第8話 マセガキ
仄かに頬を赤らめ下を向く少女。
『――あなたになら、食べられてもいいです』
……ハ?? ナニ言ッチャッテンノコノ子???
「冗談だっつーの。本気にすんなって、このマセガキ」
檻の隙間から腕を通し、少女のおでこを軽く弾く。
「あいたっ!」
両手でおでこを抑えながら、シェイラは涙目で口論してくる。
「マ、マセてなんかない。誰がマセガキですかっ!?」
「お前しかいねーだろ。なーにが食べられてもいいだ、このエロガキ」
「エロ、ガ……」
ショックを受けるシェイラに構わず、俺は言撃を止めない。
「だいたい公衆の面前で性行為がどーだこーだよく言えるよなお前。俺だったら絶対無理だわー。まぢ尊敬するわー」
「や、ちが……」
「あんまり堂々としてるもんだから、聞いてる俺らの方が恥ずかしくて恥ずかしくてさぁ」
「ッ〜〜!!」
顔を真っ赤にしながらこちらを睨んでくるシェイラ。こんな顔で見つめられたら嫌がってても続けたくなっちゃう俺はSである。
「えっとー、お清めがなんでしたっけシェイラさん? 身体は大切にしなさいってお母さんに言われたんじゃないんすか? それなのに何が、あなたになら食べられてもいいって? え?」
「違うの。そういう意味じゃなくて、そういう意味じゃないの!!」
耳まで真っ赤にして涙目で怒っているシェイラを見て、あー、スッキリしたと思う俺はドSである。
一方。そんな俺とは反対に、シェイラは。
「どーしよう。有罪になると思ってたから……やっぱり、そういう子だと思われちゃったのかな、わたし」
審問台での自分の言動を振り返り、今さらになって恥ずかしくなってきたのだろう。
「どーしよレイル。わたし、明日からどんな顔して生きていったらいいの?」
「や、俺に聞かれましても」
本当の本当に俺に聞かれても、だ。どうしようって、どうもできないだろう。
いい機会だし、清純派女子から実はえっちな女の子なんだと切り替え今後を生きていくのはどうだろう。まずは下着の色を白から黒に変えてみるのもいいだろう。
なんて。言えるはずもなく、
「――探し物は見つかったか娘!」
地下牢を見張っている看守のおっさんの声だった。つか、まぢで言い訳が忘れもんかよと小さく笑う。
「早く行きな。せっかく疑惑が晴れたんだ。悪魔と話してると、また異端者だと疑われちまうぞ?」
シェイラはまだ何か言いたそうな顔だったが、言葉を飲み込み、代わりにポーチから小さな包みを取り出した。
「これ、食べて下さい」
渡された包みを開けると、中にはパンが三切れ入っていた。
「おー。ありがて、えぇ……」
どこかで見たことのある、紫色の生地にベットリと赤いケチャップが塗ったくってあるナニカだった。
「味の保証はできないけれど、ここで出る食事よりはマシだと思うの」
や、そりゃカッサカサでカッチカチのパンよりはマシだけど! マシだけど!!
嬉しいような悲しいような、気が利いているような利いていないような……、なんとも複雑な気持ちであった。
もっと美味しいパンもあったんじゃないかい? という言葉をなんとか飲み込み、俺はぎこちなく笑ってみせる。
本人には欠片も悪気はないとわかっている。きっと、彼女は俺の体調を気遣い、栄養価の高いベルリアン・シェリルを選択したのだと思う。
そこで俺はふと思った。
「あのさ」
「はい?」
確か、パン屋の店主はこう言っていた。
『それにコイツぁ――ベルリアン・シェリルは7日前から誰も買ってくんなかったやつだしな!』
7日前――。この数字は異端だと疑われた者が地下牢に拘束される拘留期間+審問日を含めた日数と重なる。
「……まさかとは思うけど、もしかしてこれって……きみの手作りだったりする?」
恐る恐る問うと、シェイラも心配そうな顔で、
「もしかしなくとも、わたしの手作りですが」
シェイラを見てから、もう一度ベルリアン・シェリルに目を落とす。
全てが繋がった気がした。
「そっか。そっかぁー」
「なんですか。そのものすごーく残念そうな顔は」
唇を尖らせるシェイラに、俺は「いやいや」と手を振ってみせる。
「残念っつーか、なんだろう。なんか、感動した?」
良い意味でも、悪い意味でも。
この悪魔的外見のパンを作ったのが、あのゴツいおっちゃんでなくこの可憐な少女だったのだ。そりゃ悲しくもなるさ。
しかし、見た目どうこう味どうこうは置いといて、『手作り』という単語が思春期真っ只中の男の子として嬉しいことに変わりはない。
例え見るからに危なそうな毒々しい見た目の物体であったとしても、女の子が自分のために作ってくれたのだと思うと、何とも言えない感動があるものだ。
「まぁなんだ。ありがとな。シェイラ」
シェイラはぽかんとした後、恥ずかしそうに笑った。
「でも。絶対恩は返しますからね!」
「コイツを差し入れてもらえただけで充分だけど……」
「いいえ。わたしの気がすみませんから!」
うわぁ大真面目かよ、と心中ため息。
「では」と立ち上がりかけたシェイラに向け「あー、そだ」と俺は静止をかける。
ベルリアン・シェリルを見て、もう一つ思い出したことがあるのだ。
「パン屋の店主に、来世で会った時には酒の一杯でも奢ってくれって、伝言頼めるか?」
「え――、レイルはお父さんのことを……」
言いかけ、シェイラの声は看守の声にかき消される。
「――早くしろ娘。あと少しで衛兵が見回りにくる時間だ!」
シェイラは声の聞こえた方を向き、そして俺を見る。数秒思考した後に、
「これ、わたしの宝物です。預かっていて下さい」
前髪の髪留めを外し、俺に手渡した。
「おん。――って、え、なんで?」
咄嗟に受け取ってしまったが、彼女のしようとしている意図がわからない。
「では、また明日」
混乱する俺にそう言い残し、シェイラは足早に走り去って行く。その後ろ姿を檻ごしに見つめながら、俺は彼女の言葉を復唱してみた。
「明日……?」
いや、まさかなと思う。
ドサッと石床に背中をつけ、手足を放る。それから手渡さた蒼色の髪留めを見つめ、
「いや、まさかな」
再びそう呟いた。
学生ん時もらった手作りバレンタインチョコとか、もっと味わって食えば良かったなって、これ書きながら染み染み思ったわ。




