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最強魔王様の日本グルメ  作者: 至高の飯はTKG
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第五話 魔王、地下街にてインド人と出会う

「まさか、ニスロクが二日酔いを起こすとは。長生きはしてみるものでございますな」


 だいぶ減ったとはいえ、まだまだ書類が山積みの魔王執務室。

 そこで肩にまで達する白い髭をさすりながら、一人の老人がカッカと響くような高笑いをする。

 彼の名はマンモン、魔王城の宰相にして魔界随一の賢者である。

 その齢は万にも迫るとされ、先々代の魔王が治めていた時代より城に仕える魔界の生き字引だ。

 

「マンモン様、そのことはあまり言わないでください……!」

「ははは! なに、そなたもまだ若いのじゃ。失敗をすることもあろうて。わしなんぞ、景気づけに酒を飲み過ぎて、酔っぱらったまま戦ったこともあるぞい!」


 あまり洒落にならないことを、自慢げに語るマンモン。

 魔王はふうっと息をつくと、この調子のいい老人に尋ねる。


「してマンモンよ。そなた、何の用があって我の部屋に参ったのだ? 普段は仕事を押し付けられるのが嫌でとんと寄り付かぬと言うに」

「魔王様もはっきりと申されますなあ。仕事のことについては誠に申し訳ない。この年になると、細かい文字を読むのが何とも億劫でしてな。いやはや、眼が霞んでしょうがないのです」


 目をごしごしと擦るマンモン。

 細かい字が読みづらいというのは、嘘ではなさそうだ。


「……まあ良い。それで、用は? 久々に世間話でもしたかったのか?」

「それも少しはありますが……。魔王様が、異界に渡ることの出来る指輪を手に入れたと聞きましてな。どうしても、異界で手に入れてほしい物がありましたゆえ、お願いしに参りました」

「ほう。そなたが我に頼み事とは珍しい。どのようなものが欲しいのだ、申してみよ」


 魔王の言葉に、マンモンの顔つきが急に真剣身を帯びた。

 皺に埋もれ、緩んでいた眼元がにわかに鋭い光を放ち始める。

 曲がっていた背中が、わずかにだが伸びた。

 つい先ほどまで、ニスロクの胸元を見て鼻の下を伸ばしていた人物とは思えないほどの威厳と迫力だ。

 彼と対面する魔王も、自然と息をのむ。


「――栄養どりんくが欲しゅうございます」

「栄養どりんく? なんだ、それは」

「異界に存在すると言われる、生命の霊薬でございます。飲めばたちどころに活力が満ち溢れ、二十四時間不眠不休で戦い続けることも可能になるとか。私もこの年になりますと、夜の戦いが少しきつく――」

「マンモン様は、それ以上戦う必要もないでしょう」


 冷え切った声で、ニスロクが言う。

 彼女はそのまま、氷点下の視線をマンモンへと向けた。

 ――なんとくだらないことで、魔王様の手を煩わせようとするのか!

 呆れ、軽蔑、女としての嫌悪。

 あらゆる負の感情が込められた彼女の瞳に、さしものマンモンも身を縮ませる。


「ああいや! エリクサー研究の資料として、欲しいと思っておりましてな! ええ!」

「……あい分かった、入手してこよう」

「魔王様!! 変――ごほん、マンモン様の言うことを聞くことはありません!」

「我としても、そのような薬には興味があるのでな。精力的に働けるのならば、仕事も早く片づけられるであろう?」


 ――可能な限り、仕事を早く片付けてビールでも飲みたい。

 魔王の頭の中はこうであった。

 ビールとそれに合わせるおつまみのことで、いっぱいである。

 すっかりビールの魅力に取りつかれた彼は、完全に仕事ができない人間の思考パターンに陥りつつあった。

 一方で、魔王の忠実なる僕たるニスロクには、その言葉が「魔界のために一刻も早く仕事を終えたい」というニュアンスで言われたように聞こえてしまう。


「さすがは魔王様。ニスロク、そのお心がけに感服いたしました」

「……さようか。では、さっそく出かけるとしよう」

「はい。まだ残っている仕事につきましては、マンモン様にお願いすると致しましょう」

「仕方ありませんな、お任せ下され」

「うむ」


 軽くうなずくと、魔王はいつものマントを纏った。

 そして指輪に魔力を込めて――世界を渡った。




「ほう。一度目に来たのと似たような場所に出たな」


 視界一杯に広がる、四角い塔の群れ。

 最初にこの異界へ赴いた時に見たのと、同じような景色であった。

 しいて言うなら、最初の場所よりも今いる場所の方が人の密度が高いであろうか。

 視界に入るだけでも、百を超えるほどの人間が忙しくうごめいている。

 人間界の王都とて、これほどの人はいないだろう。

 魔王は改めて、ここが異界であることを強く実感する。


「さて……生命の霊薬か。どのような場所にあるのやら」


 制限時間はわずかに三時間。

 その間に、有用な手がかりを見つけねばならない。

 魔王はすぐさま、道を歩く灰色の服を着た男に声をかける。


「すまぬ、聞きたいことがあるのだが」

「え? ああ、何です?」

「栄養どりんく、とやらを知っているか?」

「はい?」


 魔王の問いかけに、男は目を丸くした。

 ――やはり、知らぬか。

 たちまち、魔王の顔が落胆に染まる。

 だがその後の男の一言によって、今度は逆に彼が目を丸くした。


「それだったら、地下街の『スギキヨ』にたくさんあるよ?」

「何!? そなた、栄養どりんくのある場所を存じておるのか!?」

「あ、ああ……。ほら、そこに入り口があるでしょ? そこから降りて行けば、地下街の中に入れるから」


 男は戸惑いつつも、それだけ言うと魔王から離れていった。

 取り残された格好となった魔王は、男の指さした方向をゆっくりと確認する。

 するとそこには、どこかへ通じるような屋根付きの入り口があった。

 近づいてみれば、はるか地下へと通じる階段が伸びている。


「なるほど。地下迷宮というわけだな」


 迷宮の奥に宝が眠っているというのは、実によくある話である。

 魔界においても、伝説に名を留めるような宝はその大半が迷宮の最深部か秘境にあるとされる。

 迷宮と言えば宝、宝と言えば迷宮。

 実にシンプルな相関関係が成立する。


「見たところ、明かりに魔道具が用いられているようだな。古代文明の遺産かそのあたりか」


 身を引き締めると、慎重に階段を下りる。

 迷宮の中には、魔王ですら手を焼くほどの強大な魔物が居る場合も多い。

 まして、伝説級の宝が眠っているような場所ならばなおさらだ。

 不意打ちをされないように、背後にも気を配りながら。

 ゆっくりゆっくりと進んだ先にあったのは――――商店の並ぶ通りであった。


「む? これはいったい……」


 白い光が溢れ、華やかな雰囲気の通路。

 行き交う人々は地上よりもむしろ多いほどで、緊迫した様子は全くない。

 むしろ、袋を下げて歩くその姿は買い物を楽しんでいるかのようであった。

 さらに女性が多く、冒険者と言った風体の者も見かけない。


「迷宮の一部を改装して、都市として利用しているのか? ラビロンドあたりと似たようなものか」


 迷宮からは有益な資源が発掘されるため、その上に都市が繁栄することは多い。

 もっとも有名なのは、人間界に存在するラビロンドと呼ばれる都市だ。

 おそらくこの地下都市も、ラビロンドあたりと似たようなものであろう。

 深層から発掘される貴重な資源を、商人たちがより早く売りさばこうとした結果、このような形となったに違いない。


「……スギキヨとやらは、もしかすると店の名か? となると、魔法薬の店ということになるのか」


 魔王の頭の中で、魔法薬を取り扱う店のイメージが浮かぶ。

 この手の店は、往々にして人目に付かない奥まった場所にあることが多い。

 看板は出しておらず、店頭に飾られた呪物などが目印の代わりだ。

 そして何より――匂う。

 魔法薬を製造する際に発生する、ハーブや薬草が無数にまじりあった独特の香り。

 これが店を探し出すうえで、何よりの手掛かりとなる。


「む、微かにだが……」


 魔王の鋭敏な嗅覚が、他とは明らかに異なる香りを捉えた。

 それに導かれて、彼は人通りの多い通りを抜けて、一本奥まった細い路地へと入る。

 やがて彼の目の前に、得体の知れない木の仮面を掲げた店が現れた。

 他にも、軒先に乾かした野菜などを吊るしていて、他とは明らかに異なる気配を放っている。


「ここだな」


 魔王が辿ってきた匂いも、この店から放たれるものであった。

 香辛料を溢れんばかりに混ぜ合わせたかのような、刺激のある匂いが鼻をつく。

 十中八九、ここが魔法薬を売っている店であろう。

 魔王は確信をもってドアノブを回す。

 すると――


「イラッシャイマッセー! ちょー本格インドカリーの店、『スジャータ』へよこそー!!」


 異世界人である魔王の耳で聞いても、イントネーションの狂ったたどたどしい発音。

 街を歩く者たちとは異なる、黒味の強い肌に彫りの深い顔立ち。

 何より、呪術師たちが好んで被る白のターバン。

 見るからに怪しげな店主と思しき男が、陽気に声をかけて来たのだった――。


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