第12話 修行場案内
――帝都大、東京冒険者育成学院、大食堂内
アキト教官とのあの異常極まりない依頼の挑戦から何の連絡もなく二週間が経過する。
正直、あの冗談のような依頼により、私達の心はぽっきりと折れてしまっていた。
当たり前だ。あのふざけた容姿の魔物の挙動が一切見えず、気が付いたら、絵図悠馬の背後であの人の顔をしていた犬が大口を開けていたんだ。あんな非常識な魔物など戦ったことなどあるはずもない。
その魔物を教官はワンパン一つで吹き飛ばし、眼光一つで退散させてしまう。
――次元が違う。
それが教官を見て私達が抱いた感想だ。正直、私達は総合力のある小町以外、魔術や法術、接近戦など専門の分野に特化している。
単一の成績は学年でも下から数えた方が早いが、戦闘は別。足りないところを補ってチームを組んで協力すれば現役の冒険者にも張り合える。そう秘かに思っていたのだ。そう、あの教官の戦闘をみるまでは――。
教官はあくまでFランク。AやBランク、そして世界でも7人しかいないとされるSランクの冒険者には遠く及ばないはずなのだ。だが、学院でどんな厳しい修行をしようと教官のあの強さに近づける気が全くしなかった。
もっとも例外はいる。
「大丈夫。教官は私達を見捨てるような人じゃないって」
いつもと同じような、否、いつも以上にハイテンションで小町がそんな根拠皆無な励ましの言葉を吐く。
「どうしてそんなことわかるのさ? あれからもう二週間も連絡すらないんだぜっ?」
スプーンでシチューをかき混ぜながら、ケーコがそっけなく返答する。
私達の中でもっとも自信を無くしていたのは、ケーコだ。どうやらケーコはあのとき、絵図悠馬とともに動こうとしていたらしいが、結局、一歩も動けなかったようだ。それがケーコにはどうしても許せなかったのだろう。あれだけ日課にしていた鍛錬もせずに塞ぎ込んでしまっている。
「ケーちゃん、怒っちゃいやだ」
泣きそうな顔でケーコの腰にアーヤンが抱き付く。
「別に怒っちゃいねぇぜ。ただあーしは――」
ケーコが反論を口にしようとしたとき、
「落ちこぼれさんたちは、また放置ですかぁ? 益々、俺達と差がつきますねぇ」
二十歳ほどの青年が、長い赤髪をかき上げながら、私達の方へ向かって歩いてくる。
嫌な奴にあった。この男は四葉悟。親同士に親交があったこともあり、遺憾ながらこの男を私は昔からよく知っている。
遺憾ながらというのは、とにかくこの男、人間として最悪だからだ。
昔から地元の不良どもと親交があり、色々悪い噂が絶えない奴だ。
自分に口答えした男子生徒を再起不能にして、四葉財閥の力で揉み消したとか、女性を自宅で泥酔させて関係を持ち、それを理由に脅迫しているとか、聞くに堪えないものばかり。正直、話しているだけで吐き気がするような奴だ。
「早く、消えろよ」
低い声で威嚇するケーコに益々笑みを強くする四葉悟。
「今度の実習をこければ、君ら全員、退学だろぉ? 綾香ちゃーん、小町ちゃーん、君らの教官、どこの馬の骨ともわからない無能らしいじゃん? ほら俺ってここの教師たちに顏がきくからさ。俺の頼みを聞いてくれるなら、俺達のチームに入れてもらうように頼んでやろうか? 君らも今までの努力を無駄にしたくないだろうぉ?」
「消えて、ウザイ」
温和な小町の口から、ぞっとするような冷たい声が吐き出される。変だな。小町って例え嫌悪感を覚えている相手でもこんな態度とったことないのに。
「えーと、キモイ?」
アーヤンが指先を小さな唇に当てて首を傾げながらも私に尋ねてくる。なぜ私に聞いてくるのかはわからないが、相手を上手く怒らせるのには成功しているようだ。
「お前らぁ、後悔しろよ! 小町以外は全員落第同然。特にお荷物で弱い絵図と阿備までいるんだ! お前らがそのチームで進級なんてできるわけが――」
「そもそも、あんたにこの学院の教師を変える力なんてないでしょう?」
ここの学院は今や天下の帝都大の中でも最も国が重視している学部だ。いくら天下の四つ葉財閥の財力があっても、一度決定したチーム間の生徒の移動など認められやしないだろう。
「できるさ。ちょっとしたコネがあるからね」
こいつの自信、強ち口八丁ではないんだろう。どうせ、またろくでもない事を考えているんだろうけど。
とにかく、こいつとこれ以上関わるのは百害あって一利なしだ。
「失せなさい!」
喉の奥から声を張り上げると、何事かと周囲の視線が私達に集まる。悟は世間体を気にする。今日は、これで大人しく引き下がるだろう。ま、根にはもたれるだろうが、今更な話だ。
案の定、舌打ちすると、おつきの者達を引き連れて離れていった。
それから重苦しい空気の中、料理をつついていると、
「ここにいたか」
背後からの声に肩越しで振り返ると、人相のすこぶる悪い私達の担当教官が佇立していた。
「あの――」
「絵図と阿備も呼んで、全員帝都大の校門付近まで来い。今から依頼クリアのための訓練を開始する」
口を開こうとする私にそう指示を出し、颯爽と食堂を出ていってしまった。
「ほらね。私の言った通りだったでしょ!」
小町がさっきの悟に対する冷たい態度とは対象的に、ぱっと顔を輝かせて勢いよく立ち上がると、弾むような声で叫ぶ。小町テンション高すぎだよ。まさか、彼女、あんな怖い顔のオジさんが好みなのだろうか?
「依頼クリアってあれにどうやって勝つってのさ? あーしらには無理だよ」
不貞腐れた表情で動こうともしないケーコに、
「ケーちゃんらしくないよぉ。行こう。ね?」
アーヤンがその二の腕をグイグイと引っ張る。
「……」
意気消沈したケーコを力など皆無のアーヤンが引きずっていくというシュールな光景に私は深く息を吐き出して、絵図悠馬と阿備君のいる寮へと向かう。
「全員集まったな」
案の定、ケーコ同様、絵図悠馬はゾンビのように項垂れており、阿備君は先週のあの悪夢のごとき光景を思い出したのか、顔面蒼白になってカタカタと震えている。
「ついてこい。修行場所まで案内する」
教官は帝都大を出ると、30分近く徒歩で私達を先導していく。
そして郊外にある一際広い敷地を持つ二階建ての住居に入った。
「ほら、ぼさっとしてないでさっさと入れ!」
教官に言われるがままに建物に入る。
外見同様、何の変哲もない年季の入った建物だった。
「ここは今回の修行のために購入したものだ。人数分の部屋もある。多少古いのは予算の都合だから我慢しろ。ほら、これがこの家の鍵と修行に使う端末だ。各人、受け取れ!」
教官は仏頂面でテーブルに鍵とスマホのような機器を置く。
(ねえねえ、ナナミン、ここって東京の一等地だぜ? Fランクの冒険者ってそんなに儲かるのかよ?)
さっきまでの意気消沈ぶりなど嘘のように目を輝かせて、ケーコが私の耳元で囁いた。
(さあ……)
そんなの知るわけがない。でも、仮にも都心で、中古とはいってもこれだけの広さの敷地と建物だ。どんなに少なく見積もっても億は超えている。
生徒の修行のために億をも超える一軒家を購入する? そんな非常識なこと、聞いたこともない。
(私ね。この前テレビでCランクの冒険者さんが年収二億だって聞いたよぉ)
アーヤンも会話に交じってくる。
いやそもそも報酬が高いとか低いの話じゃないんだ。問題は、たかが体験実習の生徒の教育のために数億円はする物件を衝動買いするかってことだ。
きっとこの人にとって数億円という金額は大したものではないんだろう。一体この人、何者なんだろうか?
「教官、これってスマホですか?」
上ずった声で小町が端末を操作しながら、教官に尋ねた。ふと見ると男性陣も興味津々の顔で、端末を片手に指を忙しなく動かしている。
「いんや、あくまで鍛錬用の端末だ。一応、相互に電話やメールの機能はあるが、修行参加メンバーであるこのメンツと俺にしか使えねぇ」
慌てて私も端末を手に取って精査を開始する。
スマホ類似の端末には、「【鍛錬するする君】の世界へようこそ」と表示されていた。操作方法はスマホと同じだったので、その中身を確認する。
「こんなのあるはずねぇじゃねぇかっ!!」
絵図悠馬が不機嫌を隠そうともせずに、端末をテーブルに乱暴に置く。今回に限り、私も絵図悠馬に同意する。こんな御伽噺のようなことが、そうあってたまるものか。皆も同意見らしく微妙な顔で端末を眺めていた。
「信じようが信じまいが、俺の生徒になった以上、今月はこれを使って鍛錬してもらう。入口はこの建物の二階の隅の小部屋になる」
教官は一方的にそう早口で告げると、建物を出て行ってしまう。
「どうする?」
何ともいえない顔で尋ねてくるケーコに、
「一旦学院へ戻って先生たちに相談しよう。力があるのは認めるけど、これ以上あの教官にはついていけない」
当然とるべき提案をする。これでは悟の言葉が真実になりかねない。それだけは御免だ。
「ちょっと待ってよ! 真実か確かめてからでも遅くは――」
血相を変えて反論する小町に、
「解析付きのアイテムボックスに、ポイント訓練システム? こんなのあったらそれこそ大騒ぎだぜ。ありえないね」
落胆したように肩を落として私に同意するケーコに、
「大方、教育したという形式が欲しいだけだろ。俺はいくぜ」
絵図悠馬はポケットに両手を突っ込んで部屋を出て行こうとするが、
「ま、まってや!」
阿備君が彼らしくもない大声を上げて絵図悠馬を引き留める。
「あ?」
眉を顰めて絵図悠馬が肩越しに振り返ると、阿備君が目をカッと見開いて、端末を持つ手を震わせていた。
「コップのうなってもうた」
「はあ?」
「僕、今、コップを端末に触れてこの『IN』のボタンを押したんや。そしたら、消えてなくなってもうた」
「はあ? お前、何ふかしてんだぁッ!?」
絵図悠馬は、阿備君に近づいてその胸倉を掴むとすごい形相で威圧する。
「ほ、ほんまや! 嘘だと思うなら君も試してみればええ!!」
よほど動揺しているのだろう。裏返った声を上げる阿備君に、
「私もぉ、コップ消えちゃったぁ」
アーヤンののんびりした声が部屋に反響する。
「う、嘘だろ!」
胸倉から手を離すと絵図悠馬はテーブルに置いた端末を乱暴に掴むと、硝子のコップに触れて端末を操作する。
突如、コップは煙のように跡形もなく消失してしまう。
「……」
誰も何も口にできない。いや、この現実に頭が上手く付いていかないといった方がよいか。
当たり前だ。アイテムボックスは、それに特化した特殊な異能以外、今の魔導科学技術では再現不可能。それが学院でならった私達の常識だったはずなのだから。
「おい、女、この端末、他にどんな機能あるっ!!?」
ようやく回帰した絵図悠馬の問いに、
「成長促進システムと仮想HPポイント概念の採用、だよっ!!」
ケーコが震える手で端末を操作し返答する。
「あー、これコップの説明書だぁ」
アーヤンが端末を皆に掲げる。確かに端末には、『ガラス製の加工されたコップ――ランク……最下級』と表記されていた。
「マジかよ」
興奮で顔を赤らめながらも、絵図悠馬は二階へ駆けていく。そして――。
「うおおおおぉぉぉぉっ!!」
獣のごとき咆哮を上げる。
私達も駆けつけると、そこは大きく開いた扉。そして、その扉の中には草原が広がっていたのだ。
お読みいただきありがとうございます。
【読者様へのお願い】
面白いと感じましたら、ブックマークや評価をしていただけると、メッチャありがたいです。(^^)/




