第3話 壁
己が家を持たず、町々を転々として生きる者のことを『旅人』という。
旅人の収入源の多くは、品物の売買だ。東の地原産の品物を、遠く離れた西の地に行き値段を上げて売る、みたいな面倒くさいことをしている者がほとんどだ。
なら残りはって? そりゃアレさ。裏取引だのなんだのと、法に触れる真っ黒なことしてんのよ。
ん、じゃあ俺はって? 手持ちの荷物も少ないし、第一、品物の売買みたいな面倒くさいことするような奴には見えないって?
おいおい失礼な奴だなお前は。まぁ、全くその通りなんだけど。
あまり口外したくはないのだが、分類的には後者に入るかな。真っ黒ってほど黒くはねぇけどよ。
え、そんな危険を侵してまで旅人やってて楽しいのかって?
いやいや俺だって好きで旅人やってんじゃないんだぜ。
"世界を自分の眼で見て回りたい"なんて奴はほんのひと握りで、あとは色々事情を抱えてんのさ。色々っつーのは、"とある理由で家や家族を失った者"だとか、"名前を隠して旅をする指名手配犯"とかだったりだな。
昔から主人公は謎が多いって決まってるもんだから、あんまり詳しいことまでは教えてやれねぇが、俺が旅人になった理由は1つ。
目的があるんだ俺には。俺の一生をかけて命をかけて見つけ出さなきゃならない奴がいるんだ。
そのために俺は、旅人になった――。
当初、この町に滞在するのは数日の予定だった――が、今日だけに急遽予定変更。明日には旅立つ。その間、次の旅の準備を済ませ、万全の状態で新たな旅に出る。
観光や食べ歩きもしたいが、その気持ちをグッと堪え、とりあえずは今晩泊まる宿を見つけることが先決だ。
金は行く道すがら調達すればいいので、さてこの町一番の宿屋はどこだろうと思った矢先、
――ドン
壁にぶつかった。
「ってて……」
勢い良くぶつけて赤くなった額を抑えながら、俺は壁を見上げ――訂正。壁ではなく、人だった。
冷静に考えてみれば、大通りのど真ん中に壁があるはずがないのである。
「チッ! ってぇな、おいコラガキ。どこに目ぇつけてやがる!?」
筋肉質で大柄な体躯。身長2メートル12センチ、体重126キロそこそこだろう。
金髪の髪の隙間から垣間見える檸檬色の瞳は、怒りをあらわにしている。
「おー、悪いなおっさん。眼ならこの通り、ちゃんと前に2個ついてるが」
「あ――?」
「だから眼は前に……」
胸ぐらを掴まれ、足が宙に浮く。
「てめぇの眼は節穴か? 喧嘩売る相手はよく見て選べ!」
危ない危ない。咄嗟に両手で耳を塞がなければ鼓膜が破れていた。それくらい大きな声に、周囲がざわつく。
「売ってるつもりも、節穴でもないんだけどな。こう見えて、生まれつき眼だけはいいんだぜ、俺」
そう言って男に笑いかけた。すると突然男の腕から力が抜けた。
俺の身体は重力に逆らわず落下し、空中で態勢を取りなんとか足から綺麗に着地を決める。
「おいおい危ねえな。いきなり離すなよ。俺じゃなかったら怪我して……」
一生に一度は言ってみたかった台詞ベスト5。しかしその台詞を言いかけている途中で、俺は男の様子がおかしいことに気づいた。
「……急いでる時にかぎってこうだ。次から次へと俺をイライラさせやがって」
男はボソボソと独り言を呟いた後、右手を大きく振りかぶって、
「俺はまだ22だッ!!」
え、そこですかッ!?
怒声と同時に左足を踏み込み、轟音とともに思い切り拳を振り下ろす。
"思い切り"、これが重要だ。
いくらイライラしていたとはいえ、全力で人を殴るという行為そのものが素人にはできない。素人であれば、人を殴ってはいけないという理性が無意識に働いてしまうため、多少の動揺を見せるものだ。
しかしそれがこの男にはない。それだけでこの男がなかなかに人を殴ったり蹴ったりしていることがわかる。
眼前に迫りくる拳。当たりどころが悪ければ即死級の一撃だ。――が、俺から言わせればまだまだ甘い。甘すぎて胃もたれしそうなほどに甘い。これなら"眼"を使う必要はないだろう。
まず、攻撃までの動作が極めて遅い。遅すぎて欠伸がでそうなくらいに遅い。
とりあえず"人を殴る"という行為に不必要な筋肉を使いすぎている。これじゃあ駄目だ駄目駄目だ。余計な筋肉を使っている分、動きに無駄がでる。結果"人を殴る"という行為に達するまでの時間に遅れが生じる。
例を上げるのであれば、"右腕を振りかぶる"といった動作だろう。これは力任せに拳を振るう輩に見られる典型的な無駄である。
無駄は無駄でしかなく無駄以外の何物でもない。
そして次に、攻撃が単純すぎるのだ。この馬鹿正直で真っ直ぐ頭部を狙う拳。威力としてはまぁ申し分ないと思うが、タイミングを合わせ左手で拳を軽く弾いてしまえば、ほらこの通り避ける必要もない。
その結果、男の拳は盛大な空振りに終わった。
「ふぅ、今のは危なかったぜ。俺じゃなかったら怪我して……」
ようやく一生に一度は言ってみたい台詞ベスト5を言えると思った瞬間、男の次の拳が俺の眼前を唸る。唸って唸いに唸りまくる。
「――って、いい加減言わせろよっ!?」
「うるせぇてめぇ。避けんじゃねぇ死ねッ!!」
俺は罵声とともに左右から繰り出される拳を全て避けきり、最後のパンチを放った男の丸太みたいな右腕を掴む。
「ったく。焦らしプレイは好きじゃねぇんだよ!」
男のパンチ力を利用し投げてやると、男は簡単に宙に浮いた。続いて126キロの巨体が地面に落ちる音ともに砂煙が軽く舞う。
パンパンと手についた埃を払い、俺は満を持して、
「安心しろ。俺じゃなかったら怪我して……って」
打ちどころが悪かったのか、地面で白目を剥いている男を見据えてため息を1つ。
「この台詞はまた今度に取っとくかぁ……」
決まりが悪いとばかりに後頭部をボリボリかき、俺はその場を立ち去った。
10万文字くらいまでには完結させたいけど10万文字超える未来しか見えねぇ……。




