第6話 帝都前攻防
俺達は今、南西の【死の平原】から、バアル、十朱、雪乃を連れて帝都へ向かって前進している。
『アスタロトとかいう悪魔は始末したぜ』
頭に響く銀二の声に俺は口端を上げる。
昨晩、シン・ラストを眷属にした後、十朱達と夕食をとる。食後、三人を眷属化しようとするが、あら不思議、既に眷属となっていた。おそらく、パーティーメンバー全員が、自動的に眷属に移行したんだと思う。
なお、シンのようにぶっ倒れはしていなかっただけで、身体が怠いとは言っていたから、既に強制進化の真っ最中だったんだろう。五体満足でいられたのは、既に滅茶苦茶強化されていたせいだと思われる。
ただ、肉体の改変率が激しく存在が安定しないからだろうか。十朱達のステータスの鑑定はできなかった。
実際にどの程度の強化されているのかは、知りたかったんだが、非常に残念なことである。
まあ、さっきの一撃を見る限り、半端じゃなく強化されているようだが。
ともあれ、俺達がこの魔界の【死の平原】に転移してやったことは二つ。
一つは、敵の最大戦力を減らすこと。
実際には、十朱が【大蛇化】して絶望王の直轄でありクズ養成所の第一師団に一撃放つ。バアルの部下を除けば、悪魔軍でも最強クラスの軍だ。多少なりとも数を減らせればいいと思っていたが、たった一撃でほぼ壊滅状態にしてしまう。バアルが頬をヒク付かせているのを始めてみたし、それはそれで良い経験だったのかもな。
二つ目が、悪魔大元帥アスタロトの始末。
これは銀二が、十朱の放った特大ブレスの炎の一つに同化し、いち早く帝都に到着し、アスタロトを狙う。
バアルからの情報では、アスタロトも相当強いらしいし、一応銀二には、手に負えなかったら俺に位置情報だけでも送れと指示を出す。位置が分かれば、俺の皆殺死のスキルでぶっ殺せるしな。だが、結局、銀二の圧勝だったようだ。
(ご苦労さん、俺達ももう少しで帝都に到着する。お前は帝都南部の悪魔たちの保護を優先してくれ)
(了解)
クロノの死で三人とも堪忍袋の緒が切れてしまっていたようだったから、てっきり頑なに戦うと主張されるかと思っていたが、すんなり下級悪魔の保護を承諾してくれた。
この戦に勝てば、この魔界は俺の支配下にはいる。つまり、以後統治の対象となるかもしれぬということだ。だから、むやみやたらに殺すわけにはいかない。悪魔についての十分な情報は必須であり、バアルから既に説明を受けている。
この点、悪魔の位階は最高位、高位、中位、低位の四段階に分かれる。このうち高位以上の悪魔は高度な精神生命体であることが多く、その場合生殖能力がないことが多い。逆に中位以下の悪魔のほとんどは、生殖能力があり、子を残せる。
そして悪魔は基本実力至上主義。故に強大な力を持つ純血が最も貴ばれ、人に毛が生えた程度の力しか持たぬ低位の悪魔は虐げられられる傾向が高い。
低位の悪魔にも悪魔の血が入っているから、食料にまではならないが、農奴や鉱夫として働かされるのはあたりまえ、ときには貴族の遊びで拷問を受けたり、狩り殺されることもあるらしい。要は、奴隷のような存在ってことだ。
そして、ここからが面白いのだが、その低位の悪魔の数は全体の6割にも至る。人以外の混血である中位も合わせると、全体の八割にも及ぶのだ。つまり、この魔界という世界は、たった二割が好き放題振舞うという歪な関係となっている。
ならば、中位と下位まで虐殺するのは違うだろ。もし、それをすれば、俺も絶望王と同じ外道に落ちる。
まあ、中位以上の悪魔は混血の度合いも低く、東京において我が物顔で振舞ったような元来の悪魔的な行動を好むものも多い。統治には相当苦労しそうだがね。
まあ、バンパイアのように人を食わねば生きていけないような業を背負っているわけじゃないらしいし、何とかなるだろうさ。
「銀二がアスタロトを討ったそうだ。直ちに銀二には最南部での下位の悪魔たちの保護を始めてもらう」
「そうであるか。アスタロト元帥閣下が……」
幾つもの感情が含有した表情で、遠い目をするバアル。
「悪魔を裏切ったことを後悔でもしているのか?」
「まさかである。義よりも利をとるアスタロト元帥閣下と吾輩はそりが合わず、いつも衝突していた。強いて言葉にすれば、喪失感のようなものなのである」
喪失感ね。それは少し理解できるかもな。
「アキト、どうやらお出迎えのようだ」
「ふむ、そのようだな」
高い城壁に囲まれた城壁で囲まれた広大な都市。あれが帝都だ。
その帝都の城壁の前にズラリと並ぶ悪魔の軍勢。
「あの旗は第三師団なのである」
第三師団――偵察や盾に使われる耐久力に自信のある悪魔たちと、遠距離攻撃を得意とするエリート悪魔たちで構成されている部隊。要は、足止めをして遠距離攻撃で止めを刺すのに特化した軍ってところだろう。いずれにせよ、東京を襲撃した寄せ集めの軍とは比較にならぬほど強力なんだそうだ。
バアルが一歩前にでて、直立不動となり腰に両拳を充てると肺に空気を吸い込む。
「バアルであーーーーーーーーる!!」
鼓膜が破れんばかりの咆哮をする。
相変わらず、無駄に声が大きい奴。だが、確かに今の大声で第三師団の連中の戸惑いが生じている。
「もうじき、絶望王は滅びるのである! もう、己を抑えてまで従う必要はないのであーーる!!」
戸惑いは強烈な動揺となって広がっていく。だが、誰も動き出そうとしない。
まあ、絶望王に下手に逆らえば、死より残酷な処遇が待ち受けているらしいし、容易に従えない気持ちはわかるってもんだ。
「黙れチュン! 絶望王陛下に弓引く裏り者がッ!! 我らは惑わされんチュンっ!! 貴様の首をとり、陛下への永久の忠誠を示してくれるチュンっ!!」
巨人に担がせている神輿の上で、腰に白鳥の人形を設置した全身白タイツの男が、背後の孔雀の羽を靡かせて、扇子をこちらに向けて息巻いていた。まったく、悪魔の間では、あんな変てこな恰好が流行ってんのか?
だが、あれは事前にバアルから聞いた三大将の姿ではない。
「あいつは?」
「第三師団将軍――フェニックス。死という概念がない面倒な奴なのである」
珍しく苦虫を噛み潰したような顔をするバアル。要するに伝説と同様、死んでも蘇るんだろうさ。ガチンコの殴り合いを得意とするバアルとの相性は最悪だろう。
「私がやる!」
一歩前にでる雪乃の肩を掴み、
「言っただろ。お前の今日の役目は回復と守りだ」
彼女の本来の役目を伝える。
俺、十朱、銀二は敵となる悪魔を徹底的に狩る。
いくら虐げられていたとはいえ、同じ悪魔だ。悪魔たちは虐殺した俺達三人には決して心を開くまい。だからこそ、俺達が正当な支配者たりえることを悪魔たちに示す必要がある。橋渡しの役が必要となるんだ。雪乃の今回の役割は、実のところ最も大きいといっても過言ではない。
「なら、俺が――」
「いや、俺達だけで下位の悪魔の避難誘導は不可能だ。あいつらにも手伝ってもらうとしよう」
「それってまったく返答になってないぜ?」
呆れたように口にする十朱に肩を竦めると、俺は奴らに向けて歩いていく。
「全軍、出陣!!」
フェニックスの号令により、俺たちに向けて地鳴りを上げて突進してくる数万の軍。
悪魔とは実力至上主義。特にそれは高位の悪魔になるほど顕著になるらしい。今も進撃してくる悪魔の軍勢は全て高位の悪魔。おまけに、絶望王という恐怖の対象がいる。逆らうのも馬鹿馬鹿しいほどの力を示さぬ限り、奴らは止まらない。
まずは小手調べと行こうか。俺は腰の鞘から一振りの剣を抜き放つ。剣の刀身は紅に染まり、鍔には複雑な装飾が施されていた。
この剣はウォー・ゲームで絶望王から奪った魔剣――グラム。
―――――――――――――――
・名称:魔剣グラム
・説明:北欧神話に登場する怒りを意味する剣。所持者の怒りと魔力に比例し限界を突破して剣としての性能が向上する。なお、剣戟の効果範囲や威力を一定の限度でコントロールすることも可能。
・アイテムランク:神(6/7)
―――――――――――――――
要するに、所持者の魔力が高ければ高いだけ切れ味や耐久力が増す剣ってことだ。このシンプルの性能でランクが神なのは、その魔力に比例する性能の向上に限界がないからだろう。
まさに、俺達六道王の称号を持つ者にピッタリの剣。もしかして、この剣って絶望王の切り札だったりするのかもな。あの糞運営だったら十分あり得る事態だ。
では、さっそく試し切りだ。
グラムを掲げて、斬撃の範囲をフェニックスまでの直線距離幅50m、威力は最大と指定する。
俺の有する【始まりと終わりの吸血鬼】の称号の威力、範囲、修復不能補正の種族特性と合わせてどれほどのものとなるか、不謹慎にも少しワクワクするな。
俺は力任せにグラムを振り下ろす。
刀身から放たれた紅の閃光が、炎の咆哮を上げて大地を穿つ。
いくつもの紅の閃光が走り、超爆風が爆音を引き連れ、熱風とともに吹き荒れていく。
「あれまあ……」
俺とフェニックスまでの大地は深く抉れ、底が見えない。
一振りでこれかよ。引くわこれ。正直ドン引きだわ。フェニックスの周囲にいた数十人は巻き込まれて消滅したが、その他は風圧で飛ばされた程度で無事のようだ。
もし、範囲を設定しなかったらあいつら全員、消し飛ばしてたかもな。
「アキトって益々、バケモノ化してるよね」
「そうだぜ。そのうち、指先一つで星を壊したりすんじゃないか?」
おい、俺はどこぞの宇宙の帝王、〇リーザさんかよ! とすると、お前ら、〇ドリアさんと、ザー〇ンさんになるんじゃないのか?
まあ、それを口にしたら、雪乃からフルボッコの刑を受けるかもだけど。
「……」
バアルといえば、目ん玉を飛び出んばかりに見開き、大口を開けていた。うむうむ、こいつのこんな姿を見れるとは俺も運がいい。
「アキト!」
十朱が一点を見つめながらも叫ぶ。視線の先の空中には丁度豆粒らしきものが生じ、それらがボコボコと盛り上がり、人の形を形成していく。
「フェニックスには死の概念がないのである」
ようやく気を取り戻したバアルがうんちくを垂れる。
「不死鳥ってやつか」
「貴様、この朕を……」
声に憎悪を漲らせ、フェニックスは傷一つない身体に回帰してしまう。一から蘇るから、回復や修復などの再生とも違う。だから、俺の【始まりと終わりの吸血鬼】の回復不能の効果がなかったわけか。
ともあれ、死の概念がないんじゃ、いくらステータス平均がB+のゴミでも確かに面倒かもな。バアルが微妙な顔をするのもわかるってもんだ。
うん。丁度いい感じに、今の俺にはあの最悪の権能【万物破壊】がある。
これの試しとしよう。
俺はグラムを鞘に納めると右手を振り上げて今も空中で悪鬼のごとき形相で俺を見下ろしている奴との距離を【破壊】指定し、振り下ろす。
ギシリッと空間が悲鳴を上げて、刹那、フェニックスが俺の眼前に出現する。
「へ?」
「つーかまえたー」
微動だにできないフェニックスの首を左手で持って持ち上げる。
「なっ!? これは――」
俺の右の指先に奴の永遠の性質につき破壊の効果を持たせ、何やら口を開こうとした奴の頭からゆっくり引き裂いていく。
フェニックスは、縦に数枚にスライスされ地面にドシャリと落下する。
俺は奴を見下ろし、
「お前の永遠を破壊した。お前はもう蘇れねぇよ」
「……」
本能で既に気付いているんだろう。必死でフェニックスは口をパクパクと動かす。
三枚におろされた状態だから何言っているかはわからんが、一応、命乞いでもしているんだと思う。
俺はその返答に、左足を上げるとその頭部を踏み潰した。
「さて、バアル、後は頼む」
肩越しに振り返り、今も唖然とした顔をしているバアルに事後処理を頼む。
「ま、任されたのである」
バアルは弾かれたように大きく頷くと、息を吸い込みポカーンと成り行きを見守る兵士たちに説得を試みる。
お読みいただきありがとうございます。
【読者様へのお願い】
未評価の方、もし少しでも面白いとお感じなられましたら広告下側にある【☆☆☆☆☆】を押していただけるとメッチャ嬉しいです。(^^)/




