第八話 暴走族と幻の屋台ラーメン
ガンを飛ばしながら、魔王に接近していく男たち。
魔王がざっと見たところ、その数は二十を超えていた。
いずれも目つきが悪く、警戒色のようにちかちかとした色彩の服を纏っている。
一触即発。
並の人間ならば、状況の悪さに冷汗を流していただろう。
しかし魔王は、まったく気にも留めない。
子犬が集まって吠えたところで、獅子を怯えさせることなどできないのである。
「とうとう、我の正体がこの国のものにもばれてしまったのか?」
「何言ってんだてめえ? 殺されてえのか!」
「人の集会に割り込んでおいて、調子こくのもたいがいにしろよ!」
「集会? ……ああ、やはり祭りをしてたのか」
魔王は男たちの派手な服装を、祭りのための衣装だと解釈した。
――あの鋼のモニュメントは、やはり御神体か何かだったのだな。
魔界に存在する、名伏しがたき邪神を祀った巨大像。
言われてみれば、目の前に存在する鋼の建造物は、冒涜的な造形をしたそれとよく似ていた。
うねり、ねじ曲がった管の群れなどそっくりだ。
「神聖な祭りの邪魔をして悪かった。では、早々に立ち去るとしよう」
「おう、二度と来るなよ! ……っててめえ! 何舐めたこと言ってんだ! ああん!?」
そそくさと歩き去ろうとした魔王を、慌てて呼び止める男たち。
魔王はややめんどくさそうな顔をしつつも、振り返る。
「何かあるのか?」
「人の集会を台無しにしてんだ、落し前ぐらい付けてけや!」
「落し前? 何の事だかわからぬが、金か? 申し訳ないが、今日はいきなりのことゆえに持ち合わせがない」
「どこまでもすっとぼけたこと言いやがって……! こいつ、畳んじまおうぜ!」
「おう!!」
武器を手にする男たち。
彼らの目つきは本物で、その殺気は脅しなどではなかった。
しかし、魔王の頭の中はまだまだ呑気。
――新手の喧嘩祭りだろうか?
などと考えていた。
「ちょっと待ちな!」
いよいよ、男たちが魔王を十重二十重に取り囲み、攻撃を掛けようとした瞬間。
どこからか、鐘を鳴らしたように良く通る声が響いた。
やがて集団の奥から、一人の男が姿を現す。
金色の長髪をなびかせ、白く長い衣を揺らすその姿に、たちまち集団が二つに割れて頭を下げる。
「おめえら、一人相手に大勢とは情けねえじゃないか。ここは、俺が一人で片づけてやる」
「流石ヘッド! 男だ!」
「カッケーー! 惚れるッス!!」
「そんなに言うな、照れるじゃねえかよ」
歓声を上げる仲間たちに手を振りながら、男は魔王の前に立った。
彼は懐から長い鉢巻を取り出すと、グッと固く締める。
そして、腰に手を当てて胸を張ると高らかに宣言した。
「俺は関東の金龍、豪田勇だ! どこの誰だか知らねえが、サシで相手してやる。かかってきな」
「ふむ。そちらがそう名乗るならば……我は魔界の龍殺しといったところか」
「はん、龍殺しとはデカく出たな! だがそのはったり、いつまで続く!?」
――本当に倒しているのだが。
魔王はそう言おうとしたが、その前に勇が突っ込んできた。
仕方ない。
防御のために、腕を軽く前に出す。
すると偶然、掌底が勇の身体に当たった。
ドンッと、交通事故でも起こったかのような音がする。
「ヘッドッ!?」
叫びをあげる男たち。
彼らの視界を勇の肉体が恐るべき速度で横切っていく。
低く弧を描いた勇は、そのまま五メートル近くに渡って横に飛び、最終的にコンクリートの上を滑ってどうにか止まった。
いったい、どれほどの衝撃が加わればこのようなことになるのか。
周囲の男たちは、驚きのあまり顎が外れてしまいそうなほど口を開く。
「なんだ、ありゃ……」
「マ、マト○ックスかよ……! し、CGか!?」
「ど、どちらかっていうと、ドラ○ンボールじゃないか? 完全体○ルに吹っ飛ばされたミス○ーサタンがあんな感じだった……!」
あまりに非現実。
自分たちのトップがやられたというのに、男たちにはその実感すらなかなか湧いてこなかった。
こうして数秒が過ぎたところで、ようやく何名かが勇の無事を確認しに走り出す。
「ヘッドは無事だ! 奇跡的に骨も折れてねえ!」
「うむ、良かったな……。殺していたら面倒になるところであった」
胸をなでおろす魔王。
人間の命など別にどうでもよいが、指名手配などされたら動きづらくなる。
せっかく異界で羽を伸ばせるというのに、そうなっては窮屈なことこの上なかった。
変装する方法などはいくらでもあるが、ようはめんどくさいのである。
「あんた、すげえよ……!」
しばらくすると、よれよれになった勇が魔王の元へと歩み寄ってきた。
白い衣はすっかり土に汚れ、髪もちりちりになってしまっている。
しかし、その目は先ほどまでよりもはるかに澄んだ輝きに満ちていた。
少年の心を取り戻し、純粋な憧れに燃えている眼だ。
やがて彼は、魔王の手をがっしり握って言う。
「あんたこそ、俺たちのトップにふさわしいぜ! 関東の金龍の称号は、今日限りであんたにやるよ! あんた――いや、兄貴にこそふさわしい称号だ!!」
「……そのようなもの、別にいらぬ」
――ドラゴンなど、大して強くないからな。
そう思っての言葉であった。
史上最強と謳われる魔王にとって、ドラゴンとはただの獲物でしかないのだ。
けれど、そんな意図を知らない勇はますます魔王を崇拝する。
「なんて謙虚なんだ! だけど、それじゃ俺の気が収まらねえよ! よし、なら俺が兄貴に出来ることは何かないか!? これでもこのあたりを仕切ってるんだ、大体のことはできるぜ!」
「そうだな、ならば――」
一拍の間。
何を言われるのかと、男たちは固唾を飲む。
やがて魔王はゆっくりと唇を開き――
「そなたの知ってるうちで、一番うまい飯を奢ってくれ。ちと、腹が空いてしまってな」
盛大に鳴った魔王の腹に、勇たちはそろって毒気を抜かれたのだった――。
「なかなかに爽快な乗り物であるな、バイクというのは!」
夕刻の峠道。
紅く染まる山際を、爆音を轟かせながらバイクの集団が疾走している。
その先頭を行く、ひときわ大きな車体を誇る赤いバイク。
それに二人乗りをした魔王は、ハンドルを握る勇の腰に手をやりながら珍しく興奮した様子で叫ぶ。
これほどのスピードを出す乗り物は、魔界でもほとんど存在しない。
ドラゴン、それもスピードに特化した風属性のものぐらいであろう。
「ははは、最高だろ! しっかし驚いたな、あんたが免許持ってないなんてよ!」
「ペガサスにはよく乗っていたのだがな。このような物は初めてだ」
「ペガサス?」
突然出て来た幻想生物の名に、勇は思わず眉をしかめた。
するとすかさず、後ろの男がフォローを入れる。
「ヘッド、ペガサスってのはフェラーリのことッスよ! ほら、羽馬って言うじゃないですか!」
「おお、そうか! フェラーリか!!」
仲間の適当な知識で、納得する勇。
ご機嫌な彼は、さらに魔王にいいところを見せようとエンジンを吹かす。
心地よい爆音が響き、速度がさらに上がった。
曲がりうねった山道を、大きな車体が器用に通り抜けていく。
「して、そなたはどのような店に連れて行ってくれるのだ?」
「ラーメン屋だ!」
「ラーメン?」
「タダのラーメンじゃないぜ! 幻のラーメンって言われてるところだ」
やや低い声で、勇は言う。
そのただならぬ様子に、魔王の喉が鳴った。
異界の食べ物は総じて美味い。
そんな異界に置いて、さらに幻と言われるほどの食べ物とはいったいどれほどなのか。
想像するだけでも魔王はよだれが出てきてしまう。
「ほう、幻か……」
「そうだ。屋台ラーメンなんだが、関東全体をふらふら渡り歩いてるんだよ。店主が気まぐれで、食べてえと思ってもどこに居るのかさっぱりわからねえから、探すのがすげえ難しいんだ。んで、幻のラーメンって言われてるわけさ」
「味の方はどうなんだ?」
「それは保証しますぜ。旨いぜ、超絶旨いぜ! 雑誌に載ってる行列のできる店とかにも行ったことがあんだけどよ、あの屋台より美味いラーメンは食ったことがねえ!」
そういうと、舌なめずりをする勇。
その説明の内容は魔王にはさっぱりわからないが、味の方についてはまったく心配はなさそうである。
しかし――
「そのような店、どうやって補足するのだ? そなた、見たところ魔法の心得はなさそうだが」
「俺たち族には独自のネットワークがあってよ。それで調べれば、大体どこに居るかぐらいならすぐに分かるぜ! へへへ!」
そういうと、懐から薄い金属製の板のようなものを取り出す勇。
通信用の魔道具と似たようなものであるらしい。
片手で器用に画面を操作する勇に、魔王はほうほうと頷く。
そうしていると、後ろの一人が叫んだ。
「ヘッド、見えやしたぜ! 放浪軒だッ!!」
「おお! 兄貴、あれですぜ!」
勇の指さした先。
そこにはよく言えばこじんまりとした、悪く言えば小汚い移動式の小屋のようなものがあった――。