第17話 神のクエストのクリア
その後、直ぐに優男が泣きながら許しを請うが、教官はそれを意にも留めず、平手打ちをし続けた。
遂に意識を失った優男を不思議な力で癒すと自衛隊の男性の隊員さんに預け、私達に十分に態勢を整えてあの狒々に挑むように指示を出す。そして、泣き叫ぶ金髪のガタイの良い男の後ろ襟首を引っ張って森の中へ姿を消してしまう。
「教官ってマジで容赦ねぇな……」
心底うんざりするように呟く絵図君に、
「うん……おにぃよりぶっ飛んでいる人、初めて会ったぜ」
ケーコも相槌を打つ。
「きっと癒せばいい、その程度にしか考えちゃいないよね」
小町、貴方なぜそんなに得意そうなの? 心優しい貴方はどこにいったのよ!
そんな私が心の悲鳴を上げる中、
「あ、あ、あいつ絶対頭がおかしいよっ! ねぇ、隊員さん、あんたらもあいつが暴力振るうところ見たよねっ!!」
栗色の女が金切り声を上げて、自衛隊に同意を求める。しかし、自衛官の二人から氷のように冷たい視線を向けられて、息を飲む。
「君たちは少し省みた方がいい。この件は後日しっかり警察に報告させてもらう。大人にしっかり叱られなさい」
男性の若い自衛官の突き放すような言葉に、項垂れて泣き出してしまう栗色の髪の女。
彼女もこれで少しは懲りるだろう。もし、同じ過ちを犯すなら、きっともう引き返せない場所に行ってしまうんだろうが、それは彼女が選択するべき話だ。
「では行きましょう」
再度、安全地帯へ向けて歩き出す。
クエストの範囲外である自衛隊が待機する車両まで案内し、要救助者を送り届けた後、皆で作戦会議をする。
あの真っ赤なマントをした狒々に勝利しなければならない。一度目の邂逅は、私達の完全敗北だった。要するに今の私達にはあの怪物は明らかに格上であり、無策で突き進めばまず全滅する。
策を練らねばならない。あの狒々を確実に殺す策を!
皆で十分に話し合い、私達は再度森の中へ入る。
自衛隊の部隊長さんは最初、激烈に反対したが、さっきの自衛隊の隊員さんたちと話すと渋々送り出してくれた。
「阿備君、大丈夫?」
阿備君は数珠を握りしめて、吹き出るような汗を拭いもせず、今も苦悶の顔で千里眼を展開している。
「はい。さっきは僕のせいであいつに接近を許したし、もう気は抜きまへん!」
まだ、阿備君は鴉天狗の種族特性である千里眼を上手く扱えておらず、相当な負担がかかっている様子だ。それでもあの猿の化物を千里眼で特定し続けてくれている。
まさに彼がこの作戦の肝。もし彼が倒れれば私達は実にあっさり敗北してしまう。
『俺は位置に就いたぜ』
『あーしも』
『私もついたわ』
『私もぉ』
絵図君、ケーコ、小町、アーヤン、全員から端末を用いて連絡が来る。この端末の【購買部】でイヤホン型の端末拡張装置を購入し、相互に連絡を取ることにしたのだ。これにより、通話はもちろん認識も共有できる。ようはパソコンの前に座ってリアルタイムでテレビ電話している感覚と言えばよいだろうか。
そして今、私達の眼前には赤マント姿の狒々のいる位置の概略地図と奴の姿がリアルタイムで映し出されていた。
これは阿備君が千里眼でみている映像の認識自体を同期化しているのだ。
これを考えついたのは小町。まさか、こんな便利拡張アイテムがあるとは夢にも思わなかった。小町の機転に感謝、感謝だ。
『ではいくわよ!』
心の中で叫び、奴に向けて【火弾】を飛ばす。奴の俊敏性は私達より圧倒的上。これでは当たらない。
もちろん、今の私達の【火弾】なら、奴の頭部のみをピンポイントで命中させることも可能だろう。だが、それで奴に過剰に警戒されては困るのだ。今の奴は私達を舐めている。そこに隙があるのだから。そう。これはいわば奴を釣り上げるための餌。むしろ命中しては困る。
案の定、奴は火球を難なく避けると、こちらを睨んで唸り声を上げ、一直線に走り出す。
さて、ここまでは予定通り。ここからが本番だ。
木々の枝から枝を飛び移りこちらへ向かってくる。やはり、予想通り、地面などこいつは歩かない。これでは絶対に仕掛けは使えない。
目的の場所は木々がサークル状に開けたキャンプ場。ここなら奴も大地を踏みしめなければならない。
もっとも、奴の知能はそれなり。馬鹿正直に罠を張っても避けられるのが落ち。
なら避けられなくしてやればいい。その方法を実行できるスキルを有するものが私達のパーティー内にはいる。
「オラ、エテ公、こいよっ!」
対面で佇む絵図君に一瞬思考したマントの狒々。絵図君は口角を上げてマントの狒々に手招きをする。
「グギッ!!」
ただそれだけの仕草で、奴から躊躇いが消えて絵図君へ向けて疾駆する。
もちろんあれはただの挑発ではない。絵図君のスキル――『強挑発』だ。あれを浴びたものは一定時間、スキルホルダーへの敵意のみに限定されてしまう。
丁度、奴がサークルの中心に来たとき、奴の前の大地に仕込んでおいた術を発動する。
マントの狒々が踏み込んだとたん、地面が沈下し沼と化す。これは私の第一階梯の精霊術――蟻地獄だ。だが、大した術でもない。どうせすぐに破られる。
沼に足を取られている隙に紅の縄が狒々を雁字搦めに拘束する。アーヤンの有する最大の束縛術――『鬼縛』。
「ギギッ!」
懸命に逃れようとする奴の両眼に弾丸がグネグネと曲がり衝突し、爆発。
血しぶきをまき散らして激痛に絶叫を上げる狒々。さらに、小町の放った弾丸が狒々の全身を撃ちぬく。
悶える狒々に――。
「死ぬんだぜぇ!!」
突進し間合いを詰めていた竜超人化したケーコが奴の脳天に青色に光り輝く渾身の右拳をブチかます。
巨大な青色の光の竜が奴の肩から上をゴソリッと抉りとる。
それでも倒れず修復を開始するマントの狒々に、私の最後の詠唱が終了する。
「地獄の炎」
冥府の王――奈落王の眷属であり、地獄の門の番人ガルムの力を借りた死の劫火。第三階梯としてはトップレベルの威力の魔術であり、その熱量はこんなチンケな猿が耐えられるものではない。
漆黒の死の炎はマントの狒々を包み込み、瞬時に細胞一つ残らず、炎滅させてしまう。
《クエスト【獣魔たちの楽園】クリア! 紅間山は以後、人類に永久に開放されます。
クエスト、【獣魔たちの楽園】のクリアにより、浅井七海、相良恵子、二階堂綾香、木下小町、阿備犬蔵、絵図悠馬に、【英雄の卵】の称号が与えられます》
天から降ってくる無機質な女の声。どうやらクエストクリアのようだ。
「しんどぉ」
ケーコがペタンと地面に腰を下ろす。
「これが後二つも続くのかよ」
絵図君がしみじみと呟く。そうだ。これで終わりではない。学院側が今回、私達に課した課題は三つ。今日の課題はそのうち最も、難易度が低いいわば、準備運動の前哨戦。そう教官がいっていた。
「せやけど僕らの勝利です」
阿備君の噛み締めるような宣言に、皆も頷くと地面にゴロンと寝転がる。
冒険者になるには、まだ二つも越えねばならぬ壁がある。だけど、阿備君のいう通り、今日は素直に喜んでいいんだと思う。
「第一クエストクリアよっ!!」
背中にヒンヤリとした地面の冷たさを感じながらも私は喉の奥から叫びつつ、右拳を天に突き上げたのだった。
あと少しで、番外編序章が終了です。番外編の本編ではようやく他の六道王の勢力が暗躍します。ご期待いただければと!
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