第4話 嗤う司教
「すいませーん。今晩泊まりたいんすけどー、誰かいませんかー?」
「……」
あれから宿屋は数件見つかった。しかし不用心なことにどこも受付けは不在であった。
それから大通りをしばらく歩いたところで、異様に人が集まっている広間に出た。
なんだこれからお祭りでもすんのか? なんて思えるほど俺の頭は平和じゃない。
広間に人が集まっている。誰も彼もが忙しなさそうに、様々な表情を浮かべている。この場所からでもよく見える大きな"断頭台"。
こんな景色を俺は何度も見てきた。何度も何度も。何度も何度も何度も何度も見てきた。
だから分かる。
『今日だって……これから一件控えてんだ』
つい1時間ほど前の店主とのやり取りが思い出される。
「異端審問、か……」
思い出したくはない、嫌な記憶だ。
忘れたくとも忘れられない、悪夢の記憶だ。
自分にとって大切な者が異端者だと決めつけられ、目の前で首を落とされる。その様を死んだような目で見つめる民衆共――。
分かってはいる。分かってはいるんだ。
人々が悪魔や異端者を恐れていることも。
自らが疑われぬために賛成派につく者がいることも。
本当の本当の本当に分かってる。分かってるんだぜ?
分かった上で……『そんな奴ら全員をぶち殺してやりたい』。
ジジッと音を立て、俺の中の記憶が蘇る。
鼓膜に響き渡る民衆の拍手。噴水のように吹き出す真っ赤な血飛沫。そして、コロコロと転がる大切だったナニカ――。
あれから10年が経とうとしているのに、未だ鮮明に覚えている。眼に焼きついて離れてくれない。
とても愉しそうに嗤う司教が、まず初めにこう言うのだ――。
「――それではこれより、異端審問を開始する――!!」
心臓が、止まった。
身体中鳥肌がたった。
思い出したかのように心臓が早鐘のように動き出す。
体温が上がる。
息が荒れ、手足が小刻みに震える。
目眩がし、吐き気が襲ってくる。
この声に、俺は聞き覚えがあった。
「被告人、シェイラ・ベイカーは前へ――!!」
ジャラジャラと鎖と鎖がぶつかり合う金属音や、ざわつく民衆のことなど今はどうでも良かった。
俺の"眼"に映るは、台の上に立つ聖装を羽織った4人の中の1人。
「あー、やっと見つけたぜ。――クソ野郎」
俺はニヤリと、まるで"悪魔"が嗤う如く頬を歪ませた。
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大広間の付近にある物置き小屋の中。パン屋の店主ベーグル・ベイカーはある男を待っていた。
「お前らは、いいんだぜ?」
ベーグルが物置き小屋に集まった数人の男どもにそう言うと、
「何水臭いこと言ってやがんだベーグ! ダチのピンチだ。俺らにも助けさせろ!」
「俺らもあのクソ司教には頭来てたんだ。9年分のつけ、返してもらおうぜ?」
「ネイビー、ジャールック……」
「絶対シェイラちゃん助けましょうねベーグルさん!」
「娘はやらんぞ、ルーク」
「そこをなんとか〜」
物置き小屋の中に小さな笑いが生まれる。
「っにしてもダリルの奴、遅ぇな」
待ち合わせ時間は念入りに打ち合わせしていたはずだ。それなのに遅刻とは……。
ベーグルがペチんと己の頭を叩いた、ちょうどその時だ。
「――すんません、遅れやした!」
入り口の粗末なカーテンから光が漏れ、ガタイのいい金髪の男が中へ入ってきた。
首筋に伝う汗を見る限り、急いできたことは分かる――が、どうして服が汚れているのかまでは分からない。まさか大の男が足を滑らせ転倒したとは考えづらい。
「遅っせぇぞダリル、ってどうしたお前なんかあったのか?」
「や、大通りで少しクソガキに絡まれやして……」
ダリルの声には力がない。
「ほほう。で、負けたのか?」
仲間の1人がふざけてそう言った。なにせこの町でダリルに敵う奴などベーグルくらいしかいない。それを知っている面々も口元に笑みを浮かべる。しかし、
「はい……」
重たく絞り出したダリルの答えを聞いた途端、皆の笑顔が一斉に吹き飛んだ。
「ダリルさんが負けたって、どんな化物ですかソイツ!?」
「いたのかルーク。シェイラはやらんぞ?」
今はそんなこと言ってる場合じゃないですよと言うかベーグルさんと同じこと言わないで下さいよ、などとピーピー騒ぐルークは蚊帳の外に追い出される。
「まぢかよ、ダリルが……。って、あ! お前ソイツ連れてこいよ、戦力になんだろ!!」
「――あ」
おぉ、と皆が声を揃える。
「じゃあ俺今から……」
と腰を上げたダリルに、ベーグルはぴしゃりと言い放つ。
「駄目だ。時間がねぇ。行くぞ!」
先に言っとくけど、お前をハーレムにはさせんぞレイル・カーター!!




