第1話 悠々自適な生活と新たな面倒ごと
2023年8月4日 新塾区 冒険者機構日本支部
マジで引くほど変わっちまってるよな。周囲を眺めながら俺はボンヤリとそんなことを考えていた。
今も建築中の多重構造の円盤状の建築物とそれに空高く伸びる屈曲した道路。なんでもあの構造物は光の屈曲を操作し、地上へ光と風景を届ける役目を担っているらしい。そして建築中の巨大なボール状の建造物。
この一年、加速度的にこんな近未来な光景がこの新塾の風景を塗り替えているのだ。
これらは雨宮梓が原因の一つだが、それだけじゃない。流石に雨宮一人でここまで世界を魔改造はできない。諸悪の根源は、イノセンスを事実上運営している鬼沼だ。あいつの辞書には端から自重やら躊躇という言葉が皆無だ。しかも倫理観すらもないから、あらゆる禁忌にすら手を染める狂気性を持っている。そんな奴が世界中から特殊な能力者やら研究者やらをスカウトしてきて一つの研究チームを立ち上げた。その途端、新塾はこんなになっちまったってわけだ。
当初マスコミは大層騒いでおり、毎日のようにお茶の間を賑わせていた。だが、人とは良くも悪くも慣れるものである。今や当たり前のように皆がこの非常識な光景を享受してしまっていた。
冒険者機構に入り、耳の長い受付のお姉ちゃんに本日の成果である魔石のたっぷり入った袋を冒険者のカードとともにテーブルに置く。
「どうも、今日もたのむよ」
受付嬢は袋の中を確認し、呆れたように深いため息を吐く。
「少々、お待ちください」
魔石を機械に入れて数分後、明細書とともにカードを渡してくる。
うむ。本日の稼ぎは32万。市中に出現した雑魚魔物を狩っただけなんだが、結構稼げたな。以前の社畜時代とは雲泥の差だぞ。うん!
「アキトさん、それだけの実力があって本当に昇格試験受けないんですか?」
金髪受付嬢がいつもの疑問を口にする。
冒険者機構は、冒険者をランク付けし、依頼の種類を割り振っている。低ランクの冒険者は、難易度の低い十数万の依頼しか受けられない。
冒険者は今や公的資格であり、厳格な試験が課されている。ハードルも高いが、高ランクになると資格を保有しているだけで、少なくない金銭も月々振り込まれるようになるし、衣食住を始め様々な特典がある。そのため周囲の冒険者たちは目の色変えてランクアップに励んでいる。
「まあな。当分はそのつもりはない」
下手に昇格などして面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。なにせ今のままでも食べていくのには全く困らんし。
あの一件の後始末で、イノセンスの経営を鬼沼に委ね、俺は会社から距離を置いた。いわゆるケジメってやつだ。一度経営から手を引くといってあっさり戻るのも社会人としてどうかと思うしな。
とはいえ、俺が抜ける事につき、忍を始めとするイノセンスの幹部が猛反発し、未だに説得はできていない。少なくとも次の職にありつくまでは、休職扱いとなっているようだ。
ちなみに、カドクシ電子への就職の件は、やはり実家を離れるわけにはいかないという理由で、結果的にその就職を断った。勝手を言っているのは重々承知しており、京都の本社を訪れて人事担当者に謝罪したが、激怒されるどころか、逆に励まされてしまう。
それから実家から通える距離で就職口を探すが見つからない。結局、今の冒険者の真似事で生計を立てることになる。ま、それでも以前の会社の数十倍は稼いでいるんだから、なんとも複雑な気分だ。
「冒険者は実力さえあれば基本自由な職業。魔物退治は冒険者の最も最低限の義務ですし、私達も咎めるつもりはありません。ただ、もったいない。そう思っただけです」
「そうかい」
人の感性など人それぞれ。
確かに冒険者は今や最も人気の職業といっても過言ではない。業務が危険な分、得られる報酬がべらぼうに高いし、特典も他の職業を圧倒している。だから、志願者数は鰻登りとなり、既に冒険者機構の行っている試験だけでは収拾がつかなくなっているらしい。
あと数年で、冒険者ライセンス取得試験の受験資格に、特定の専門学院の卒業の要件が加わるが、現在資格を有するものには、保有が認められるようだ。
マジで助かった。この歳で学生など絶対に御免だからな。それに、筆記試験が不得意な俺が受かるとはとても思えんし。
「じゃあ、また明日も頼むよ」
彼女に背を向けて冒険者機構の建物の外に出ようとするが、
「ちょっと待ってください。Fランクの冒険者の方に実習生の受け入れの依頼が来ています」
あー、そういえばこの前右近に呼び出されたとき、そんなこと言っていたな。冒険者機構最初の教育機関――東京冒険者育成学院の生徒の現場実習が始まるんだっけ。俺には無関係だと話半分に聞いていた。
「おう、教育なんて柄じゃねぇ。断っておいてくれ」
右手を上げて立ち去ろうとするが、
「申し訳ありません。この依頼はFランクの冒険者に対する強制依頼です。必ず、受ける必要があります」
受付嬢はすまし顔で、俺にとって悪夢に近いことを言いやがった。
「ちょっと待て! なぜ、Fランクだけババを引かねばならんっ!?」
「高ランクの人たちは依頼の達成で、一杯一杯ですし、仮にも学生さんをお預かりする以上、HとGランクの冒険者には任せられません。最低限の実力がある冒険者が求められている以上、実にまっとうな判断だと思いますよ」
Fランクまでは、魔物の難易度と討伐数を鑑みて昇格試験を得ずに上昇する。調子に乗って倒し過ぎたか。ほら、俺ってこの手の金稼ぎや経験値稼ぎの作業って好物だからさ。最近、預金通帳に貯まっていく金銭を見るのを確認するのが日課になってたしな。
こんなことなら、もっと細々とやっておけばよかった。
「断ったら?」
「免停になります。仕事を再開するには、数十時間にも及ぶ講習会が必要となりますが、どういたしますか?」
「わかった! わかったよ! やればいいんだろ! やれば!」
「では、その資料となります」
A3サイズの真っ白の封筒を受付嬢から受け取ると今度こそ、冒険者機構を後にした。
引き続きこの物語を読んでいただき、どうもありがとうございます!
ここからは、番外編となります。今まで放置していた種族進化や他の六道王もできてます。
更新は、毎週の金曜日に行う予定です。よろしくお願いいたします!
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