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最強魔王様の日本グルメ  作者: 至高の飯はTKG
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第三十五話 魔王、おばあちゃんと出会う

「やはり、ビールとは違うな」

「まだ再現ならず、ですか」

「ぬるい、酒精もキレも足りぬ」


 ガラスの器になみなみと注がれた金色の液体。

 それを手で揺らしながら、魔王は少し不満げに言う。

 配下の醸造職人たちによって試作させた、新式のエール。

 責任者曰く「ビールと遜色のない出来」とのことだったが、いざ口にしてみるとまったく及んではいなかった。

 酒精の強さやのど越しの良さなどが、ほとんど再現されていない。


「これでも、魔界最高と言われる職人たちを徴用したのですが……やはり難しいですね」

「ううむ……この調子では、あと数十年はかかるぞ」

「職人たちには、後で発破をかけておきます」

「頼む」


 胸に手を当て、サッと頭を下げるニスロク。

 魔王はやれやれと息をつくと、椅子の背もたれに深く寄り掛かった。


「仕方ない、しばらくは向こうへ行って調達するしかないな」

「ええ。今度はダイコクをお願いします。あれが一番好きなので」


 サラリと買ってくるビールの銘柄を指定するニスロク。

 魔王の相伴に預かるうちに、彼女もすっかりビール通である。

 ――酔わせるとろくなことにならないから、あまり飲ませたくはないのだが……。

 いつぞやの痴態を思い出した魔王は、ふっと息をつく。


「分かった、ダイコクを買って来よう」

「ありがとうございます」

「では、そうと決まったところで参るか」


 軽く首を回すと、魔王はゆるゆると椅子から立ち上がった。

 そして、薬指にはめた指輪を高々と掲げる。

 魔力が高まり、見る見るうちに渦を為した。


「ここ最近は、若菜の居る街へばかり出かけていたな……」


 そうつぶやくと、魔王は指輪に掛けていた術式の一つを解除した。

 若菜に渡しておいた魔石の周囲へと向かうようにセットする、制御術式である。

 これで、異世界のどこへ飛んでいくのか分からない。

 魔王は口元を軽く歪めると、さらに魔力を込める。

 その途端、彼の身体は白い光となって消えるのだった――。




「なるほど。そう来たか」


 異世界へとたどり着いた魔王は、周囲を見渡して腕組みをした。

 見事なほどに何もない。

 なだらかな稜線を描く山並み。

 その麓に広がる青々とした田園地帯。

 見渡す限り緑一色で、細いあぜ道だけが申し訳程度に茶色だ。

 

「これは、少し失敗したかもしれぬな」


 あまりに人気のない様子に、魔王は軽く肩をすくめた。

 ここまで田舎に出てきてしまったことは、今までで初めてのことである。

 はてさて、どうしたものか。

 どちらに町があるのかさえも良く分からないので、魔王は適当に歩き出してみる。


「おお!」


 歩くこと数分。

 田の真ん中に建つ一軒家が見えてきた。

 魔王の歩がにわかに早まる。

 店ではないが、家の者に尋ねればどこに店があるのかぐらいは分かるはずだ。


「すまぬ、誰かおらぬか?」


 家の前にたどり着いた魔王は、ダンダンッと戸を叩いた。

 そうしてしばらく待つが、反応は特に返ってこない。

 けれど感覚を高めてみると、家の中には確かに人間の気配があった。

 もしや、無視されているのだろうか?

 魔王はもう一度、先ほどよりも力を入れて戸を叩く。


「誰か、誰かおらぬのか!」

「……あんれ? お客さんかえ?」


 声を張り上げると、ようやく中からどこかとぼけたような返事がした。

 やがてバタンバタンッと巨人が歩くようなゆっくりした足音が聞こえてくる。

 不規則でどこか危なっかしいそれに、魔王はやれやれと顎をさする。

 声からも何となく察しはついたが、この家の住民はかなりの高齢者のようだ。


「あれま! 外人さんかい!」


 戸が開かれると同時に、素っ頓狂な声が響く。

 中から現れた老婆は、魔王の顔を見るや否や腰を抜かした。

 ――もしや、我の正体がばれたのか?

 驚いた魔王はササッと額の角へと手をやって隠す。

 人間からは見えないはずのそれだが、万が一があるかもしれない。

 すると老婆は、恐る恐ると言った様子で魔王に近づく。


「あんた、頭が痛くて困ってるのかえ?」

「や、そういう訳ではないのだが」

「じゃあ、何で頭を押さえてるんだい?」

「……うむ、頭が痛いのだ」


 何とも、間の抜けた問答だった。

 しかし、老婆は特に怪しんだ様子はない。

 外人だから日本語が不自由なんだろうと、魔王にとって実に都合よく考えたようだった。


「やっぱりそうかい! それなら、うちで休んでいくと良いよ。ちょうどね、そういうのに効くのがちょうどあるから!」

「別にそういうものは欲しくないぞ」

「いいからいいから! 若い者が遠慮してるんじゃないよ! 日本にはね、助け合いの精神ってのがあるんだ! 困ったときはお互い様だよ!」

「だから、我はだな――」


 戸惑う魔王だったが、老婆の勢いはそう簡単には止まらなかった。

 彼女は小柄な体でいつの間にか魔王の後ろへと回り込むと、さあさあと背中を押し始める。

 魔王はその勢いに圧倒され、仕方なく玄関を上がる。


「ちょっと待っておくれ! 靴を脱ぐんだよ!」

「ああ、そう言えばそうだったな」


 若菜に言われたことを思い出し、うなずく魔王。

 靴を脱いだ彼は、そのまま老婆に背を押されて奥の部屋へと通された。

 ザラザラと音のする引き戸を開くと、たちまち座布団とちゃぶ台のセットが目に飛び込む。


「さ、座っておくれ」

「うむ」


 わずかにためらいながらも、座布団に腰を下ろす魔王。

 ふわふわとした感触が落ち着かず、そのまましばらくもぞもぞと動いてしまう。

 そうして居ると、老婆は奥の部屋から大きな瓶を持ってくる。


「ほーれ、スズメバチ酒だよ」


 魔王の前にドンッと置かれた大瓶。

 透明なその中には、おびただしいほどの虫が浮いていた――!


久しぶりになってしまいましたが、更新です!

無事に『最強魔王様の日本グルメ 北の美味いもの巡り』も出版することが出来ました。

WEB版も、これから週一回をめどに更新していきたいと思います。

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