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最強魔王様の日本グルメ  作者: 至高の飯はTKG
33/36

第三十三話 魔王、氷を調達する

「……どういうことなのだ」


 老人の予想外の告白に、魔王は表情をこわばらせた。

 彼の身体が、にわかに剣呑な気配を纏う。

 その鋭い目つきに、老人は身を震わせながらも答えた。


「地球温暖化、という奴かのう。大倉山のあたりも、今はすっかり暖かくなってしまいましてな。氷室の氷が夏まで持たなくなってきてしまったのじゃ」

「だったら、氷室じゃなくて冷凍庫にでも入れておけばいいんじゃないかな?」

「そういうわけにもいかんのじゃ。長いこと冷凍庫を使うとな、氷の表面が少しずつ溶けてはまた凍り直すと言うことを繰り返すのじゃよ。そうすると、どうしたって味が落ちてしまう」

「なるほど。自然のままじゃないとダメなんだ……」


 顎に手を押し当てると、少し難しい顔をする若菜。

 魔王は身を乗り出すと、尋ねる。


「どこかに氷は残っていないのか? 氷室がダメならば、洞窟などはどうか?」

「そうじゃのう……。あるいは、黄泉よみ窟なら残っておるかもしれんな」

「ほう。それはどこにあるのだ?」

「大蔵山のちょうど、頂上付近に入口がありますじゃ。恐ろしく寒い洞窟でのう、あまりの寒さゆえに黄泉の国へと通じると言われておる」


 声を低め、おどろおどろしい気配を醸し出しながら語る老人。

 その表情の迫力に、若菜が声を引きつらせて言う。


「き、聞いたことある! 洞窟の奥から冷たい風が吹き抜けて、鳴き声みたいな音がするんだよね……?」

「そうじゃ。伝説では、黄泉の亡者が仲間を求めて呻いておるのじゃという」

「うわぁ……怖いなあ。話を聞くだけで、鳥肌が立っちゃう」

「亡者か。そういえば、冥府の女王は元気にしておったかな……? 最近、便りが来ておらぬが……」


 若菜が震える隣で、魔王はひどく呑気な顔でつぶやいた。

 冥府の女王と魔王は旧知の間柄。

 冥府に蠢く亡者たちとて、彼にしてみれば知り合いの僕でしかない。

 何も恐れることなどないのだ。


「よし、そこへ参るとしよう」

「ちょ、ちょっと! 今の話を聞いていなかったの、危ないよ!」

「問題ない。それに、女王と久しぶりに話をしたいところでもあるからな。ついでだ、ちょうど良い」

「え、ええ!?」

「おい、黄泉窟は本当に危険じゃぞ!? 噂はともかく、完全に真っ暗な洞窟が数キロも続くのじゃ! 素人が入って戻ってこれる場所ではない!」


 唾を飛ばし、入れ歯が外れんばかりの強い口調で忠告する老人。

 その額には血管が浮き、ただならぬ眼光を放っていた。

 しかし、その程度でどうこうする魔王ではない。


「安心するが良い。これでも、迷宮を踏破したこともあるのでな。では、行って参る!」

「まっ――」


 若菜の制止を聞かないうちに、魔王はスッと立ち上がってしまった。

 その動き、まさに風のごとし。

 瞬く間に視界から消え去り、奥の通用口から外へ飛び出してしまう。

 彼の背中を見送った若菜と老人は、やれやれと顔を見合わせる。


「……場所、聞かずに行っちゃったね? どうするんだろ」

「そういう問題かのう。何か違うような気がするが……」

「ううん、そういう問題だよ。だって、場所が分からなかったら辿り付けないでしょ?」

「……それは、そうなんじゃがの」


 老人のどこか困ったような声が、薄暗い店の中に響いたのだった――。





「……ホントに行っちゃったのかなあ」


 ちゃぶ台にもたれかかりながら、ぼんやりとつぶやく若菜。

 鴨居の上の時計を見やれば、時刻は午後三時過ぎ。

 若菜と魔王がこの店に来て、かれこれ一時間ほどが過ぎていた。


「大丈夫じゃろう。大倉山までは五十キロ近くもある。途中で引き返してくるじゃろうて」

「そうだと良いんだけどな。あの人、変なところで行動力があるから」


 虚空を見やると、若菜はかつての魔王の行動を思い出す。

 自由業さんを相手に一発かましてみたり、回転寿司屋で抜刀したり……。

 とかく、ハチャメチャである。

 そんな魔王ならば、何の準備もせずに洞窟へ突入したところで不思議ではなかった。

 何より、彼は地球外生命体なのだから。


「やっぱり、気になるなあ。ちょっと、外を見てくる!」

「それなら、わしも行こう」


 揃って席を立った二人は、そのまま通用口から外へと出た。

 するとここで――予期せぬ人物が現れる。


「あら、兵次郎さん」

「お、おトキさん……!」


 日傘を差したおトキの姿に、思わず言葉を詰まらせる兵次郎。

 こんなところでばったり出会うとは、いかなる巡り合わせであろう。

 彼は思わず背中をのけぞらせるものの、すぐさまわざとらしく腰を曲げる。


「やあ……元気かの」

「ええ、おかげさまで。兵次郎さんの方こそ、腰はいかがですか?」

「何とかの。動けるくらいには回復したわい」

「そうですか。それは良かった」


 柔らかに微笑むおトキ。

 その笑顔に兵次郎の頬は赤くなり、わずかに鼻の下が伸びる。

 彼の横に立った若菜は、年甲斐もなく初々しい様子にたまらず噴き出しそうになってしまう。


「おじいちゃん……若いねえ」

「う、うるさい! 年寄りをからかうものではないわ!」

「あら若菜ちゃん? こんなところで会うなんて、珍しいわねえ」

「ええ、ちょっと。通りがかりで……ははは!」


 笑って誤魔化す若菜。

 本来の目的はそれとはまったく別のところにあるのだが、ここで言うわけにも行かない。

 この場に魔王が居ないことが、不幸中の幸いだった。


「しかし、おトキさん。何でこんなところへ? 店はどうしたんだい?」

「……それがねえ。やっぱり、どうしても兵次郎さんの用意してくれる氷じゃなきゃダメだと思ってね? 私も手伝うから、何とか氷を運び出せないかお願いしようかと」

「そ、そういうことかい。だがな、氷を運び出すのはちょっと無理なんじゃよ」

「どうしてです? 二人なら何とか、なるんじゃありません?」

「そ、そういう問題でもなくてのう……!」


 露骨に視線を逸らす兵次郎。

 彼の様子に何か胡散臭いものを感じたおトキは、にわかに眼を細める。

 そして、ゆっくりと兵次郎に詰め寄って彼の顔を見上げた。


「兵次郎さん、何か隠していませんか?」

「な、なにを言うておるのじゃ?」

「口の端が、変に歪んでますよ。兵次郎さんが嘘をつくときの癖です」

「そんなことはない! だいたい、わしにそんな癖なんてなかったはずじゃ!」

「いいえありますよ、兵次郎さんは昔から――」

「そこまでそこまで! 道の真ん中で、言い争いなんてよくないよ!」


 とっさに、二人の間に割って入る若菜。

 すると二人は、間に入ってきた若菜の顔を揃って見やる。


「若菜ちゃん、あなたからも言ってやってちょうだい! この人、絶対に何かを隠してるわ!」

「そっちこそ! 変なことは言わんでくれと、言ってやってくれ!」

「え、ええ!?」

「若菜ちゃんッ!!」

「あー、もう……!!」


 頭を抱える若菜。

 いったい、どっちの味方に付けばいいと言うのか。

 兵次郎に助け舟を出しても良いが、勘の良さそうなおトキのことである。

 ここで若菜が擁護をすれば、たちまちその不自然さを見破ることであろう。

 かといって、おトキの味方をして兵次郎を追い詰めるという訳にもいかない。

 まさに八方塞がりだ。


「えっと…………ん?」

「どうした?」

「あの人……前にお店に来た人かしら?」


 そう言って、おトキさんが見やった先にはマント姿の魔王が立っていた。

 だが、少しばかり様子がおかしい。

 いつもは風をはらんでいるはずのマントが重く、髪もじっとりと濡れている。

 大地を踏みしめた靴からは水がしみ出し、渇いた道路に黒い黒い足跡を形作っていた。


「ど、どうしたの!? そのかっこ!」

「氷を取る時に、少し欠片を被ってしまってな。それが溶けてこのざまだ」

「氷? 兵次郎さん、まさかあなた……この人に氷を取りに行かせたのかい?」

「まあ……そういうことだな、うん」

「なかなか氷が見つからなくてな。洞窟の奥まで行っていたので、少し時間がかかってしまった」

「洞窟……まさか!」


 ハッとした表情で、口元を抑えるおトキ。

 彼女はすぐさま兵次郎の方へと振り向くと、キッと刺すような眼で睨みつけた。

 その表情の険しさに、兵次郎はたまらず冷や汗をかく。


「わしはもちろん、止めようとしたんじゃがの? こっちの言うことも聞かずに、出て行ってしまったのじゃ!」

「馬鹿ッ! そういう時は、かじりついてでも止めるんですよ!」

「そう言われてものう、出て行ってしまったものは――」

「何やら取り込み中のようだが、これで足りるか?」

「のわッ!?」


 いつの間にか、魔王が巨大な氷塊を抱えていた。

 彼の頭の軽く三倍ほどは大きさがありそうである。

 どこからともなく現れたそれに、三人は揃って腰を抜かしてしまう。


「あ、あなた! それをどこから!」

「道具袋からだが」


 魔王は懐から袋を取り出すと、ひらひらと揺らして見せる。

 人差し指につままれたその袋は、せいぜい小銭袋ぐらいのサイズである。

 どこをどう頑張っても、いま彼が抱えている氷塊とは大きさが釣り合っていない。


「え、その袋……小さすぎませんか?」

「明らかに、のう……」

「あ、ああ! その袋はさ、折り畳まれたゴムで出来てるんだよ! だから伸び縮みがするんだ! 見えなかったのは、マントの陰に隠してたからだよね!?」

「む、別にそのようなわけでは――」

「だよねッ!!!!」

「……そうだな」


 若菜のあまりの勢いに、仕方なくうなずく魔王。

 彼は意外と、空気の読める男であった。


「そんなことより、氷が手に入ったよ! やることは一つしかない! かき氷の時間だッ!」

「……そうじゃの。わしも、久々におトキさんのかき氷が食べたいわい」

「分かりました。じゃあ、その氷をもって店まで行きましょ。保冷ケース、すぐ使えるのあります?」

「もちろん、商売道具じゃぞ!」


 店の中へとすっ飛んでいく兵次郎。

 やがて彼が持ちだして来た業務用の保冷ケースに、魔王は氷を一杯に詰めたのであった――。




「はーい、お待たせしました!」

「おおッ! 今年も旨そうじゃのう」

「いいねえ。器を持った時の冷たさが違う気がする!」

「うむ。氷の光り方が、少し違うな……」


 大きなガラスの器に、たっぷりと盛られた宇治金時。

 その並び立つ緑の山々を前にして、皆、興奮を隠しきれなかった。

 魔王が洞窟の奥より入手してきた、天然氷で造られたかき氷。

 いかなる味がするのか、想像するだけでよだれが出てきてしまう。


「たっくさんありますから、遠慮せずにどんどん食べてくださいね!」

「はーいッ!!」

「では……いっただきまーっすッ!!」


 掛け声に遅れて、各々のスプーンが山を削る。

 シャリッと何とも心地よい音がした。

 すぐさまそれを口へと運ぶと、魔王たちは揃って味わいの違いに驚嘆する。


「ほわ……何だか優しい味だ」

「うむ、これが温度の違いという奴なのであろうな。舌が冷え過ぎぬ故、よりハッキリと味を感じられるぞ」

「これじゃよ、これが宇治庵の宇治金時じゃ!」

「うん! これなら、いくらでも食べられちゃいそう。控えめな甘さが、ホント最高だね!」

「そうだな。この間よりやや甘みを強く感じるが、これが本来の味わいであったか」


 氷を飲み込むと、しみじみした様子でうなずく魔王。

 この間のかき氷も決してまずくはなかったのだが、やはり今回は格別だ。

 冷たさによって抑えられていた甘みが解放され、口をたっぷりと満たしている。

 その濃厚さと言ったら、以前食したケーキをも上回るほどであった。

 それでいて、抹茶の香りが爽やかで不快にはならない。

 計算されつくした味付けだ。


「うーんッ! たくさん食べてもキーンとしないッ!」

「それが天然氷の特徴だからのう」

「おばあちゃん、もう一杯!」

「これ、そんなに食べては腹を壊してしまうぞい?」

「平気だよ!」

「うむ、せっかくだ。我ももう一杯頂こう!」

「そなたら、少しは遠慮というものをだな……」

「いいじゃん、あんなにでっかい氷があるんだし!」


 厨房の奥に鎮座する巨大な氷塊を見やりながら、若菜が言う。

 店を営業するには足らないが、三人で食すにはあまりにも量があった。

 腹いっぱいに食べたところで、半分もへらないぐらいであろう。

 だがここで、兵次郎は不意に顔を曇らせて悲しげな表情をする。


「そうじゃのう。本来ならば、わしがあれぐらい用意せねばならぬのじゃが……」

「あはは、そう言えば……そっか」

「いいじゃありませんか。また来年になったら、たっぷりと用意してください。待ってますから」

「…………そのことなんだがの」


 微笑むおトキに対し、兵次郎はいよいよ意を決して低い声で切り出した。

 こうなってしまっては、誤魔化すのも限界。

 いい加減、事実を伝えなければならなかったのだ。

 だがここで――。


「察しはついてますよ。氷、来年も手に入らないんでしょう?」

「ど、どうしてそれを!」

「だいたい見当は付きますよ。それに、腰が痛い人がどうやってシャッターを閉めたり開けたりできるんです? この間、シャッターを開けて掃除をしているのを見ましたよ」

「しまった……見られておったのか!」

「早朝だからって、不用心すぎましたよ」


 笑いながら、軽くたしなめるように言うおトキ。

 兵次郎は恥ずかしさのあまり、背中を丸くして身を小さくする。

 そして、すぐさま彼女に向かって深々と頭を下げた。


「嘘をついて、本当に済まなんだ! 山が温かくなってしまってのう、氷が夏まで持たなくなってしまったのじゃ……!」

「まあ、そういうことでしたか」

「すまん、本当はすぐにいうべきじゃったのだがな。おトキさんが、わしの氷を楽しみに待っていると思うとつい……言い出せなくてのう」

「まあまあ、兵次郎さんのせいじゃないんだから素直に言ってくれればよかったのに。しかし、困りましたねえ。氷が手に入らないとなると、お店はもう……」


 おトキはひとしきり店内を見渡すと、大きなため息をついた。

 長年に渡り続けてきた店を、自分の代で閉めることになるとは。

 やむを得ない事情とはいえ、彼女の胸の内はやるせない気持ちでいっぱいだった。

 もし周りに人が居なければ、すぐに泣き出してしまってもおかしくない心持ちである。

 だがここで、魔王が言う。


「それならば問題ない」

「え?」

「洞窟の奥で、氷精と出会ってな。かなり弱っておったので、我の魔力を軽く与えて来た。今後百年は、元気に山を冷やしてくれるであろう」

「氷精……?」

「あーあー! 気にしないで! この人、日本語を良く知らなくてたまに変なこと言っちゃうだけだからッ!!」


 無理やりに話を打ち切った若菜は、そのまま魔王の手を握った。

 そして彼の身体を引っ張ると、背中に手を回して無理やりに頭を下げさせる。


「じゃあ失礼しました! 私たちは、もう帰りますので!」

「おい、我はまだ食べ足りぬぞ!」

「もう、しれっと三杯も食べてるじゃん! これ以上、厄介なことにならないうちに行くよ!」

「むむッ!!」


 抵抗する魔王を引っ張り、店を出ていく若菜。

 慌ただしい二人の背中を見送ったおトキと兵次郎は、呆気にとられた顔をしてつぶやく。


「行っちゃいましたねえ……」

「ああ。葵さんちの若菜ちゃんはともかく、あの男はいったい誰だったんだろうな?」

「さあ。でも、なかなかにロマンチックな方でしたね。氷精に会ったなんて」

「よせいやい、子どもじゃあるまいし」

「でも、一度様子を見に行ってみてはいかがです? ひょっとしたら、ひょっとするかもしれませんよ?」

「それはそうだな。よし、一度行ってみるとするかのう!」


 この数日後。

 時季外れの寒さに見舞われた兵次郎が風邪を引いて寝込み、おトキの手厚い看病を受けたというのはまた別の話である――。


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