1話 川が氾濫するので何とかしてほしい。
【王都カルカソ東・シール川下流・国王べリアス視点】
※王暦1082年3月23日。
かれこれ一時間くらいだろうか、こうして、川の流れに身を任せているのは。
私は、15年前この国の王になった。
国王となったものの、多種族の住まう国内の政治的な問題や、自然災害、税収、部下たちへの福利厚生、そして外交……
いままで聞いたことも無いような案件が次々と舞い込む。
正直、王がこれほどまで多忙だとは想定外であった。
厄介な会議に招集されそうになっている折、
ある村人が『川の氾濫をなんとかしてほしい』と直談判してきた。身なりを変え、案件の場所へ赴いたところ、足を滑らせ雨後の増水する川へ転落してしまった。
自力で水の中から出ることもできたが、ここのところ城の中に籠りきりで公務公務の息の詰まるような毎日。
晴れた空を眺めながら荒れ狂う水しぶきを浴び、ただただ流れに身を任せていた。
幸い、側近も従者も連れてこぬゆえ騒ぐ者もおらぬ。
このまま海に行きつくのも、悪くはないな。
海岸には水着を着た女たちが戯れておるのだろうか……
川幅が広がったのか、流れがだんだん緩やかになり、川の中州から飛び出た一本の木の枝に上着が引っかかった。
もう、止まってしまったか……どうにか海までは流れ着きたいな。
どれ……枝に引っかかった上着を脱ごうともがいていると、
「おっさーーーーん」
遠くから声がした。
”おっさん”?
無礼な!
声をした方を睨み返すと、黒いフードを被った少年が手を振っていた。
「いま、そっちに行くからー」
長い棒を手に持ち駆け出した。棒の先端を川底に着けると、フワリと高く飛び上がった。
一瞬で目を奪われるというのは、こういう事なのだろうか。
風を受けたフードが外れ、一つにまとめられた赤い髪が光を浴びて輝き、少年は宙を舞うように回転し中洲へ着地した。
そしてすぐさま川へ入り、枝から俺を外し中洲へ引き上げ、私の顔を深い青い瞳で覗きこんだ。
「大丈夫ですか? 怪我は無い? 痛むところは?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
「良かったー。どっから流れてきたんだ?」
「王都の近くだ」
「お、王都! そんな遠くから!? なんで!?」
「川の治水計画を担当していて、氾濫の様子を見に……うっかり足を滑らせて……」
「鈍くさいんだな。けど、無事でなによりだ、僕は……ルーカス。王都に“騎士見習の試験”を受けに行く途中だ」
“鈍くさい“は心外だが、笑った顔は男にしては可愛らしく、差し出された手は柔らかく華奢だった。
「向こう岸まで行くけど歩ける? 大丈夫、浅瀬を通るから」
+++
岸に着き、普段は外ではあまり魔力を使わないが、ずぶ濡れの私の服と、少年の服を乾かすため魔力を使った。
「すごーい! おっさん魔法使いなのか?」
注がれる尊敬の眼差しに自尊心がくすぐられる。
「いや、魔力を魔法に変換しているだけだ。……見たことがないのか?」
「はい、跳躍するときや、弓矢や剣に魔力を込めたりはするけど、おっさんの、こういう使い方は初めてです」
「“おっさん“ではない、べリアスだ」
「あ、すいません。べリアスさんは、建設関係のお仕事をされているんですか?」
急に言葉遣いが変わった。ちゃんと敬語がつかえるじゃないか。して、建設関係とは……。
「建設関係?」
「あ、さっき、治水計画とか、仰っていたので……」
ああ、それを建設関係と言うのか?
「ああ、だが、なかなか良い案が見つからなくてな」
「う~ん、川の治水工事か……僕の知る範囲だと、いくつか対処法があるけど」
「言ってみろ」
「川幅を広げる、川底を削る、堤防を作る、上流に降った雨をダムにためる、新しい川をつくる、とかかな」
「詳しいな、どこでそれを?」
「あ、独学です。村を流れる川がよく溢れて大変だったので」
私はすかさずメモをとった。
見た目、身体能力、頭も悪くない、こいつは使えそうだな。
騎士見習い……か、という事は我が城(アンフェール城)に出入りするのだな。
まだ若いが、私の傍で側近見習として育ててみるのも面白いと考えたが……初心な少年に、いきなり“契約を結べ“と迫り、”気持ち悪い“などと思われ、即断られたら……クソ、もう少し若く美しい身なりで来るべきだったと考えを巡らせていると……
「あの、べリアスさん。よろしかったらでいいのですが……しばらく王都におりますので、何か困ったことがございましたらお手伝いいたしますので連絡先を……」
まさかの相手からの提案に私の口角が上がった。
「ほう、お前から言ってくれるとは……ルーカスと言ったな。では、髪を一本頂こう」
少年の気持ちが変わらぬうちに、早急に契約の儀式を始める。
「髪?」
ルーカスは不思議そうな表情をし、髪を一本抜き私に手渡した。
それを私の右手の中指に巻き付け、魔力を注ぐと、細い銀色の指輪に変換した。
「凄~~~い!」
キラキラした目で見つめるルーカスに、私も自身の髪を1本抜きその右手を取った。
「で、お前にはこれを……」
右手の中指に巻き付け、魔力を込め息を吹き掛け銀の指輪に変化させた。
「これで、契約完了だ」
「うわぁぁぁ、素敵!」
指輪をはめた手を何度もひっくり返しながら、うっとりと見つめる姿は、まるで“乙女“のようで、思わず唾を飲み込んでしまうほど美しかった。
“少年愛”
という言葉が頭をよぎった。
まさか私が男に惹かれる、などとは……
太古の神ゼースが、美しい少年に酒を注がせるために攫ったという逸話も、聞かされた時は半信半疑だったが、このような少年であったのなら私も理解できる。
「これは、“私がお前を、お前が私をいつでも呼び出せる”契約の指輪だ。自分で外すことは出来ないが、お互い同意のうえ、契約した相手から外すことは可能だ」
「呼び出せるって!? べリアスさんを!? 私が!?」
「何かあったら、私を頼れ」
「でも、そんな……お仕事中とか、お休み中に呼び出されたら迷惑ですよね。呼び出しても構わない時間帯とか、曜日とかありますか?」
そう、大抵は一方的に私が呼び出す方の契約を結び、相手には望みを叶えてやるのが一般的だ。
だが、今回私は少年の望みすら聞かぬ状態で契約を急いでしまい、自らの召還を対価にしてしまった。
まあいい、この契約は簡易で、解消するのも“お互いの同意のうえ”である。
この少年との本契約はのちのち……
「……あの、聞いてますか?」
「あ、ああ、済まぬ。そうだな……今は、忙しくてな」
「それでしたら、べリアスさんの都合の良いときでよろしいので、何かありましたらお呼び出し下さい。ちなみに、1週間後は、騎士見習の試験がありますので、申し訳ありませんが、その日の呼び出しはご遠慮願います」
なんというか……この年齢の少年としては、なかなか出来た気遣い。ますます手に入れ、傍に置きたい衝動に駆られる。ここで、また私の魔力を見せつけ、王として威厳のある姿を現せば、自ら私に仕えることを望むに違いない。
「……分かった。では、私は王都へ戻るが、ルーカス、お前も一緒に来るか? 助けてもらった礼だ」
魔法陣を展開すると、ルーカスはまた驚き目を輝かせた。
「べリアスさん、さすがです! ……でも、大変嬉しいのですが、僕は歩いて王都へ向かいます。体力を付けるために少しでも鍛えないと……」
小柄な体格を気にしてるのか、はにかむ姿にまた胸が締め付けられる。
「そうか」
では、少し強引に……と、手を伸ばそうとすると、
「僕、立派な騎士になって、悪魔の王をぶっ倒すんです!」
ファイティングポーズを決めてニッコリと笑った。
!
「ぶっ……倒…
「べリアスさん、じゃあ、また王都で!」
魔法陣は青い光を放ちながらグルグルと回転し、いい笑顔で両手をブンブン振るルーカスの姿をかき消した。
“悪魔の王をぶっ倒す”……だと!?
……私の、事か!?
はじめまして。
ご覧いただきありがとうございます。
管理人R…です。
稚拙な文章で恐縮すが、楽しんで頂けましたら幸いです。
※2021/6/16行間等気になる箇所訂正しました。
2023/1/16気になる箇所訂正しました。作中、日付入れました。