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最強魔王様の日本グルメ  作者: 至高の飯はTKG
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第三十一話 氷屋の老人

「ここか?」

「えーっと……」


 数日後。

 魔王と若菜は揃って、件の氷屋を目指して出かけていた。

 やがてとある建物の前で立ち止まった彼らは、すかさず、老婆から貰った地図を取り出す。


「うん、ここであってるよ。看板は……文字が擦れちゃってて読めないや」


 年月を経て、すっかり白一色になってしまったらしいトタンの看板。

 まるで意味をなしていないそれにため息をつくと、若菜は「どうする?」とばかりに魔王の方を見やった。

 すると魔王は、仕方ないとばかりに前に進み出て、シャッターを叩く。


「誰かおらぬのか? 客だ!」


 魔王の手が触れた瞬間、さながら布きれのようにたわむシャッター。

 本人的には軽くたたいたつもりであったが、魔王の軽くは人間の全力よりも遥かに強かった。

 ぐわんっと、地鳴りのような音があたりに轟く。


「ちょっと! やりすぎやりすぎッ!!」

「思った以上に、この扉が柔らかかったのでな。ただの一枚板ではないのか……」

「シャッターを柔らかいなんて言う人、宇宙人さんぐらいだよ! もうッ!」

「いや、すまなかった」

「宇宙人さんはいつもこうだよ! まったく、そろそろ常識ってものをだね――」

 

 魔王の額にピンっと人差し指を立てると、若菜はお説教を始めた。

 ――最近、ニスロクに似て来たな。

 膨れる若菜の顔を見ながら、魔王は漫然とそんな考えを巡らせる。

 言葉遣いこそあまり似ていないが、声の抑揚のつけ方などがそっくりだ。


「……っと、これぐらいにして。うーん、こりゃダメかな」


 しばらくして、つぶやく若菜。

 ふと時計に目をやれば、かれこれここについてから五分ほどが経過していた。

 中に人が居るならば、とっくに出てきているはずである。


「そろそろ帰る? 反応ないし」

「ううむ、だが我はもう少し待つぞ」

「えー? 待ったところで誰も出てこないと思うけどなー」

「そんなことはない。確かに人の気を感じるからな。もうそろそろ、来るはずだ」

「気って、それはなあ……」


 やれやれと肩をすくめる若菜。

 気などという非科学的なものを、彼女が認められるわけがない。

 なにせ、魔王を宇宙人と認識しているほどである。

 しかし、その呆れ顔はすぐさま驚きの表情へと変わる。


「誰だい? さっきからうるさいのは」

「わ、ホントに出て来た!」

「だから言ったであろう」


 シャッターを少し巻き上げ、老人が顔を覗かせた。

 宇治庵の老婆の言う通り、腰を悪くしているのであろう。

 杖をついて、ずいぶんヨタヨタとしてしまっている。

 しかし声には張りがあり、眼には若者にも負けないほどの光が宿っていた。


「あんたたち、何の用だい。ずいぶん騒々しいな」

「宇治庵の店主に、紹介してもらってな。少し話がしたい」

「紹介? おトキさんからかい?」

「ええ、まあ……」


 苦笑する若菜。

 紹介してもらったというよりは、紹介させたと言った方がよっぽど正しい状態であったからだ。

 そんな若菜の表情に老人は眉をひそめつつも、軽く手招きをする。


「入りなされ。どういう訳かは知らんが、茶ぐらいは出すぞい」

「ありがとうございます!」

「うむ、ではお言葉に甘えて」


 シャッターを潜ると、途端にカビのような臭いが鼻を突いた。

 澱んだ空気はかなり埃っぽく、たまらず若菜の口から咳が漏れる。

 

「こほッ!」

「すまんのう。最近、シャッターを閉じ切っておるから空気がこもってしまってな」

「あはは、何とか大丈夫です……」

「そうかい、ならばよいのじゃが」


 老人に案内されて部屋の奥へと向かうと、一段高くなったスペースがあった。

 畳が敷き詰められたそこは、普段から老人の生活空間として利用されているようである。

 簡素ながらもテーブルと座布団が置いてあり、確かな生活感があった。

 老人は座布団を二人に勧めると、自身は台所へと向かう。


「少し待っていてくれ。いま、麦茶を出す」

「はーい!」

「む、これは……」


 始めて見る座布団に、戸惑いを隠せない魔王。

 魔界はイスとテーブルの文化であり、床に座るなどと言うことはあり得ないのだ。

 利用法は大体の見当がついても、いざ腰を下ろすとなると気が引けてしまう。


「どうしたの?」

「いや、このようなものを初めて見たのでな」

「あー、座布団はうちにはなかったからね。珍しいんだ。ま、楽に座ればいいと思うよ」

「うむ……」


 若菜に促され、そろそろと座布団に座る魔王。

 あぐらをかいた膝が柔らかな布に包まれるのは、まったくもって未知の感覚であった。

 気分が悪いわけではないが、ふわふわとしてどことなく落ち着かない。

 自然と、視線がきょろきょろと周囲を見渡してしまう。

 やがてお盆を手に戻ってきた老人は、そんな魔王の様子に思わず苦笑した。


「お客さん、外人さんなのかい?」

「だいたい、そんなところだな。厳密には少し違うのだが」

「やっぱり。そんな人が、どうしてまた?」

「うむ。実は、そなたに氷を用意してほしいのだ。宇治庵の店主から、天然氷で造ったかき氷は格別だと聞いたのでな。どうしても食したいのだ」

「なるほど」


 そう言うと、老人は若菜と魔王に麦茶の入ったコップを手渡し、ゆるりと腰を下ろした。

 たちまち、彼の眉間に深いしわが刻まれる。


「見ての通り、わしは腰を悪くしておりましてな。この状態で、重い氷を運ぶなどとてもとても」

「それもそうだな。ならば――」


 魔王は不意に立ち上がると、老人の後ろへと回り込んだ。

 そして、彼の腰に向かっていきなり手を伸ばす。


「ちょ、ちょっと! おじいさんに何するの!」

「言っておくが、わしには財産なんてこれっぽちもないぞ!」

「……おかしいな」

「な、何がじゃ!」

「そなたの腰から、病の気がまったく感じられぬ。そなた、本当に腰を悪くしておるのか?」


 にわかに鋭くなる魔王の瞳。

 冷たく突き刺さるようなその眼差しに、老人の背筋がにわかに強張る。

 彼は重々しい動きで魔王の方へと振り返ると、唇を震わせる。


「どうしてそんなことを?」

「だから、言ったであろう。病の気がないと。体を悪くしておると、気や魔力の流れが滞るからな。一発でわかる」

「気? 魔力?」

「あ、ああ! この人はね、そういうことを信じてる国の出身なの! アーメンッ!!」


 ワーワーと声を立てて、何とか誤魔化そうとする若菜。

 魔王の正体――若菜は彼のことを宇宙人だと思っている――がばれたら、一大事である。

 平和な阿野町に、NASAやら工作員やら乗りこんでくるかもしれない。


「と、とにかく! この人の言ってることなんて、気にしちゃだめだからね!」

「何もそこまで言わずとも――」

「ややこしくなるから、黙ってて!」

「む……仕方ないな」


 強い口調で言われて、魔王は仕方なく身を引いて押し黙る。

 そんな彼の様子に、老人はふうっと息を吐いた。


「やれやれ……。ささ、麦茶を飲むと良い。氷が溶けて温くなってしまうぞい」

「はーい! 私、麦茶大好きッ!」

「ひとまず、我も飲むとしようか」


 二人はすっかり汗をかいてしまっているコップを手にすると、ゆっくり傾けた。

 琥珀色をした液体がとくとくと喉を通り越していく。

 たちまち、雪解け水を思わせるような冷たく爽やかな味わいが彼らの全身を満たした。

 ――これは、水の味だな。

 魔王はとっさに、この飲み物の味の秘密を悟った。

 何よりもまず、旨い水を使って作られているのである。

 全身に染みわたるようなこの味わいは、魔界の水を使ったのではおよそあり得ないものだ。


「おいしい! こんなにおいしい麦茶、初めてかも!」

「ずいぶん良い水を使って居るな。どこの水だ?」

「大倉山の湧水さ。名水中の名水、樽に入れておいても百年腐らないとまで言われているんじゃよ」

「すっご!」

「そうじゃろう? うちの天然氷は、その大倉山の水が一冬かけて凍って出来た代物なんじゃ。そこらの氷とは、一味も二味も違うぞい」


 瞳を輝かせ、心底得意げに笑う老人。

 その話を聞いて、魔王と若菜はますます天然氷で造ったかき氷が食べたくなる。

 麦茶がこれほど旨いのだ。

 水の味わいを直に楽しめるかき氷がどれほど旨いのかは、想像に難くない。


「よし、決めたぞ。そなたが取りに行けぬと言うのであれば、我が自ら取りに行こうではないか」

「お、お前さんが!?」

「そうだ。ついでに、そなたが仕事に使う分も持って来てやろう。さ、氷室の場所を教えてくれ」

「それは……駄目じゃ」

「どうして? 別に私たち、氷を盗んだりなんてしないよ! 売れないし!」

「それを心配しておるわけじゃないんじゃないんじゃ。ただ……」

「ただ?」


 言い澱む老人。

 若菜は思わずテーブルに身を乗り出すと、彼の額に顔を近づける。

 老人の眉が、情けなくもハの字に曲がった。

 やがて――


「実はのう、大倉山の天然氷はもう存在しないんじゃ。隠しておって、悪かったのう……」


 老人の力ない声が、薄暗い室内に響いた――。


いよいよ、最強魔王様の日本グルメの発売が迫ってまいりました!

早いところでは、もうすでに書店に並んでいるかもしれません。


今作を書籍化するにあたっては、大幅な加筆修正を施しました。

エピソードの四割弱が新しく作ったものです。

初期のエピソードからやや軸がずれてきてしまったWEB版の反省なども踏まえ、書籍版は魔王様の食べ歩きというテーマで一貫しております。

若菜と魔王が出会う前の雰囲気で統一したと言ったところでしょうか。


WEB版から一新された「最強魔王様の日本グルメ」を、是非ともよろしくお願いいたします。

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