第4話 埋もれていた異常的特性
堺蔵市警察署集合霊安室
至る所から聞こえてくるすすり泣く遺族の声に、刑事――赤峰律は、下唇を痛いくらい噛みしめていた。
助けられなかった。現場にいたのに、律は市民を守る刑事なのに、あの豚の化物に腰を抜かして震えるだけだったのだ。そんな不甲斐ない自分のせいで信念と有能の塊のような刑事は死んだ。あの豚の化物に殴られて、実にあっさり命を落としてしまう。
「デカ長、すいません、私……」
デカ長の棺の前で痛いくらい拳を握り締めていると、
「赤峰、そろそろいくぞ」
同じく目を腫らした同僚の先輩刑事――不動寺に促され、
「はい」
頷き、重い脚を動かす。
ハンバーガーショップ店内での生存者は二人。
一人は雨宮梓。容姿は子供のようだが、あれでも24歳、律と同世代だ。よほど怖い思いをしたのだろう。彼女の怯えようは尋常ではなく、聴取は当分できそうもなかった。
今はもう一人の同じ会社の生存者、藤村秋人について事情を聴取しているところだ。
「それで片隅で震えていたってわけだ」
むごたらしい事件につきよどみなく話す藤村秋人に背後の先輩捜査官たちも大層動揺しているのがわかる。
当然だ。十数人の人が目の前で死んだんだ。普通ならそのショックで暫く口がきけなくなってもおかしくはない。なのに、藤村秋人からはオークに対する嫌悪感以外、大した感情は感じられなかったのだから。
だからつい、
「君は大勢死んだことになぜ、そんな平然としていられるのですか?」
強い口調で尋ねてしまった。
律はあれからあのむごたらしい現場を思い出すたびに嘔吐しているというのに。
「うん? 別に平然となどしちゃいねぇよ。ションベン漏れそうなほど怖かったってさっき言ったろう?」
さもおかしなことを聞くもんだと小首を傾げる藤村秋人。
「違うっ! そういうことを聞いてるんじゃないっ!」
律が真に聞きたいのは、なぜ、あれだけ凄惨な現場をこうも簡単に割り切って過去のものとして語れるのかだ。
「赤峰、やめろ、彼はあくまで被害者だぞ?」
先輩刑事の不動寺に叱咤され、はっとなり口を噤む。
「それより、雨宮は大丈夫なのか?」
「ええ、彼女は問題ありません」
実際は相当怯えていたが、彼女は藤村秋人が楯になっていたこともあり、実際に殺されるところをほとんど見てはいない。事が事だけに今は動揺しているが、経験則上、時間が経てば普段の彼女に戻る。
「そうか。ならいいや」
藤村秋人は安堵したようにほっと胸をなでおろすと、
「全て話したし、もう帰っていいか?」
聴取の終了を申し出てくる。
「……」
同席した先輩刑事たちに視線を向けると軽く頷いてくる。
「聴取はこれで終わりです。ご協力感謝します」
立ち上がり礼をいうと、藤村秋人も右手を上げて部屋を出て行ってしまった。
「あれは普通じゃないな……」
不動寺がボソリと口にすると、
「同感です。今まで散々人の死を見てきた自分でも昨日のあの事件現場をみて、吐きそうになりましたからね。自分が彼の立場なら、あれほど理路整然と説明する自信はありませんよ」
もう一人の同席した刑事が相槌を打つ。
安全な日常なら埋もれていた著しく危険な異常的特性。それが今回のような非日常的事態で顕在化してきた。そう考えるべきなのかもしれない。
「こんなのいつまで続くんでしょうね?」
ゲームのような魔物が生じるようになってから、何度思ったかもしれぬ疑問を尋ねていた。
「さあな、だが俺達は刑事。市民を守らねばならん。今まで通り、職務を全うするだけだ」
席を立ち上がる不動寺に、
「そうですね」
律も頷き、
(デカ長、もう絶対に私、負けませんから!)
心の中で強い決意の言葉を繰り返したのだった。
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