第5話 馬鹿猫の再会と家での宴会
建物を出る。どうしよう。茹で玉子入りの味噌ラーメンでも食ってくか。
そんなことをボンヤリと考えていると、校門付近でアイツにばったり遭遇してしまう。
「よう、馬鹿猫」
黒髪のネコ科の生物に右手を上げるとパクパク口を動かしていたが、俺の傍までくるとネクタイを鷲掴みにし、無造作に校舎の裏まで引っ張っていく。
「ん? なんだ、カツアゲか? 金なら今日持ち合わせは大してないぞ。だが、ラーメン一杯くらいならおごってやろう」
(違うわっ! なぜ、そなたがここにいる!?)
馬鹿猫は、周囲を盛んに気にしつつも、唾を飛ばして叫ぶ。
「なんでも冒険者の適性試験らしい。ここの生徒の護衛で、完遂できなければ事実上の資格の剥奪だそうだ」
要はあのチンチクリンどもに五体満足で依頼を三つクリアさせればいいんだろう。今の俺ならそう難しいことではないさ。
(護衛の適性試験……なるほどそれで皆騒いでおったのか。てっきり……)
黒華は納得したかのように何度か頷くと、ようやくネクタイから手を離して険しい眉を少しだけ解く。
「で? ラーメン、食いにいくのか?」
(行く――といいたいところじゃが、今から明後日の実習のオリエンテーションじゃから無理じゃ)
すまなそうに首を左右に振る黒華。
「明後日の実習? 数か月間の冒険者との現場実習じゃねぇの?」
(妾と朱里を始めとする4人は、東京学院を代表して米国で行われる合同強化訓練に参加することになっておる。なんでもそれで現場実習の変わりとするそうじゃ)
なるほどな。黒華や朱里が俺の眷属であることは右近にも知らせている。六道王の直属の眷属は、もはや理の外にいる。そんな怪物が学生の実習に加われば一般の学生の弊害にしかならんし、冒険者の適正など見れるはずもない。当然の措置か。
「そうか。なら気を付けてな」
ま、今の黒華や朱里が危険な目に会うなど考えられんわけだが。
黒華に背を向けて校門へ向けて足を一歩踏み出すと、
(アキト!)
背中の服を捕まれる。
「ん?」
肩越しに振り返ると顔を真っ赤にそめつつもモジモジしながら見上げてきていた。
「どうした? トイレか?」
「この、大馬鹿者がっ!! そなたは、いつもセクハラを交えんと話せんのかっ!?」
叫ぶ黒華の頭に手を置くと、
「わかってる。冗談だ」
そっと撫でる。
「うー……」
猫のように目を細める黒華に苦笑しつつ、俺は思う存分その小さな頭を堪能したのだった。
家に戻ると複数の車が駐車していた。この車は十朱のボロ車で、あっちの少しいい車が銀二のか。とすると、きっと雪乃もいるな。
玄関から我が家に入ると、リビングで三人が飲んでいた。
「アキト、先に始めさせてもらってるぜ!」
十朱が右手でビールをグビグビと、喉に流し込みながら陽気に叫ぶ。
「俺もだ。というか、十朱、お前いくらなんでも飲み方が大雑把すぎるぞ。酒に失礼じゃねぇか!」
日本酒の入ったと思しきオチョコを片手に十朱を諫めるが、
「うん? 仕事終わりの蒸し暑い日にはこうして飲むのが最高なんだぜ!」
まったく意に介さず水のようにガブ飲みする十朱。
「アキト、お帰りぃ」
雪乃が俺の腰にタックルしてくる。雪乃の奴、二十歳になってからというもの我が家にきて頻繁に飲んでいる。あまり、若いうちから酒浸りになるのはお勧めしないんだがな。
ともあれ、色々あって俺もすこぶる喉が渇いた。今日は、五右衛門たちも呼んで皆で宴会でもするとしよう。
だとすれば、酒だけ飲んでも味気ない。酒と言えば、料理だろうさ。
「で? お前ら、飯はまだだよな?」
「おう!」「ああ!」「うん!」
三者三様に頷くのを確認し、俺は腕まくりをしてキッチンへ向かった。
散々食べて飲んだ後、ほどなく雪乃は撃沈し、二階の客室のベッドに寝かしつける。
現在、俺、十朱、銀二でまったりと飲んでいるところだ。
「ところで十朱、お前の知り合いに東京育学に通っている学生いるか? たしか、恵子っていう名なんだが」
「恵子? あーあ、恵子は俺の父方の叔父の娘だ。恵子の両親は忙しかったからな。餓鬼の頃は俺の家に預けられて、俺が面倒みてたんだぜ」
やっぱり、関係者だったか。書類では相良恵子は竜人に適正があるとあった。外見も十朱とどこか似ている気がしてはいた。
それにしても――。
「十朱、お前、子育てなんてできたのかよ?」
銀二が丁度俺が抱いた疑問を十朱に投げかける。
「おう! もちろんだぜ! 教育は得意だぜ!」
右の親指を立てて白い歯を見せる十朱。教育が得意か。これほど説得力がない言葉もそうはあるまい。
(なあ、アキト、その恵子っていう女、マジでヤバイんじゃねぇか?)
そう、小声で囁いてくる銀二に、
(まったく同感だな。少なくとも恵子子女に常識はなさそうだ)
肩を竦めてそんな適格な予想をする。
(いやいや、お前に常識云々言われてもな。それこそ説得力ねぇわけだが)
うーん、どうやら銀二にとっては俺も十朱も凡そ常識がないという認識のようだ。
否定ができないのがつらいところではあるな。
「それで恵子がどうしたんだぜ?」
興味津々で身を乗り出してくる十朱に、
「うむ。どうやら此度、冒険者の体験実習なるものがあるらしくてな。俺は彼女のチームの教官になったんだ」
「へー、アキトが恵子の教官ね。妙な偶然もあったもんだな」
「まったくだ」
だが、十朱から常識の教育を受けている以上、彼女もしっかり真面じゃないと考えるべきかもな。厄介だ。実に厄介だ。
俺は苦難の実習となるであろう未来に、深い深いため息を吐いたのだった。
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