第6話 白色の封筒
数か月の交換留学のため朱里と黒華と会えなくなるというので二人と夕食をとる。二人とも学院で上手くやっているようで少し安心した。
二人が無事米国に旅立ってから、数日後、学院から再度メールがくる。その内容も、指定の日時と場所に来るようにとしかかれていない簡素極まりないもの。
体験実習というくらいだ。てっきり冒険者機構に来るように指示されるのかと思っていたが、実際に指定された場所は、東京冒険者育成学院だった。
学院側から指定された小さな個室で待つこと30分、狩衣姿の青年が迎えにくると俺を応接室らしき絢爛な部屋へと案内してくれた。
部屋の中の奥の黒色の檜の机の席には白髪の小柄な老婆が座り、その脇には先日のスキンヘッドの職員が偉そうに佇んでいた。そしてその机の前には5人の男女。
黒髪のお河童頭の少女が二階堂綾香、青髪ショートカットが相良恵子、赤色の髪をボブカットが木下小町、緑髪に耳が長いのが浅井七海。そしてあの大人しそうな小柄な坊主頭の青年が、阿備犬蔵。日本でも有数の祓魔師の御曹司だったか。
だとすると、資料にあったピアスの金髪のあんちゃん、絵図悠馬もいるはずなんだが、姿がみえんな。
「仮にも本校の学院長に会うのに何だ、その恰好はっ! 私服とは無礼にもほどがあるだろっ!」
スキンヘッドの職員は額に太い血管を浮き出させて喚き散らす。朝っぱらから五月蠅い奴だ。
第一、以前スーツで説明会に参加したとき、お前、あれだけ大激怒したのを忘れたのか? 空気を読んで俺のもつ私服の中でもよそ行きの服できたってのによ。まあいい。この手の奴は、反論するとさらに現状が悪化する。
「それはどうも」
「なんだ、その態度はっ!」
「江籠先生、やめなさい!」
老婆の叱咤の声に、舌打ちをすると姿勢を正すスキンヘッドの職員。
「藤村秋人さんですね?」
「資料は行っているんだろう? なら、わかりきったこと聞くなよ」
礼儀もなっていない奴らにこれ以上、こちらが下手にでる必要はあるまい。
「貴様っ――」
血相を変えて怒号を吐き出そうとする江籠に、老婆が無言で右手の杖でその右肩を軽く叩く。それだけで江籠は口を噤み姿勢を正した。先ほどまであれほどふてぶてしかった江籠は、借りてきた猫のように大人しくなってしまう。
中々、怖い御仁のようだ。こんなのが学院長なんてしてるのか。やはり、この世界は実に生きにくい。
「貴方の言う通りです。彼女たちが貴方の担当の生徒たちです。もっとも、一人は謹慎中ですが」
老婆はそんな衝撃の事実をサラッと口にすると、机から白色の封筒を取り出し、俺に渡してくる。
封筒を受け取り、表、そして裏を確認すると、封筒には厳重な封がしてあった。
普通、この手の資料に封などしないもんなんだがな。首を傾げつつ資料に目を通すべく、封を破ろうとすると――。
「資料はあとでゆっくり目を通してください。では、もう結構です」
「ほらほら、学院長の御言葉だ。早くここから立ち去れ!」
まるで、犬で追い払うように俺と五人の生徒たちを追い立てるスキンヘッドの職員。
くそっ! あの老婆はこのスキンヘッドとは違う。無意味な冷遇などしやしない。つまり、この老婆の異様な様子からいってこの封筒の中身、よほど他人には見せたくはないもの。
また、厄介ごとの類か。勘弁願いたいものだな。
五人の生徒たちを連れて帝都大の中庭に出るとベンチに腰掛ける。
今も当惑している生徒たちに構わず、資料に目を通す。
資料の1枚目~3枚目までが、体験実習の半年間のスケジュールだな。
第一依頼の内容は、ほう、《カオス・ヴェルト》のゲームの運営と同じ告知形式か。吐き気がするね。これの趣向は右近じゃねぇな。シン当たりの案か。
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◆実習第一依頼:魔物化した野犬の討伐。
説明:京都の府士見の紅間山で民間人が魔物化した野犬に襲われて怪我をした。魔物化した野犬どもから紅間山を取り戻せ! なお、他にも魔物が多数生息している模様。
クリア条件:紅間山に生息する魔物の討伐
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現場は京都。うーん、またあの場所か。何かと縁があるよな。
原則、生徒自身にクリアさせること。これが最重要条件。魔物化した野犬というとビックウルフだろ? ビックウルフは一般人でも討伐可能な魔物だ。天下の東京育学なら今すぐにでもクリア可能だろうさ。
あの学院長の婆さんの様子から身構えちまったが、普通のようで助かった。
最後の一枚は――。
「なるほどな。あとでゆっくりと目を通せというのは、そういう意味か」
あの婆さん、いや、右近、何ちゅう際どい問題を俺に押しつけてくるんだ。
どうやら、このパーティーのメンバーの中に絶望王の実子がいる。より正確には、奴が人界制圧後に次の肉体として生んだ人と魔神との混血児。
絶望王は、現在、人界、魔界ともに憎悪の対象となっている。悪魔の現政権から危険視扱いされて暗殺されることもありえる。
いや、それ以上に悪魔血統至上主義の連中からすれば、最高の神輿。なにせ、あの絶望王の血を継いでいるんだからな。さらに、それは異形種のみの世界を作らんとする異形種解放戦線も同じ。きっと政治利用されてこの人界は混乱するだろうな。
要するにだ。学院側の俺への要請はその絶望王の遺児を調査し、保護することだろう。
もっとも、これは極めて難解だ。なにせ、この中の誰が、絶望王の実子かわかっちゃいねぇからな。右近たちが俺にまで秘密にする理由に乏しいし、この資料の記載通り、特殊な種族特性により判明した事実であり、まだ学院側にも半信半疑の情報なのだろう。
まったく、右近の野郎、面倒ごと押しつけやがって。だが、絶望王を殺ったのは俺だ。その責任は負わねばならない。
ベンチから立ち上がると、
「最後の一人にも伝えとけ、明日、とりあえず、次の依頼へ向かう」
早速宣言する。
「あ、明日行くんですか?」
驚愕の表情で緑髪の女――浅井七海が尋ねてくる。他の生徒たちもキョトンとした顔をしていた。
「そうだ。不服か?」
「不服じゃありませんが、いきなりだったので」
「まあな。俺の役目はあくまでお前たちの戦闘能力の向上。なら、実戦を見てみるのが一番手っ取り早い。明日の朝8時に東京駅東海道新幹線の切符売り場前で集合な」
じゃあなと、右手を上げると今も当惑気味に顏を見合せる生徒たちを尻目に、帝都大を後にした。
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