2.いじめと折衷案
◆が主人公視点。◇が他者視点です。
それと似た感じで、★が主人公視点の回想、☆が他者視点の回想、みたいな感じで使ってます。
異世界に来て早一週間。
当時は壮絶ないじめが始まると予想していた俺だったが……。
実際には全くもってそんなことはなく、むしろ前よりも快適な生活を送らせていただいている。
何故、そうなったのか?
それを知るには鑑定直後のことを話すことになるだろう。
★
一週間前。
「おいおい、お前みたいなやつが、まさかの落ちこぼれかよぉッ!?」
ゴミ魔法と言われた瞬間から予め予想できた罵倒の嵐が、とある男子生徒の一言を皮切りに、あちこちから聞こえてきた。
曰く、「今までの行いの悪さが……」やら、「いつもでかい顔をしてるから……」などと、彼らにとってはほとんど真実であろうことを口々に言ってくる。
この調子ならば俺が虐められるルートは確定だな。
俺はどこか他人事のようにそう感じていると、意外な所から助けが出た。
「ちょっと皆!何でいきなりそんなこと言ってくるの!?」
このクラス……いや、校内全体のアイドルと呼んで良い女子生徒、犀川慈音であった。
彼女は容姿が整っているとか、スタイルが良いとか、文武両道とか……。
色々良いところを聞くが、その中でも特に素晴らしいのは性格である……と廊下を歩いていた男子生徒たちからの会話で盗み聞きさせてもらった。
何でも、道で困っているお婆さんを助けたり、不良に絡まれた女子生徒のために警察に通報したりと、相当な善行を積んでいるようだ。
そんな彼女が、クラス内で起きつつあるいじめ問題に首を突っ込まないはずがない。
クラスメイトたちの誰もがそのことに思い至ったのだろう。
皆、余計なことをした……と顔にそのまんま書いてある。
だが、そんな犀川の仲裁にも物ともせずに立ち向かった者がいる。
一番最初に俺に悪口を言った茶髪の男子生徒だ。
名前は……。
「ちょっと待ってくださいよ、犀川さん!?そりゃ確かに俺たちがしていることが良いとは言えませんけど……それでも納得がいかないっすよ!」
「納得がいかない……?それは何でかな?部曲くん」
そうそう、部曲永戸。
それがこの茶髪男子生徒の名前だ。
彼は犀川の問い詰めるような厳しい視線に少しどもるも、深呼吸をして俺を指差して言った。
「だってこいつのせいで今まで怖い目に遭わされてたんですよッ!?犀川さんだって見てたでしょッ!?こいつの隣の席になった、ってだけで不登校になった娘だっているんすからねッ!」
「そ、それは……ッ」
なるほど。
確かに部曲の言う通り、俺自身は何もしていないとしても、俺がいることで彼らにストレスを与えてしまっていた事実は変えられないだろう。
だからその今までのストレス分、異世界で発散させてもらおうと……。
確かに理にかなっているような気もする。
ただそれは俺だったら納得するだろう、と思っただけで、真の善人である犀川には通じなかったようだ。
「確かに、彼がいることで心身に大きな負担を負った人もいるかもしれない……」
いるかもしれない、ではなく、クラスメイトたち全員がそのストレスの被害者であるだろうがな……。
「でも!東條くんは別にクラスに来て何か乱暴したわけじゃないよ?私は彼が何か問題を起こさないか結構見張ってたけど……。それでも東條くんは裏でカツアゲするでもなく、いつも一直線に家に帰って宿題して……。つまらない日常を過ごしてただけだよ?それなのに、自分たちがストレスだったから……なんて、そんな理由だけで東條くんをいじめるの?」
「うっ……」
部曲の言っていることも筋が通ってはいたが、それ以上に犀川の言っていることの方が正論だろう。
実際、犀川の見張ってた云々の話は置いておくとして(本当に見張ってたらそれ、ストーカーだけどな)、俺は全くもってこのクラス、いや学校全員に手を出したことは一度もない。
むしろが手の先などが掠ったことすらない。
体育の時間になったらいつもサボるし、体育祭、文化祭、修学旅行などのイベントごとは、全て無断欠席でやり通している。
そのことに生徒だけでなく、教師たちでさえ助かっている感じだった。
そこまでの気遣いしてきた俺が、少し無能だったからと言って虐められる。
それはどうなのだろうか?、と犀川は言いたいんだろう。
なるほどな……。
しかし、犀川。
俺を助けるのは有難いことこの上ないのだが……つまらない日常云々のくだりは流石に俺でも傷付いたぞ。
もう少しオブラートに包んで言ってくれないものか……。
まぁ、その話は置いておくとしても、だ。
結局、このクラスは犀川の判断に関しては少し納得いっていないようだ。
それはそうだ。
いくら犀川の言葉が正しいこととわかっていても、人間はそんな単純なものではない。
頭ではわかっていても感情では納得できない。
……しょうがない。
硬直状態になっているこの状況を崩すために、俺は休戦協定を提供することにした。
「おい、部曲」
「ひ、ひぃいッ!な、何でしょうか!?」
……はぁ。
ひぃい、って……。
ちょっとクラスメイトに声をかけただけなのに、これとは……。
そんなに怖がらなくても良いじゃないか、と思うが、この際しょうがないと諦め、話を進める。
「部曲の言うことも一理あるだろう……」
「え、ちょっと、東條くん!?」
「「「ッ……!?」」」
俺の罪を認める態度にクラスメイト全員が騒然とする。
「確かに俺はお前たちに感じなくても良いはずのストレスを負わせ続けている。それは俺が悪いだろう。だが、だからと言って俺も虐められるのはそこまで好ましくない……。そこで、折衷案といこうじゃないか?俺は極力お前らを避け、この国の国王様などに呼ばれたとき以外は、お前たちに会わないようにしよう。もちろん食事などの自由時間も時間をずらすか自室で食べる、などをして極力接触避ける。その代わりお前たちも俺と関わり合いを持たない。それで、どうだ?」
「「「……」」」
俺の提案にくらの間で重い沈黙が降りる。
だが、その沈黙は早くも崩れることとなった。
比島だ。
「なるほど。確かにそれは僕たちにとって理想的な提案だ。……だけどその前に一つ。魔王を討伐するとき、東條くん……君はどうするんだい?もしかして、僕たちクラスメイトだけに任せて君は知らんぷり……なんてことにはしないだろうね?」
「……」
……なるほど。
自分たちは命がけで頑張るのにお前だけ外野というのは納得がいかない……と。
比島のある種筋が通った言葉に、クラスメイトたちも騒ぎ立てる。
「お前だけ逃げるのか!」や、「自分だけ卑怯だぞ!」など……。
犀川はそんな状態に怒りをあらわにし、クラスメイトたちに怒鳴りつけようとしたが、俺が手を制して止めた。
「え……?東條くん?」
自分が何故止められたのか、納得がいってないような顔をする犀川。
まぁまぁ、黙って見てろって……。
俺は目配せで犀川を黙らせると、一歩前に出る。
それと同時にクラスメイトたちは一歩下がる……。
お前らな……。
「わかったわかった。比島の言う通り、魔王討伐の話に一人だけ抜け出そうとするのは虫が良すぎるかもしれない。俺も言われたらできるだけ魔王討伐には協力しよう。……まぁ、と言っても俺の魔法はどうも障壁魔法らしいからな……。助けになるかもわからんが……」
俺の肯定の意に、比島たちクラスメイトたちが喜色を浮かべる。
中には「比島くんのおかげだよ!」などと女子からの黄色い声援を上げるやつらもいるようだ。
犀川は相変わらず納得がいっていない顔を浮かべていたが、俺がこれで勘弁してくれ、と告げると
「わかった……。助けてあげられなくてごめんね?」
などと随分としおらしい反応を見せた。
こうして、俺は誰にも干渉されない平和な生活を手に入れることに成功した。
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