ゾンビから婚約破棄されました
ざまぁ展開やハッピーエンドはありません
私、芹那はジングパの姫として、隣国グルジオロの第一王子メロと正式に婚約した。ジングパ、グルジオロ両方の家族と顔合わせをすました後、結婚式の準備のために祖国を離れて3か月が経った。
こちらに来てからは、ジングパの姫として、恥ずかしくない態度で大臣らとの顔合わせも行えたし、婚約者であるメロとも愛を育めたと思っている。結婚前からおしどり夫婦のようだと周りからも言われていたし、政略結婚とはいえ、メロのことを本当に好きになることができた。
あと一週間で国民へのお披露目も兼ねた盛大な結婚式がある。
準備もしっかりできたし、何の不安もない、と言ったら嘘になる。やはりマリッジブルーというものはある。
それに、一昨日くらいから、なんだかメロの様子がおかしい。
ときどき、白衣を着た学者のような人と深刻な顔で話すのを見るようになった。
王宮に白衣を着た人がいるのは珍しい。メイドや執事ならたくさんいるのだけれど。
メロから話があると、謁見の間に呼ばれたのは、その日のティータイムの時だった。
「芹那、何も言わずに私と婚約破棄してほしい。そして一刻も早く祖国に帰ってほしい。婚約破棄の手続きとか、こっちでさっさとやってしまうから、この国から一刻も早く出ていくんだ。頼む」
メロが何を言っているのか、わからない。
「メロ、私何か気に障るようなことをしたかしら」
「いや、君が悪いわけでは……。あ、ああ、そうだ、他に結婚相手の打診が来たんだ。断るのが難しい相手でね。オストル大帝国の姫君で、娶らないと……、グルジオロ王国が滅ぶぞ、と脅しをかけてきたんだ。そう、そういうことにしておいてくれないか」
メロは嘘が下手だ。嘘をつくときに右顎を指でかく癖は直した方が良いと何度も言ったのに。直せていないようだ。
結婚相手の話は嘘のようだけれど、グルジオロが滅ぶというところだけは顎をかいていなかったうえに、目が泳いでいなかったので、そこだけは本当のように感じる。
何やらきな臭い話になってきたけれど、王族の継承権争いや何かで、クーデターが起こる予兆がある、なんて話かもしれない。
それであれば、私が残れば人質になってしまい、メロに迷惑をかけてしまうのかもしれない。ここは提案に乗った方がメロのためにもなると思う。
「わかりました。ジングパに帰らせていただきます。ですが、婚約破棄は致しません。状況が落ち着いたら、結婚式をさせてくださいませ」
メロはうれしそうな表情をしたけれど、すぐに瞳が絶望の色に染った。
「いや、芹那とはもう結婚はできないだろう。婚約破棄の手続きはこちらでやっておくよ。相応の慰謝料も後で送るつもりだが、確約はできない。すまない」
「いいえ、私はいつまでもメロの婚約者でいるつもりですわ」
いつまでも押し問答を繰り返しそうな雰囲気だったが、メロの護衛部隊の方々に連れられ、やや強引に祖国に送り返されるまで時間はそうかからなかった。
ジングパに戻ってから28日が経った。
諜報部隊からの報告で、グルジオロ王国が屍人であるゾンビの手に落ちて荒廃したことを知った。
実はグルジオロでは、3か月ほど前から謎の奇病が蔓延しつつあった。例の白衣の集団が対処に当たっていたようだったが、結局対処はできず、多くの国民に感染が広がったようだ。
体液を通して感染し、発病後はゾンビとなる。普通の屍人とは異なり、猛獣のような強力な膂力を身につけ、屍人とは思えない速さで移動する、そんな化け物達が跋扈する国になってしまった。王族も例外ではなく、メロもおそらく、もうゾンビとなってしまっただろう、と諜報部隊からの報告を聞いた。
悲しみに暮れたのは半日ほどだったか。
メロは最後まで私を気づかい、何も言わずに祖国に帰してくれた。婚約破棄の手続きは結局ジングパまで書類が届いていなかった。私が帰ってすぐに王城もゾンビの手に落ちたのだろう。
メロはゾンビとなって苦しんでいないだろうか。私は婚約者として何かできないだろうか。
愛した人間が、人間として終わってしまった話を聞いて、この時にはもう私の心は壊れていたのかもしれない。
「よし!」
ジングパは狩猟の国である。魑魅魍魎が跋扈し、大型の肉食獣が森に多く生息している。そのせいか、国民全員に銃の心得がある。当然、私にもある。
信頼できる世話係数名を説得し、武器庫から持てるだけの銃と弾薬を盗み出した私は、世話係達とともにグルジオロに向かった。
メロを「救う」ために。
ジングパにも屍人はいるが、ネクロマンサーと呼ばれる死霊術師が使役するもので、動きも遅く、人間の限界以上の力を出すことはない。人間の限界の力でも相当な脅威ではあるのだが。
グルジオロのゾンビはそんな屍人がお子様のように思える、凶悪なものであった。
グルジオロとの国境の山を越えて、国境門が見える丘に身を隠した私たちは、すぐにその脅威を目にすることになった。
グルジオロで一番の脅威である獣、大型の猫種、成長したものは3メートルを超えるグルジオロトラが道を歩いている。あれはよほど特殊な個体なのか4メートル程あるように見える。
そんなトラに高速で近づいていく人型の影が見えた。国境門の中から現れた人影は、人間とはおよそ思えない速さでトラに近づいていく。
トラが前足を高く上げ、振り下ろしてつぶそうとしたが、人型のものは、平然と二本の腕で受け止めた。
平然と、ではないか。受け止めたは良いが、右腕がちぎれて飛んで行ったようだ。
人型のものは、痛みを感じないのか、左腕一本でトラの前足をつかんで、鞭でもふるうかのようにトラを振り回した。国境門にたたきつけられたトラは絶命したようで、ピクリとも動かない。人型のものは、たたきつけた勢いのせいか、左腕もちぎれ飛んだようで、もはや両腕を失っている。
両腕を失って体が軽くなったからか、最初よりも速い動きでトラに近づいていく。屍人に食事は必要ないはずだが、その人型のものはトラを食い始めた。
私達は声を上げることもできず、その光景を見守るしかなかった。
やがて満足したのか人型のものは国境門の中に戻っていく。
悪夢から覚めた私達は、しかし、引くつもりはなかった。
3日ほどその場所で野宿しつつ、グルジオロのゾンビの生態を観察し続けた。
どうやら、ゾンビは音に反応するらしい。視覚はあるものの、動くものが目の前にあるときのみ、手をかざしたり、噛みついたりする程度の知性しかないようだ。トラとの戦闘は一度しか見られなかったが、絶命したトラにかみついたのは、どうやら流れている血を見ての本能的な行動だったようだ。
メロがいる王宮はこの町の3つ先の街にある。音を立てなければそれほど脅威ではないとわかったので、警戒しながら森を移動して行く。
ゾンビや獣に遭遇した際はサイレンサー付きの銃でシュババババ、と掃討し、慎重に進んで行く。
王宮のある街の門についたのはそれから1週間後のことだった。
作戦はシンプル。
爆薬で大きな音を立て、誘い込んでマシンガンで一掃、十分に数が減ったら、慎重に内部に入り、ゾンビを駆逐していく。
それを繰り返し、王宮を目指すのだ。
「こんなわがままに付き合ってくれて、みんな、ありがとう。いくわよ。ご、よん、さん、に」
いち、は声に出さず合図のみだ。
ドゴン、と大きな音を立てて門の手前に投げ込んだ爆薬が爆発した。
軽く開けておいた門から大量のゾンビが湧いてくる。あとは、銃撃あるのみだ。
タタタタッ!
ガガガガガガッ!
出てくるゾンビたちに向かって二丁のライフルをぶっ放す。
ゾンビは頭の中央あたりに何か特異なものを内蔵しているのか、そこを打ち込まれたものだけが動きを止める。心臓や手足を打たれても何の苦痛も感じないようだ。
ガガガガガガッ!
ガガガガガガッ!
できるだけ頭を狙って銃撃していく。
タタタタッ!
ガガガガガガッ!
順調に数が減るものの、なかなかゾンビたちの勢いが収まらない。
ゾンビのおかわりが出なくなったと思われたのは、それから3時間後のことだった。
ゾンビの死体(元から死んでいるとは思うのだが)に慎重に近づき、一体の頭部を街の外に作ったアジトに持ち帰った。
詳しく調べてみたところ、ゾンビの頭部には石のようなものがあり、ここから糸のようなものが全身に張り巡らされている。ネクロマンサーが屍人を扱うときに使用する糸に近いように思う。
ネクロマンサーは自分と屍人の間を魔力の糸で結び、命令を伝えていると聞く。だが、このゾンビは頭部の石(便宜上、魔石と呼ぶことにする)から全身に糸が伸びている。魔石を破壊すると動かなくなることから、この部分がネクロマンサーのような指示を出していると考えられる。となるとこれらのゾンビは、自律式の屍人とでもいうべきか。
倒すべきネクロマンサーは存在しない。むしろゾンビ一体一体がネクロマンサーのようなものだ。非常に厄介である。
王宮のある街の入り口付近のゾンビは片付いたが、まだ先は長い。
それからは同じことの繰り返しだ。
爆薬でゾンビを引きつけ、掃討。掃討。掃討。
爆破。掃討。掃討。掃討。
浮浪者の恰好のゾンビが現れる。
掃討。掃討。掃討。掃討。掃討。
元兵士のようなゾンビが現れる。
掃討。掃討。掃討。掃討。掃討。掃討。
子供のような小さなゾンビが現れる。
掃討。掃討。掃討。掃討。
流石にちょっと吐いた。
掃討。掃討。掃討。
掃討。掃討。掃討。
人型の脅威を殺すことにもはや何のためらいもなくなったころ、王宮内部への侵入を終えた。
王宮内部でもやることは同じだ。
メイドのゾンビが現れる。
掃討。掃討。掃討。
執事のゾンビが現れる。
掃討。掃討。掃討。
あれは国王と王妃のゾンビだろうか。
掃討。掃討。掃討。
掃討。掃討。
王宮も、ほぼすべてを制圧し終えた。残すところは一部屋。
メロが使っていた私室のみだ。
メロの私室の扉を開けると、そこには、メロの服を着たゾンビが一人、椅子に座っていた。
メロだったものは、かろうじて意識を保っているようだ。
「セリ……ナ……? にげ……ろ……」
「いいえ、逃げないわ。私はあなたの婚約者だもの」
意識が残っているのは誤算だった。
私はメロを「救い」に、つまり、殺しに来たのだ。人として終わってしまった私の最愛の人。せめて自分の手で弔ってあげたいと、ここまで来たというのに。
メロから断片的な話を聞いたところ、白衣の方々が何かしらの研究成果を上げていたそうだ。そして、私が婚約破棄される3日前にメロ自身がゾンビの体液を浴びてしまった。メロは白衣の方々に頼み、自分自身を実験台としたのだ。
完全とはいかないまでも、実験は成功し、かろうじて人間の意識を残したメロ。しかし、ゾンビ化を完全には防ぐことができなかった。だから、あの日、私を祖国に帰したのだった。
「どう……して……も……。にげ……ない、と、いう……の……なら……。た……のみ、が、あ、る。ころ……して……ほし、い。あとひとつきも、しないうちに、かんぜんな……ぞんびに、なって……しまう……だろう……。そのまえ……に……。たの、む……」
メロは涙を流して訴えてくる。
私は人間としての意識が残ったメロを殺せるのだろうか。
ゾンビであっても、メロと暮らしたいと思うのは間違っているのだろうか。
迷った末に私は、メロに、世話係のみんなに、こう、告げる。
「メロ、貴方には研究材料として、ジングパに来てもらうわ」
ゾンビの膂力では縄で縛ったとしても破壊され、逃げられてしまう。
今のメロなら縛らなくても平気だと主張したが、世話係のみんなを説得することはできなかった。
泣く泣くメロの両手両足を切り落とした。口内にはハンカチを丸めて詰め込み、猿ぐつわをかませて、周りの者を害せないようにした。そして頑丈な箱にメロと、切り落とした手足をつめた。ここまでしてようやく、世話係から、メロを運ぶ了承をとれた。
この日、グルジオロ王国を発つときに見た朝日の毒々しいまでの輝きを、私は一生忘れることはないだろう。
****
時は過ぎ、ジングパに持ち帰ったメロの魔石と肉体の研究から、ゾンビ化の特効薬が完成した。
グルジオロ王国のゾンビ達は特効薬によりゾンビ化から解き放たれ、死体に戻っていった。
メロはかろうじて人間の意識が残っていたからか、死ぬことはなかったが、失った両手両足は戻ってこないし、意識レベルも低下したままだ。
もはや意味のある言葉を発することも難しい。
首から下を培養液につけたメロを見ながら、私は今日も幸せをかみしめている。
「ふふ、メロは今日も愛らしいわ。私の大切なメロ……」
ゾンビ化という世界の危機を救った英雄、芹那は、生涯独身であったとされる。意識レベルの戻ることのなかったメロを献身的に支えた美談として後世では語られている。
「せ……、こ……」
絶望に染まった目で無意味な単語を呟くゾンビのなれの果ては、果たして幸福だったのか。真実は本人のみが知るところである。
完
後味の悪めのお話をここまでお読みいただきありがとうございます。
SFに投稿するか恋愛に投稿するか悩みましたが、ヤンデレヒロインが書きたかったので、恋愛で投稿させていただきました。ヤンデレ要素は最後だけになってしまいましたが。
メロが最後に何を言っているかはご想像にお任せします。