第17話 マルクス・セイクリッド
マルクス・セイクリッドという男は、その生涯において女に"モテた"ことは一度もない――。
背は低く、木の枝のように細い手足。病的なまでに青白い肌。目の下には年中クマがあり、世間一般で言うところの『不細工』という枠に分類されるだろう。
数を上げればキリがないほど、彼は自分の見た目に自信がなかった。
しかし、彼は気づいていない。貧弱な見た目よりも、彼のその根暗な性格が大きく影響していることに――。
15歳を過ぎ、マルクスは教会に入り『司習い』となった。
家が貧乏でこれ以上両親に迷惑をかけたくないという気持ちもあったが、醜く冴えない自分自身を信じられないマルクスには、もはや神を信じるほかなかったのだ。
教会に入れば――。
神を信望し祈りを捧げる聖徒になれば――。
こんな自分でも変われるかもしれないと思った。変われずとも、世のため人のために生涯を捧げたい。そんな立派な人間になりたいと思ったのだ。
しかし、司習いになったマルクスに待っていたのは、過酷な現実だった。
イジメられ、見下され、同じ司習いに仕事を押し付けられる毎日。
何も変わらなかった。何一つ変われなかった。
マルクスが夢見たものは、ただの幻想でしかなかったのだ。
死のうと思った。死にたいと思った。
自分は何のために、この世に産まれてしまったのだろう。
いつの間にかマルクスは生きる意味を見失い、死ぬ理由を探すようになっていた。
そんなある日、彼は聞いてしまった。
『その話、ほんとかよ!?』
『ほんとほんと。100パー絶対ヤれるって!!』
同じ司習い2人の会話。
『でもそれ、バレたらやばくないか……?』
『大丈夫大丈夫! 俺もう10回以上ヤッてるけどバレてねーからさ』
彼らが何か法に触れるような悪事を働こうとしていることを、マルクスは察した。
『意気地ねぇ奴だな。そんなの"お清め"ってでも適当に名前つけて、絶対口外禁止って言っとけばいいんだよ。どうせ市民は聖書に書かれてる法なんて細かくは知らねーんだし』
彼らが聖書を悪用し、何か悪いことをしようとしている。
注意したほうがいい。いや、注意すべきだ。
高鳴る胸を抑え2人の後をつけていくと、彼らは町で一人の娘に声をかけた。
マルクスとあまり歳の変わらない、どこにでもいそうな町娘である。
『お清めは、お友達の女性も皆が通る道なのです。もちろん、あなたのお母さんも』
『でもわたし、お母さんからはそんなこと聞いてません。友達からも、そんな話は一度も……』
『お清めは生涯誰にも口外してはならない、そう聖書に記されているのです』
初めは戸惑っていた娘だが、神を信仰する司習いの口にする『聖書』や『皆が通る道』『絶対口外禁止』などと言った聞こえのいい言葉を並べられ、抵抗することを止め黙って彼らに従うようになっていった。
彼らと町娘は、人気の少ない裏路地へと入っていく。裏路地の奥には今にも潰れそうな、廃れた物置小屋があり、彼らはその中へ娘を招き入れる。
止めようと思った。止めなくてはならないと思った。
でも、まだ彼らは悪事を働いていない。まだ大丈夫。あと少し、あと少しだけ様子を見てからでも……。
他の誰でもない、自分自身の行いを正当化する言い訳を探し、マルクスは物置小屋の外から壁に耳を当てる。
「……」
ギシギシと床が軋む音。
「…………」
水遊びでもしているかのような音。
「………………」
そして、町娘の声にならぬ悲鳴――。
それが1時間ほど続いた。
『はぁ……はぁ……、これでお清めは終了です。よく頑張りましたね』
『……ふぅ。それと何度も繰り返しになりますが、……このことは誰にも、絶対に、口外してはなりませんよ』
マルクスの理性が膝を震えさせる。心臓は爆発しそうなほど早く、全力疾走したときのように息が荒い。
2人が物置小屋を後にしたのを確認してから、マルクスは静まりかえった小屋の中に足を踏み入れた。
室内は薄暗く、ほこりっぽかった。
部屋の奥。簡素な敷物の上。薄い布で身体を包んだ娘の怯える目が、マルクスを捉えていた。
心臓が更に大きく跳ね、息が詰まる。
「あっ、違います、違うんですっ! 僕は、その……」
極度の緊張で頭が真っ白になったマルクスは、深い自己嫌悪に陥った。
何をしているんだ自分は。
何をしようとしていたんだ自分なんかが。
おこがましいにも程がある。
ああ、終わった。ぼくの人生はここまでだ。
そんなマルクスの葛藤など知る由もない娘は、震える声で尋ねるのだ。
『…………あなたも、私を"お清め"にきたのですか?』
その瞬間。マルクスの中で、ナニか大切なモノが壊れる音がした。
「……え?」
今にも泣き出しそうな娘の潤んだ眼は、今まで異性から向けられてきた眼とはまるで違う。
それが堪らなく嬉しくて、とても美しく感じてしまった。
生きる意味を見失った彼にとって、理性の限界だった。
日々のストレスを溜め込み続けた彼にとって、我慢の限界だった。
マルクス・セイクリッドは、内からくる欲望に抗えなかった――。
「……はい。ぼ、ぼくも、あなたをお清めにきました……」
産まれて初めて触れる女性の身体は、温かく、柔くて、いい匂いがした。
そうしてマルクスはゆっくり堕ちていく。
それが底無しの泥沼だとは知らずに溺れていく。
この日を境にマルクスは染まっていく。
決して触れてはならぬ果実の味を知ってしまったが故に――。
いいかい、読者諸君?娘は軋む床の上で水攻めだのの拷問みたいな何かをされたのかもしれない。だから想像するのはいいが、行き過ぎた妄想はイカンぞ?(R15引っかからんよう何回手直し入れたかわからんぞ)