第13話 ゲームのような修行場
飛び出してしまった絵図悠馬を追いかけて私達も扉の中の草原へと足を踏み入れた。
青々と茂る草木の臭いに、天井から降り注ぐ太陽の光。間違いなくこれは現実だ。
だが、一瞬にして草原へと移動させるとはどう言う事だろう? これが授業でならった転移の能力なのだろうか? でも、あれは極めて稀有の能力であり、世界でも扱えるのは数えるほどに限られるはず。少なくともアイテムなどで実現できるはずがない。
ならばこの現象をどう理解すべき――。
「あー、あそこに飛び跳ねているのってスライムじゃん!」
ケーコの指の先にはぴょんぴょんと跳躍している青色の塊があった。あれはスライムだ。でもどういうわけだ? あの形と色、現在日常の風景にすらなりつつある本家本元とはかなり違っている。というかあの独特な造形、どこかで見たことがあるような。
「おいおい、嘘だろ……」
震える声を絞り出す絵図悠馬の視線の先にはノソリノソリと歩いてくる赤色の皮膚を持った猪がいた。
「レ、レッドボア?」
当然だ。あの独特の形状はスライムと双璧を成す【フォーゼ】の序盤の魔物――レッドボア。【フォーゼ】を一度プレイしたなら忘れるはずがないものだ。
「ははっ! すごいっ! すごいじゃんっ!!」
ケーコが興奮で顔を真っ赤に赤らめながら、近くでぷよぷよと動くスライムへ突進していく。
「ケーコ、待ちなさいっ!」
そんな私の言葉など聞く耳も持たず、突進していくケーコの拳がスライムに衝突し、弾け飛ぶ。
刹那、ケーコの眼前に出現する、『2ポイント獲得』との表記。
奇声を上げてレッドボアに向けて疾走していく絵図に、
「ねぇねぇ、ナナミーン、この端末に書かれていることってホントってこと?」
アーヤンが私の袖をグイグイ引っ張り、興奮気味に尋ねてくる。
「そ、そのようね」
なんとかそう答えて、大きく息を吸い込み、
「皆、一度態勢を立て直すわっ!! 冒険はチームワークが重要、そうよねっ!?」
喉の底から声を張り上げた。
新米冒険者の迷宮探索は必ずチームで行う。これは東京育学の学生にとって口を酸っぱくして教え込まれている事項。今回は体験実習。既に藤村教官の真の意味での体験実習は始まっているかもしれないのだ。
私の意見には絵図もケーコも渋々だが、私の指示に従った。
それからレッドボアを数匹倒すと、眼前に次のテロップが出現する。
―――――――――――――――
◆クエスト発生――大量発生したレッドボアの討伐。
【始まりの草原】でレッドボアが大量発生した。レッドボア50匹を討伐せよ!
クリア特典:ポイント100+【第一階魔術火弾の書の鍵】。
―――――――――――――――
「火弾の書の鍵? なんじゃこりゃ……」
意味不明な内容のテロップに、絵図君は困惑気味に呟く。
「さー、多分、レッドボアを50匹倒せば、火弾の本を読めるってことじゃん?」
ケーコもあまり自信がなさそうに私に意見を求めてくる。
「それはこのクエストを達成すればわかると思うわ」
現在、まるで私たちを取り囲むように無数のレッドボアが出現していた。
「だな」
「それもそうじゃん」
絵図君とケーコも自前の武器を構えて、レッドボアを見据える。
「いくよぉ」
アーヤンのどこか間の抜けた掛け声とともに、私達はレッドボアの大軍の殲滅を開始する。
空に漂う雲の間から夕陽の紅がまるで絵具のシミのように滲みだす。それはまさに地球で私達が見る夕日だった。
「倒した」
夕日が頭上を照らす中、ようやく全てのレッドボアを倒し、汗を拭いながら地面にへたり込む。
突如、眼前に現れるテロップ。
―――――――――――――――
◆クエスト――【大量発生したレッドボアの討伐】クリア!
クリア特典として、各人はポイント100と【第一階魔術火弾の書の鍵】を獲得します。
―――――――――――――――
「今日はこれで終わりにしよう」
即座に端末を操作したい気持ちを全力で抑えながら、そんな建設的な意見を口にする。
「えー、もうちょっとぉ」
アーヤンが寝起きの際に良く口にする言葉を吐く。
「そうだぜ。あーし、もう少し、ここに残って探索していくぜ」
普段協調性があるケーコがアーヤンに同意する。
ぶっ続けの戦闘で、他の皆はヘトヘトなのに、この二人、本当に元気だ。身体を鍛えるのが趣味のケーコはわかるが、アーヤンまでこんなに体力があっただなんて、今日初めて知った。
「ぼ、僕はもう戻るべきだと思う。教官が付いておらん以上、僕らの行動は既に評価の対象となると考えるべきです」
阿備君の言葉に、
「そうだな。俺も戻るべきだと思うぜ。どうせここの探索は明日もできる。今焦る必要はない。違うか?」
意外にもっともな絵図君の指摘に、ケーコとアーヤンは顔を見合せていたが、
「わかったよ。戻ろう」
私達に従うべく大きく頷いた。
家に戻って一際大きなリビングで、テーブルの上に置いてあったスポーツドリンクをチビチビと飲みつつも、今端末を操作している。
端末のアイテムゲージの項目の下には、【教科書の鍵】なるものが存在したので、それをタップすると、【魔術】、【法術】、【陰陽術】などの各項目が羅列される。
確か、獲得したのは【魔術】関連の授業だったはずだ。さらに【魔術】をタップすると、クエストで獲得した【第一階火弾の書の鍵】があったので、タップするが、『使用する対象が存在しません』とのみ表記される。
どういうことだろう。他に条件が必要と言う事か。
「わっ!?」
阿備君が頓狂な声を上げる。視線を向けると、彼は驚愕の表情で両手に持つ一冊の薄っぺらな本を凝視していた。
「どうしたの?」
「僕、さっきのクエストで稼いでポイントで【第一階魔術火弾の書】を購入したら、この本がでてきました」
「本? 少し見せて」
彼の了解を待たずに阿備君の持つ本を手に取り、精査する。本には鍵穴が開いた大きなベルトが存在し、開こうとしてもビクともしなかった。
噛み合った気がする。
震えてる手で端末を操作し、『購買部』の項目をタップ。【第一階魔術火弾の書】を400Pで購入すると、一冊の本がでてくる。
開こうとするがやはり、開かない。多分、これだけではだめなんだ。
今度は再度、【教科書の鍵】をタップし、【第一階魔術火弾の書の鍵】をタップすると、右手に生じる金色の鍵。
激しい興奮により、心臓を激しく打ち鳴らす中、私は右手に握る鍵を本のベルトの鍵穴に入れるとゆっくりと動かす。カチリと開くような音がして、本を閉鎖していたベルトが消滅し、本がゆっくりと自然に開いていく。
突如、頭の中に濁流のごとく流れ込んでくる知識の波。
「こ、これって……」
……………………………………………………
◆【火弾】
・概要:炎の玉を生みだし、操作する。
・詠唱:野火よ、我に力を。
・クラス:第一階梯魔術
・根源:野火(奈落王の最下級の眷属)
・発動条件:詠唱により野火と自動的に接続し、契約を履行する。
・野火の好物:おはぎ。特に手作りがベスト。
・契約方法:本書の表紙に触れ、『サモン!』と唱えて召喚。本書をベースに契約書を成立させる。
・契約応用:野火と対話し、契約することで発動する。一般に一か月に一度、対価のおはぎを野火に給付する必要がある。もっとも、基本的に野火とは会話は成立せず、対価のみが契約成立の要件となる。
・応用編:――――――――――
……………………………………………………
なんだろう? 学院で習ったのと全く違う。第一、詠唱はこんなに短くはないし、基本、火弾の根源となる眷属は、奈落王系であること以外一切が不明だったはずだ。野火などという眷属は、初耳もいいところだ。それに、対価がおはぎって……そんな程度でいいならそれこそ世界は火弾を使えるもので溢れていると思う。
「流石にこれはないわね……」
そう独り言ちてはみるものの、たった今、あれほど非常識極まりない現象を見せつけられたことからも、どうしても否定しきれない。
「アーヤン、あなた、おはぎ、作れたわよね?」
「うん? 作れるよぉ」
「材料は全て私が買って来るから、直ぐに作って! お願い!」
アーヤンの両手を掴んで精一杯懇願する。
「いいよぉ。丁度、私もお腹空いてたしぃ」
いつものおっとりした声で大きく頷くのを確認し、私は近くのスーパーに向けて走り出す。
おはぎの良い匂いが嗅覚を刺激する。アーヤン、相当気合入れて作ったらしく、皿に山のように、おはぎが積まれていた。
アーヤンの実家は日本でも有数の和菓子店であり、幼い頃から習っているそうだ。以前、アーヤンは、おはぎが一番得意と言っていたし。
既にお菓子作りに夢中だったアーヤン以外は、皆に私の考えについて話している。全員、まさか、そんなことがあるはずがない、と口にはしていたが、誰もこの場から動かなかったのは、私同様、否定まで仕切れないからだろう。
テーブルに山と積まれたおはぎ。そして、そのおはぎを幸せそうな顔で口にするアーヤンに苦笑しながらも、
「では、いくわ」
一同をグルリと見渡すと、頷いてくる。私は【火弾】に右の掌を乗せると、『サモン!』と叫ぶ。
ポンッというクラッカーを鳴らしたような音とともに出現する真っ赤な毬栗。
息を飲む一同の合間をその真っ赤な毬栗は、ふわふわと浮遊し、テーブルに山と積まれたおはぎの頭上をグルグルと高速で回り始める。
基本、会話はできないと言っていたが、契約ができる以上、意思の疎通はできるはずだ。
ならば――。
「貴方が野火ね?」
『……』
プルプルと震える真っ赤な毬栗。
「私と契約して欲しい。対価はここにあるおはぎでどう?」
プルンと震え、本から眩い光が漏れて、空中に浮かんでいく。
そして本の最終頁が開き、文字が浮き上がる。
……………………………………………………
◆野火の条件提示
・契約締結条件:おはぎ、20個。
・契約継続条件:一か月一度おはぎ20個。美味しければ、効力アップ
……………………………………………………
眼前に浮かぶ、《契約締結しますか?》――《YES or NO》のテロップ。
「す、すごい! すごいですよ! 今僕はかの六道王の眷属と――」
阿備君が、心の高ぶりと焦りを抑えきれない乱れた音声で、叫ぶのと、私が《YES》を押すのは同時だった。
眩い光が部屋中を包み込み、山のようにあったおはぎは、ごっそりと消失していた。
「あー、私のおはぎぃ!」
アーヤンの批難染みた叫び声と同時に、バタンとテーブルの上に落下する本。本の最後のページを開くと、『契約成立――契約継続条件:月末におはぎ20個を契約者の前に置き、『オフェリング』と唱えること』と記載されていた。
「少し試してくるわ!」
それだけ伝えると、私は二階へのダンジョンへ向けて走り出した。
扉がくぐり、あの草原のダンジョンへ向かう。既に周囲は真っ暗で、頭上には二つの月のようなものが草原を照らしていた。
その月明かりの中、二匹のレッドボアが私に気付き、猛スピードで突進してくる。
私ははやる気持ちを押さえながら、今も突進してくるレッドボアに向けて、
「野火よ、我に力を!」
大声で詠唱する。
突如、今も猛進する二匹のレッドボアの姿が半径一メートルほどの同心円状に燃え上がり、炭火させてしまう。
「は?」
口から出たのは素っ頓狂の声。こんなのもはや、【火弾】なんかじゃなく、炎系の種族特性の能力だ。
「すげぇ……」
絵図君の声に振り返ると、アーヤン以外の全員が茫然とした声で眺めていた。きっと、事情を理解していないアーヤンは、皆で食べようと思っていたおはぎが突然、なくなって大層お冠だろう。この場にいないことからも、残ったおはぎのやけ食いでもしているじゃないかと思う。
「【火弾】ってあんな、威力でるもんなん?」
素朴なケーコの疑問に、
「威力だけじゃないわ。私達の知る【火弾】はあくまで炎の球体を飛ばす。それに特化した魔術に過ぎないはず。なのにあれは距離すら無視して発現していた。全く別の魔術よ」
私の下した結論で返答する。
「そうや。そうやったんや。なんで、ご先祖様があれほど六道王の眷属との謁見を至上のものとしとったのか、今ならその理由がはっきり、わかる。あの契約こそが――」
血走った眼で顎に手を当ててブツブツと呟く阿備君を尻目に、
「だとすると、この端末の内容は全て真実ってわけか……」
絵図君が端末をボンヤリと眺めながら、素朴な感想を小さく漏らす。
そうだ。あの端末には非常識極まりないルールが箇条書きされていたんだ。
一つ、これは【鍛錬するする君】の創り出すもう一つの現実である。
二つ、施設登録者がこの中での鍛錬をすると、成長速度が跳ね上がる。
三つ、施設登録者がこの中でダメージを受けると仮想HPポイントが減少し、零になったプレイヤーは始まりの場所へと戻る。
四つ、この中で魔物を倒すとポイントを獲得でき、特定の教科書を獲得できる。ただし、それらはこの施設の登録者以外使用ができない。
五つ、セーブをして現実に帰還することができる。
六つ、指定のクエストをクリアすれば、ボーナス特典が手に入る。
七つ、このダンジョンの秘密を他人に暴露したものは以後の使用は不可となる。
八つ、みんな仲良く楽しみましょう。
目にした当初は微塵も信じられなかった。だが、現実を眼前にこうも見事につきつけられると、もう抗う気力も沸いては来ない。
特に先ほどの【火弾】は、きっと知られれば世間は大騒ぎになる。なにせ、対価のおはぎと、触媒となるあの本さえあれば、誰もが使用可能な術なのだから。
「あの先生、一体全体、何者じゃん?」
ケーコが一人を除いて今も全員が浮かんでいる疑問ボソリと呟く。
とてもじゃないが、こんなこと、たかが一介の冒険者にできてたまるものかっ! 全てが学院で教わったことと乖離しすぎている。
私達の中でこの解に最もよく答えられるとしたら一人だけ。
「ねぇ小町はどう思う?」
笑顔のままビクッと身体を震わせる小町。まず間違いなく彼女は教官について知っている。
「う、うん。先生が流石にここまで非常識だとは思わなかったよ」
よほど動揺しているのだろう。その返答では知っているといっているようなものだ。
もっとも、これでも話さなかった以上、尋ねても答えはしないだろうが。
「おい、木下、あの人についてこれ以上、何も言うな!」
「何でやっ!? こんな非常識なダンジョンを創る存在ですよ! きっと先生は人ではおまへん。かの六道王の上位眷属ですっ! それは、一族悲願の夢! 僕は是非知りたいっ!」
阿備君が血相変えて立ち上がり叫ぶ。人ではないか。それは認める。こんな施設を短期間で作れる人がいてたまるものか。
授業でも六道王を語る教官たちの弁は異様に熱が入っていた。六道王の最上位眷属ともなれば、むしろ、阿備君の反応も至極最もなものといえるのだろう。
「ルールの七だ。下手に先生について知ってこのダンジョンの秘密に抵触して使えなくなるなんて俺は御免だぜ。知らなければ暴露しようがないからな」
確かに秘匿のルールが課せられている以上、先生の秘密を知り、それを漏らせば生徒から排除される危険性は観念し得る。私達の目的は先生の秘密を暴くことではなく、冒険者になること。あんな非常識な現象を二週間足らずで実現してしまうような教官だ。あの人以上の教官にはきっとお目にかかれないと思うし、ここは慎重になるべきかもしれない。
「阿備君、私も絵図君の意見が正しいと思う」
ケーコも異論がないようで無言で頷いている。阿備君も下唇を噛み締めると固く口を閉ざす。
「じゃあ、小町、先生のことは知っていることは話さないで」
「う、うん!」
ホッとしたように頷く小町に苦笑しながらも、
「じゃあ、居間に戻って建物に荷物を運びこみましょう」
「おいおい、あの家で生活するつもりかよ?」
「うん。もう少しで夏休みに入るし、何よりそれが教官の指示だしさ」
「私も賛成かな」
「あーしも」
小町とケーコも賛同の意を示す。
「ま、どの道俺は寮にいても針の筵だしよ」
肩を竦めて絵図君も頷き、
「ぼ、僕も寮よりこっちの方が落ち着きます」
阿備君もすかさず同意する。
「運び出すのは早朝の方がいいんじゃない? ほら、その方が人目が付きにくいし」
小町の提案を契機に皆立ち上がり、
「「「「「「じゃあ、明日の朝!!!」」」」」」
力一杯叫ぶ
こうして私達、チームC-3の修行は開始される。
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