第二十九話 戦隊ヒーローとかき氷
「……はっはっは! これで阿野町商店街は我がものだ!」
商店街の端に設置された特設ステージにて。
白衣を翻しながら、金色の仮面をつけた博士が高らかに宣言する。
その手には、阿野町名産の絹ごし豆腐を高野豆腐へと変えてしまう悪魔の赤いスイッチが握られていた。
瞳に浮かぶ狂気の笑みとその恐るべき計画に、集まった子供たちは皆震え上がる。
だがその時――
「そこまでだ、ドクター・モメンッ!!」
ステージの端に、颯爽と五人の戦士が現れる。
色とりどりの全身タイツを纏った彼らは、高笑いをするドクター・モメンの前に敢然と立ちはだかった。
「我ら、アノンジャー! 阿野町商店街の平和を守るため、ただいま参上ッ!!」
火薬――ではなくクラッカーがさく裂し、紙吹雪が舞う。
待ってましたの声が、観客席のあちこちから上がった。
それに応じて、リーダーであるレッドが高らかに口上を述べる。
「絹ごし豆腐を高野豆腐に変えてしまおうなどと言う貴様のたくらみ、我ら五人が絶対に許さんぞ! 町の平和のため、大人しく裁きを受けるがいい!」
「誰が! 元はと言えば、箸ですくえない絹ごし豆腐が悪いのだ! 者ども、やってしまえッ!!」
「キーッ!!」
どこかで見たような、あまりオリジナリティのない黒タイツの集団が現れる。
彼らは一斉に槍のような武器を高く構えた。
襲い来る敵に、すかさずヒーロー側も応戦する。
「いくぞ、みんな!」
「おうッ!!」
たちまちはじまる大乱闘。
ここが、このショーで最大の見せ場である。
敵も味方も、ここぞとばかりに派手な立ち回りを演じて見せる。
その中にあってひとり、飛び抜けた技量の殺陣を披露する者があった。
いつもと体型が少しだけ違う、ブルーである。
「せやッ! とうッ!」
「あばッ!」
「のべばッ!!」
プラスチックの剣が、ビュンッとらしくない風切音を立てる。
それと同時に、悪の戦闘員たちがド派手にぶっ飛んで行った。
場末の商店街のそのまた端っこで披露される、低予算のご当地ヒーローショーとは思えないクオリティ。
ハリウッドでも通用しそうなそれに、通りがかりの商店主たちまでもが熱狂する。
「うちの商店街もやるなあ!」
「ありゃ、どこかの売れない舞台俳優さんとかかな?」
「いいや、あの動きの良さはスタントマンとかじゃないか? 金をかけて、どこか一流どころの人でも雇ったんじゃないかね」
「おいおい、我らがシャッター通りにそんな金あるのか?」
「でもよ、明らかに素人の動きじゃないぜ」
そう言っている間にも、戦闘員たちはみるみる吹っ飛ばされていく。
やがて一人取り残されたドクター・モメンは、自ら巨大なピコピコハンマーを手にした。
彼はそれを高々と掲げると、気迫のこもった叫びをあげる。
「こうなっては仕方がない! 私自ら、この『ウルトラギガントシャイニングハンマー』で叩き潰してくれるわァ!!」
アノンジャーたちの頭上を目がけて、思いっきり振り落とされるハンマー。
プラスチックのピコピコハンマーとはいえ、大きさが大きさである。
勢いよく叩かれれば、その威力は相当のものがある――はずなのだが。
「おおッ!」
「指一本……!」
前に出たブルーが、巨大ピコピコハンマーを指一本で止めていた。
ドクターモメンは顔を真っ赤にして力を籠めるものの、ブルーは余裕たっぷりと言った様子で軽々と押し返す。
なんと人間離れした怪力!
ブルーのもはや演技とすら思えぬ超人ぶりに、会場はますますヒートアップする。
「クソ、我がハンマーが効かぬとは! おのれえェ!!」
「今だ! みんなの力を合わせて、奴を倒すぞ!!」
ヒーローたちの背後から現れる、巨大な大砲のようなもの。
五人はその脇に立つと「そいや!」と念を込め始める。
やがて大砲の脇に備えられたゲージが満タンになったところで、ポーンッと景気よく紙テープが飛んだ。
その勢いに押されるかのように、ドクターモメンは舞台端へと退場してく。
「おのれ、アノンジャー! 覚えていろよッ!」
「どうだ、正義と友情は必ず勝つのだッ!! わっはっはッ!!」
「正義は勝つッ!」
声をそろえて叫ぶ五人。
それに続いて、会場の子どもたちもまた大歓声を上げる。
アノンジャー誕生から二年、今日はその歴史の中でも最も成功したステージであった――。
「……やれやれ変に疲れたな」
「お疲れ様ッ! いやー、凄かったよ! さすがは宇宙人さん!」
ステージ終わりの楽屋裏。
青いヘルメットを外した魔王に、すかさず若菜が話しかける。
すると魔王は、いつになく不満そうな顔で彼女を見やった。
パーティーで資金を使い果たしたため、やむなく若菜の紹介で仕事を始めたのだが――流石にこれは納得がいかない。
「金になれば何でもよいとは言ったが……これはあまりにもな。他に何かなかったのか?」
「えー? ワンステージで五千円だよ! 今時こんな景気の良いバイトないって! だいたい宇宙人さん、いろいろと制約とかきつすぎなんだよね!」
魔王の言い草に、たまらず頬を膨らませる若菜。
連続して居られる時間は、わずかに三時間。
身元不詳で、免許すら所持していない。
そんな怪しすぎる人物に商工会の伝手を辿ってバイトを紹介したのだから、彼女としてはむしろ感謝してほしいぐらいである。
「いや、給金に不満はないのだがな。どうにも性に合わなくてな」
「性に合わないって、事務仕事とかの方が良いってこと? でも、デスクワークのバイトってなかなか――」
「そうではない。体を動かすこと自体は良いのだが、役回りがな。まさか、この我が正義などと口にするとは……!」
そう言うと、愕然とした表情を浮かべる魔王。
こんなところを魔界の者に見られたら、一生――いや、末代に至るまでの恥であった。
魔王にとって正義とは唾棄すべきものであり、本来ならば正義を掲げる者など完膚なきまでに打倒さねばならないのだ。
それをよもや――魔王の顔が青くなり、鳥肌が浮かぶ。
「……あはは、何かよくわからないけどそこ拘るんだ」
「当たり前だ。そこを拘らずにどこを拘る!」
「う、うーん! ……分かった。じゃあ次回から悪役として出させてもらうように交渉するね」
「必ず頼む。必ずだ」
「は、はーい……!」
いつになく真剣な目をする魔王に、思わず表情を強張らせる若菜。
そうしたところで、不意に楽屋の扉が開き、他の出演者たちが中に入ってくる。
「お疲れ様でした! 新人だっていうのに、ホント凄かったですよブルーさん!」
「ホントホント! 私も昔は演劇部でちょっと殺陣をかじったことあるんですけど、あんなの出来ませんって!」
「もしかして、あなた本職さんなの? 山賀さんが腰を痛めた時はどうなるかと思ったけど、アノンジャーもこれでいよいよ人気が出るなあ!」
口々にブルーこと魔王を褒めたたえる四人。
彼らはいずれも、商工会の青年部に属する人たちである。
地方にありがちなことであるが、青年部所属と言っても皆それなりにいい歳をした社会人だ。
普段は商店街やその周辺で働き、空いた時間でご当地ヒーローとしての活動を行っているのである。
「あ、若菜ちゃんも来てたのかい! マスターは元気してるかな?」
「魚屋のおじさん! おかげさまで、何とかやってますよー」
「そうかい、そらよかった! よし、じゃあこれから葵でアイスコーヒーでも――」
「あー、それはちょっとダメ!」
「何でだい? 今日は土曜だから、営業してるだろう?」
「それが……エアコンが故障しちゃって直るまで葵は臨時休業中なんだよね」
申し訳なさそうに、ぽりぽりと後頭部を掻く若菜。
四人はがっかりしたようにため息をつくと、それぞれに腕時計を見やる。
「まだ四時前か。この時間じゃ、酒はどこも無理だな」
「となると……宇治庵なんてどうだい?」
「お、いいねえ! この時期は氷に限るッ!」
「今日はまた暑かったですしなあ!」
そういう四人の身体には、じっとりと汗が浮いていた。
中年の男が炎天下の中、全身タイツを着て戦っていたのである。
脇や背中はもちろんのこと、最近目立ち始めたメタボなお腹にまで汗が溜まっている。
「ブルーさんはどうしますか?」
「良ければ、お茶代ぐらい奢りますよ」
「む? そう言われても、我には『うじあん』とやらがどういう店なのか……」
いきなり話を振られ、戸惑ってしまう魔王。
すかさず若菜が助け舟を出す。
「宇治庵って言うのは、この辺で有名な甘味処だよ! 夏はかき氷専門だけどね!」
「かきごおり? なんだそれは」
「あ、かき氷知らないんだ! かき氷っていうのはね、氷をこまかーくしたのにシロップを掛けた食べ物だよ。甘くて冷たくって、おいしいんだなこれが」
「氷にシロップ? それんなものが本当に旨いのか?」
雪のようなものを食べる自身の姿を想像して、魔王は盛大に首を捻る。
氷にシロップを掛けたところで、薄味であまり旨くなさそうな気がした。
というよりも、溶けてなくなってしまうのではないかと思える。
しかし、心配する魔王の一方で若菜は自信満々だ。
「もちろん、すっごく美味しいよ! 日本の夏はかき氷を食べなきゃ始まらないって言うぐらいなんだから! 氷始めましたって言うのが、夏の合図だからね!」
「む、そうなのか。そなたがそれほど言うのであれば、旨いのであろうな」
「よし、決まり! みんなで宇治庵に行こう!」
「おいおい若菜ちゃん、提案したのは俺だぜ? 勝手に仕切らないでくれよな!」
「もう、大の大人が細かいことを気にしないの。そんなんだから、娘さんに『お父さん嫌い!』って言われちゃうんだよ!」
「うぐおッ!! な、何で我が家のトップシークレットを!?」
動揺する魚屋店主、今年で結婚十八年目。
しかし若菜は、そんな彼の焦りに満ちた言葉を見事に無視して歩き始める。
「楽しみだなー、宇治庵に行くのは久しぶりだよ!」
「意外と、近くにあると行かねえものだからなあ」
「うむ。我もかき氷がいかなる食べ物か、大いに興味がある」
「お、おい!! 置いていくんじゃない!」
若菜に先導され、歩き始める魔王たち一行。
こうして彼らは、涼を求めて甘味処へと向かうのであった――。