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最強魔王様の日本グルメ  作者: 至高の飯はTKG
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第三話 三丁目の巨大スーパー

「大きいな」


 店主に教えてもらった『三丁目のすーぱー』の建物を、感心したような顔で見渡す魔王。

 縦に高い建物は先日見たばかりだが、敷地がこれほど広い建物を見るのはこれが初めてであった。

 横に伸びた長方形の建物が、黒々とした大地の奥に悠然と広がっている。

 さすがに魔王城よりは小さいが、その辺の領主の館などよりはよほど広いだろう。

 さらに建物の前面はほぼすべてガラスで作られていて、魔法が用いられているのか扉がひとりでに開閉している。

 魔界や人間界で作ったならば、どれほどの金を投じたのか分からぬほどの豪壮な建築物だ。


「あの籠を持ち歩くのが決まりか?」


 周りを歩く人間たちは、皆一様に黒い籠を持ち歩いていた。

 魔王は籠が山積みにされた場所へと赴くと、試しに一つ手にしてみる。

 随分と軽い。

 だが、かなり頑丈に造られているようであった。

 植物とも革ともつかない未知の材質で作られたそれは、持ち上げても口の広い四角形を保ったままだ。


「さて、では行くか」


 異界に居られる時間は約三時間。

 すでにこちらへ渡ってから小一時間ほどが過ぎているので、後二時間と言ったところか。

 買い物するには十分な時間だが、あまりもたついていては支障が出る。

 魔王は意を決すると、扉の前に立った。

 たちまち、薄いガラス戸がスライドして道が開かれる。


「人が多いな」


 行き交う人々の多さに、魔王の眼元が歪む。

 あまり大きな町でもないであろうに、どこからこれだけの人間が集まったのか。

 視界に入るだけでも十は軽く超える人影に、辟易してしまう。

 力さえ振るわなければ、魔王を初めとする上級魔族の姿は人とほとんど変わらない。

 それ故にまず正体がばれることはないであろうが、もしもばれてしまったら面倒だ。

 自然と、彼の動きから無駄と音が消えた。


「しかし、広すぎてこれでは何があるのやら……」


 一応、案内板のようなものが棚の上に出ている。

 だが魔王は、この世界の文字を一切理解することができない。

 彼は棚に商品を詰め込む男の姿を見つけると、音もなく近づく。


「そこな男よ。そなた、この店の店員か?」

「ひッ!」


 気配を殺して出現した魔王に、男は変な声を漏らしてしまった。

 背も高く、何より目立つ黒マントを付けた男が、一体どこから現れたというのか。

 男は魔王を不気味に思いつつも、すぐさま笑みを浮かべて頭を下げる。


「は、はい。いらっしゃいませ。そうです、私はこの店の店員です」

「そうか。ならば、ビールを売っている場所は存じておるか?」

「もちろんです。ご案内いたします」

「うむ、感謝する」


 店員に連れられて狭い通路を抜けると、そこは明るい市場の中でもひときわ明るい場所であった。

 冷気を出す魔道具と思しきケースが壁一面に並べられていて、そこに色とりどりの液体が入った薄い瓶が並べられていた。


「この奥がビール売り場です」

「そうか。だが、樽が見当たらぬな。瓶もない……」


 店員がビール売り場だと言った場所には、樽も瓶も置かれていなかった。

 代わりに、短い筒のようなものが無数に並べられている。

 金属で作られているらしいその筒は、魔王の眼には鍛冶の材料か建材のように見えた。


「もしかして、缶ビールをご存じないんですか?」

「カンビール? そんな種類のビールがあるのか?」

「種類というか、何と言いますか……。この缶の中に、ビールが入ってるんですよ」

「これの中にか?」

「はい。よかったら、あっちで試飲をやってるので一度飲んでみたらどうでしょう?」


 そういって店員が示した先には、揃いの青い上着を纏った男女が居た。

 男が声を張り上げて商品の宣伝をし、足を止めた客に女が商品を配っているようだ。

 紙と思しき器に入れられた黄金色の液体が、次々と手渡されていく。


「夕陽ビール、新商品出ました!! ぜひお試しくださーい!」

「おひとついかがですかー!!」

「ほう。どれ、少し飲んでみるか」

「どうぞ!」


 差し出された紙の器。

 いかなる製法によって作られたものなのか、紙だというのにまったく水漏れしていない。

 そのことを不思議に思いつつも、中の液体が温くならないうちに流し込む。

 喉がゴクリと鳴った。


「やや薄口か? だが、爽快だ」


 先日串焼き屋で飲んだビールよりも、麦の味が弱いように感じた。

 甘みもほとんど感じられない。

 しかし、これが悪いわけではなかった。

 サラリとしていてべた付かず、後味をほとんど引かない食感は軽く爽快だ。

 アルコールはきついようだが、これならば何杯でも飲めてしまいそうである。

 好みは分かれそうなところであるが――いずれにせよ、魔王城で日頃から出されているエールとは比べ物にならない。


「実に旨かった。貰うとしよう」

「ありがとうございます!」

「そこの箱に入っておるのだな?」

「はい! こちらのケースです!」


 差し出された箱を、魔王は片手で持ち上げた。

 ひょいっという形容が相応しいほど、軽々と。

 あまりのことに、女は中身の入っていない箱を渡してしまったのかと疑った。

 しかし、空箱は自身の後ろにおいてあり、商品と混ざるはずもない。


「よし、ビールの調達は出来たな。あとはつまみか」


 ――このカンビールとやらは、つまみと合わせてこそ真価を発揮するものだろう。

 魔王にはそんな直感があった。

 彼はいつの間にか作業を再開していた店員を発見すると、尋ねる。


「たびたび済まぬ。この酒に合うようなつまみは、どこに売っておるだろうか?」

「いッ!? あ、ああそれなら……もう一つ向こうのお菓子売り場なんてどうでしょう?」

「お菓子? 菓子がこれに合うのか!?」


 魔王の声が大きくなる。

 彼の常識で菓子といえば、とにかく砂糖を大量に使った甘ったるい物であった。

 そのようなものが、辛口ですっきりとした味わいの酒に合うとは思えない。

 すると店員は、魔王の剣幕に押されつつも言う。


「……え、ええ。柿ピーとかするめとか、いろいろありますよ」

「かきぴー? するめ?」

「知らないのでしたら、両方買ってみたらいかがです? それだけのビールをお買いになるなら、つまみもたくさん要るでしょう?」

「それもそうだな。分かった、案内してくれ」

「かしこまりました」


 店員に案内されるがまま、魔王はお菓子売り場へと赴いた。

 すると何やら、見たことのないような品が大量に並べられている。

 魔王のイメージでは、菓子の入れ物というのは紙で出来ていて、綺麗な模様とリボンがついているのが相場だった。

 しかし、ここにある菓子の包装はそんなものとは全く異なってしまっている。

 何やらつるつるとした材質の、膨らんだ袋が多かった。


「むむ……なんだこれは?」

「ビニール袋ですよ?」

「……いや、珍しい菓子だったのでな」


 さすがに店員の眼が冷たかったので、魔王は適当に調子を合わせて頷いておく。

 店員は「ポテトチップスの珍しい国ってあるのか?」等と小声でつぶやきながらも、表立っては何も言わなかった。


「して、先ほど申した柿ピーとするめとやらはどれだ?」

「これとこれです」

「これが……」


 柿ピーとするめは、共に清水を固めて作ったような透明の袋に入っていた。

 氷か何かかと思うが、触っても冷たくない上に柔らかい。

 魔王はその袋自体に興味を抱きつつも、中に入っている物を確認した。

 一つは、三日月形をした赤っぽい焼き菓子と白っぽい木の実が入ったもの。

 もう一つは、魔界の海にも生息しているイカを縮めて平たくしたような格好をしている。


「では、これを三つずつ貰おう」

「ありがとうございます!」

「うむ。代金はいかほどか? これで足りるか?」

「あ、お支払いはあちらのレジにて行っております」

「れじ?」

「……制服を着た人がたくさん立ってるところです」


 もはやいろいろと諦めたのか、事務的な対応でレジの方向を指さす店員。

 魔王は軽く頭を下げると、ビールのケースを抱えてすぐさま行列に並ぶ。

 やがて順番が回ってきた彼は、前の客がしたのと同じように、商品をカゴごとカウンターの上に乗せた。


「お会計は五千六百円でございます」

「……これで」


 いくら払って良いか分からなかったので、魔王はまたも所持金全てを差し出した。

 多過ぎる金額に、パートのおばさんの手が停まる。

 だが、魔王の顔を見た彼女はすぐさま納得したようにうなずいた。

 ――この外人さん、お札の額面が良くわかってないのね、と。


「多過ぎですよ、お客さん。このお札と、このお札が一枚でいいです」

「それだけで良いのか?」

「五千円札と千円札が一枚ですから」


 ここにきて、魔王はようやくそれぞれのお札の額面を知った。

 最も大きく、黄色っぽい色合いのものが一万円。

 二番目に大きく、赤っぽい色合いのものが五千円。

 最も小さく、緑っぽい色合いのものが千円だ。

 これで、今後の買い物はもう少しスマートに出来そうである。

 もっとも、最初に貰った五万円はそのうち無くなってしまうであろうが。


「はい、どうぞ」


 パートのおばさんは菓子類をその場でレジ袋に詰め、ビールのケースにはビニールひもで取っ手を取り付けてくれた。

 それらをズイっと差し出された魔王は、カゴをどかすと逃げるようにしてその場から退散する。

 後ろに並んでいたおばさま方の眼が、何とはなしに冷たかったのだ。

 こうして『すーぱー』の扉を潜った魔王は、外の日差しを浴びたところではたと気づく。


「そういえば、このカンとやらはどうやって開くのだ?」


 この日の夜。

 指先に魔力を込めて、缶の側面に無理やり穴をあけた魔王は、頭から盛大にビールを浴びてしまったのだった――。

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