黒い隊服姿のレイ兄さんと、隊服を脱ぎ白いYシャツ姿のウィリアム兄さんが出迎えてくれた。


「ルー! 女の子みたいだ!」(レイ&ウィリアム)


 はい、女の子です。

 私のネグリジェ姿に、びっくりするくらい兄弟同じ反応に苦笑いした。


「その剣! 勇者の!?」


 さっそく”勇者の剣”を見つけ目を輝かせるウィリアム兄さんが、指で触れると、


 “バチン!”


 と、剣から火花が散った。



「うわっ! やっぱダメか~」(ウィリアム)


「伝説どおりだな。勇者しか触れないって」(レイ)


「危ないから、クローゼットにいれていい?」(ルーシー)


「お、いいけど。汚いぞ」(オスカー)


「で、ルー、久しぶり~~~ムニュムニュキー―ス!」(レイ)


 レイ兄さんが両手で私の頬をムニュムニュと揉みだし、ぶちゅ~~~~っと頬にキスをした。


 幼い頃からの習慣って怖い。


 いつかは飽きてやめると思って無抵抗にされるがままでいたら、この歳(15歳)になってもいまだに変わらず同じことをしてくる……

 おそらくレイ兄さんにとって、私はずっと”赤ちゃんルーシー”のままで時が止まっているらしい。



「やめてよレイ兄。剣しまうから、危ない」


 レイ兄さんは、パ……と手を放し、満足げに微笑んだ。


「あースッキリした」


 会うたびにこれ(ムニュムニュキス)を一度はしないと落ち着かないと言い、もはや依存症的な状態になっているのかもしれない。


「レイ兄のこんな姿誰かに見られたら、幻滅されちゃうよ」

「そう」


 全く気にしていないのか、涼し気な表情で微笑んだ。


 クローゼットを開けると、モワッとした臭いとぐちゃぐちゃになった衣類に交じり、かばんや、靴、謎の何かが入ってる袋がクローゼット一杯に積み重なっていた。


「ゔ……」


 そうだった、兄は身の回りのことに関しては無頓着だった。

 私は見なかったことにして、黙ってその扉を閉めた。


 仕方ないので”勇者の剣”はベッドの横に立てかけ、倒れないようにベッドの柱に紐で結んだ。



「夕食、お前らまだだろ」


 隊服を脱ぎ部屋のハンガーにかけながらオスカー兄さんが、レイ兄さんたちに聞いた。


「うん、ルーは?」


「私は、さっき部屋で食べてきたから大丈夫」


「じゃあ、レイ。俺と食堂に行って、夕飯を持ってきてここで食べようか?」


「ああ」


「ウィルは、ルーとここで待ってて」


「うん」(ウィリアム)



 パタン……



 二人が部屋を出ると、ウィリアムが、私のネグリジェをジッと見つめてきた。

 やっぱり男の子、ネグリジェ姿の私に見とれていると思っていたら……おもむろにネグリジェの裾をめくろうとした。


 思い切りぶん殴った。


「痛ってぇ、なにすんだよ! どうなってるか見ただけじゃんか!」


「はぁっ!? 言っとくけど、私女の子だよ!」


 ウィリアムは、私が”女子”だってことが相変わらずわからないようだ。


「ごめん。なんかヒラヒラして、涼しそうだったから。ちょっと着てみたくて……」


 ウィリアムが興味津々でネグリジェを見つめた。

 そういえば、私もこの格好は落ち着かない……ウィリアムに着せてもいいかも。


 きっと似合う!


「レイ兄さんの服取ってきてくれたら、これ (ネグリジェ)、ウィルに貸してあげる」


「マジで! 行ってくる!」




【アンフェール城上級騎士寮・レイ視点】



「さっき、ルーのいた客室に陛下と北の城のアスモデウス殿下がいて……争ったような物音が聞こえた」


 廊下を早足で歩きながら、オスカー兄さんが小声で言った。

 普段おっとりと構えている兄さんが、いつになく深刻な表情をしている。



「争った……アスモデウス殿下と陛下が!? まさか、ルーを巡って!?」


「わからない。だがもう、そこ(北の城)まで噂が広まってるとは……」


 オスカー兄さんが表情を曇らせた。


「何かあったら俺が足止めをするから、お前はウィルとルーを連れて城の教会の結界へ行け。いいな。あそこは悪魔は入れない」


「アスモデウス殿下レベルは、兄さん一人じゃ無理だろ」


「ダメだ、ウィルだけじゃ不安だ。ルーを守れない」


「フフッ……兄さんは過保護だなぁ」


「じゃあそういうことで、ウィルにはあとで話そう」



 食堂に着くと、兄はいつもの穏やかな表情に戻り、食堂のおかみさんに挨拶していた。

 トレーにサンドイッチやハムや果物を乗せ、飲み物のボトルを手に俺達は部屋へ戻った。


 +++


「あ、おかえり!」


 窓を開け部屋の掃除を済ませたネグリジェ姿のウィリアムと、ボクの支給品のTシャツと短パンを着た妹ルーシーが満面の笑みで俺たちを出迎えた。



「汚ったなかった~、最後に掃除したのいつ?」(ルーシー)


「したことねぇかも」(オスカー)


「え~~~~」(ルーシー&レイ&ウィリアム)


「そんなことより、さあ、食べようぜ!」(オスカー)



 妹ルーシーに王宮の客室で起きたことは一切聞かず明るく振る舞うオスカー兄さん。そんな兄の心配も知らず、ルーシーとウィリアムは楽しそうに騎士見習試験の話を始めた。


 王都にある大きな商家の息子と友達になったことや、僕の模範演技も話題にあがった。体術の優勝者に歌を歌う約束をした話に(笑)吹き出したりした。


 ”聖なる光に選ばれし勇者”となった妹。

 王都の城の騎士寮で、妹ルーシーを守るため兄3人集結!


 今、このことが尋常じゃない状況だっていうのを理解しているのは、僕とオスカー兄さんだけのようだった。


【アンフェール城上級騎士寮・ルーシー視点】

 ※王暦1082年3月31日。


 翌朝


 目が覚めると……ベッドに私とネグリジェを着たウィル、床には黒い隊服姿のオスカー兄さんが大の字で寝転がり、レイ兄さんも同じ黒の隊服姿で自身の剣を抱きしめながら壁にもたれ眠っていた。


 私は昨夜、早々にネグリジェをウィリアムに渡し、レイ兄さんのパジャマ代わりのTシャツ短パンを借りた。兄弟の中で一番レイ兄さんの匂いが()()()。 他二人の匂いは……敢えて言わないでおこう。


 予想はしていたが、ネグリジェを着たウィリアムと”女子ごっこ”をしてはしゃぎ、おしゃべりしているうちに、そのまま疲れて眠ってしまった。フフフフ……楽しかった。



 コンコン


 ノックの音に目を覚ましたレイ兄さんがドアを開けると、昨日王宮で会ったルームメイドのノエルさんが笑顔で立っていた。そのわきに、豪華な食事が乗ったカートが目に入った。


「おはようございます。ルーシー様とそのご兄弟様に朝食をお持ちしました。それと、クリーニングしていたお召し物とルーシー様へ……陛下からです」


 赤い蝋で封をした手紙を手渡された。


“陛下から“と聞き、とっさに皆の表情が強張った。


  手紙を開けると、


 “昨夜は、悪かった。

  勇者ルーシー、お前を我がアンフェール城の騎士見習として歓迎する“


 手紙を読み上げると、文字からチラチラと青い炎があがりあっという間に燃え尽きた。


「陛下が、謝るなんて……何があったんだ?」


 オスカー兄さんが私に聞いた。


「陛下がなんでも望みを叶えてやるって……その”悪魔の契約”みたいなものを迫ってきたから、勇者の剣で……」


「もしかして、あの音……あれ、お前がやったのか? てっきり悪魔同士のいざこざかと」


「軽く振っただけなのに、すごい威力で……大変なことになっちゃって、()()()()()()


 驚き、そして頭を抱えるオスカー兄さんの横で、ウィリアムが運ばれてきた朝食を頬張った。


「うまっ!」


「バカ、何か入ってるかもしれない……」


 オスカー兄さんは不安の色を滲ませたが、


「大丈夫だって、うまいぞ!」


 ガツガツとたいらげるウィリアムを見て、オスカー兄さんもパンを手に取った。

 その様子を見ていたレイ兄さんが、リンゴを取り小さいナイフで切り分けてくれた。


「大丈夫みたいだよ……で、そもそもなんだけど。なんでルーは、陛下のところに”召喚”されたの?」


 レイ兄さんが、私の顔をじっと見つめた。


「あ……」


 そういえば兄たちにべリアスさんとの経緯をちゃんと話してなかったことに、私はいまさら気付いた。



「ごめんなさい。ちゃんと説明するね」


 レイ兄さんが切ってくれたビックリするほど美味しいリンゴをつまみながら、これまでの詳しい経緯を正直に話した。



(説明中)


 +

 +

 +



「……つまり陛下は、ルーを男だと思って指輪の契約をして勇者になったルーの”魂”と引き換えに”望みを叶えてやる”と交渉してきたんだね」


 レイ兄さんが綺麗に話をまとめたが、意義ありっ。


「交渉なんかじゃないよ、セクハラ! 強姦! 勇者の剣が無かったらどうなっていたか」


 それを黙って聞いていたオスカー兄さんが口を開いた。


「ルー、陛下に失礼だぞ。悪魔の陛下からみれば、自分を封印することのできるお前が脅威なんだ。そのお前が陛下を自由に召喚できるんだ。とんでもない状況に陛下が慌てるのも無理もない」


「なに言ってんの!? 慌てて床ドン!? って、ナイナイナイナイ! あれは強姦だよっ!」


「強姦は、さすがに言い過ぎじゃあ……」


 そうだ……オスカー兄さんは近衛騎士。

 近衛騎士とは、陛下に忠誠を誓った騎士の中の”最上位騎士!”


「でも、仮にそうだとしたら……ルーと契約を結ぶために、俺たちを人質に使ってもおかしくないかもね」


 レイ兄さんが、さらっと怖い事を言った。


 その横のベッドの上で、ネグリジェ姿で“いやん~”と、食事しながら女子演技を続けるウィリアムにオスカー兄さんがため息をついた。


「はーーーっ(ため息)。ウィル、真面目に聞け……」


「心配ないって。……だってさ、そんな事したら勇者のルーが、ものすご~く怒って国中の悪魔全員封印しちゃうことぐらい陛下だって予想すると思うよ」


 ウィリアムが私を見て”ニヤッ”と笑った。



「うん、もちろん」



 躊躇の無い私の返事に、オスカー兄さんとレイ兄さんは深く溜息をついた。



「で、ルーはどうしたい? 」


 オスカー兄さんが困ったような呆れたような顔で聞いてきた。


「兄さんたちと同じ騎士になりたい。そして、綺麗な家に住みたい」


「綺麗な家?」


 オスカー兄さんは、困惑の色を浮かべた。


「あれ……じゃあさっきの手紙に書いてあったよね。謝罪の言葉と“アンフェール城の騎士見習として歓迎する“って。ルー、騎士にはなれるみたいだよ」


 レイ兄さんがパンを頬張りながら私に言った。


「……裏がありそうで怖いよ」


「そうか? もう少し、陛下を信用してみてもいいんじゃないか? ルーが思っているより、陛下は()()()()()()()方だぞ」(オスカー)


 陛下を一番近くで警護するオスカー兄さんの言葉に、他の二人兄は小さく頷いた。


 思い起こせば……昨夜の食事も驚くほど美味しかった。

 フワフワのベッドも綺麗で、豪華な部屋も本当に嬉しかった。


 3人の兄は、国王べリアスを“真面目で優しい”と言っている。

 信じてみてもいいのかもしれない。


「陛下のことは、……もう少し、考えてみようかな」


「そうか、わかった」


 オスカー兄さんが私の頭をグリグリ撫でると、続けてレイ兄さんが私の頬をムニュムニュしだした。


 +++++


 三人の兄は朝食を済ませると黒い隊服に着替え、勤務先であるアンフェール城内訓練所へ出かけていった。


 オスカー兄さんは第二部隊副隊長と王宮の近衛騎士を兼任していて、週2回王宮に勤務している。


 優秀な騎士のみ任される近衛騎士という役職は私の憧れでもある。

 いつかあの青い隊服を身に着け王宮を守る仕事に就くことが出来たら、かっこいいだろうな♪


 なーんて希望に夢を膨らませ、翌日の騎士見習合格発表&任命式を待ちながら、オスカー兄さんの部屋で身を潜めていた。


 この時点での私は”()()()()の勇者”になった件について、その責任やら重大性を全くもって理解してはいなかったのだった。



ご覧いただきありがとうございます!


2021/5/18 気になっていた箇所直しました。

2021/9/22 誤字そのほか、気になる箇所直しました。

2023/1/15 気になる箇所、訂正しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誹謗中傷かと思われなくて良かったです。引き続き読ませていただきます。 追加返信申し訳ないです。
2021/10/14 08:55 退会済み
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