第6話 2人の悪魔
ずっと考えてた。10年前のあの日から、ずっとだ。
どうやって奴を殺してやろう?
串刺しか? 断頭か? 俺が直接殺してやるのもいい。なぶり殺しにするのも捨てがたい。
指の関節を一つ一つ切り落とし、出血死しないよう切断面を火で炙ってやる。それを永遠に、両の指の関節がなくなるまで丁寧に繰り返す。
そうしたら次は足だ。足の関節は少ないから、すぐ終わってしまうだろう。なら次は? 次はどんなことをしてやろう? 歯を全て引っこ抜き、睾丸を潰してやるのも悪かねぇ。
でも、そんなんじゃ足りねぇ。全然足りねぇよ。
痛みじゃダメだ。生まれてきたことを懺悔させ、絶望のどん底に陥れてやらなきゃならない。
今までに奴が殺してきた何百人もの罪なき人々が、いったいどんな気持ちで審問台に立たされ、断頭台へと足を運んだのか。その恐怖を味わわせてやる――。
「え――?」
少女と眼が合った。年は同じくらいだろうか。乱れてはいるが、背中まで伸びた白金色の髪が、太陽の光に当てられ幻想的なまでに透き通って見えた。宝石のように綺麗な藍緑色の瞳は、母さんが好きだった海の色を思い起こされる。
一言で言ってタイプだった。すんげぇタイプだ。
今じゃなかったら、多分口説いていたかもしれない。いや絶対に口説いていた自信がある。そして秒で振られる自信も。
――でも。残念ながらもう手遅れだ。10年前のあの日から、全てが手遅れなのだ。
状況を理解できず、混乱している衛兵の肩をポンと叩き、俺はその間を抜ける。
胸ほどの高さがある審問台に片手をつき、ぴょいっとその上に飛び乗った。
そして少女の元まで歩み寄る。
俺が誰なのか。何をしに来たのか。何が目的なのか。きっと少女には分からない。
それでいいと、俺は思った。
だってさ、俺は少女を助けに来たわけじゃないんだから。俺は俺の目的のために、目の前の少女を利用しようとしているだけなんだから。
ああ。ほんと最低だな、俺って。
「きみは異端者なんかじゃない。きみは悪魔なんかじゃないよ」
そう言って、俺は少女に微笑みかけた。
少女の瞳が大きく見開かれ、続いて潤んでいく。
怖かったんだろうなと思う。今まで我慢していたんだろうなとも思う。
少女は小さくしゃくりあげ、その瞳から大粒の涙を一滴。また一滴と流した。
その全てが綺麗だった。美しかった。触れれば壊れそうなくらい、あまりにも可憐で無垢な少女。
震えるその肩を抱きしめてやりたい。よく頑張ったと一声かけてあげたい。
そしてその気持ちと同じくらい、いやそれ以上に――罪悪感で消えてしまいたい。
それらの感情を強引にねじ伏せ押し殺し、俺は司教を指差し断言した。
「真の悪魔の使徒は、そこにいる人間の皮を被った司教だ!!」
司教の顔が大きく歪み、続いて民衆や衛兵に動揺が奔る。
「な、なんだと貴様無礼なッ! 私は由緒正しき神の使徒であるぞ!?」
額の血管を今にも破裂しそうなほど浮き上がらせ、怒り狂った司教が声を荒らげる。
予想通りの返しに、俺は内心ほくそ笑んだ。
そして俺は司教を指差したまま、今度は民衆に向け言葉を投げかける。
「いいかよく聞け民衆共。そこにいる悪魔は自分自身を神の使徒だと偽り、悪魔の使徒だということがバレぬよう異端者を適当に選びお前ら市民を異端審問にかけ殺してきた!!」
「バカを言うなッ!! ええい誰でもいい、この愚か者を今すぐ地下牢に放り込むのだっ!!」
「他の町で異端審問が行われる回数は平均で年に5回。なのにこの町はどうだ。なぜここだけ異端者が多い。世界にたった数人しか存在しない悪魔と、仲間達が、どうしてこの町だけこんなにも多い!?」
「んぐッ!!」
「現に今、この子は異端者でも、ましてや悪魔でもないのにそこにいる悪魔によって殺されかけている!!」
広間に集まる住民が、衛兵が、そして司祭達が。俺の話に耳を傾けている。心を動かされている。
確信があった。
あとひと押し。ほんのひと押しで、全てがひっくり返せる。
「貴様さっきから好き放題言ってくれるが、私が悪魔だと言う証拠はどこにあるッ!?」
「証拠……?」
「そう、証拠だ。証拠をだしてみろッ!!」
勝ち誇ったような司教の顔。そんな司教に、俺はひとこと言ってやりたかった。
アリガトウ、と。
「証拠なら、お前の眼の前に"いる"だろう?」
まさか最後のピースが、奴から渡されるなど誰が予想した? こんなにも気持ち悪くて清々しい気分はない。
俺はニタリと嗤った。
「俺もアンタと同じ、"悪魔"だからさ」
「な、何いィィィ!?」
民衆が一段とどよめいた。否、広間に集まっている者全てが驚愕した。
悪魔――それは負の吉祥にして恐怖の権化。
そして今、彼ら彼女らの眼の前にその悪魔がいるのだ。初めて見る悪魔。人の形をした悪魔。
世界に数人しか存在しないと言われる悪魔を見る機会など滅多にないだろう。それこそ一生に一度あるかないか。
司教の勝ち誇ったような表情が崩壊した。
「そんなバカなっ!? お前は、いったい……」
お前はいったい、何を考えている? そう言おうとしたのだと思う。
どうして自分の正体を晒すのか。それが嘘だとしても、理由が分からない。メリットが分からない。
自分が悪魔だとバラせば死罪は免れない。ここで逃げ切れたとしても、指名手配され、顔を隠して生きなければならなくなる。
それなのに、どうして?
そんなことは決まっている。この後のことなんか何一つ考えちゃいないからさ。
お前を殺せれば、俺はそれでいい。
それが俺の生きる目的で、引きずる後悔の全てだから。
「俺の"鼻"は誤魔化せない。アンタからは俺と同じ、悪魔の匂いがプンプンするぜ?
さぁお前ら。この無実の女の子を開放し、真の悪魔を拘束しろ!!」
顔を見合わせる衛兵達。その顔に戸惑いの表情が見て取れるが、何かを覚悟したようにお互い頷きあった。
「申し訳ございませんが司教様。ご同行お願い致します」
「さ、触るな無礼者ッ。私は司教。神の使徒であるぞ!?」
衛兵に両腕を拘束されかけ、司教は尚も足掻き続ける。
「助けるのだ司祭モスカー・エンブレン!!」
進行を務めていた司祭、モスカーは静かに言う。
「私共はあなた様が敬愛なる神の使徒であることをよく存じ上げてございます」
「おお! ならば、さぁ、私を――」
「――ですので。あなた様ならば必ずや、異端審問で無罪になることを信じております」
その言葉がトドメの一撃となった。司教マルクス・セイクリットの骨と皮しかない手首に、不釣り合いなほど分厚い手枷がかけられた。
その様子をぼーっと眺めていると、司教マルクスがかけられた手枷と同じ形状の物を手にした衛兵が俺の元へと近づいてきた。
目を伏せ、ひどく申し訳なさそうに衛兵は言う。
「あなたが本当に悪魔かどうかは分からないが……」
「待って下さい! この方は悪魔なんかじゃない。この方は……」
手枷の外された少女が、自由になった手で俺を衛兵から庇うようにして立つ。
俺はそれが……それがとても辛くてならなかった。
この子は俺のために俺を庇ってくれている。なのに、俺は司教を嵌めるために少女を利用した。その結果少女の眼には、俺が自分を助けてくれたヒーローのように映るかもしれない。
別に少女がいい方に勘違いしてくれているのなら、それでいいじゃねぇか。普段の俺ならばそうする。
でも、今の俺にはできない。少女が良くとも、俺がダメなんだ。ダメダメなんだよ。
俺は何一つとして少女のためにしていない。だからそんな眼で俺を見ないでくれ。ソレは今の俺にとって、罪悪感以外の何ものでもないんだ。
首を横に振り、俺は少女に笑いかけた。
「それが法ってもんさ」
両手を差し出し、
「お手柔らかに頼むぜ?」
なんて言うと、衛兵は「すいません」と言って俺に手枷をかける。
「あの……!」
歩きだそうとした俺の背中に、少女から声がかけられた。
「あの……、お名前を聞いてもよろしいですか?」
なんと返そうか少し考える。面白いことを言うべきか。それとも引かれるくらい気持ちの悪いことを言った方がいいのか。それとも悪魔っぽく? 待て待て待て。そもそも悪魔っぽくってなんだ?
そんなどうでもいいことを考えた後。
「俺はレイル。レイル・カーター。最低で最悪の悪魔だよ」
そう言って、俺は少女――シェイラに笑いかけた。
5話よく書けたなぁって思ってたけど、6話も負けないくらいいい感じに書けた気がする。




