第8話 糞運営のクエスト
うーん。東京駅についたら人集りができていた。まさかと思って近づくと一触即発の状態で生徒たちがいがみ合っていた。
阿備犬蔵以外、全員成人しているはず。その大人が人目も憚らず怒鳴り合っているとはな。もはや冒険者云々以前の問題だと思うがね。
他人ならこんな面倒ごとなど完璧スルーだが、立場上そうもいかず切符を買いに行かせたところだ。
切符を買っておいてやろうかとも一瞬思ったが、そこまでするのは過保護というものだ。どの道、こいつらの交通費は国から金がでる。あとで領収書を提出させて払えばいいさ。
生徒たちは仲良し四人組に、オタク少年一人、ヤンキー青年一人ってところか。案の定、新幹線に乗車しても仲良し四人組同士以外では一言も会話を交わそうとしない。まさに協調性零。マジで前途多難だぜ。
京都駅で下車し、一時間半ほど電車に揺られて府士見駅で下車する。駅前でうどんを皆でくってから、一時間バスに乗ると目的地である山へ到着した。
「先生、普通野犬が魔物化するだけで、こんなに厳重の警備になるんですか?」
浅井七海のこの疑問は俺も思っていた。【ビックウルフ】など通常、一般人で討伐可能な魔物。多少出没したくらいで話題にすらならない。いくら大量発生しているとはいえ、自衛隊まで配備されているのはやり過ぎというものだ。
「いんや、普通はないな」
だとすると、これは【ビックウルフ】ではない? まさかな。そこまで右近たちも無茶を強いることはないだろうさ。
念のため自衛隊員たちに冒険者カードを示し、この重々しい警備について尋ねるが、よく知らされていないの一点張り。嘘を言っているようには見えなかったし真実なのだろう。
現場の者に危機を伝えなければ、緊急事態に対応できない。それは、自衛隊本部や冒険者機構からすれば百も承知。
大方この実習に対する処置だろうさ。俺が行く先々《カオス・ヴェルト》の運営側が主催するクソ依頼や怪物の招来とかが、小躍りをしながら迫ってきている感があったし、むしろ当然の処置かも。
一応、最初だけは俺もついていけば大した問題はあるまい。
封鎖任務を実行中の自衛隊に簡単な挨拶をすると、生徒たちを連れて紅間山の中へ足を踏み出す。
いやいや、あれは無理だろう。山の中は確かに魔犬の巣窟だった。だが、魔犬は魔犬でも、【ビックウルフ】などではなく、平均ステータス120の【忍狼】とかいう気色悪い怪物。忍びの服を着た二メートルもの狼の巨体に、「にんにん」と記載された額当てをした髭面のオッサンの顔がチョコンと乗っている。
うーん。これほど的確に人狼のイメージをぶち壊してくれる生物も珍しいと思うわ。ていうか、せめて狼男にしとけよ。人狼のキリッとした、イメージぶち壊しだわ! つーか、夢にでそうなキモさだぞっ!
「せ、先生、あれ、なんです?」
木下小町が左手で私の袖をつかんで、震える右手の人差し指を今も木の上で飛び跳ねている生物に向ける。
「人面……猿かな?」
園児の服を着たおっさんの顔をした猿がキッキッと歯を剥きだしにしてこちらを威嚇していた。
あれは、【猿児】らしい。
うーむ。この糞尿を数十年腐らせたようなセンスの欠片もないネーミングセンスに、生理的嫌悪を覚える姿。まず間違いなくこれは《カオス・ヴェルト》とかいう外道運営主催のクエスト。
偶然生じた依頼に、退避が間に合ったので冒険者機構が俺に丸投げしたってところか。それにしても、見たところ数字表記で、精々、ステータス平均200。こんなの銀二の【らしょうもん】にでも頼めば一発で解決してくれるだろうに。
「よくわかんねぇが、あれをやればいいんだろっ!」
金髪ピアスの青年、絵図悠馬が携帯していた長剣を抜いて奴らに向けて走り出す。
阿呆が。考えなしにもほどがあるぞ。
「先生!」
浅井七海が焦燥たっぷりな声を上げるが、
「問題ない。危なくなったら助ける。お前たちはよーく自分たちの敵をみておけ」
どの道、あの手の無鉄砲には俺が何を言っても聞きやしまい。これも、いい薬なのだ。
『にんにん』
近づく絵図悠馬に、おっさん【忍狼】は余裕の表情で、気味悪い念仏を唱える。刹那、奴の姿は、トプンと地面に沈みこむ。
「なっ!? どこだっ!? 卑怯だぞっ! 出てこいっ!」
変態狼畜生に、卑怯もクソもないだろうに。悠馬の背後に円状の黒色の水たまりができると、そこから【忍狼】が出現する。
そしてまるで無様な絵図悠馬の姿を楽しむかのように、唸り声をあげる。
「……」
肩越しに振り返って金縛りにあったように身動き一つできなくなる絵図悠馬に、
「ニロロロロ!」
唸り声をあげながらも大口を開ける【忍狼】。
オッサンの口角が裂けて、不自然に顔が歪み、鋭い牙が露出する。このゲームの運営はまったくいい趣味している。
毒づきながら、地面を蹴って【忍狼】の背後に移動し、手加減気味にその横っ面を殴りつける。
俺の右の甲がクリーンヒットし、【忍狼】は高速でグルグルと回転し、木々をなぎ倒して森の奥へ消えていく。
面倒だな。かかってくるなら殺すか。奴らをギロリと睥睨すると、
「キキッ!」「ニロロロッ!」
まさに蜘蛛の子を散らすように散開していく魔物ども。俺は大きなため息を吐くと、いまも腰を抜かして震えている絵図悠馬を背負うと生徒たちを連れてこの魔境から脱出した。
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