第23話 銀聖と悪魔
『――銀蜂"乱舞"――』
ユリウスの突きが蜂針のように四方八方から襲い来る。それを捌くと次は、
『――銀猫"百速"――』
猫が獲物を狙うかの如く、左右上下と剣が踊って見える縦横無尽の剣舞。ユリウスが剣を振るうごとに、剣速が徐々に速くなっていく。
刀身大の長さもある剣を操るだけでもすごいというのに、まるで自分の手足の如く剣を操るこの男。いったいどれほど研鑽を積んできたのだろうか。考えても俺にはわからない。
速度を増す剣速は緩むことを知らず、まだまだ速くなる。
いやはや、驚嘆だ。
ここまで速い剣の使い手と闘うのは人生で2度目だ。
1度目は3年前に、《フェスティバル》の決勝で相対した白髪の老人。あの爺さんは今まで闘った猛者達の中でも、剣速、剣技、剣捌きと、どれを取ってもズバ抜けていた。
顔と名前が広まることを恐れ途中棄権したが、もしリタイアせず戦い続けていれば、ひょっとすると負けていたかもしれない。
老人になってあの強さ。若い頃はどれほど強かったのだろう。
そして目の前の聖騎士もまた、あの老人に引けを取らぬほどの猛者である。
いや待てよ。よく見れば、剣筋があの時の爺さんとよく似ている……。
『――銀鳥"燕返し"――』
上段から繰り出される渾身の一撃は、儀式用の剣を使った燕返しよりも速い。――しかし。
「それはさっき見た」
「なっ――」
さっきというか。あの時の爺さんも使っていたような気がする。もしかして燕返しに見覚えがあったのは、あの爺さんも使っていたからかもしれない。
そんなことを頭の片隅に、剣の軌道を読み最短距離で躱す。
「俺に同じ技は通じない。悪魔を甘く見るんじゃねぇやい!」
『――銀獅子"王牙"――』
ユリウスは長剣を燕返しから即座に防御へと切り替える。耐久力が限界だったのだろう、剣と剣とが接触し、俺の剣が鈍い音をたて砕け散った。
やはり安物はどこまでいこうと安物なのだ。だが、そんな安物でもユリウスの長剣を弾くことぐらいはできる。
「なぜ、貴方がその技を!? それは、あの方の……」
俺は弾いた剣の隙間を縫うように、ユリウスの懐へと身体を潜り込ませ、そっと掌を彼の腹部へと添えて――。
「紅煉流拳武式初段"衝波"!!」
瞬間、想像を絶する衝撃がユリウスの腹を貫く。
「う、ぐ――ッ!!」
これは東の地にある小さな島国で栄えている武術だ。
相手の箇所に拳を添え、全体重と身体の捻りを加えて衝撃を伝える内部破壊を主とした技、らしい。
この技の良い点は、上手く決まれば怪我をさせずに相手を戦闘不能にできるところにあり、今の技はユリウスが身体を捻り受け身をとろうし位置がずれたせいで、肋骨数本は逝った。
逆に悪い点は、間違って心臓に打ち込んでしまった場合、良くて心臓麻痺、悪くて心臓が爆発してしまう点にあるため、気をつけねばならない。
ユリウスが数メートル後方に吹き飛び、床の上を転がり剣を杖代わりにして膝をつく。
「か、はっ!!」
衝撃で肺が麻痺しかけたのか、息が荒い。
膝まずく聖騎士の姿を目にし、民衆の悲鳴がそこかしこから上がり始めた。
『聖騎士様が負けたぁ!?』『アイツ、本物の悪魔だったんだ!!』『逃げろ! 殺されるぞっ!!』
そうして民衆が我先にと走り出す。その民衆の中に紛れてしまえば、上手く逃げ切れそうだ。
民衆のほうに歩きだそうとし、俺はこちらを見据える視線に気づき顔を向けた。
「お前とはまた会いそうだな、ユリウス・レイヴス」
苦しそうな顔で微笑むユリウス。
「……ふふっ。次こそは、逃しませんよ……レイル・カーター」
その会話を最後に、俺は民衆の渦の中へと紛れた。
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騎士と少年との闘いを見終え、荒れ狂う民衆の中、ウェルガーが口を開いた。
「ケケッ、やるなぁあのガキんちょ。聖騎士相手に遊んでやがったぜ?」
「それを言うならユリウスもユリウスだよ。彼、初めからレイルを殺すつもりがなかったっぽいし」
フェリルは耳がいい。遠く離れた場所の囁き声はもちろんのこと、人の感情や嘘偽りといったものが、『音』を通してわかってしまう。
そう。例えばユリウスから聞こえる音が、純粋に戦いを楽しんでいるモノだったり――。
「うん。それにしてもあの身のこなしといい、先代銀聖の剣技といい、彼が鍵なのは間違いないね」
「140年ぶり、だっけか? ボスも大喜びだぜこりゃあ」
ケラケラと笑った後、そのテンションでウェルガーが言う。
「んで、追えるか?」
フェリルは苦笑し横に首を振った。
「無茶言わないでよ。町の人達の音がうるさすぎて、いくらボクだって無理……」
言葉尻が薄れ、咄嗟に耳を澄ますフェリル。彼の邪魔をしないよう、数秒待ってからウェルガーが訪ねる。
「どうかしたか?」
再度フェリルは首を横に振った。
「ううん、なんでもない。ただの気のせいだよ」
「そうか」とウェルガーは一言だけ。フェリルがしつこく質問をされることを嫌っているのをよく知っているからだ。
「やっぱめんどくせぇし、ここら一帯ふっ飛ばすっつーのは?」
右肩をグルグルと回し始めるウェルガーに、フェリルがぴしゃりと言う。
「却下。それ、彼も死んじゃうから」
「いや、死にゃ死ねぇだろ。アイツなら」
「一般人は極力殺さない、がボクたちの方針だけど?」
「そんなの時と場合によんだろ。そんで今回のは、一般人を殺してでも探し出すべき案件だと俺は思うんだがなぁ?」
「ボクにそこまでの責任はとれないよ。一旦アジトに戻ってボスの指示を仰いでからにしてよね」
そう言うと、ウェルガーは両手を掲げ降参のポーズで嘆息。
「へいへい。わかりやしたよ」
「わかってくれたなら大いに結構」
フェリルは満足そうに笑い、民衆の中どこにいるかも分からぬ『彼』に向かって呟いた。
「それじゃ、また会おうね。レイルくん――」




