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最強魔王様の日本グルメ  作者: 至高の飯はTKG
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第二十七話 実行犯を捜せ

「えー、まずは白狼族から!」


 いよいよ始まってしまった、土産物の披露。

 先陣を切って、白狼族の族長が自ら引いてきたワゴンの前で高らかに声を張り上げる。

 それに合わせてはらりと白いクロスが取り去られ、豪華絢爛な果物の盛り合わせが姿を現した。

 その彩の豊かさに、パーティー会場の皆が息をのむ。

 食事もひと段落して、落ち着き始めていた会場が再びざわめく。


「ちッ……こうなったら……」


 渋い顔をしながら、周囲を見やるエヴァネル。

 和やかに談笑する吸血鬼族の姿が、次々と目に飛び込んでくる。

 ――こうなったら、最後の手段だ。

 一人ひとり、彼らをしらみつぶしに確認していくよりほかはない。

 あと一時間で全員調べることができるかどうかは甚だ不安だが、やるよりほかはなかった。


「ひとまず、解散しましょう。土産物の披露が始まったというのに、メインである私たちが不在というのはあまりに不自然だ」

「言われてみればそうだな。では、戻るとしよう」


 そういうと、ベルーナはエヴァネルたちの一歩前に立ち、先導するように手を振った。

 アメル達はガッチリとエヴァネルの周りを固めると、そのままぞろぞろと移動を始める。

 魔王の正体が万が一にもばれないように、徹底的にガードする作戦のようだ。

 しかしこれでは、吸血鬼族の一人ひとりを調べることなどまったくできない。


「すいません、ちょっと離れてもらえますか? というより、ここからはばらけていきましょう」

「どうしてだ? そなたの周りを私たちでしっかりと固めておいた方が、万一の時も安全だろう」

「魔王様は、私たちのことをうっとおしく思っていたはずですよ。それをこんなにぞろぞろ引き連れるなんて、それこそ何かあったかと疑われます」

「……残念だけど、一理あるわね。魔王様、私たちから逃げ回ってたし」

「魔王様、妙に枯れていらっしゃいますからねえ。もはや、男色を疑う領域なのですよゥ」

「それはない」


 レンネットのとぼけた言葉を、ヘルネスがぴしゃりと否定する。

 だが、魔王が姫たちのことを避けているのは紛れもない事実であった。

 当事者なだけにそのことを強く自覚している姫たちは、揃って渋い顔をする。


「しゃあない、私らは私らでパーティーを楽しむとしようやないの」

「……分かりましたわ。しかし、くれぐれも気を付けてくださいましね。万が一のことがあれば、大変な騒ぎになりますわ」

「もちろんです、お任せください! 正体はばれないようにします」

「では改めて、行くとしようか」


 ドレスの裾を翻し、悠然と歩き去っていくベルーナ。

 彼女の背中に続いて、姫たちは次々とその場から立ち去る。

 あとに残されたエヴァネルは、ここでようやく一息ついた。

 ――何とか、上手く一人になることが出来た。

 彼女は出来るだけ注目を集めないように気配を殺すと、人混みに紛れるようにしてパーティーの輪の中へと戻る。


「あら、魔王様!」

「ようこそ、今はおひとりで?」

「ああ、そうだ」


 魔王の姿を見つけるや否や、吸血鬼族の女が目ざとく声をかけて来た。

 ――族長付きの侍従ですね。

 彼女たちの服装と、胸に下げたペンダントを見たエヴァネルはすぐにそう判断する。

 顔を覚えていないことからすると位はそれほど高くないはずだが、族長に何か言われたら厄介である。

 エヴァネルの瞳が、ほんのわずかだが細められる。


「魔王様、こちらの果物はいかがですか? とても甘くておいしいですわ!」

「これも、酸味が効いていておいしいですわよ! どうぞ!」


 赤と黄色の果物が、ほとんど同時に差し出される。

 彼女たちの押しの良さにエヴァネルは思わず目をぱちくりとさせたが、やむを得ず赤い方を手に取る。

 身の詰まった果実はずっしりと重く、滑らかな表皮に滴を浮かべていた。

 きらり輝くそれに、エヴァネルの喉が鳴る。

 彼女はそのまま、シャリッと歯を立てた。


「これはなかなか。歯ごたえが良い上に、蜜の甘みが素晴らしいな」

「蕩けるようでございましょう?」

「うむ」


 そういいながら、エヴァネルはさらにもう一口かじる。

 まったりと濃厚な甘みの蜜が、口いっぱいに広がった。

 果肉の食感もシャリシャリとして心地よく、自然と頬が緩んでしまう。

 こんな時にいけないとは思いつつも、おいしいものはおいしかった。


「魔王様、こちらもいかがでしょう? 酸味があって、おいしゅうございますよ!」

「どれ……。む、なるほど」


 舌を刺激する酸味。

 それにやや遅れて、爽やかな香りが鼻を抜けた。

 何もなしに食べたなら酸味が強すぎたかもしれないが、甘い果実を食した後の口直しにはちょうど良い代物だ。

 そこはかとなく、気分も冴えたような気がする。


「なかなか良いな。口直しには最適だ」

「上品な酸味でございましょう?」

「そうだな。甘い果物も良いが、こういうのも悪くはない。むしろ、こちらの方が好みかもしれぬ」


 エヴァネルがそういうと同時に、黄色い果実を差し出した女が赤い果実を差し出した女に勝ち誇った笑みを浮かべた。

 彼女はすかさずエヴァネルにすり寄ると、ここぞとばかりに豊満な胸を押し付ける。

 アメルには劣るものの驚異的なその膨らみは、エヴァネルの腕をしっかりとその谷間に捉えた。

 エヴァネルはその大きさに何とも言い難い気分になりつつも、さりげなく彼女の服のポケットへと手を回し、中を確認しようとした。

 すると――


「あれしきのことで、そんな自慢気にしないでほしいわ!」

「ちょっと! すり寄ってこないでくださいまし!」

「いいじゃありませんの!」


 視線を交錯させ、激しく火花を散らせる女たち。

 二人はエヴァネルの腕をつかむと、お互いに強く引っ張り合う。

 ――なんだ、この展開は!

 予想だにしていなかった流れに、エヴァネルの表情が曇った。

 彼女はとっさに二人を振り払おうとするものの、しつこくまとわりついてきて離れようとしない。


「……魔王様がアメルたちをうっとおしいと思う気持ちが、少しわかったわ」

「え? 今なんと?」

「こちらの話だ。それよりそなたたち、少し落ち着いたらどうだ? このような席で喧嘩などするものでもあるまい」

「それはそうですが、その女が魔王様を独占しようとするのがいけないのです!」

「そっちこそ、後から入って来て奪おうとしてるじゃないの!」


 再び、火花を散らし始める二人。

 こうなっては、何を言っても耳を貸さないだろう。

 エヴァネルは深くため息をつくと、大きく手を広げて二人の肩を抱きとめる。


「どうだ? 我が腕ならば、そなたら二人ぐらいまとめて受け止められるぞ。奪い合うなど、無意味なことはやめるが良かろう」

「ま、魔王様!」

「たくましい腕が……! ああッ!」


 魔王――実際はエヴァネルだが――の腕に抱かれて、甘い声を出す女たち。

 その蕩けた表情は、いかにも隙だらけであった。

 エヴァネルはすかさず彼女たちの下半身へと手を回すと、ポケットに何かを忍ばせていないかチェックをする。

 しかし、彼女は調べたいがために少しばかりやりすぎた。


「……魔王様、ずいぶんと張り切っておられますな」

「めずらしいこともあったものです。あの魔王様が、このような行動をされるとは」

「少し、酒に酔っておられるのかな? 今宵の果実酒は、実に旨いですからなあ!」


 男たちの遠慮のない声が響く。

 それと同時に、女たちの嫉妬と憎悪の籠った視線が向けられた。

 ――これはいけない!

 改めて普段の魔王のことを思い出したエヴァネルは、ひとまずボディチェックも終わったことであるので、女たちの手を振り払おうとした。

 しかし、絡みついた腕はちょっとやそっとのことではビクともしない。


「そんなにじらさなくてもいいですわ。魔王様、私たちが天国へ連れて行って差し上げます」

「今宵は愉しく過ごしましょう?」

「だから、そういうつもりではないのだ。我は――」

「魔王様ッ!! いったい何をしているのよ!」


 恐ろしい形相をしたリリスが、魔王と二人の間に割って入った。

 彼女は腕力にモノを言わせて、二人の手を強引に魔王から引き剥がす。

 そしてそのまま、魔力の籠った瞳で女たちを睨みつけた。


「魔王様に触れていいのは、私たち姫だけよ! 侍従ごときが、気安く触れていい身分の方じゃないわ!」

「な! 族長の娘だからって小娘が――」

「だまりなさい! 消え去りたいわけ?」


 そういうと、リリスは自らの左手を高々と掲げた。

 魔界では堕天使族のみが扱えるとされる光の魔力。

 それが白く渦を巻き、見ていられないほどの光熱を発する。

 直撃すれば、上級魔族でも大怪我は必須の魔力塊だ。

 それを扱うリリスの眼は鋭く、一切のためらいがない。

 ――やる気だ!

 リリスの苛烈な性格をよく知るエヴァネルは、額から大粒の汗を流す。


「……お、落ち着くのだ。せっかくの宴の席を、血で穢す気か?」

「なら、その手を離して欲しいわ。魔王様?」

「……あい分かった」


 素早い動きで手を離すと、エヴァネルはすかさず女たちから距離を取った。

 リリスはよろしいばかりにうなずくと、すかさずその手を掴む。

 そしてそのまま、有無を言わさずに会場の端へと連行していく。

 やがて植木の陰へとエヴァネルを連れ込んだリリスは、はあッと盛大にため息をついた。


「ちょっと、どういうつもり!」

「……あれにはちょっと、事情がありまして」

「あんたまさか、そういう趣味なわけ!?」

「違いますよ! そんなわけありません!」

「じゃあ、何であんなことしたわけ? 女の下半身に興味があったとしか思えないじゃない」

「それは……」


 言い澱むエヴァネル。

 吸血鬼族の今後がかかっている以上、素直に事情を話してしまうわけにも行かない。

 かといって、下手なことを言えば彼女の身体が物理的に吹き飛ぶ。

 何も答えられるはずがなかった。


「あんたねえ、ずっと黙ってるつもり? そういうことなら、私にだって考えが――」

「あ、ここにいたのですか! 捜したのですよゥ!」

「まったく、どないしたん?」


 不意に、トネリとレンネットのコンビが姿を現した。

 リリスの不機嫌さなどどこ吹く風、二人はごく自然な様子でエヴァネルの方へと近づく。


「次は魔鬼族の土産物披露や。父さん、魔王様のこと捜しておったで?」

「ガーゴンさんが?」

「そうや。魔王様に一番最初に食べてもらうんだって、張り切っておったさかいに」

「待ってください。魔鬼族はまだ順番が先なのでは?」

「ははは……恥ずかしながら、邪精族の方で少しトラブルがありまして。今年のお土産は、明日披露することになったのですよ」

「な!?」


 思わず、声の調子が外れてしまう。

 順番が一つ飛んだということは、それだけ時間が無くなったということだ。

 もはや一刻の猶予もない。

 エヴァネルは一目散に、二人の方へと向かう。


「行きます!」

「あ、こら! まだ話は終わってないわよ!」

「すいません、事情は後で話しますので!」


 リリスの制止を振り切ると、エヴァネルはそのまま会場の中心へと戻った。

 すると彼女の姿を確認したメイドの一人が、高らかに声を張り上げる。


「続いては、魔鬼族です!」


 元気良く振られたメイドの手。

 その動きに従って、巨大な神輿のようなものが運び込まれてくる。

 その上には、大人が五人がかりでようやく運べるほどの巨大魚が載っていた。

 全身を覆う蒼い鱗が、鋼のような光沢を放っている。

 ――死角海域のグランフィッシュ。

 入手がこの上なく困難な、魔界でも指折りの高級魚だ。


「果物の次は魚か」

「この日のために、わざわざ巨船を仕立てて仕入れて来た代物らしいで。一体いくら金がかかったことやら」


 自身の血族のことなのに、呆れた様子のトネリ。

 派手好きだがそれなりの金銭感覚を持ち合わせている彼女には、たかだか土産物にそこまでの大金を使うということが理解できないらしい。


「おお、魔王様! 捜しましたぞ、どこに行っておられたのですかな?」

「リリスに説教されてしまってな。元はと言えば、酔って色気を出した我が悪いのだが」

「はははは、それはいけませんなあ! このグランフィッシュを食べて、気分を直されるが良いでしょう!」


 手にした包丁で、豪快にグランフィッシュを切り分けるガーゴン。

 彼は一番美味とされるヒレの付け根の肉を切り取ると、皿にのせて魔王へと差し出す。

 しっかりと火の通されたグランフィッシュの身は、魚らしからぬほどジューシーで上質な油を滴らせていた。

 エヴァネルはそれをフォークで口に運ぶと、たちまち驚愕する。


「おお、これは……!」


 口いっぱいに広がる脂の甘み。

 柔らかくも香ばしい身が、舌先でほろほろと崩れる。

 濃縮された海の旨みが一気に解放され、ほのかに潮の薫りが鼻を抜けた。

 ――おいしい。

 エヴァネルはただただそう感じる。


「すばらしいでしょう? このグランフィッシュを獲るために、我が魔鬼族は十万ゴールドの――」


 扇子で煽りながら、自慢げに語りだすガーゴン。

 エヴァネルは彼の話を適当に聞き流しながら、夢中でグランフィッシュを口に運ぶ。

 その時であった。

 グランフィッシュの切り身を受け取ったフォースト卿のポケットに、きらりと輝く何かが見えた。

 瓶だ。

 何か液体の入った透明な瓶が、光を反射したのである。


「やはり……! フォースト卿ッ!」

「ぬ? 何でございますかな、魔王様」

「すまぬが、そこのグラスを取っては貰えぬか? この魚は塩が効いておるゆえ、喉が渇いてな」

「かしこまりました」


 小間使いにするような命令に戸惑いつつも、フォースト卿はグラスへと手を伸ばした。

 エヴァネルはその隙に彼へと近づくと、ポケットに入っている瓶を回収しようとする。

 だがその瞬間、振り返ったフォースト卿と目が合ってしまった。


「なッ!」

「……いかがなされましたか、魔王様」

「いや。不意に目が合ったので、驚いてな」

「……はあ。それは失礼を」


 渋い顔をしながら、グラスを手渡してくるフォースト卿。

 完全に疑われてしまったエヴァネルは、グッと歯ぎしりをした。

 このままでは、フォーストの持っている毒を回収することは不可能に近い。

 何か手を打たなければ。

 いっそ、何かしらの理由をつけてフォーストをこの会場から追い出してしまおうか?

 エヴァネルはとっさに、手にしたワインをフォーストに掛けようとした。

 だがここで――


「魔王さ――のわッ!」

「げッ!」


 いきなり声を掛けられたことに驚いたエヴァネルは、手にしたワインをそのまま声の主へと掛けてしまった。

 不意のことでまともにワインを浴びてしまったベルーナは、思わず声を荒げる。


「エ、エヴァネル! 貴様、私に何をするのだ!」

「ご、ごめんなさいッ! ……あッ!」


 素で注意してしまったベルーナと、彼女に素で返してしまったエヴァネル。

 二人は揃って、その場で凍り付いたのであった――。


いろいろと詰まってしまって、気が付いたら一か月近くも……。

本当に申し訳ないです。

次こそは早めに更新します!

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