第17話 超越者
堺蔵郊外行きの警察車両内
付近住民による広域指定暴力団の街宣車が多数駐車されているというタレコミ。
現在、獄門会の調査を進行中だったこともあり、右近たちは当然現場に急行した。まさに突入しようとしたとき新たな大規模魔物が出現し、あの狐面の男――ホッピーに遭遇したのだ。
(ありえませんね)
喉はカラカラに渇き、上半身は汗でびっしょりだった。それほどまでに今のホッピーの戦闘は右近から余裕というものを消失させていた。
というより、あのホッピーの最後の戦闘。あれを目にして余裕ぶっこいていられるような者は、おそらく新米陰陽師や西側の魔術師共にもいやしまい。というより、もしあれを目にしても笑っていられる陰陽師がいたら、全力で陰陽道以外の道を勧めている。
(あれは五行式ですか?)
五行式。己の霊力を燃料に奇跡を実現する陰陽師にとって最も基礎となる術式だ。だからできること自体はそれほど奇異なことではない。
問題はあれほど自然で混じりけのない五行式などお目にかかったことがないということ。これは単に才能で片付けられる次元の問題ではない。
ここで、陰陽術も西洋の魔術も等しく【六道王】という超常的存在の系譜から力を得て発動している。この理が裏返った世界であっても陰陽術が使える以上、それは変わらないはずだ。
というか、この世界の理の変容も結局は、どこぞの西側の命知らずな馬鹿魔術師が【六道王】を現界させようとして運悪くそれが成功してしまったことが原因。そう右近は考えている。【六道王】は、この世の理の外に座す存在。この世に現界したならばこんな無茶苦茶な現象も可能なはずだから。
要するにだ。美しい五行式を編み出すということはそれだけ【六道王】に近しい系譜から力を得ることを意味する。それは陰陽術の才能にも等しい。だからこそ、陰陽師にとって五行式は最も重要な修行項目となっているのだ。
一般に五行式は通常己の霊力を贄に【六道王】の系譜にアクセスし奇跡を請うもの。即ち、あくまで奇跡を実現するのは己の霊力ではなく【六道王】の系譜に連なるもの。
だからこそ、術を実現するには魔方陣や呪文のようなアクセスツールが必ず存在する。たとえそれがどれほど、短時間でかつ、判別し得なくても存在しないはずがない。
なのにだ。先ほどの最後のホッピーの術はあまりに自然であり、自身の霊力を虫にしみ込ませ、それに時限的な爆発という方向性を持たせて起爆したようにしか見えなかった。
もし、己の力一つで術を発動できるのなら、それはもはや人ではない。【六道王】の系譜に連なるものそのものだ。
(アホらしい)
そこまで思い至って、右近はさも当然で馬鹿馬鹿しい結論に行きつく。
(それは少し前までの世界の理でしょうが)
そうだ。今は種族特性やらスキルやらの今までの常識では到底説明がつかない原理がまるでバーゲンセールのごとく出現している。霊力を利用した彼のあの能力の発現が五行式により引き起こす奇跡に極めて類似していたため、陰陽術としての理で無意識に考えてしまっていた。
(まったくなまじ術につき知識があると今までの常識に引っ張られてしまっていけない)
それでもこの度一つのことが判明した。あれがスキルだろうと、種族特性であろうと、五行式のような力であろうと、仮にも超常の奇跡をあれほど容易に体現するのだ。あのホッピーだけは絶対に敵には回してはならない。彼は右近たちとともにこの新たな世界で新秩序形成の中核となる重要な人材。そう、右近の隣に座るこの男と同様に――。
「右近さん、結局俺、出番なかったぜ?」
右近の隣に座る黒色の髪を短く借り上げた長身の青年――十朱が口を尖らせて文句を口にする。
「ご心配なく、君の見せ場はちゃんととってありますよ」
「マジか!?」
「ええマジです」
「それはもちろん極門会の奴らだろ!?」
「はい。彼らは少々やり過ぎました。特に種族特性を利用した犯罪など、言語道断です。今回きっちり厳罰に処さないと同様の手口をする馬鹿が必ず現れますしね」
「見せしめってやつかい?」
「そうなりますね。相手は極悪人です。自重は必要ありませんよ」
彼にはこの台詞が一番効果的だ。
「あの女が持参した資料は読ませてもらったし、十分わかってるぜ! 奴らはクズだ! 真正のクサレ外道だぜ! 俺には奴らを成敗し、正義を執行する責務がある! 巨悪の駆逐こそが我が正義! 我が信念! これは正義の執行! 正義執行! 正義執行! 正義執行ぉぉ!!」
両拳を固く握って眼球に炎を灯らせる黒色短髪の青年。
「それでは早速向かいますよ」
「奴らのもとへだな?」
「はい。奴らの総本部です」
右近たちの車は走り出し、もう一つの悪夢の舞台の幕がゆっくりと上がっていく。
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