10.パーティー編成と初めてのダンジョン
「ダンジョンに向かう以上は、皆にはパーティーを組んでもらう!」
ダンジョンに行くことを決意した俺たちは、騎士団長の説明のもと、パーティー編成をすることとなった。
ただ、今回はダンジョン探索を本気で行う気はないらしく、各々自由に組むことにしたようだ。
まぁ、つまり学校の授業の班決めみたいなもんだ。
パーティーの適正人数は六人。
というのも、魔法の形態が六つあるからだ。(万能を入れたら七つだが、滅多にはいないらしいので、その辺りは気にしないことにした)
俺の形態はもちろん防御、というよりも障壁魔法師は基本的に防御形態の人しかいない。
比島は万能形態という世にも珍しい特性で、この世界では百万人に一人の逸材と言われているらしい。
余談だが、マリルの魔法形態は強化、犀川の魔法形態は治癒らしい。
こんな感じでパーティー編成を行うわけだが……案の定と言ったところか。
「俺……誰とも組めないかも……」
クラス一の嫌われ者な俺は、どうしてもパーティーを組むことが出来ずにいた。
まぁ、元々の嫌われっぷりに加えて障壁魔法というクズな魔法を手に入れてしまったことも要因の一つには入るだろうが……。
大抵の奴らは俺が話しかける前に怯えて逃げて行ってしまうので、障壁魔法が原因ではないことはわかりきってしまうことだ……。
どうしようかなぁ……とうろちょろしていると、同じく周りをキョロキョロしていた犀川が目に入る。
……どうしたのだろうか?
彼女みたいなクラスの人気者はパーティー編成なんて引く手数多な気がするんだが……。
と、俺が疑問に思っていると、犀川はそのパッチリと開いた大きな瞳に俺の姿を映すと、一目散に俺のところへと駆け出してきた。
「お、おはよう!東條くん!」
「お、おう……おはよう……」
小女らしからぬ凄まじい剣幕に気圧されるも、犀川の挨拶に軽めに答える。
すると、犀川は緊張感を露わにしながら、俺に話しかける。
「え、えぇっと……東條くんはさ!パーティー、誰と組むか決めた!?」
「いや……まだ、というか俺クラスの奴らから避けられているからなぁ……。“誰と”というよりもそもそも組めるかどうか……」
犀川の話の内容は普通にただのパーティー編成の話だった。
あの剣幕の割に話の内容が普通であることに拍子抜けしながらも、俺は自分の現状について語る。
俺が誰とも組めていない、と憂鬱気に言うと、俺のテンションと対照するかのように犀川の顔色が良くなる。
「そ、そうなんだ!じゃ、じゃあさ……東條くんってまだ誰ともパーティーを組めてないんでしょ?」
「ん?まぁ、そうだけど……」
「じゃあ、私と組んでよ!」
「え?お前と?」
「うん!私と!ね?良いでしょっ?」
「う〜ん……まぁ、特に問題はないけど……」
犀川の提案は、正直に言うと有難かった。
いくら人目をあまり気にしない俺としても、周りがきゃっきゃうふふな状態の中、一人だけ辛気臭そうにダンジョン探索をするというのは、鬱な話だった。
しかし、まだ二人目とはいえ……犀川と組むとなれば多少はマシになるだろう。
何せこいつはこのクラスで唯一俺に対して、恐怖を感じていない人間なのだ。
多少の雑談は見込めるだろう。
ただ、少しだけ気になることがあったので、それだけは聞いておこう。
「まぁ、犀川が組んでくれるというのは、俺からしても有難い提案なんだが……」
「えっ、じゃあさ!」
「いや、その前に一つだけ。お前、他の奴と組まなくて良いのか?」
「……なんで?」
「なんで、って……それはーーー」
いまいち俺と一緒にいることで起きるデメリットを理解できてなさそうだったので、一応説明しておく。
クラスの奴らから避けられやすくなるぞ、とか騎士団に嫌がらせを受けるかもしれないぞ、とか。
しかし、俺の説明はいまいち功を奏さなかったようで、犀川はいつものポヤポヤした笑顔のまま「大丈夫!」と口にする。
「大体、私も周りからパーティー編成、避けられちゃってるし……」
……いや、それは嘘だろう。
犀川がパーティー編成を避けられていると言った時、犀川のことをガン見していたクラスメイトが少なくとも二桁はいた。
しかし、犀川の次の一言でクラスメイトたちは諦める。
「それに、私は東條くんと組みたいから!」
「……」
六十カラットのダイヤすら霞む満面の笑顔を俺に向けて言った。
眩しすぎるその笑顔は、根暗な俺には直視できない!
俺は目を遮って顔を背ける。
「……どうかしたの?」
「いや、別に……ただ、眩しいなって」
「眩しい?」
「ああ、いやこっちの話だから気にしないでくれ。……それよりも、パーティー編成の話だっけ?」
「う、うん!」
少し緊張した面持ちで俺の顔を見つめる犀川。
百七十センチ台の俺と、百六十とちょっとしか犀川では必然的に見上げるような立ち位置になり……。
まぁ、なんだ……上目遣いって凄いんだな、と思いました。
それにしても……犀川は俺に問いかけるのに夢中になっているためか、身体がほぼ至近距離というか密着するような形になっていた。
と、特に高校生にしては大きめな胸が俺の身体に押し付けられーーー
「……ッ」
「?」
俺は赤面しそうになるのを必死に耐え、バックステップで犀川から距離を取ると、パーティーの件についての了解をした。
「俺みたいな奴で良いなら……よろしく、犀川」
「え?う、うん!よろしくね、東條くん!」
こうして俺は犀川とパーティーを組んーーー「「ちょっとぉぉおおお!待ったぁあああッ!!!」」ーーー?
俺が犀川とパーティーを組むために紙(この世界でいうところの『死んでも私は当局を恨みません』的な遺書書き)を書こうとしたところ、二人の男子、というか比島と部曲から待ったが入った。
「君みたいな悪漢に、犀川さんを任してはおけない!なあ、部曲くん!」
「お、ぉうともさ!ぉ、おれは……犀川さんのためなら、たとえ火の中水の中、阿修羅にだって、た、立ち向かってやるさ!」
どうやら比島と部曲は、俺が脅迫して犀川とパーティーを組んだと思っているようだ。
それで、そのパーティー編成に異議申し立てをした、ということだろう。
……なるほど。
確かに俺みたいな不良が犀川みたいな女の子とパーティーを組む、なんて可笑しな話だ。
何か脅迫でもされていると考えた方が賢明と言えるだろう。
俺は、彼らの気持ちも痛いほどわかったので、妥協案を出すことにする。
「そうか……。まぁ、お前らのいうこともわからんではない。しかし、な?俺もダンジョン探索に向けて一人で挑むなんてバカな真似はしたくない。そこでどうだ?俺たちのパーティーにお前たちも入る、ということでどうだ?」
「「ーーーお、俺たちが?」」
「あぁ……俺が犀川に悪さをしないための、監視役、といったところだ。……それに、人数も四人でパーティーの適正人数には若干足りてないが……。まぁ、俺たちのクラスはもともと四十人なんだ。二人分の欠員ぐらい、誤差の範囲だろう。どうだ?この提案に乗るか?それとも反るか?」
俺は悪徳商人のような悪どい笑みを浮かべ、二人に尋ねる。
二人は、『こんな不良とパーティー組むのはなぁ……』という憂いと、『いやいや!それでも犀川さんが心配だ!僕が彼女についていないと!』という良心とがせめぎあったような顔をしていた。
どうしようかなぁ……と考えているところで、ふと二人は俺の顔を覗き込む。
そして、勢いよく首をブンブンと横に振ると、声高に宣言した。
「わかりました!一緒のパーティーに入りましょう!」
「そ、そうっすね!少し、いやかなり怖いっすけど……おれはやりますよ!」
そう言って、二人でガシッと手を握り合うと、俺が持っていたパーティー編成の申請書を奪い取ると、パーティーの欄に自分の名前を書き始めた。
周りのクラスメイトたちは、最恐の不良である俺に立ち向かったことに歓喜し、そこかしこから歓声が響いた。
……だからだろうか?
俺はすぐ側にいた犀川の声を聞き取ることが出来なかった。
「チッ……屑どもが、余計なことしやがってッ……」
◆
パーティー編成をした翌日、早朝から叩き起こされた俺たちは、眠たげな目を擦りながらも、ダンジョンに向けて行軍を開始していた。
ダンジョンは、この王都には一つしかないらしく、またまぁまぁ遠い距離にあるそうだ。
ダンジョンは基本的に人気のないところに出来やすいらしいので、当然といえば当然なのだが……。
しかし……。
「こんな朝っぱらから鎧をカチャカチャ言わせながら、行く必要があるんかね……」
早朝からのマラソンは何気に堪えた。
周りには俺たちの護衛を承った外衛騎士団の鎧の音も、カチャカチャとうるさいし……で。
何かと俺の精神は参っていた。
いや、まぁダンジョンに行った方が良いんじゃ?と俺が言ってしまった手前、そんな文句が口に出せるわけもないのだが……。
外衛騎士団方々は、見事な整列を以って綺麗に行軍していた。
クラスメイトたちはそんな外衛騎士団の姿に、尊敬の念を込めた眼差しを向ける。
まぁ、俺も確かにこんなクソ暑い中、よくやるな、とは思う。
ちなみに今は、日本で言うところの八月中旬といったところ。
ギラギラと照りつける太陽が俺には憎くてならなかった。
そんな感じでしばらく森の中を行軍していると、やがて森の中にぽっかりと空いた洞窟が現れた。
「これは……でかいな……」
思わず俺は独りごちる。
他のクラスメイトたちも似たような感じで、ポツポツと独り言が聞こえてくる。
もちろん、比島や犀川のような人気者は学友たちと一緒に楽しく談笑していたわけですが……。
……いや、別に羨ましいとか思ってないぞ?ホントだからな?
と、そんな誰とも知れない何かに弁明していると、見知った人物が俺の目の端に映った。
「な、なんだこりゃ……。これじゃまるで……」
「地獄の釜、みたいだよな?」
「ぉ、おうーーーっていうか、お前いつの間に!?」
一人で黄昏れているように穴を見つめていた部曲に、合いの手が欲しいのかな、と思った俺は、何気ない感じで話しかけたが……。
一瞬で飛び退かれ、警戒するように構えをとった。
はぁ……少し、話しかけるだけでこれなんだもんなぁ……。
部曲は、腰に差している剣を握りながら、警戒した声音で俺に問いかける。
「な、なんだ!?何か、用……なのか?」
「いいや、別に……。ただ、お前が一人で寂しそうにしているから、声でもかけようかな、と……」
「はあ!?お、おれは別に一人で寂しくしていたわけじゃないぞ!?ただ、単に一人でいたいときがあるだけで……」
「へいへい……わかった、わかったから。あんま近付かないようにするから、剣から手を離せ」
がなり立てる勢いのまま、抜刀しそうになった部曲を、興奮した馬でも抑えるかのようにドードーとした後、少し離れたところで謝罪をする。
部曲も、俺に悪意があったわけではないと悟ると、剣から手を離して比島のところへと向かった。
はぁ……とため息を一つ吐くと、これから入ることになるであろうダンジョンの穴をじーっと見つめた。
ダンジョンの中は、この世の絶望を全て飲み込んでいるような底の知れない暗闇であった。
◇
「ほぉ……感じる!感じるぞ!面白き者がここにやってくる!」
「へぇ〜、黒竜である貴方がそう言うとは……。冒険者でしょうか?」
「わからぬ!しかし、我がこいつと遊ぶと面白いことになる、ということは確かだ!」
「そうですか……。じゃあ、ちょっとだけ遊んじゃいます?」
「あぁ、頼むぞ!」