第4話 現場実習の教官集合ミーティング
朝食を食べて歯を磨いてから、シャワーを浴びるとスーツに着替える。今日は例の実習についての説明会の日だ。バックレたいのは山々だが、それをすればウザったい講習会が待っている。さらに下手をすれば、資格剥奪ってこともあり得る。
イノセンスの経営を忍と鬼沼に委ね、距離を置いた以上、俺の収入源は冒険者の魔石の売買のみ。こんなところで俺の輝かしいスローライフを失うのは痛い。少なくとも次の就職口が見つかるまではな。
冒険者育成学院は、学院の名称ではあるが、形式的には天下の帝都大の一学部として成立された。なんでも冒険者機構が教育機関を一元管理したい文部科学省の要求を受け入れ、そうなったらしい。
無論、この俺が帝都大などという超インテリ養成所などに関わりがあるはずもなく、その門をくぐるのは初めての経験となる。
帝都大の学生関係窓口で、育成学院の校舎を聞く。広大な敷地の北東の場所に育成学院は存在した。
流石は冒険機構が誇る教育機関だけあって、その校舎はあの新塾前のような特殊な形態の建物だった。
建物に入り要件を伝えると、広い四階の会議室のような場所へと案内される。
既に部屋の中の長机にはローブやら狩衣、鎧などを身に着けた男女が揃い踏みをしていた。
別にこいつらに普段からコスプレをするイタすぎる趣味がわるわけではない。
近年、冒険者機構の依頼を受けた阿良々木電子が冒険者用の武具の販売を開始した。それらは全て魔物退治につき非常識な性能を有する。Aシリーズと称されたそれらの武具は、忽ち冒険者たちの憧となり、競って集めるようになったのだ。
だから、街中でもこの手の風貌をした者達はむしろ羨望の眼差しを向けられることが常だ。なにせ、身に着けていること自体、現在最も難易度が高く人気の職業である冒険者である証なのだから。
自己紹介をすべきだろうか? だが、ここは会社ではなく、冒険者機構という極めて特殊な環境内だ。はたして、一般の社交儀礼が通じるものなのだろうか。
どうしようかと思案していると、教壇の上にいる黒色のローブを纏ったスキンヘッドの巨漢がさも不快そうな顔で俺をジロジロと眺めまわすと、
「遅いぞっ! しかも何だ、その恰好は!? 貴様、栄えある冒険者の自覚はあるのかっ!?」
怒声を浴びせてくる。
うーむ。まさかビジネスマンの正装であるスーツを理由に怒鳴られるとは思わなかった。初めての経験だな。あまり嬉しくはないけど。
「これは失礼を」
一礼すると傍の席に座る。
「まったく、こんなのがFランクに昇格するとは、世も末だ。だから、魔物の討伐だけで、昇格させるのは反対だったのだ! しかも、よりにもよって、我が学院の栄えある第一期の体験実習の教官に選定するとは、冒険者機構め! 一体何を考えているっ!」
冒険者機構への不満をダラダラと垂れ流すスキンヘッドの男に同調して嘲笑を浮かべるものが半分、もう半分は興味なさそうに眺めていた。
なるほど大体の事情は読めてきた。ここにいるのは俺とは異なり、冒険者として将来有望な冒険者ばかりってわけか。
あの受付嬢がFランクの冒険者は全員強制依頼参加のごとき口調だったからコロリと騙されちまった。あとで文句の一つも言ってやる。
「拙者らも暇じゃない。早く始めて欲しい」
頭の先から足の爪先まで黒装束の女のもっともな指摘で、ようやくスキンヘッドのローブの学院職員は説明を開始した。
そして今、スキンヘッドの説明が終了したところだ。
ようは定期的に連れまわして戦闘訓練をさせる。依頼を3つクリアさせる。ここまでは資料に書いてあった情報。初耳なのは――。
「特に好成績を収めた生徒の担当者は、ランクが2上昇する。それは真実なのか!?」
興奮で顔を赤らめながらも、この暑いのに黒色のコートを着用、大剣を背負う赤髪の男がスキンヘッドの男に疑問を投げかける。
「ああ、この実習は我ら東京校の名誉と意地を賭けた事業であり、各国の他校とも比較されることになる。無様な結果を出すわけにはいかぬのだ。故に、Fランクの中でも君らを選りすぐった。
もっとも、場違いな駄馬も混じっているようだがな」
スキンヘッドの男が俺に侮蔑の視線を向けながらそう口にすると、至る所から嘲笑が漏れる。
うーん、それとなく誹謗を混ぜるところがニクイねぇ。だが、敬意を払わん相手にこれ以上下手にでることもあるまい。
「デメリットは? メリットだけってわけじゃねぇんだろ?」
「貴様、目上の者に向かって、その口の利き方は何だっ!!?」
案の定、茹蛸のように真っ赤になって怒り狂うスキンヘッドの職員に、
「はあ? 俺達は冒険者だ。上も下もねぇだろ。それより答えろよ。デメリットは? お前らは、利益だけを享受させてくれるほどお優しくはねぇんだろ?」
疑問に答えるように強く促す。
スキンヘッドの職員は、ぐぬぬと唸っていたが、何度か深呼吸をすると、
「これは護衛依頼も兼ねている。生徒の保護は最低限の義務。故に、三つの依頼を完遂できなかったり、生徒の身に重大な危害が及んだら、冒険者の資格を一時停止し、教育機関であるこの学院で一年間学び直してもらう。もちろん自費でだ」
騒めく室内。当たり前だ。一年間学生の真似事など死んでも御免だ。
しかし――。
「本当にその程度のデメリットなので?」
この喧騒は全く俺の予想とは真逆のものが原因だった。
「うむ。学生とはいえ、冒険者の卵。教官のみに、その責を負わすのは我らも本位ではないからな」
もっともらしい言い方をしているが、一年経てば冒険者の資格停止からの復帰が成されるとは一言も口にしてはいない。
そもそも護衛は冒険者の最も基本的な職務の一つ。完遂できなかった無能を冒険者機構がそのままにしておくはずもない。冒険者機構の設立には、右近だけじゃなく、シン・ラストも深く関わっている。
この学院で適性を見て問題ありと判断すれば放校。そのまま冒険者から強制引退というわけだろう。
つまりだ。これは次のEランクへあがる者の適性を見るための俺達の試験でもあるってわけか。だからこそ、選りすぐったわけね。なるほど、あの受付嬢、まったくの偽りを述べたわけではなかったわけか。
面倒極まりないな。
「理解した。拙者は次の依頼があるので、これで失礼する」
「お、おい、今から学院が主催する親睦会が――」
黒装束の女は席を立ちあがり、スキンヘッドの職員が止める隙も与えず、颯爽と退出してしまう。
俺もこんな不快な場所に長居する理由はない。どうせ今日は説明だけ。早くずらかろう。
俺も椅子から腰を上げると無言で会議室を後にした。
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