第16話 愚者
震える三人の男女と彼らを庇うように銃を構える二人の男女。
「冒険者機構から派遣された救助隊です。この一帯の魔物は全て駆除しました。これから、安全な場所まで案内します」
端的に学院で習った手順で説明すると、要救助者の三人の男女は悪夢から目覚めたように安堵の表情を浮かべる。そして三人のうちの一人のガタイのよい金髪の男性が、
「おせぇ! わしら、もうちびっとで死ぬトコやったんやぞっ!」
蟀谷に青筋を漲らせて怒声を浴びせると、
「そうや! あとであんたら冒険者どもの使えなさは、マスコミの前で語ってやるからっ!」
すかさず茶髪の女性がヒステリックな声を上げる。
案の定、ケーコが不愉快そうに顏をしかめ、絵図君が口を開こうとするが、
「止めなさい! 申し訳ない。直ぐに案内して欲しい」
黒髪の若い自衛官が二人を諫めて、私達に頭を下げてくる。
「ではついてきてください」
暫くは三人とも大人しくしていたが、辺りに魔物がいないと知ると興奮気味に武勇伝のごとく此度の己の体験を口にするようになる。しまいには、呑気に帰った後の予定まで話し始めた。
私たちも過去に、己の愚行のせいで散々大人に迷惑をかけた質だ。だから、言う資格が微塵もないことくらいわかっている。
でも、もう少しで自衛隊の隊員さんたちをも道連れにしようとして、それでも全く顧みようともしない彼らに私はこのとき強い不快感を覚えていたんだ。
要救助者の一人の黒髪の優男が、私の隣に立つと肩に腕を回してくると、
「ねぇねぇ、君、若いけど冒険者なの?」
そんな不躾な質問をしてきた。
腕を振り払うと、
「いえ、私達は訓練生です。担当教官の指示のもと動いています」
私は不快感を全力で抑えながらもそう返答する。
「へー、すげー、なあ、この子たちってまだ俺達と同じ学生なんだって!」
黒髪の優男は背後の二人に振り返り、声を張り上げる。
「ほー、ならこの木偶の棒たちより強いんか?」
金髪の男が二人の自衛官に視線を移して、侮蔑の言葉を吐く。
「それは強いんじゃん? 冒険者の卵だし」
「単にこの自衛隊がだらしないだけとちゃう?」
栗色の髪の化粧の濃い女性が吐き捨てるような言葉に、もう一人の女性の隊員が顔を真っ赤にして口を開こうとするが、男性の隊員が右腕でそれを制する。
「これ終わったらどこかいかない? もちろん僕と君の二人だけでさ」
再度黒髪の優男が私の肩に手をのせると耳元で口説き文句を口にしてくる。
虫での這うかのごとき悪寒により、優男の右腕を捩じり上げていた。
「痛い! 痛いって!!」
優男の悲鳴じみた声に、咄嗟に手を離すと、
「すいません。いきなりだったものでつい」
一応謝罪の言葉を述べておく。
「痛い、痛い! マジで痛すぎ!!」
黒髪の男は握られた右腕を押さえて飛び回り始める。金髪のガタイの良い男も薄気味の悪い笑み浮かべて、
「おいおい、いいんかよ。こりゃ、冒険者機構様に通報しなくちゃならんな」
私に近づいてくる。栗色の髪の女もニヤニヤと笑いがながら、
「そうそう。少し、うちらに付き合いなさい」
要求をしてくる。この人達、随分手慣れている。この手の脅迫的行為を日頃から行ってきたんだろう。ま、時と場合を選ばない馬鹿ともいうが。
「おい! テメエら、何、さっきから勝手なこと言ってんだぁッ!?」
「死ね! クズどもっ!」
とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった絵図君とケーコが激高したとき、それは頭上から降ってきた。
軽快なステップで降り立ったそれは、ニターと歯茎を剥き出して愚かな私達を嘲笑い、息を吸い込む。
『馬鹿野郎ッ! 伏せろっ!!』
教官の鋭い声が飛ぶ。ようやく脳が通常運行を開始し、近くの黒髪の優男を掴んで這いつくばる。
『グゴオオオオオオッッ!!』
耳を弄するがごとき轟音が鳴り響き、豪風とともに大気がビリビリと震える。
土煙が立ち込める中、顔のみを上げて周囲を見回すが、あの奴の咆哮で全員地面に伏してしまっている。
真っ赤なマントをした狒々は鼻から空気を吐き出すと、私に向けてゆっくりと近づいてきた。
(くそぉっ!)
猛獣を前にした小動物の気持ちがこの時、痛いくらいにわかった。
膝が笑う。歯ガチガチと震える。そんな私の恐怖を楽しむかのように狒々の怪物は私の傍までくると両手を組んで振り上げる。あれが振り下ろされれば私は死ぬ。ただの肉の屍となる。
逃げなければならない。なのに、震えるだけで私の指も足も私の命令を聞きやしない。きっと、あの咆哮には威圧などの能力でも含まれていたのだろう。
もっと気を引き締めて臨めばよかった。
今、こんな状況に陥っているのは、戦場でみっともなくクズのような連中のために、心を乱してしまったから。完璧に私の自業自得だ。
私はどこか、ここをあのゲームのような世界と同一視してしまっていたのかもしれない。
迫る濃厚な死の臭いに顎を下げる。だが、一向に終わりは来ない。
顔を上げると狒々の怪物は金縛りにあったかのように、身動き一つできなくなっていた。そして――。
「エテ公、もう少し待て。直ぐにおあつらえ向きの舞台を用意してやる」
背後から聞こえる声。振り返るとあの人相の悪い教官が佇立していた。
「ギギッ!」
金縛りが解けたのか、狒々の怪物はバックスステップをすると一目散で森の中へ姿を消す。教官は周囲をグルリと見渡すと、
「癒せ」
ただ、一言念じる。それだけで指先一つ動かなかった全身の支配が私に戻る。
そして、大木に叩きつけられ虫の息だった金髪のガタイの良い男と栗色の髪の女も何事もないように立ち上がる。
「その足手纏いどもを収容したら、あれに挑んでもらう」
アキト教官はそう端的に告げると、私達に背を向けて歩き出そうとする。
「おい、お前、こいつらの指導員だろうっ! 今俺達、すごく怖くて、痛い思いしたんだぞっ!」
黒髪の優男の幼稚極まりない非難の言葉に振り返ると、
「だから?」
教官は端的に尋ねる。
「だからだって!? 学生なんぞに丸投げなんて無責任も甚だしいだろっ! 俺のパパは国会議員をしているんだ! この件を問題視して――」
教官は捲し立てる黒髪の優男に近づくとその胸倉を掴んで軽々と持ち上げた。
「自衛隊が封鎖している最中、お前らがこんな場所に忍び込んだのがそもそもの原因だろ? わかってんのか? お前らの自己中心的な行動で人が二人死にかけたんだぞ?」
「それがこいつらの仕事だろっ!!」
唾を飛ばして叫ぶ黒髪噛みの優男に、教官は大きく息を吐き出し、
「そうだ。お仕事だ。そうでなければ誰が好き好んで、お前らのような自業自得のクズを救うお人好しがいる?」
きっぱりと断言する。
「俺をクズだとぉっ! お前ぇ、僕にそんなこと言って後悔するぞぉ!」
「後悔? それをするのはお前らの方だ。この状況下だ。獣の調教はあとにしようとは思っていたが、気が変わった。俺はな、お前らのさっきの言動、しっかり把握しているんだ」
「ぼ、冒険者の分際で俺に暴力を振るうのかっ!? そんなことしたら――」
森の中に乾いた音が響く。優男の右頬は赤く腫れあがっていた。
「お、俺をぶった――」
教官は右手の甲で優男の左頬を撃つ。
「やめ――」
さらに打ち鳴らせる右頬。
「ちょ――」
左頬が再度打ち鳴らされる。
「……」
教官が打ち鳴らす右手と優男の悲鳴がシュールに森の中に何度も響き渡っていた。
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