我が魔王様はあと少しで完璧だった。
ニコ生の小説放送のイベント参加で書いたSSです。
「我が魔王は、現在人間の国、リアスの王都を抜けエルフの里へと向かったと暗部より連絡があった」
磨かれた大理石で埋め尽くされた謁見の間には、最高の窓から導かれた光が踊り狂い陰惨どころか荘厳な雰囲気を醸し出している。
玉座の横に佇むは全身を漆黒のローブに包み、宙へと浮いている白い影。顔もなく口もなく、どこから声を出しているのかも分からない存在は、魔王軍幹部をまとめる死霊部隊長のメディスだった。
「人間の国で魔王がカジノで負けた金額は魔王国の予算十パーセントを超えていると報告もあった。しかもだ! しかもそれだけでなく、遊ぶ金を得るためにエルフの里にオリハルコン鉱石の密輸に向かったとの事だ!」
玉座の前にはメディスと同じく、魔王軍を束ねる幹部が各々の姿勢で床に崩れ落ちていた。
「こないだは同じ事をドワーフの国のミスリルでやってたよな」
「私、勇者が持ってた真新しいミスリルの聖剣で斬られたんだけど」
あぐらをかいて座っていた獣魔部隊長の狼王フォーゲットが頭を抱えて蹲り、隣で脚をハの字に開いて気怠げに座っていた空を支配する魔天部隊長の龍人リースが二の腕に残る傷跡をさする。
魔王軍と人間の連合国軍、各亜人を集めた混成軍は軍勢の差とは裏腹に、常に拮抗した戦況を作りだしていた。
圧倒的な軍事力を誇る魔王軍。個々の力がとびぬけて強いだけでなく、人間をしのぐほどの知能は群としての力も遺憾なく発揮し、まともに考えれば残り二つの勢力が対抗出来る訳がなかった。
力に指向性を持たせたスキルだけでなく、奇跡という神の力を借りて操る人間達は個々の力が平均的ながらもあらゆる状況に器用に対応し、亜人達は持って生まれた技能で一部の力に秀でた得手不得手を各々の種族で補う事で弱みを消し強みを高めている。
それでも、魔王軍には対するには圧倒的に力が足りなかった――そう、今の魔王が誕生するまでは。
魔王軍の軍事予算をまるで湯水の様に他国で使い、果てはその破天荒な行動はフォーゲットとリースが言うように自らの首を絞める結果を魔王国へもたらすことが度々だった。
そんな魔王とも言えない行動をしていても、魔王たるゆえんは単に魔王が強いから。魔王軍の中に、それこそ幹部達の中にも魔王に傷一つ付ける事すら叶わず、その知性とは裏腹に力こそ正義という価値観から魔王という立場が揺るぐことはなかった。
例えどんな理由でも、自らの力が無かったのが悪い。力が無ければ力を手に入れろ。筋力、魔力、財力、権力、知力。ありとあらゆる力が魔王国では尊重され、たとえ力がなくとも力を求める姿勢は尊いものと思われている。
「これはゆゆしき事態だ! ありとあらゆる力で我々の追随を許さない魔王に運力が欠けているという事があって良いものか! 予算の十パーセントがなんだ! 魔王国が滅んでも最後に魔王が勝てばそれで良いのだ」
力もあり知能も野望もある。だがその方向性がおかしな方向へ向いているからこそ、この世界は大規模な戦争が続きながらも仮初めの平和を数千年と保っていた。
「運力なんてどうやってあげるんだよ」
「私達、龍人の生き血を飲めばあらゆる力が上がるって言うけど、魔王が圧倒的に強すぎて意味ないのよね」
三人だけでなく、その周りでも各軍団長が重苦しく首を縦に振っている。
今日も今日とて、世界の平和は残念な者達によって保たれていた――。