3.魔法と魔術
さて、そんなこんなで毎日を平和に過ごしているわけですが……。
当然そんな俺にも弊害があったりする。
例えば魔王討伐に向けての訓練である。
この国の騎士団の人達が教えてくれるのだが……。
どうも俺の無能っぷりが伝わっているらしく……深刻なまでの装備格差が起きている。
例えば剣である。
この国は魔法と剣のファンタジーな世界らしく、銃などの遠距離武器はそこまで発展していない。
精々弓矢、と言ったところだ。
で、そんな世界であるからこそ剣術の習得は必須ということになる。
よって、俺たちには一人一人に剣を一本支給されるのだが……。
「はぁ……こんなボロいのでどうやって戦え、ってんだ」
そう、ボロいのだ。
それはまぁ酷くボロい。
別に剣の目利きができるわけではないが、日本でも何度かは日本刀の類を手にしたことがある。
まぁ、これはそんなの関係なくボロいか……。
まず第一に柄がほとんどズタズタだ。
騎士たちが毎日毎日汗水垂らして訓練しているのがわかるぐらい汗で黄色く変色しており、ささくれ立っている。
流石に黄色い柄は嫌だったので、洗って綺麗にしたが……。
次に刀身だ。
元は両手剣として結構な幅の大剣だったのだろうが……今ではレイピアよりも細いのでは、と思うくらい削れており、色も銀色から錆色に変色している。
と言うか、錆がひどいな!
さらに言ってしまうと、こいつ鍔みたいな部分がガタガタだ。
剣を振る度に刀身がガクガク揺れて、いつ取れてもおかしくない状態だ。
おかげでクラスメイトたちからは陰で笑い者にされている。
まぁ、そんなわけで訓練場では酷い目にあってきた俺だが、今日からは魔法の時間である。
どうやらここは剣と魔法を一週間ごとのサイクルで計三ヶ月間させるらしい。
できればどちらも毎日訓練したいのだろうが……異世界から来た俺たちの体を慮ってのことらしい。
とりあえず今日から俺たちは魔法を受講できるようだが……。
例によって、俺は一人でポツンとこの城にある図書館に来ていた。
というのも、役立たずな俺に魔導師様(魔法使いのトップのことをこの国では魔導師と呼ぶ)の有難い講義などを聞く権利はない!と国王様がのたまったからの様だ。
犀川はその意見に反対しようとしていたが、俺含めクラスメイトたち全員がその意見に賛成していたので、結局俺は一人で魔法を学ぶことになった。
「ふぅ……これが魔法の書か……」
ここの図書館は日本の市立図書館なんて目じゃないくらいに大きいので、魔法の入門書を探すのにも一苦労だったが、それでも俺は結構探すのは結構得意な方だったので、三十分程度で見つかった。
適当に沢山ある椅子のどれかに着こうとして、お姫様がいるのを発見した。
無視しようか迷ったが、お姫様も俺に気付いた様子なので、一応礼を失しない程度に俺は挨拶をしておくことにした。
「どうもおはようございます、お姫様」
「……どうも」
……ふむ。
どうも鑑定の時と比べて随分と不親切だ。
まぁ、俺が使い物にならないから、という理由の可能性もあるが、どちらかというと今まで取り繕っていた化けの皮が剥がれた感じだ。
多分、公式な場ということもあって随分と丁寧に接していたのだろう。
俺は触らぬ神に祟りなし、と言った様子でお姫様の前を通り過ぎようとしたが……。
ーー不意に掴まれてしまう。
「お、お前は……」
「……?」
「お前はどうしてこうも泰然としている?何故、そこまで平然としていられる?普通は私の様な諸悪の根源に対して恨みの一つや二つ、持つのではないか?」
「……はぁ、そうですか」
どうやら俺が王国側に何の不満も漏らしていないのが不可解らしい。
別にそこまで不思議な理由ではない。
ただ、興味がないだけだ。
基本的に俺という人間は人に向ける感情は二つしかない。
それは好意と無関心である。
普通ならばここまで酷い扱いを受ければ、悪意の一つや二つ、王国側に抱くのも仕方がないと言えるだろう。
現に俺自身は何も思っていなかったが、犀川は俺の不当な扱いに苛立ちを隠せないでいる。
そのため王国側も俺に対する嫌がらせもそこまで過激にはできないでいる。
俺からすれば、不当だろうが何だろうが飯と寝床がもらえるだけでも十分であるわけだし……。
「どうしてだ?理由を言え!」
この口調を聞いたらクラスの男子たちが抱いている可憐なお姫様のイメージは一瞬にして崩れ去るだろう。
答えを急かすお姫様の姿を見て、俺はげんなりしつつ答える。
「特にそこまで理由があるわけではありません。ただ、興味がないだけです」
「ンなッ……!?」
「話は以上ですか?では、失礼します」
ゾッとした顔をしているお姫様を置き去りにして、俺はお姫様から離れた席を取る。
魔法初心者である俺が選んだ魔法の書は……。
『猿でもわかる魔法の理』である。
若干読者を馬鹿にしているタイトルではあるが、その実内容は中々に濃い物となっている。
どれくらいかというと、広辞苑の辞書並みの厚さを誇っているくらいだ。
ちなみにこの世界の言語は召喚の際にその術式に組み込まれている翻訳の魔法のおかげで、聞くことも読むことも書くことも言うことも、全てが出来る様になっている。
もし、この翻訳の魔法が日本に存在していたら英検なんてちまちました物を受ける必要がなくなり、非常に俺に有難い状況になるのだが……。
まぁ、世の中そう上手くはいかないよな……。
無い物ねだりはさておき、俺は早速魔法の書を読むことにする。
◆
「ふむふむ……大体は理解した」
さて、今日読んでみて何となくわかったのだが……。
この本は結構なあたりの様だ。
魔法初心者である俺でもスラスラと理解できてしまった。
まさに『猿でもわかる……』という奴だ。
肝心な内容だが、まず魔法について説明していきたいと思う。
魔法の発生については神話に載ってるらしいので割愛するとして、魔法の行使について。
魔法の行使にはまず、魔力を扱える様になる必要があるらしい。
魔力はどの物体にも宿っている物で(酸素や石などにも宿っているそうだ)、自分の体外に放出することで魔法を行使するらしい。
ただし、魔力は無限ではないので使用するには注意が必要である。
魔力はなくなったら二度と戻らない、何てことはなくちゃんと半日程度で回復する様だが、この魔力がなくなる、通称『マナ切れ』と呼ばれる現象は相当辛いらしい。
具体的には、自分の体力を全て使い切った後に、フルマラソンを行うぐらいに辛い様だ。
まぁ、つまり強烈な目眩と吐き気を催す、ということなのだろう。
そうして自身の魔力を使って魔法の行使をするわけだが……。
それだけではただの魔力出しただけで大した威力を持たない。
そこで詠唱というのが存在することになる。
これも神話が微妙に掠ってきて説明がウザいので、ちょっとカットするが……。
とりあえず、詠唱の暗号を言うことでその人の熟練度に応じて神様が答えてくれるらしい。
それが魔法の行使ということだ。
さて、ここで何故俺の障壁魔法がゴミと呼ばれるのか?
その検証に入ろうと思う。
どうも魔法というのは一口に言うものの体系が桜の木の枝並みに分かれており、それぞれ得意としているものが違う。
その魔法の系統の違いとして属性が挙げられる。
属性というものも、一言に言うには難しいぐらいに量が多いので、割愛させていただくが、とりあえずこの世界には四大属性というのがある。
それが魔法の火、風、水、土の四つである。
ちなみに比島の光属性と魔王の持つ闇属性というのはこの世に一人しか持つことができない特殊な属性らしい。
さて、この属性の区別だけでも結構お腹いっぱいなのだが、ここから更にぞれぞれの形態に分かれることになる。
形態は以上の六つだ。
攻撃→強化→付与→防御→治癒→探査→攻撃 特殊形態:万能
隣あっている形態同士が、その人にとってその形態の次に得意ということになる。(万能は全ての形態が得意ならしい)
もう少しわかりやすく言うならば、攻撃型の人は、攻撃魔法の次に強化魔法と探査魔法が得意というわけだ。
では、簡単に形態の説明に入るが……まぁ文字通り、としか言いようがない。
例えば攻撃魔法ならば、『火矢』だったり、治癒魔法だったら『水属性治癒』などが挙げられる。
強化型と付与型についてはそこまで違いがわからないかもしれないが……。
いってしまえば自分にかけるか、他人にかけるかの違い、と言ったところだろう。
『火魔法強化』→自分 『風属性付与』→他人、もしくは物
こんな感じだ。
さて、ようやく自分の障壁魔法の無能っぷりについて考えられるわけだが……。
どうもこの魔法は魔法として一番大事な形態が抜けているらしい。
それは、攻撃だ。
……攻撃形態の欠如。
これがどうやら王国側が役立たずと呼ぶ所以の様だ。
もちろんこの魔法だって使い道はある。
例えば城壁の守りを強固にしたり、仲間を相手の魔法から守ったり……と。
全く役に立たないわけではない。
しかし、この魔法はどうやら魔力の消費が相当に激しいらしく、三人〜五人ぐらいでまとめて使わないとほとんど使い物にならない、言うなれば軍隊魔法の様なものであるらしかった。
俺たち勇者側の目的は魔王軍に対しての少数精鋭の特攻だ。
そんな中で、俺みたいな一人では何もできない……しかも攻撃形態がないために攻撃魔法を放つことすらできない。
こんな奴がいるだろうか?
俺だったらこんな役立たず真っ先に排除するだろう。
なんせ肉壁にすらならない雑魚なのだから……。
なるほど……。
これでは王国側に邪険にされるのも仕方がないというものだ。
と言うか、むしろよく今まで王城に置いていたな。
俺だったら即つまみ出してるぞ、こんな役立たずは……。
案外、この国は俺に優しいのかもしれない……。
密かに俺からの王国側の好感度が上がった瞬間だった。