第17話 お局様との京都への出張
2020年12月9日(水曜日)
それからさらに二日経過し、俺への噂やバッシングはやはり継続的に流されて続けていた。多分、中村の奴があることないこと広めていることが一因なのだろう。
対して雫は俺や斎藤主任と昼食を食べるようになる。雫は友人と喧嘩したと言っていたが、おそらく俺の噂が原因だと思う。まったく俺としては気など使わんでもらいたいのだが。
雨宮も前と同じく俺達から距離をとりつつも、世間の評判に合わせるかのように香坂秀樹の恋人のように振舞っていた。
クロノもやはり雨宮の傍から離れず密着し、俺の元へは戻ってきていない。クロノが雨宮から離れないのが、あの雨宮の奇行に関係があるのはまず間違いはない。故に、クロノに接触し、それとなく尋ねてみるが知らぬ存ぜぬで埒が明かない。まあ、クロノのことだ。もし雨宮の身に危険が生じる事態になっていれば、素直に俺に助けを求めてくるだろうし、今は放っておくしかないかもな。
また、噂で雨宮があの魔石について新たな用途の開発に成功し、近々本社主催のお披露目会があることを耳にする。祝ってやりたかったが、今は雨宮から拒絶されている。これも後日にするしかない。
ともかく、雨宮の意図は不明だがそのうち、時が来れば俺達に話してくれるとは思っている。そのとき、雨宮を縛るものがあるなら、全力で壊してやるさ。
ちなみに、クロノなしで、あの変態的な場所に足を突っ込むのは明らかに自殺行為。だから、あいつが帰ってくるまで、第三層おもちゃの国の探索は中断している。
そして今俺は第一営業部の上野課長に呼び出されている。また、いつものクソデスゲーム系残業の命令かと身構えていると、営業部きってのお局様――坪井とともに、カドクシ電気への外回り営業の指示を出された。
今のこの時期だ。多分、最近開発したばかりの阿良々木電子の主力製品である高性能PC冬モデルのプレゼンだろうさ。
坪井は俺にとって天敵に等しい。可能な限り避けたい組み合わせだが、断る権利が下っ端平社員の俺にあるはずもなく坪井とともに日帰り出張の旅に出ることになる。
次の早朝、二人とも一言も口にせず京都行の新幹線に乗り、京都へ向かう。
特に俺は、手袋やフード付きでなければ太陽の元を歩けない。一応、選択した種族のせいで紫外線に肌が過敏反応をしてしまうと坪井には伝えている。そのせいか、隣でフードを被っていても咎められはしなかった。
それでも、スーツにフード付きコートだ。半端じゃなく違和感ありまくりだし、グチグチ嫌みくらい言われるものと思っていたが、意外にも坪井は俺の奇抜な恰好については嫌な顔一つせずに新商品のプレゼンについての戦略につき俺に意見を求めてきた。この女、上野課長が絡まないと責任感はあるし、きっちり仕事ができる奴なんだよな。まあ過去に俺も相当いびられたから、個人的には吐き気が覚えるほど大っ嫌いなわけだが。
こうして、カドクシ電気の本社のある京都駅前へと無事到着したわけだ。
カドクシ電気は約50年前に京都で起業し全国展開している企業。家電販売店としては日本屈指といっても過言ではあるまい。
本社ビルは阿良々木電子など足元にも及ばぬほど巨大であり、そして活気ある社員たちで溢れていた。
「いつもお世話になっております。阿良々木電子の坪井と藤村と申します。飯豊課長と本日11時のお約束で参りました」
「阿良々木電子の坪井様と藤村様ですね。少々お待ちください」
受付嬢はアポを確認すると担当と思しき二十代前半の青年が迎えにくる。そして、エレベーターで4階にあるガラス張りの応接室に案内してくれた。よかった。この部屋の奥の席なら太陽の光は差し込まない。流石にフードを被ったまま会うわけにも行かんかったし。
遅いな。既に約束の時間から一時間は経過している。俺も会社回りはするがアポイントを取ってこれほど待たされたのは初めてだ。
坪井は相当イライラしているらしく、さっきから足裏で床をリズムカルに叩いている。あとで八つ当たりを受けるのは俺。勘弁願いたいものだ。
「お待たせしました」
40代後半の恰幅のいい眼鏡をかけた男が部屋に入ってくる。慌てて立ち上がる俺達二人に品定めをするかのような視線を向けていたが坪井に固定し俺達の前まで来ると、
「カドクシ電気営業部部長の飯豊です。よろしく」
遅れたことに悪びれた様子もなく挨拶をしてくる。
「阿良々木電子営業部の坪井です。よろしくお願いいたします。」
「同じく営業部の藤村です。よろしくお願いします」
互いの名刺を交換すると俺達の正面の席に座り、
「御用件を伺いましょう」
「今日は我が社が新たに開発した新製品を紹介させていただきたく参りました。これがその新商品のパンフレットです」
飯豊は無表情で前に置かれたパンフレットの入った紙袋を開けもせず、
「君たち阿良々木電子との取引は金輪際中止させていただく!」
右拳で机を強く叩くと、そんな想定外なことを言い出しやがった。
「取引中止……ですか?」
「そうだ! いくらあの天才技術者、雨宮梓がいる会社だといっても、ここまで無礼な相手とは取引はできないっ!」
その温和そうな顔は怒りに染まり、プルプルと全身を小刻みに震わせていた。どう控えめにみてもかなり怒っているぞ。
「も、申し訳ありません」
頭を深く下げる坪井。何せ事情がさっぱり不明なのだ。理由を尋ねてもさらに怒らせるだけだろう。今は誤解を解くにしても相手から情報を引き出すべきなんだ。
「天才雨宮梓の設計したシリーズには私達も十分な利益を得させてもらっていた。だからこそ私達も君たちが納期の遅延につき十分な理由があれば許そう。そう先ほど重役会議で決定したところだったのだ! だが、まさか一言の謝罪もなく新商品の紹介をしてくるとはな!」
「の、納品の遅延……でございますか?」
「しらばっくれるつもりか! 君らは納期が遅れたお陰で、我が社がどれほどの損害が受けたかわかっているのか!? 3000万だぞ! 3000万! 何よりお客様の信頼を著しく損なった。それの上、新商品のプレゼンだと!? ふざけるなっ!?」
歯を剥き出して叫ぶその様子からも洒落や冗談の類ではあるまい。だが、俺達にとって納期の遅延は完全にミス。そんな大事になっているとは俺達は一切聞かされていないぞ。
「も、申し訳ありません。持ち帰って事実を確認してから――」
「もう君らと話すことはない。取引の継続は、君らに納期の遅延につき十分な理由があった場合のみ。それが取締役会での決定だ。わかっただろ。契約は確定的に打ち切り。君らともう話すことはない。早く帰ってくれ‼」
追い立てられるようにカドクシ電気本社ビルを出る。
「藤村、お前、納期遅延について聞いてる?」
「下っ端の俺が、坪井さんの把握していないことを知っているとでも?」
「……」
坪井は小さな舌打ちをすると暫し、形の良い顎を掴んで考え込んでいたが、
「このまま契約を打ち切られたままで、帰るわけにはいかない。一度、ホテルにチェックインして、対策を練るわ」
しかめっ面でスタスタと歩き出す。ホテルってここに一泊するつもりかよ。
相変わらず勝手な女だ。対策つっても納期遅延などの重大案件、一社員にすぎん俺達二人には聊か荷が重い。というか、本来、阿良々木電子の取締役クラスが挨拶にくるべき話だ。俺達下っ端二人しかここにいない時点で、既に非礼に等しい。上野課長の奴、一体どういう腹積もりなんだろうか?
ビジネスホテルにチェックインし自己の部屋に荷物を置き、予め待ち合わせしていた一階のレストランへと足を運ぶと、最奥のテーブルの席で頭を抱えている坪井が視界に入る。どうやら、この上なく面倒な事態になっているようだ。
「納期遅延の話、真実だった」
坪井はそう言葉を絞りだす。
「でしょうね。それでなぜ俺達に伝わっていなかったんです?」
「既に社内でも問題になっている事実で、上野課長は我々が当然認識していたと思い込んでしまっていたらしい」
そんなの初耳だ。そして坪井が認識していなかった以上、営業部では部長や課長以外誰も知りえまい。つまりだ。俺達は上野課長に嵌められたのだ。
「坪井さんは、課長のその言を信じるんですか?」
「……信じるしかない。私も碌に確かめもせずに新商品のプレゼンだと思い込んでいた」
雨宮梓の設計した高性能PC冬モデルは、阿良々木電子の今冬最大の目玉商品。その新商品の話題を話した直後に、お得意先のカドクシ電気に行けと言われれば、当然に新商品のプレゼンだと思うだろう。確認しなかった俺達が悪いとは、暴論もいいところだ。
「これからどうするつもりです?」
この件につき本来、俺達下っ端のやれることなどない。重役達が直接カドクシ電気を訪問し謝罪と納期遅延の理由を説明すべき問題だ。
「先方を怒らせたのは私達の責任だ。誠意を込めて謝罪し、今回の非礼を許してもらう」
やはりな。この責任感の塊のような女らそう主張するとは思っていた。
だが、確かにこの件にあの上野課長が絡んでいるなら、十中八九、俺達はカドクシ電気との契約を破棄に追い込んだ原因を作った戦犯とされるはず。このまま大人しく戻っても俺達二人のいる場所は会社にはない。ったく、ここで路頭に迷うのかよ。
仮に阿良々木電子をクビになっても、当面は魔石の売却で金を稼げるからいい。
もちろん、今の政府の方針が今後もずっと続くとは限らない。むしろ、もうじき魔物退治の特別の専門職ができ、それには面倒な資格要件がかせられるようになるのは目に見えている。その資格獲得のための国家試験が相当難関ならば俺など一生かかっても通るはずがない。自慢じゃないが、俺は五流大卒。筆記試験は大の苦手なのだ。売却できなければ、魔石などただの無用の長物だし、早急に次の就職先を見つけねばならないことには変わりがない。
しかし、少なくとも幾分の時間的余裕があるのも確か。今なら次の会社につき就職活動しつつも、魔石の売却により生活費を稼ぐことも可能なのだ。
一連の噂で阿良々木電子の営業部にも居づらくなっていた。そして、此度、上野課長に嵌められた。きっと俺は左遷かクビだな。仕事が増える斎藤さんたち古参の社員には悪いが、そろそろあの会社も潮時なのかもしれねぇよ。
だが、仮にそうだとしても、今回の件をこのまま放棄して古巣を去るのは違うだろう。少なくとも阿良々木電子のお偉方にこの事態を収拾する気がない以上、その責任はだれかが負わねばならない。それが社会人ってもんだ。
「了解です。で? 具体的な謝罪の方法は?」
「……」
これもある意味予想通りだが、妙案はなしか。相当怒ってたしな。あれを鎮めるのは相当骨が折れる。少なくとも俺には自信がない。より最悪なケースは、俺達のミスは不可抗力ではなく、俺達の上司が仕組んだものであること。
だがあの上野課長の目的は何だ? 坪井は上野課長の使い勝手のよい駒だし、俺は嫌われ者の超下っ端社員だ。こんな自分にも責任問題になりかねぬ方法により、俺達を排除する理由に欠ける。
「とりあえず、改めてもう一度謝りに行こう」
そうだな。上野課長の思惑など考えていても意味はない。俺達が非礼を働いたのは事実。許されるかはさておき、真っ先に謝罪はすべきだろうさ。
「わかりました。俺、少し調べて先方が喜びそうな手ごろな菓子折りでも買ってきます」
「私も行こう。ここにいてもどうせやることがない」
少し遅い昼食を食べた後、俺達は町へ繰り出す。
京都駅で一番の和菓子屋で一番高価な菓子折りを買ったが当然、会ってさえもらえず門前払いとなる。坪井は相当意気消沈していたが、ここまではむしろ予想の範疇。先方のあの激怒っぷりからすれば、そう簡単に許されるはずもないのは分かり切っていた。むしろここからが頑張りどころだろう。
お読みいただきありがとうございます。
※少し一貫性がないように感じたので一部修正いたしました。
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