4.魔法と魔術(II)
これまで自身の魔法の無能さについて語ってきたわけだが……。
とりあえずは、今の自分にできることを模索していくことに専念していこうと思う。
というわけで、魔法の理念を理解できたところで、俺は新たに違う本を取り出した。
名前は『猿でもわかる初級障壁魔法』である。
どうもこの〜猿でもわかる……〜はシリーズ本となっているらしく、似た様な題名の本が全て同じ棚に収納されていた。
特に探すのが手間だ、と感じたわけではないが、それでも探す手間を省けるなら省きたい。
そんなわけで俺は内容の吟味をそこまでしないで持ってきた。
「さてと……最初は何をするんだ……?」
普段ならばそこまで独り言を漏らすことなんてことはない俺だが、初めて魔法を使うということもあって、結構気が緩んでいた。
もしかしたら滅多に出ない俺の表情も少しだけ笑顔だったかもしれない。
まぁ、自分の容姿になんか何の利益もないので、ちゃっちゃと魔法を始めることにする。
やはりこの本のシリーズは初心者にわかりやすく作られているらしく、今回も俺は何の苦もなく理解することができた。
魔法を行使するには、まず最初に魔法のもととなる魔力の感覚をつかむ必要がある。
そして、一番魔力の感覚を掴みやすい体制は、座禅に黙想の様だ。
更に言うと、黙想に逆立ちをすると座禅の体制よりも魔力の感覚が掴みやすくなるらしい。
「掴みやすいというなら是非もない。逆立ちするか……」
元々俺はクラスメイトたちとは違って、独学で学んでいるのだ。
他の連中に遅れをとらない様にするためにも、より良い方法を用いるべきだ。
たとえ逆立ちという間抜けな方法だとしても……だ。
図書館の一室で、加えて言うならお姫様が見ている前で逆立ちをして黙想するというのは、中々……いや、かなり抵抗があったが、俺はやった。
……クラスメイトたちに負けたくない一心で。
すると、十分ぐらいして自分のお腹の部分に何か温かいモヤモヤした物が存在しているのを感じた。
多分、これが魔力というものなのだろう。
そう感じた俺は、次の段階へと進めることにした。
魔力を感じるのことに成功したら、次はそれを手のひらから射出できる様に訓練する必要があるそうだ。
そのため、俺はこの逆立ちした状態から手を前に突き出して、魔力を推移させなければならなくなった。
……非常に間抜けな格好だが、魔力のコントロールをできるようになるまでの辛抱だ。
自分にそう言い聞かせると、俺は自分の手のひらに魔力を動かせようとする。
すると、しばらくしてお腹のモヤモヤが肺あたりに登っていき、そしてゆっくりとではあったが、確かに手のひらに集まった。
ーーーよしよし、いい感じだ。
そして、この魔力を手のひらから射出!
ーーボシュッ
……。
情けない音ではあったが、微かに俺の魔力は減ったようだ。
自身のお腹あたりにあったモヤモヤが、全体的に少し減ったのを感じたからだ。
魔力量が数値で分かれば良いのに……。
まぁ、それでもできただけ良しとするか。
俺はしばらく図書館で間抜けな姿を晒しながら魔力のコントロールの練習した後、確かな成果に満足して自室へと戻って行った。
◇
最初に見たときはおかしな人だ、と思った。
でも、それからしばらく彼の生活環境を見ているうちに、可哀想な人、に印象が変わった。
マモル様はどうも交友関係というものに恵まれていないらしく、訓練中などこっそり覗いたときもいつも一人で剣を振っていた。
それに対して勇者様方はとても楽しそうに訓練に取り組んでいる。
とてもではないが、見ていられない光景だった。
更に、よせば良いのに王国の騎士連中は、勇者様方に綺麗な装備を、マモル様に使い古した装備を渡した。
しかも、勇者様方には丁寧にたたんで手渡しで渡しているのに、マモル様には洗ってすらいないであろうボロボロの装備を地面に叩き落として拾え、と言わんばかりに睨みつける。
でも、それにもマモル様はいつものボォーとした顔で応じるだけだった。
まるで全てに興味がない、と言わんばかりに……。
勇者様方がここに来て一週間が過ぎた。
今日から魔法の訓練を始めるようだ。
勇者様方はウキウキとした顔で講義室に行くのに対して、マモル様はいつもの表情で図書館の方へと歩いて行った。
その姿に不自然に思った私は、近くを歩いていた近衛騎士に聞いてみた。
「マモル様は魔法の講義をお受けしないのですか?」
「ははっ、何をおっしゃいますか、マリルフェイム姫。ここは役立たずを育成する場ではないのですよ?あんなゴミにもならないやつを導師様の講義に参加させるなんて、ありえないではないですか」
騎士はそう言って笑いながら去って行った。
……なるほど。
ここでも彼に屈辱を与えるのですか。
私は今までマモル様のことを注視していたためか、少しばかり情が移っていました。
お父様からは、「勇者たちは使い捨ての兵器にするから感情移入しないように、くれぐれも注意するのだぞ?」などと言われていましたが……。
しかし、なんともマモル様の今の境遇が私の学園時代の頃と重なってしまうのです。
皆に恐れられ、見る人全て怪物を見るような目を向けるあの頃と……。
……おっと、今はそんなことを気にしている場合ではありませんでした。
とにかくこのまま放っておくと、マモル様は気を病んでしまうでしょう。
それだけは何故か避けたい気がしました。
同情……でしょうか?
いえ、とりあえず会って話してみましょう。
話はこれからです。
そうして私は図書館に向かいました。
◇
「特にそこまで理由があるわけではありません。ただ、興味がないだけです」
「ンなッ……」
「話は以上ですか?それでは、失礼します」
そう言ってマモル様はスタスタと去って行った。
正直言って少し怖かった。
あの無表情の中に浮かぶ真っ黒な二つの瞳が、あまりにも無機質で、あまりにも人間味がなさすぎて……。
まるで魔法で作られたゴーレムのようで、人と話している実感が湧かなかった。
マモル様は人間ではないのでしょう。
そう思い直してここを去ろうとしたことです。
ーーボシュッ
静かな図書館に小さな、ですがあたり一帯に響きあたる妙な音が聞こえました。
マモル様の方を見ると、見るからに苦しそうに逆立ちしているマモル様が、手を突き出して魔力のコントロールの練習をしていました。
「もうそこまで魔力を使えるようになったんですか……!?」
私は驚愕しました。
勇者様方は、神のご加護を受けているためか、成長スピードが早いとのことは聞いていましたが……。
それでも早すぎます。
私は魔法を扱うことに関しては相当な才を持っていた自負していますが、それでも自身の中にある魔力を感じ取るのに三日、体外に放出できるようになるまでには一週間は要したように思えます。
「これが勇者様方の加護……」
一人で呆然と突っ立っていると、魔力の習得に満足したのか、マモル様は笑顔で図書館を出て行きました。
いや、笑顔、というのは言い過ぎかもしれないです。
微笑というか少し微笑んでいる感じ、と言った方が良いでしょう。
それでも綺麗だったのには変わりがないです。
いつもの仏頂面ではなく、あの微笑んでいる姿を見るためにも、やはり私はマモル様の手助けをしてあげようと考えました。