時計屋の古い時計
これは、怪談や噂話が大好きな、仲良し3人組の女子生徒たちの話。
「その時計は、
必ず10分進んでしまう時計なんだって。」
「それって、故障してるだけじゃないの。」
「それが、何回直しても、
次の日には10分進んでるんだって。」
「まさかそれが、
幽霊の仕業だなんて言うんじゃないでしょうね。」
「でも、そうとしか考えられないんだって。」
「幽霊って、
時計を直したりできるのかな?」
放課後の学校。
大半の生徒が、下校するか部活動に勤しんでいる時間。
学校の教室に、仲良し3人組の女子生徒たちが集まっていた。
黒くて長い髪の女子生徒。
髪を頭の左右に分けて結っている、ツインテールの女子生徒。
おかっぱ頭の女子生徒。
これが、その仲良し3人組。
その3人は、学校の授業が終わると、
よくこうして教室に居残っては、おしゃべりをしていた。
話題はその日によって違うが、
特に怪談が大好きで、
怪談を仕入れてきては、その謎解きをしていた。
そんなことをしていると、
人から怪談の謎解きを、相談されることもある。
今日、その3人のところにやってきたのも、
そんな相談のひとつだった。
「あの子、今日は遅いわね。」
長い髪の女子が、
教科書をパラパラとめくりながら言った。
「なんかね、
隣のクラスの子と、ちょっと話があるらしいよ。
もう少ししたら、来るって言ってた。」
おかっぱ頭の女子が、
近くの席に座って、のんびりと応えた。
その2人が、放課後の教室でそんな会話をしていると、
廊下をバタバタと走る足音が近付いてきた。
その足音が教室の前まで来ると、勢いよく扉が開かれる。
足音の主は、ツインテールの女子だった。
「ごめん、遅くなった。
隣のクラスの女子と、ちょっと話をしてたんだ。」
早口でそう言いながら、
大股歩きでその2人の前まで近付く。
勢いよく振られたその腕には、
色鮮やかな細い腕輪が、はめられていた。
それを見て、おかっぱ頭の女子が話しかける。
「それ、新しい腕輪?
かわいいね。」
ツインテールの女子が、腕を上げて見せる。
「これ、新しく買った腕時計なんだ。
いいでしょ?」
「うん。
色がきれいでかわいい。」
腕時計を褒めてもらって、
ツインテールの女子は嬉しそうにしている。
しかしそれから、
ちょっと真剣な顔になって、話を始めた。
「あたし、
隣のクラスの女子から、相談されたことがあって。
この腕時計にも関係があるんだ。
2人とも、話を聞いてくれる?」
ツインテールの女子の真剣な様子に、
長い髪の女子とおかっぱ頭の女子は、お互いに顔を見合わせる。
そして、話の先を促した。
「私は、聞いてもいいわよ。」
「わたしも、聞いてみたい。」
ツインテールの女子が、
隣のクラスの女子から受けた相談の、その説明を始めた。
「この腕時計なんだけど、
商店街の時計屋で買ったんだ。
ほら、学校の近所の商店街で、
店の外に、大きな時計がある店があるでしょ?
相談してきたのは、その時計屋の女子なんだけど。」
腕時計を見せていた腕を下ろして、話を続ける。
「相談っていうのは、
その店の外にある、大きな時計についてなの。
店の外の大きな時計が、ズレちゃうんだって。
何度直しても、またすぐ時計がズレちゃって、
それで困って、あたしに相談してきたんだよ。」
そこまで話を聞いて、長い髪の女子が疑問を挟む。
「時計が何度もズレるのは、故障してるんじゃないの。
修理すればいいじゃない。」
「あたしもそう言ったんだけど、
何か事情があるらしくって、修理は出来ないみたい。」
おかっぱ頭の女子が、小声で言う。
「それじゃあ、交換するのはだめ・・・なのかな。」
「それが、その時計は大事な時計らしくって、
交換したり捨てたりはしたくないんだって。」
長い髪の女子が、読みかけだった教科書を手に取りながら言う。
「いずれにせよ、それは時計屋の仕事よ。
ただの女子生徒である私たちに、出番があるとは思えないわ。」
素っ気なくそう言うと、教科書に視線を落としてしまう。
おかっぱ頭の女子は、オロオロと2人を交互に見ている。
どうやら、長い髪の女子は、
この相談に関わることに、気乗りしていないようだ。
相談内容が時計の修理、などと言われては、
そうなるのも無理はないだろう。
だから、ツインテールの女子は、
2人の興味を惹くために、とっておきの情報を持ち出してみせた。
「じゃあさ。
その時計がズレる原因が、
幽霊の仕業だって言ったら、どうする?」
長い髪の女子の、教科書をめくる指の動きが、ピクッと止まった。
とっておきの情報の効果は、てきめんのようだった。
その後、放課後の学校から出たその3人は、
件の時計屋があるという、近所の商店街にやってきた。
ツインテールの女子の説得が実って、
とにかく事情を聞いてみようということになったのだった。
その商店街に入ってすぐに、
探すまでもなく、その時計屋は見つかった。
「あれが、相談してきた女子の時計屋だよ。」
ツインテールの女子が指差す。
その時計屋は、商店街と駅を結ぶ道にあった。
商店街を抜けて駅に行く人なら、大抵は通るであろう道。
今も、通勤通学の人が何人も通っている。
そこに、その時計屋はあった。
「あそこにあるのが、
時間がズレるっていう、その時計なのかな?」
その時計屋の建物の壁には、
人でも入れそうな、大きな時計が設置されていた。
その3人が、
その時計屋の時計を見上げた時。
時計屋の時計の針が、午後5時を指すところだった。
針が午後5時を指し示すと、
据え付けられた鐘が、
カラーン。カラーン。
と、大きな音を5回、打ち鳴らした。
その鐘の音は思ったよりも大きなもので、
近所の家なら、家の中にいても聞こえそうなほど。
そして、鐘の音が鳴り終わると、
今度は、飾り付けの小屋の扉が開いて、
中から小人の人形たちが、並んで現れた。
小人の人形たちは、手にした楽器で楽しそうに音楽を奏で始める。
その小人の人形は家族連れのようで、
老人から子供まで、楽しそうに音楽を演奏している。
そうして、音楽の演奏が終わると、
並んでお辞儀をして、小屋の中に引き上げていった。
「時報だけじゃなくて、
小人さんが出てきて音楽を奏でるなんて、
可愛らしい時計だね~。」
おかっぱ頭の女子が、両手を合わせて喜んでいる。
長い髪の女子とツインテールの女子は、ちょっと困った顔でそれに続く。
「ええ、素敵な時計ね。
でも・・・。
時間が、ズレてるわね。」
「うん、そうだね。
あの時計こそが、
話にあった時計で、間違いないみたい。」
ツインテールの女子が、腕時計を指して見せる。
腕時計が指している時間は、午後4時50分過ぎ。
今、時計屋の時計が知らせた時報は、午後5時。
あの時計屋の時計は、本来の時刻より10分ほど進んでいた。
長い髪の女子が、視線を2人に移して言う。
「確かに、あの時計屋の時計が10分進んでるのは、確認出来たわ。
それが幽霊のせいだとは思えないけれど、
一応、話を聞いてみましょうか。」
「うん。」
そうしてその3人は、時計屋の入口のドアに手をかけた。
「いらっしゃいませー。
あっ、来てくれたんだ。」
時計屋に入ったその3人を、
同じくらいの年代の女子が、明るい笑顔で出迎えた。
それが相談主の、時計屋の女子だった。
学校から帰ってすぐに店番をしていたのか、
制服の上にエプロンをかけている。
その時計屋の女子に向かって、
ツインテールの女子が、片手をあげて気さくに挨拶する。
「よっ!
店番、頑張ってるね。
みんなで、相談の話を聞きに来たよ。」
その後ろで、
長い髪の女子とおかっぱ頭の女子が、軽く頭を下げた。
「私たちでお役に立てるかわからないけれど、
お話を伺いに来たわ。」
「わたしたちでよかったら、何でも相談してね。」
時計屋の女子も、頭を下げて応える。
「わざわざ来てくれて、ありがとう。
詳しい話は、私の部屋でするね。
さっ、上がって。」
店の奥の、住居に繋がるドアに手招きする。
それから、エプロンを外しながら、奥に向かって大声で呼びかけた。
「おかあさーん!
ちょっと店番お願ーい!」
「おじゃましまーす。」
その3人は、時計屋の女子に続いていった。
時計屋の奥、
住居部分の2階に、時計屋の女子の部屋はあった。
その3人を連れて部屋に入ると、早速相談の詳しい説明が始まった。
相談とは、こうだ。
その時計屋の表には、古い大きな時計が設置されている。
ところが、その時計の時刻が、ズレるようになってしまった。
その時計は、毎時大きな鐘の音で時報を鳴らすので、
ズレていると、間違った時間に時報を鳴らしてしまうことになる。
そのせいで、近隣から苦情が来ているという。
だから、その時計をなんとかしたい。
これが、相談内容だった。
時計屋の女子の話を聞き終わって、
早速、その3人が質問を開始した。
長い髪の女子が、まず質問する。
「その時計、
ズレた時間を、正しい時刻に合わせ直したらだめなのかしら。」
時計屋の女子が、困った顔で応える。
「何度も時間を合わせ直したんだけど、
次の日になると、
いつの間にか、また時間がズレてるのよ。
日中は大丈夫だけど、
夜をまたぐと、また時間がズレてるの。」
おかっぱ頭の女子が尋ねる。
「時間を合わせ直しても、またズレるなら、
時計の機械の故障じゃないかな。
修理は出来ないの?」
「それが、
時計技師だったお祖父ちゃんが、去年亡くなったのよ。
それ以来、
うちには古い時計を直せる人がいなくなっちゃって。
だから、時計を修理することが出来ないの。」
ツインテールの女子が、横から口出しする。
「じゃあもう、
時計ごと交換しちゃったら?」
「あの時計はね、
亡くなったお祖父ちゃんが作ったものなの。
思い出の品だから、捨てて欲しくなくて。」
「他所の人に、
時計の修理を頼んだら駄目かな?」
「うち、時計屋なんだよ?
時計屋が、
自分の時計の修理を、他所に頼んだなんて人に知れたら、
信用問題になっちゃうよ。
そんなの、お父さんが許してくれないよ。
相談するだけでも問題になりそうだから、
あなたたち3人に相談したんだよ。」
「なるほどねぇ・・・。」
そこまで話を聞いて、
その3人は、腕組みをして考え込んでしまった。
思い出の時計は捨てたくない。
でも、今のまま使い続けることは出来ない。
しかし、修理ができる人はいないし、他所に頼むこともできない。
そういう話のようだ。
ふと、忘れていたことを思い出して、
ツインテールの女子が口を開いた。
「ところで、
それがどうして、幽霊の仕業って話になるの?」
「えっと、それはね・・・。」
そう問われて、
時計屋の女子が、言いにくそうに話を続けた。
何度正しい時刻に合わせても、
時間がズレてしまうという、時計屋の時計。
その時計をなんとかしたい。
というのが、時計屋の女子の相談内容だった。
「それがどうして、
幽霊の仕業って話になるの?」
ツインテールの女子が、疑問を口にした。
その横で、
長い髪の女子と、おかっぱ頭の女子も、
うんうんと頷いている。
仕方がない、という風に、
時計屋の女子が、頬に手を当てて話を始めた。
「それがね、
あの時計がズレるようになったのは、
お祖父ちゃんが亡くなってからのことなの。
それにね、
あの時計がズレるのって、大体いつも同じ、
10分進んでるんだよ。
それって、お祖父ちゃんの癖と同じなの。」
「お祖父ちゃんの癖?」
「そう。
亡くなったお祖父ちゃんって、
普段から時計を10分進めておく人だったの。」
それを聞いて、
おかっぱ頭の女子が、手をぽんと打ち鳴らした。
「そういう人、いるよね。
時計を、本当の時間よりも進ませて使う人。
本当の時間よりも、早めに行動するためなんだって。」
おかっぱ頭の女子の話を受けて、
時計屋の女子が頷いて言う。
「そう、そういう感じ。
亡くなったお祖父ちゃんは、時計を10分進ませて使う人だったの。
そして、そのお祖父ちゃんが亡くなってから、
あの時計は、10分進むようになった。
だからそれは、お祖父ちゃんの幽霊の仕業だって。
お祖母ちゃんが、そう言うのよ。
お祖父ちゃんは、仕事中の姿を人に見せたがらなかったから、
だからあの時計も、人知れず10分進むんだって。」
話を聞いて、その3人は考え込んでしまった。
人が幽霊になって、時計の針をずらすなんて、そんなことがあるだろうか。
幽霊に、時間という概念はあるのだろうか。
お祖父さんは、何かを伝えたいのだろうか。
考えている内容は、三者三様だった。
亡くなったお爺さんが幽霊となって、
時計屋の時計の針を、進ませているのではないか。
そんな話を聞いて、その3人は考え込んでいた。
そんなことが本当にあるとは思えない。
しかし、考えてばかりでも結論は出ない。
今は、集められるだけ情報を集めよう。
長い髪の女子は、一先ず思案を中断して、
気になる点を洗っていくことにした。
時計屋の女子に、疑問をぶつけていく。
「あの時計がズレるようになってのは、
お爺さまが亡くなってから、すぐのことかしら。」
「ううん、違うと思う。
あの時計がズレるようになったのは、
お祖父ちゃんが亡くなって、それからしばらく経ってからだと思う。
亡くなった直後からしばらくは、別の時計がズレてた。
家の中に、いくつか古い時計が置いてあったんだけど、
そっちの方が10分進むようになってたの。
その時は、そんなに問題じゃなかった。
だけど、
家にあった古い時計を、全部処分したら、
今度は、店の外にある、あの時計が10分進むようになっちゃって。」
「家の中にあった古い時計は、全部処分しちゃったのね。」
「うん。
亡くなったお祖父ちゃんは、時計技師だったんだけど、
その息子、つまり私のお父さんね、
お父さんは、お店の経営専門なの。
だから、時計の中身については、ほとんど知らなくって。
そのお父さんが、
これから売れるのは、古い機械式時計ではなく、安い大量生産の時計だ!
って言って。
それで、古い機械式の時計は、全部処分しちゃったんだ。
私は、古い機械式の時計も好きなんだけどね。」
ツインテールの女子が、
腕に巻いていた新しい腕時計を見せて言う。
「この腕時計も、この店で買ったんだ。
たった1000円なのに、壊れたら何度でも交換してもらえるの。
お得だよね~。」
ほくほく顔のツインテールの女子に、時計屋の女子がすまなそうな顔で言う。
「ねえ、知ってた?
その時計、原価100円もしないよ。」
「・・・嘘。」
ツインテールの女子の顔が、凍りついた。
「本当だよ。
その時計は、
外国の工場で大量に作って余ってたのを、引き取ったものなの。
だから、一個一個はすごく安いの。
その代わり、壊れやすいってわけ。」
「原価100円もしないということは、
10回交換してもらわないと、元は取れないってこと?」
「そういうことになるね。」
ついさっきまで自慢していた腕時計が、
急に、みすぼらしいもの見えてきた。
しょんぼりしてしまった、ツインテールの女子。
その頭を、長い髪の女子がよしよしと撫でながら言う。
「なるほど。
あなたのお父様は、時計技師ではないけれど、
経営者としては、優秀なようね。」
「・・・そんな話、聞かなきゃよかった。」
その横で、ツインテールの女子が、
腕時計を見て、つまらなそうな顔をしていた。
「お茶でもいれてくるわね。」
そう言って、時計屋の女子が部屋を出ていった。
「ではその間に、
今までの話を整理してみましょうか。」
長い髪の女子が、話の要点をメモにとって、説明を始めた。
舞台は、商店街の時計屋。
その時計屋の女子からの相談。
相談内容。
時計屋の表にある大きな時計が、何度直しても10分進んでしまう。
その時計は、修理が出来る人はいないが、処分はしたくない。
その時計をなんとかしたい。
追加情報。
時計が10分進むようになったのは、
去年にお爺さんが亡くなった後、少し経ってから。
そのお爺さんは時計技師で、時計を10分進ませておくのが癖だった。
だから、お婆さんが、お爺さんの幽霊の仕業だといっている。
「こんなところかしらね。」
長い髪の女子が、メモを読み上げて言った。
丁度そこで、
時計屋の女子が、お茶をいれて部屋に戻ってきた。
全員が車座に座って、お茶をいただく。
部屋に、お茶のいい香りが漂っていく。
ほっと一息ついてから、
長い髪の女子が、話を再開した。
「いくつか、質問いいかしら。」
「いいよ、どうぞ。」
長い髪の女子が、唇を湿らせて質問する。
「表の時計って、
お爺さんお一人で作られたものなのかしら。」
その質問に、
時計屋の女子が、思い出しながら応える。
「えーっと、
確かお祖父ちゃんの話では、
時計を作る作業は、お祖父ちゃん一人でやったと思う。
でも、材料とかは、
当時の商店街の人達が、協力して集めたんだって。」
「ということは、
あの時計の構造は、他の人も知ってる可能性があるわけね。」
「うん。
手伝ってくれた人達は、知ってるかも。」
続いて、ツインテールの女子が質問する。
「あの時計がズレるのって、
正確にはいつ起こるのか分かる?」
「朝になると、時計がズレてるね。
だから、時計がズレてるのは、夜になってからかな。
日中は、時計がズレることは無い・・・と思う。」
おかっぱ頭の女子が、おずおずと口を開く。
「このお家の中って、
手すりが多いんだね。」
「ああ、手すり?
亡くなったお祖父ちゃんが、足腰がよくなかったの。
だから、お祖父ちゃんのために、手すりをつけたんだよ。
でも、もう使う人がいなくなっちゃった。」
「ごめんね。
関係ないこと聞いちゃって。
・・・お爺ちゃんの事、好きだったんだね。」
「うん。
私、お祖父ちゃんも、お祖父ちゃんの時計も、好き。
お父さんは、
古い機械式時計なんて流行らない、って言うけどね。
・・・ごめんね、湿っぽい話になって。
お願いしてるのは私だから、
遠慮しないで、どんどん質問してね。」
長い髪の女子が、メモ帳を片手に質問を続ける。
「あの時計が映ってる、
監視カメラの映像とかは、無いのかしら?」
「うちの店のカメラには、何も映ってなかったの。
他所のカメラになら、何か映ってるかもしれないけど、
時計がズレたってだけじゃ、
他所のカメラの映像を見せてもらうのは、気が引けちゃって。
だから、今すぐ見られる映像は無いと思う。」
質問して得られた情報を、メモに書き取っていった。
さらに追加情報。
時計屋の時計の構造を知っている人は、
お爺さんだけではなく、商店街の中にもいる。
時計がズレるのは、夜から朝にかけて。
お爺さんは、足腰がよくなかった。
時計屋の女子は、お祖父ちゃんが大好き。
「・・・最後の2つは、事件とは無関係かしらね。」
長い髪の女子が、
ペンで頭を小突きながら、メモとにらめっこしている。
そのメモを、ツインテールの女子が横から覗き込んだ。
「時計のズレが見つかるのは、夜から朝の間か。
ということは、
あの時計に何かが起こるとしたら、それは夜遅く。
それを調べるには、お泊り会しかない!」
ツインテールの女子が、ガッツポーズをして言った。
すかさず、長い髪の女子が横槍を入れる。
「そんなわけないでしょ。
あの時計は、時計屋の店の外にあるのよ。
家の中にいて、どうやって調べるっていうのよ。」
「やるなら、
お泊り会じゃなくて、張り込み・・・かな?」
おかっぱ頭の女子が、満更でもない顔で言った。
その言葉が、脱力したツインテールの女子を奮い立たせた。
「お泊り会じゃなくて、張り込みかぁ。
でもまあ、張り込みでも、
刑事や探偵みたいで、楽しいかもしれないか。」
「ちょっと、本当に夜に見張るつもり?」
「だって、
時計が進む瞬間を見張るのが、一番手っ取り早いでしょ?」
「それはそうだけど・・・。」
話が、思わぬ方に向かっていって、
時計屋の女子が慌てて口を挟む。
「3人とも、あぶないことはしないでね?
あの時計は大事だけど、あなたたちの方がもっと大事なんだから。」
そうは言っても、
走り出したその3人を止めることは、もう出来なかった。
そうして、その3人は、
夜の間に、時計屋の時計に何が起きているのか調べるために、
外で張り込みをすることになった。
夜遅くまで張り込みをするとして、
次の日に学校がある平日は、さすがにきつい。
ということで、
週末の土曜日になるのを待ってから、
その3人は、時計屋の時計を見張るために、
夜の張り込みをすることになった。
時は過ぎて、土曜日の夜。
待ち合わせ場所である、その時計屋の前には、
長い髪の女子とおかっぱ頭の女子が、先に集まっていた。
長い髪の女子は、黒いワンピース。
おかっぱ頭の女子は、抑えた色の花柄シャツとロングスカート。
張り込みということで、2人ともなるべく目立たない服装で来たつもり。
「こんな夜遅くに、外に集まるなんて、
どきどきするね。」
おかっぱ頭の女子が、
怖さ半分、嬉しさ半分、という感じの顔をしている。
長い髪の女子が、くすっと笑って返事をする。
「そうね。
ところであなた、
夜に外出するなんて、親御さんの許可は得られたの?」
「うん。
ちゃんと、お父さんとお母さんから許可をもらったよ
お友達と、夜空の写真を撮ってくるって、そう説明したの。
お父さんのカメラも借りて、持ってきたんだよ。」
おかっぱ頭の女子は、鞄を開いてみせた。
中には、立派な一眼レフカメラが入っていた。
「夜空の撮影ねぇ。
あの時計は、高い位置についてるから、
あながち嘘というわけでは無いわね。」
長い髪の女子は、可笑しそうに微笑んでいる。
それから、自分のことを話した。
「私は、両親に、
友達と自由課題をする、って言ってきたわ。」
「自由課題?
怪談の謎を調べるのも、自由課題になるのかなぁ?」
おかっぱ頭の女子も、くすくす笑っている。
そうして、2人が静かに微笑んでいると、
そこに遅れて、ツインテールの女子がやってきた。
「やー、ごめんごめん。
テレビ見てたら、いつの間にか時間が過ぎちゃって。」
手を振りながら近付いてきた、ツインテールの女子。
その格好を見て、長い髪の女子が眉をひそめた。
「あなた、
その格好、何のつもり?」
「え?これ?
おかしいかな。
張り込みっていったら、刑事か探偵の仕事だから、
格好だけでも合わせようと思って。」
ツインテールの女子は、キョトンした顔をしている。
その服装は、
白いシャツに、紺色のキュロットパンツ。
そこまでは問題ない。
問題は、ここから。
その服装の上に、
渋い色のコートを羽織り、チェック模様のキャスケットを被っていた。
コートの前を閉じれば、
テレビドラマに出てきそうな、帽子の探偵の格好だった。
「さすがに、パイプは用意できなかったけどね。
でも、虫眼鏡は持ってきたよ。
犯人探しは、あたしに任せて!」
虫眼鏡を片手に探偵の姿になって、
ツインテールの女子は、得意げに周辺を調べ始めた。
その姿を見て、おかっぱ頭の女子が微笑ましそうに言う。
「その帽子、かわいいね。
このカメラを持ったら、もっと本格的な探偵に見えそう。」
持ってきたカメラを取り出してみせる。
「そうでしょ~。
ちょっと、そのカメラ借りてもいい?」
「うん、いいよ。」
「パシャッ!パシャッ!
このカメラで、証拠品は余さず確保よ!」
「うふふふ。」
ツインテールの女子とおかっぱ頭の女子、
これから張り込みをするという時に、2人で緊張感の無い会話をしている。
そこに、長い髪の女子が小言を挟む。
「あなた、
親御さんには、ちゃんと説明してきたんでしょうね。」
「親?
何も知らないよ。
素直に話したら、外出許可なんてもらえるわけないよ。」
ツインテールの女子は、ケロッとして応える。
「じゃあ、どうやって出てきたの?」
「どうって、窓から。」
「あなたの部屋、2階よね?
行きは、こうして無事に来ているからいいとして、
帰りはどうするつもりなの。」
「・・・あ。
帰りのことは、考えてなかった。
まあ、なんとかなるよ。
木登りは得意だし。」
ツインテールの女子の返事を聞いて、
長い髪の女子は、頭を抱えていた。
それから、その3人は、
時計屋の時計が見える位置にある、路地の物陰に身を隠した。
これから夜通し、そこで張り込みをする予定になっていた。
その3人が、時計屋の時計の見張り始めてから、少し経って。
丁度、午後10時になった。
しかし、時計屋の時計は、
午後10時を指しているのに、
時報を鳴らすことはなく、静かなままだった。
「時計屋さんの時計、鳴らないね?」
おかっぱ頭の女子が、
時計屋の時計の方に視線を向けたままで言った。
「ああ、それね。
あの時計、
朝の8時から夜の8時の間の日中しか、時報が鳴らないんだって。
夜、寝ている時に、大きな音で時報が鳴ったら困るでしょ?
商店街の方でも、
音が出る広告とかは、日中しか使わないように決めてるんだって。
時計屋の女子から、聞いた話だけどね。」
ツインテールの女子が説明した。
それを聞いて、長い髪の女子が、納得して応える。
「なるほど。
だから、あの時計屋の時計の時間がズレてると、困るのね。」
「何が?」
「あの時計が10分進んでいたら、
朝8時の時報が、朝7時50分に鳴っちゃうじゃない。
それは、商店街の取り決めに反することになる。」
「あー、なるほど。」
「なるほどねー。」
説明を聞いて、ツインテールの女子とおかっぱ頭の女子も納得したようだ。
意図せず、
時計屋の時計がズレていると困る理由を、もうひとつ見つけてしまった。
「それはともかく、
今は、あの時計の時間がズレていない事は、2人とも確認したわね?」
長い髪の女子の確認に、
ツインテールの女子とおかっぱ頭の女子が、時計を確認して頷く。
その時、
時計屋の時計も、
3人がそれぞれ持っている時計も、
同じ夜10時過ぎを示していた。
その3人が、時計屋の時計の見張りを始めて数時間。
夜が、とっぷり暮れて、
深夜と呼べる時間帯になっていた。
張り込みを始めてすぐの時間帯は、まだ人通りは多かったが、
それも徐々に減っていき、
今や、辺りにはその3人しかいなくなっていた。
商店街の明かりは消され、
月明かりの他には、
火災報知器や非常口の明かりが、点々としているだけだった。
「だぁーれも、こないねー。」
張り込み中に、ぺちゃくちゃとおしゃべりするわけにもいかず、
ツインテールの女子が、飽き切った様子で小声を出した。
たるみきったその背中を、長い髪の女子が小突く。
「油断しないで。
もしも、誰かが時計を触りに来るとしたら、
丁度、今くらいの深夜の時間帯だと思うから。」
「どうして?」
「だって、
時計屋の時計を触ってる人がいたという目撃情報が、全然無いんですもの。
あんなに目立つ位置にある時計を、誰かが触っていたら、
調べなくたって、目撃情報が集まると思うわ。
商店街の人達の間なら、すぐに噂も広まるはず。」
「それもそうだね。」
おかっぱ頭の女子が、うんうんと首を縦に振って感心している。
しかし、ツインテールの女子は、もうひとつ反応が薄い。
「そうかなー。
時計屋のお爺さんの幽霊が犯人だったら、
目撃情報も何も無いんじゃないの。」
「その場合も、
幽霊が出るなら、夜中でしょう?
だったらどっちにしろ、今の時間帯になるはず。
そもそもあなた、
幽霊が原因だなんて、全然思ってないでしょうに。」
「それはそうだけど・・・」
ツインテールの女子が、
口を尖らせて、ぶーぶー言っている。
「・・・待って、あそこ、誰か来たんじゃないかな?」
その声を止めたのは、
おかっぱ頭の女子の、そんな一声だった。
その3人が、張り込みに飽きかけてきた時。
おかっぱ頭の女子が、時計屋の時計の方を指差して言った。
「ねえ、あれ。
誰か来たんじゃない?」
言われて、
長い髪の女子とツインテールの女子も、そちらを見る。
夜の闇でよく見えないが、
時計屋の時計の前で、何かがうごめいているように感じる。
夜の闇の中でうごめく黒い影。
どうやらそれは、人影のようだ。
時計屋の時計の前で、人影が何かをしようとしている。
「犯人だ!
捕まえよう!」
飛び出していこうとする、ツインテールの女子。
その首根っこを、長い髪の女子が捕まえる。
「慌てないの。
まだ犯人なのか、わからないでしょ。
ただ時計屋の前にいるだけで、無関係かもしれないし、
関係があったとしても、決定的な証拠が欲しいわ。」
そう言われては、今は引き下がるしか無い。
飛び出しかけたツインテールの女子は大人しくなり、
時計屋の時計の見張りを続けることにする。
そうして観察していると、暗闇の中でも、見えてくるものがある。
時計屋の前に立っている人影は、中肉中背。
恰幅と動き方から考えて、男のように見える。
野球帽のようなものを被っていて、顔は見えない。
そして、肩には何か大きなものを担いでいるようだ。
その人影は、
肩に担いだ大きな物を下ろすと、
それを開くようにして固定した。
どうやら、肩に担いでいたのは脚立のようだ。
時計屋の時計の前に脚立を置いて、その上に上がっていく。
脚立を上った先には、時計屋の時計がある。
その人影は、時計屋の時計に近付くと、
もうひとつ、手に持っていた荷物から、何かを取り出した。
そのまま、時計屋の時計を触っている。
「暗くて見えにくいけど、
あの時計を触ってるよね?」
「ええ、そうね。
手に持っていたのは、工具箱か何かかしら。
工具を取り出して、時計に何かをしているのかしら。
暗くて遠くて、よく見えないけど。」
「きっと時計の針を触ってるんだよ。
証拠になるように、写真に撮っておこう。
あたしが近寄って、写真を撮るから。
カメラ、借りるよ。」
「待って、1人じゃあぶないよ。」
「何かあった時に助け合えるように、3人で行ったほうが安全かしら。」
その3人は、
時計屋の時計を触っている人影の写真を撮るために、
身を潜めていた路地から、おっかなびっくり出ていった。
その3人は、身を潜めていた路地から出ていくと、
時計屋の時計を触っている人影の近くに、そっと近付いた。
そして、
その様子を、そっと写真に撮った・・・つもりだった。
しかし、カメラを構えていたツインテールの女子が、
カメラの操作に詳しくなかったのが災いした。
盛大に、フラッシュを光らせてしまったのだ。
「うお!?なんだ?」
フラッシュの光に驚いて、
時計屋の時計を触っていた人影が声を上げた。
声の感じから、若い男のようだ。
慌てた長い髪の女子が、小声でツインテールの女子を叱る。
「ちょっと!
写真を撮るなら、こっそり撮りなさい!
フラッシュなんて光らせたら、
こっちが見つかってしまうでしょう!」
「ごめーん!
本格的なカメラなんて、
あたし、触ったことなかったんだもん。
探偵の雰囲気を味わいたくって、
それで撮影役を買って出ただけだったの。」
怒られた本人は、
自分の頭をゲンコツで軽く小突いて照れている。
おかっぱ頭の女子が、
長い髪の女子の肩を揺すって言う。
「ねえ!
言い争いをしてる場合じゃないよ。
泥棒に見つかっちゃった。」
泥棒。
その言葉を聞いて、
長い髪の女子と、ツインテールの女子は、ギョッと顔を見合わせた。
そうなのだ。
人の家のものを勝手に触るのは、褒められることではない。
目の前の男が、時計屋の家族でも無い限り、
それは、泥棒と言えるのかも知れない。
そのことに気がついて、
ツインテールの女子が、止せばいいのに、
腰に手を当てた仁王立ちになって、
びしっと人差し指を向けて言った。
「あんた!
そんなところで何してるの!?
泥棒なんでしょう!
観念しなさい!」
突然フラッシュの光を浴びせられ、
さらに、見ず知らずの女子生徒に叱られ、
驚いたその男は、
泥棒と指摘されたことに、怒鳴り散らして反論し始めた。
「お、俺は、この時計の修理をしてただけだ!」
その言葉に、長い髪の女子が、横から口を挟む。
「あら、それは変ね。
私たち、この時計屋の人に話を聞いたけど、
この時計を修理出来る人は、この時計屋にはもういないはずよ。
あなた、この家の人でもないのに、時計を修理していたのかしら。」
冷静に誤りを指摘されて、その男は更にうろたえた。
「う・・・うるさい!
お前達こそ、何者なんだ。
この家の人間じゃないなら、口を挟むな!」
「あたしたち、
この家の人に頼まれて、この時計を見張ってたの。
だから、立派な関係者よ。」
「い、今、
この時計屋さんの人を、呼んでやるんだから!」
おかっぱ頭の女子が、時計屋に駆け込もうとする。
人を呼ばれそうになって、その男は完全に逆上してしまった。
逆上した男は、脚立から降りると、
おかっぱ頭の女子に襲いかかっていった。
人を呼びに行くと言われて、
時計屋の時計を触っていた男は、完全に逆上したようだ。
脚立から降りると、おかっぱ頭の女子の前に立ちはだかった。
「俺は泥棒じゃないが、
人を呼ばれると困るんだ。
それでも人を呼ぼうとするのなら、
お前には、人を呼びたくなくなるようなことをしてやる。」
その男は、おかっぱ頭の女子に襲いかかろうと、にじり寄っていく。
ツインテールの女子が、長い髪の女子と小声で相談する。
「まずいよ。
このままじゃ、逆上した男に何をされるかわからない。」
「ええ、そうね。
せめて時計屋の人を呼ぶまで、
なんとか大人しくさせられないかしら。」
そう問われて、
ツインテールの女子が、長い髪の女子の体を見た。
長い髪の女子は今、黒いワンピースを着ていた。
そのワンピース姿を、上から下へ、じろじろと見てから口を開いた。
「あたしに、
いい考えがあるんだけど、協力してくれる?」
「いい考えって何?」
泥棒の男に話を聞かれないように、
ツインテールの女子が、長い髪の女子の耳元でひそひそと話す。
話を聞いて、長い髪の女子が耳を赤くして応える。
「な、何よそれ!?
私に、そんなことをしろっていうの?」
「お願い!
今、この場でそれが出来るのは、あんたしかいないよ。
ちゃんと、備えはしてあるんでしょう?」
ツインテールの女子が、両手を合わせてお祈りしている。
確かに、伝えられたことは、自分にしか出来そうもない。
備えも怠り無い。
仕方がなく、観念して応える。
「うー。
仕方がないわね。
この貸しは高いわよ。」
話はついた。
長い髪の女子が、一歩進んで前に出る。
それを見て、男がニヤリと笑った。
「なんだ?
まずお前からやられたいのか?
・・・よく見たら、結構いい女じゃないか。」
その男が、いやらしい視線を向けてくる。
その視線に寒気を感じながら、我慢して応える。
「ええ、ありがとう。
そんなあなたに、
今から、いいものを見せてあげる。」
そう言うと、長い髪の女子は、
着ていた黒いワンピースの裾を、するするとめくっていった。
月明かりに照らされて、白い足が露わになっていく。
「おっ、いい足。」
その男は、ついその足に注目してしまった。
長い髪の女子は、
男が、自分の足に注目してるのを確認して、
それから、すっと足を大股に開いた。
大きく開かれた白い足。
その間から姿を現したのは、屈んだツインテールの女子だった。
その手には、立派な一眼レフカメラが握られている。
スカートの中に身を隠して、注目されるのを待っていたのだ。
「これでも喰らえ!」
目いっぱいにシャッターボタンを押し込む。
すると、一眼レフカメラの大きなフラッシュが光り輝いた。
暗闇の中のその光は、さながら光の爆発のようだった。
長い髪の女子の足に注目していたその男は、
フラッシュの光をまともに直視してしまった。
「なんだ!?
くそっ!さっきのカメラか!」
目を押さえて、身動きが取れなくなっている。
その隙きに、ツインテールの女子がおかっぱ頭の女子に向かって叫ぶ。
「早く!
その男が動けない内に、時計屋に逃げて!
あたしたちも、どこかに逃げるから!」
「う、うん!」
おかっぱ頭の女子が、その男の横を走り抜けて、
時計屋に逃げ込もうとした。
すぐ近くの時計屋に逃げ込むのが一番安全。
そう思ったのだが。
しかしそれは、必ずしも安全策にはならなかった。
慌てて足をもつれさせて、転んでしまったのだ。
「ひゃっ!」
おかっぱ頭の女子が、その男のすぐ近くで無防備に転がった。
それは、朦朧とする男の視界でも、捉えるのには十分な近さだった。
「このっ!」
逆上した男が、手に持った工具を振りかぶった。
おかっぱ頭の女子を助ける術は、もう残っていなかった。
「あぶない!」「逃げて!」
その男が振りかぶった工具が、
おかっぱ頭の女子に当たろうとしている。
それを見て、
長い髪の女子とツインテールの女子が、同時に叫んだ。
止めなきゃ。
でも間に合わない。
そう思った時。
おかっぱ頭の女子と、その男がいる場所の頭上。
時計屋の時計から、何か箱のようなものが落ちてきた。
そしてその箱は、その男の頭に直撃した。
その男は、頭を強打して、
振りかぶった動きをピタリと止めた。
そして、
頭を変な方に向けると、
地面に倒れ込んでしまった。
そのまま、地面の上で痙攣している。
おかっぱ頭の女子は、それを見ることも出来ず、
頭を抱えてうずくまったままになっている。
長い髪の女子とツインテールの女子が、おかっぱ頭の女子に駆け寄る。
「大丈夫だった!?」
おかっぱ頭の女子の体を確認する。
「う、うん。わたしはなんともないよ。」
うずくまっていたのは、防御姿勢をとっていただけだった。
おかっぱ頭の女子に、怪我は無いようだ。
それを確認して、長い髪の女子とツインテールの女子は、ほっとため息を付いた。
それから、脇に倒れている男の様子を確認する。
「こいつ、完全に気絶してるよ。」
ツインテールの女子が、地面に倒れている男の顔を軽く蹴飛ばす。
それでもその男は、何の反応も示さなかった。
長い髪の女子が、腰を抜かして安心する。
「よかった、怪我が無くて・・・。」
ツインテールの女子が首をひねる。
「さっき、上から何か落ちてきたよね?
あれ、なんだったんだろう。」
「さあ?
何にしても、みんな無事で良かったわ。」
長い髪の女子が、
おかっぱ頭の女子の頭を、大事そうに抱きかかえている。
そのおかっぱ頭の女子は、
もうすっかり冷静さを取り戻したようで、
1人離れていくと、
地面をごそごそと探って、何かを拾い上げて持ってきた。
「さっき落ちてきたのって・・・これかな?
これ、見た目よりすっごく重いよ。
なんだろう。」
おかっぱ頭の女子が拾い上げたのは、古い工具箱だった。
騒ぎを聞きつけたのか、時計屋の内部に明かりが灯った。
そして、
時計屋の女子と、その父親らしい中年の男が、外に出てきた。
「みんな、どうしたの?大丈夫?」
時計屋の女子が、その3人に駆け寄った。
ツインテールの女子が、簡単に事情を説明する。
「うん。
あたしたちは大丈夫。
それはそうと、時計をいじってた奴を捕まえたんだよ。」
まだ地面で伸びている男を、軽く蹴飛ばしてみせる。
それを見て時計屋の女子が、口を手で覆った。
「本当?
そんなあぶないこと、しなくてよかったのに。
みんな無事なの?」
「行きがかり上、そうなっただけだよ。
あたしたちは誰も怪我してないから、大丈夫。
あ・・・でも、1人腰を抜かしてるみたい。」
まだ腰が抜けたままの、長い髪の女子が、
地面に尻餅をついていた。
時計屋の女子の父親が、男の様子を見て声を上げた。
「これは・・・宝石屋の息子さんじゃないか。」
「お父さん、知り合い?」
時計屋の女子が、父親に尋ねる。
「ああ。
この子の父親は、知り合いだよ。
この子のお祖父さんは、
この時計を作る時に、協力してくれたんだ。」
それからしばらくして。
その宝石屋の息子は、目を覚ました。
顔見知りである、時計屋の女子の父親に顔を見られては、
もう逃げも隠れもできない。
観念して、素直に事情を話し始めた。
「じゃあ、あなたは、
あの時計の小人の家に飾られている宝石が目当てで、
それを盗もうとしたの?」
長い髪の女子が、
冷静さを取り戻して、宝石屋の息子に話を聞いている。
宝石屋の息子は、ちょっとふてくされて応える。
「盗むだなんて。
あの宝石は元々、
うちの祖父さんが、時計を作る時に貸した物なんだよ。
時計が使われなくなったら返す。
そういう約束をしていた、って聞いてる。」
「だったら、
素直にそう言えば、返して貰えたんじゃない?」
ツインテールの女子が、当然の疑問を口にする。
言われた宝石屋の息子は、ふてくされたまま応える。
「俺、家の仕事なんて全然手伝ってないし。
商店街の寄り合いにも、顔を出したことがないし。
この時計屋の人達にも親にも、良く思われてないと思うから、
直接は頼みにくかったんだ。
だから、夜中にこっそり回収しようと思ったんだ。
どうせ、飾りの宝石なんて、無くなっても時計には関係ないだろう?」
宝石屋の息子の話は続く。
「あの時計が、取り壊しになるかも知れない。
そんなことを親父が話しているのを、聞いたんだ。
それで俺、居ても立ってもいられなくなって。
うちの親父は、祖父さんと仲が悪かったから、
時計の宝石のことは教えるなって、祖父さんに言われてたんだ。
だから、俺が回収するしか無かったんだ。」
「なるほど、事情は分かった。
あたしはともかく、
あたしの親友たちに危害を加えようとしたのは、許せないけどね。」
「あれは、ちょっと脅かしてやろうと思っただけだよ。」
宝石屋の息子は反省しているのかいないのか。
ツインテールの女子は、イライラさせられていた。
「とにかく、
あの時計の宝石を、取り外そうとしていたのね。
一度で取れずに、何度も取ろうとするなんて、
ずいぶん手際が悪いこと。」
ツインテールの女子の嫌味に、宝石屋の息子はキョトンとして聞き返した。
「何度もって、何のことだ?
俺が宝石を外そうとしたのは、今日が初めてだぞ。」
話を聞いていた、長い髪の女子が、口を挟む。
「どういうこと?
あの時計が、いつも10分進んでいたのは、
あなたの仕業じゃないの?」
「俺があの時計を触るのは、今日が初めてだ。
他のことは、俺は知らないぞ。」
そこで、時計屋の女子の父親が、全員に向けて話し始めた。
「まあとにかく、
今日はもう遅いから、みんな家に帰りなさい。
宝石屋のご主人には、私からよく事情を説明しておく。
表の時計は、すぐに取り壊すわけじゃないから、
次からは、黙って触ったりしないようにね。
あぶないから。」
「はーい。」
その場にいた面々が、揃って返事をした。
片付けをして、全員帰る準備をする。
そこで、おかっぱ頭の女子が、思い出して尋ねた。
「ところで、
さっき上から落ちてきたこの箱、何かな?」
時計屋の女子が、その箱を見て驚く。
「それ、お祖父ちゃんの工具箱だよ。
タンスの中に入れてあったはずなのに、
どうしてこんなところにあるんだろう。
これ、あなたたちに渡してあったっけ?」
その言葉に、その3人は顔を見合わせた。
それから、次の日の日曜日を挟んで、週が明けて。
その3人は、一昨日の夜ふかしのせいで、
ちょっと寝不足を引きずったまま授業を受けていた。
そして、授業を乗り切って、放課後。
その3人は、また放課後の教室に集まっていた。
話題は、あの時計屋の時計について。
長い髪の女子が、
3人集まったのを確認して、口を開いた。
「一昨日の夜は、散々だったわね。
あなたたち、大丈夫だった?」
「うん。
でもあたし、夜ふかしの眠気がまだ残ってるよ。」
ツインテールの女子が、あくびを噛み殺して言う。
「ええ、そうね。
って、あなた、
今日の授業中に、十分睡眠をとってたでしょうに。」
「あれじゃ、寝足りなーい。」
「まったくもう。
そうじゃなくて、体は大丈夫かって話。」
「あー、そっち?
あたしは何とも無いけど。」
それから、
長い髪の女子とツインテールの女子の視線が、
おかっぱ頭の女子に向かう。
あの夜に、一番危険な目に遭ったのは、おかっぱ頭の女子だったから。
2人に心配そうな眼差しを向けられて、おかっぱ頭の女子は微笑んで応えた。
「わたしは、大丈夫だよ。
体も何とも無いよ。
あの時、助けてもらったから。」
「助けてもらった、か。」
「そのことなんだけど・・・。」
長い髪の女子が、咳払いをして話を続ける。
「あの時計屋の時計が、10分進んでいた理由。
私は、あの男のせいだとは思えないの。」
ツインテールの女子とおかっぱ頭の女子も、頷いて同意する。
「そうだよね。
わたしも、そう思ってたよ。
あの男の人が時計を触ったのは、あれが初めてだって言ってたし。」
「あいつの言うことがどれくらい信用できるか、わからないけどね。」
「あの男の証言は置くとして、
あの時計のズレが、泥棒のせいじゃないという理由を、
一緒に考えてみましょう。」
長い髪の女子が、唇を湿らせて話し始める。
「まず、あの時計のズレについて。
もしも、その原因が、
泥棒が時計の宝石を盗むために時計を止めていたせい、
だったとしたら。
その場合、
時計は、進むのではなく、遅れていなければならない。
そうよね?」
おかっぱ頭の女子が、確認するように頷く。
「うん、そうだよね。
時計を触るために時計を止めていたのなら、
時計は遅れる一方のはずだものね。」
「そう。
でもあの時計は、いつも進んでいた。
だからこれは、泥棒のせいではないわ。」
ツインテールの女子が、机に突っ伏したままで口を挟む。
「泥棒が、時計を触った後で、
時計の針を進めておいたんじゃないの?」
その疑問には、長い髪の女子が頭を左右に振って否定する。
「それはないと思うわ。
時計の針を動かすのなら、正しい時刻に合わせるはずよ。
時計がズレていたら、それだけで注目を浴びてしまうもの。
現に、あの時計がいつも10分進んでいたことが切っ掛けで、
私たちが調査をすることになったのだから。
まして、いつも同じ時間だけ進んだ時刻に合わせるなんて、
泥棒には全くやる理由がないわ。」
「それもそうか。
時計の針を触るのなら、正しい時刻に合わせるに決まってる。
時計の針を触らないのなら、時計は遅れているはず。
10分だけ進ませておくなんて、そのどっちにも当てはまらない。」
ツインテールの女子が話を理解したのを確認して、
長い髪の女子は話を続ける。
「それから、
今までに何度も時計がズレていたのを、
全て泥棒のせいにするのも、無理があるわ。
泥棒が、一昨日のあの男一人だけだった場合。
あの男が全てやっていたのなら、手際が悪すぎる。
あの時計屋の時計がズレるようになってから、
何ヶ月も経っているのだから、
その間に、飾りの宝石を取り出すことが出来たはず。」
「それって、確実じゃないよね?
泥棒の手際がすごく悪くて、何度も時計を触っていたのかも。」
「その場合は、時計に何か痕跡が残っているはずよ。
あの時計屋の女子は、
そのことについて、何か言っていたかしら?」
ツインテールの女子が、首を左右に振って応える。
「ううん。
あの時計屋の時計に、何か痕跡があったなんて、全く言ってなかった。
気が付かなかったのかも知れないけどね。
不確実だけど、可能性は高いと思う。」
「次に、泥棒が複数いた場合。
時計を何人が触っても、残る痕跡は大して変わらないと思うの。
手際が悪い1人が、何度も時計を触ったとしても、
多数の人が、入れ代わり立ち代わりで時計を触ったとしても、
時計から宝石を取り出すという、その目的は同じ。
目的が同じなら、作業も似たりよったりになると思う。
だから、
泥棒が1人だったとしても複数だったとしても、
どちらにしても、時計に痕跡が全くないのはおかしいわ。」
一度言葉を切って、長い髪の女子の説明は続く。
「それから、泥棒が複数いたとすると、
他にもおかしなところが出てくる。
もし、泥棒が複数いたのなら、
一昨日の夜に限って、初めて来た1人しか現れなかった理由は何?
あの夜は、あの男以外には誰も時計を触っていないことは、
私たちが張り込みをして確認したわよね。」
「あの夜は、
わたしたちが大騒ぎしちゃったから、
泥棒が来なかった、とか?」
「その場合は、時計がズレてる回数が多すぎると思うわ。
時計がズレている回数は、泥棒が触った回数と同じになるはず。
泥棒が、時計を正確な時刻に合わせ直した回数を除いてね。
あの時計屋の前の道は、駅に向かう道だから、
通行量はそれほど少なくはない。
私たち3人だけがあの場にいた、
あの時以上に、人の目が無くなることなんて、
そんなに頻繁に起こるとは思えない。
でも、時計は頻繁にズレていた。
つまり、泥棒が時計を頻繁に触っていたことになる。
いつ人が来るかもわからない場所で、
人が全くいなくなるまで待ってから時計を触るなんて、
たかが宝石ひとつのために、
何ヶ月もずっと、そんなことをするかしら。」
「あんまり確実な話じゃないけど、ありえなくもないね。
本当に深夜の短い時間なら、
人が全くいないって時もあるだろうし。
でも、そんなに長い時間ではなさそうかな。
手間をかけるかどうかは、
宝石の価値次第ってところ。
でも、商店街の時計につける宝石が、
そんなに高価なものだとは思えないけど。」
「ええ、そうね。
そこで、泥棒の人数に左右されず、
もっと確実に、泥棒の有無を調べる方法があるのよ。
聞きたいのだけれど、
一昨日の夜が明けて、昨日の朝。
あの時計は、ズレていたのかしら?」
そう尋ねられて、ツインテールの女子が首を縦に振った。
「うん。
さっき、あの時計屋の女子と話をしたんだけど、
一昨日の夜、私たちが帰った後。
朝になってから、あの時計を確認したら、
時間が10分進んでたんだって。
おかしいよね。
あの男が家に帰ったのは確認しているし、
あんな騒ぎの後で、
時計を触りに来る泥棒が、他にいたとは思えない。」
その情報を確認して、長い髪の女子は確信したようだ。
「やっぱり、そうだったのね。
あの日、私たちが帰った後で、別の泥棒がやってきたとは思えない。
それで確信したわ。
結論。
あの時計屋の時計をズラしていたのは、泥棒では無いわ。」
「じゃあ、犯人は誰だと思うの?」
その問に応える前に、長い髪の女子は目をつぶって深呼吸をした。
そして、目を開けると同時に、こう応えた。
「時計屋の時計をズラしていた犯人。
それは・・・幽霊。」
「なにそれ!?」
ツインテールの女子が、素っ頓狂な声を上げた。
時計屋の時計をズラしていたのは、幽霊。
長い髪の女子は、そう主張した。
当然、ツインテールの女子は反論する。
「あんた、犯人は幽霊だなんて、本気で言ってる?」
ツインテールの女子の反論を、
長い髪の女子は、真っ向から受け止めた。
「本気よ。
あなたたち、覚えてる?
あの夜、泥棒に襲われそうになった時、
道具箱が落ちてきて、助けてくれたでしょう?
あれは、誰がやったと思う?
あの場には、そんなことを出来る人はいなかったのよ。」
ツインテールの女子が、大して考えること無く即答する。
「あれは、道具箱がその辺に置いてあったんでしょ。」
その反論に、今度は長い髪の女子が即座に首を横に振った。
「それはないわ。
あの時計屋の女子が、言ってたもの。
この道具箱は、お祖父ちゃんのもので、
持ち出した覚えがないって。
だからあれは、誰かがその辺に置いていたものではないわ。
そうだとすれば、やっぱり、
時計屋のお爺さんが、助けてくれたのだと思う。」
一呼吸置いて、話を続ける。
「それだけじゃないわ。
あの時、私たちがいる目の前で、誰にも見られずに手助け出来た理由、
人通りがあるかもしれない場所で、誰にも見られずに時計に触れた理由、
時計を10分だけ進める理由、
その全部が、
お爺さんの幽霊の仕業だとすれば、説明がついてしまうわ。」
ツインテールの女子もおかっぱ頭の女子も、考え込んでいる。
そう言われて考えてみると、ふたりとも、
幽霊である理由に心当たりがあった。
「そういえば、時計屋の女子が言ってた。
表の時計がズレるようになる前は、家の中の時計がズレてたって。
家の中の時計なんて、家の中に入らないと触りようがない。
でも、お爺さんの幽霊なら・・・。」
「時計がズレるところを誰も見てないのって、
お爺さんが、仕事中は他人に姿を見せなかったから?
幽霊になっても、その習性が残っているのだとしたら。」
ふたりとも、時計をズラしていたのは幽霊だということに、
納得せざるを得なくなっていた。
時計屋の時計をズラしていたのは、お爺さんの幽霊。
不確実なところも多いが、
その3人は、それで納得しようとしていた。
しかし、それは新たな問題を引き起こすことになる。
ツインテールの女子が、そのことについて、話を始める。
「時計をズラしてたのが、お爺さんの幽霊だったとして、
じゃあどうするの?
あたしたちが、幽霊の存在証明をしちゃったら、
この依頼は解決できないじゃない。
犯人を捕まえられないんだから。」
しかし、長い髪の女子には、何か策があるようだ。
ニヤリと笑みを浮かべて応える。
「そんなことないわよ。
思い出して欲しいのだけれど、
私たち、何を頼まれたか覚えてる?」
「犯人を探すこと・・・だったかな。」
「いいえ、違うわ。」
「悪霊退散。」
「・・・真剣に応えて。」
仕方がなく、ツインテールの女子は真剣な顔になる。
「幽霊がいないことの証明、じゃなかったっけ。」
「いいえ、違うわ。
正確には、あの時計をなんとかしたい、よ。
時計をズラしているのが、泥棒か幽霊か。
犯人を捕まえられたかどうか。
それは、この相談の解決には無関係よ。」
「・・・あんた、
相変わらず、言葉尻を捉えるのが上手いわね。」
ツインテールの女子が、半目で言う。
長い髪の女子は、涼しい顔で応える。
「あら、テスト問題を解くにあたって、
まずテスト問題の文章を読み解くのは、基本中の基本よ。」
「つまり、
時計をズラしているのが、
人間じゃなくて幽霊だったとしても、
結果として、それを止めてもらえればいいんだね。」
「そう、その通りよ。」
「でも、
幽霊と交渉なんて、それこそどうやってやるの。」
「もうひとつ、覚えているかしら。
あの時計屋の時計がズレるようになる前は、どうなってたか。
さっき、話していたわよね。」
「・・・あっ。」
「そう、あの時計屋の時計がズレる前は、
家の中の古い時計がズレていたのよ。」
「じゃあ、
また家の中に古い時計を置くようにすれば・・・」
「そう。
表の時計は、ズレなくなるはず。」
「表の時計も一緒に止まるようになるだけ、って可能性は?」
「以前の話の通りなら、
まず家の中にある時計が先にズレるはず。
家の中の時計がズレていた時には、表の時計はズレなかったそうだから、
きっと、一度にズラせる時計の数には、限度があるのよ。
だから、
家の中の古い時計の数を増やしていけば、
表の時計がズレるのは防げると思うわ。」
おかっぱ頭の女子が、確信を持ってそれに続く。
「家の中の時計が先に止まるのは、
きっと、お爺さんの足腰がよくないせいだよ。
家の中に手すりがいっぱいあったものね。
表のあんなに高い位置にある時計を触るのは、
一番最後にするんじゃないかな。」
「幽霊に足腰が関係するのかはわからないけど・・・。
でも、もしそれを実行するとしても、
古い時計を集めるなんて、大変じゃない?」
ツインテールの女子が、やれやれという感じで肩をすくめる。
しかし、おかっぱ頭の女子は、やる気満々といった顔。
「わたしは、大変でもいいよ。
あの時、お爺さんに助けてもらったから。
その恩返し。」
おかっぱ頭の女子の、そんな顔を見て、
長い髪の女子とツインテールの女子も、強く頷いた。
「大変かもしれないけれど、やってみましょう。
他にできそうなことは、もう無いのだから。」
「・・・それもそうだね。
ようし、あたしも、その案に乗った!」
そうしてその3人は、
時計屋の時計がズレるのを防ぐために、
古い時計を集めることになった。
そうして、それからしばらく経って。
その3人は、古い時計をたくさん集めて、
あの時計屋の家の中に、それを置くようになった。
古い時計を、再び家の中にいくつも置くようになってから。
家の中にある古い時計も、10分進むようになった。
そして、家の中にある古い時計の数が、
ある一定の数を超えたときからは、
表の時計はズレなくなった。
そうして、表の時計をなんとかしたい、
という相談は、無事に解決されたのだった。
しかし、その代わり。
家の中に集められた、たくさんの古い時計の、
ズレた時刻を元に戻す、という作業が必要になった。
それを行うのは、時計屋の女子の役目だった。
そうして、
その時計屋の女子にとって、
古い時計をいくつも触ることが、日課になった。
毎日毎日、古い時計を何度も触っている内に、
その時計屋の女子は、古い時計にどんどん詳しくなっていった。
今日もまた、
その時計屋の女子が、古い時計の時刻を合わせている。
古い時計を触る技術は、どんどん上達していって、
今ではもう、時刻を合わせるだけではなく、
ちょっとした修理や整備まで、出来るようになっていた。
机に向かって時計を触っている、その時計屋の女子。
その後ろ姿を、人知れず見守っている存在がいた。
それは、去年に亡くなったお爺さん。
お爺さんは、
半分透けた姿になって、孫娘を見ていた。
古い時計を触っている、その孫娘の後ろ姿。
それは今や、立派な時計技師の姿だった。
それを確認したお爺さんは、
満足した表情で頷くと、
誰に見送られるでもなく、光りに包まれて消えていった。
時計屋のお爺さんの気まぐれが、
孫娘に、時計の勉強をする機会を与えた。
その結果。
止まりかけていた時計屋の時計が、再び時刻を刻み始めたのだった。
終わり。
時計をテーマに話を作ろうと思って、この話を作りました。
幽霊がいないことを証明しようとして、
逆に、幽霊がいることの証明をしてしまい、
じゃあ、その幽霊の動きを制御しよう、という話になりました。
お読み頂きありがとうございました。
2020/8/4 誤植修正
第21段落目
(誤) この時計屋の人達にも親にも、良く思われてと思うから、
(正) この時計屋の人達にも親にも、良く思われてないと思うから、




