第二十三話 吸血鬼族の野望
お待たせいたしました!
とはいっても、やや短くて申し訳ないです……。
次回はもっと早く更新しますので、よろしくお願いいたします。
魔界の遥か北方。
昏い雪に埋もれ、魔界の中でも特に光の乏しいこの地に吸血鬼族の城はある。
魔界で最も有力な種族とされる吸血鬼族が、百年近い歳月をかけて築き上げたこの巨岩の城は、吹き荒れる吹雪の中にあってなお重厚な存在感を放っていた。
自然の岩山を思わせる外壁が高く聳え、そこからさらに数本の塔が伸び、鉛の空を滑らかに貫く。
その鋭利で威圧的なフォルムは、吸血鬼という種族の持つ排他性を表しているかのようだ。
「して、会議の準備は?」
城でも最も高い塔の、そのまた最上階に位置する大広間。
じゅうたんが敷き詰められた広い空間に、吸血鬼族の重鎮たちが居並んでいる。
その最も奥に据えられた玉座さながらの豪奢な椅子。
そこに腰かけた族長が、眼前に控えた年若い吸血鬼に尋ねる。
「すべて整っております。抜かりはございません」
「そうか。だが、念には念を入れよ。万が一にも、我らが血族の恥となるようなことがあってはならぬ。特に『土産物』は、最高の物を準備しておけ」
「分かっております。既に、ホワイトドラゴンを一頭手配いたしました」
「おお、それは素晴らしい!」
感心したように、瞳を広げる族長。
ホワイトドラゴンは魔界の北方にのみ生息する龍腫で、その肉はあまりの美味しさと貴重性から『白い宝石』とまで呼ばれている。
この地に長く住まう吸血鬼族の重鎮でも、めったにお目にかかれる代物ではなかった。
静かだった大広間に、にわかにどよめきが広がる。
「良くぞ、手に入ったな!」
「はい、これには私どもも苦労いたしました。ホワイトドラゴンを見つけるだけで三か月、逃げ回る竜を狩るのに一か月かかりましたからな」
「褒美は後で存分に取らせよう。これだけの品を出せば、我が一族の株もさぞや上がることであろう」
「もちろんでございます。高慢な堕天使族や龍神族の連中も、我らの力に恐れをなすことでしょうな!」
高笑いをする吸血鬼たち。
やがてそれがひと段落したところで、端に立っていた男が思い出したように言う。
「そういえば、魔王は何をメインにするつもりなのだろうか? よもや、前回と同じドラゴン料理ではあるまいな?」
「まさか。二回続けて、同じ食材をメインにはしないだろう」
「だが、万が一ということもある。もし素材が被ったら、せっかくの土産物も霞んでしまうぞ」
「そのことなのだがな。既に手は回してある。まもなく――」
族長がそう言ったところで、窓から一羽の蝙蝠が入ってきた。
その足には矢文よろしく、手紙が巻き付けてある。
すぐさま族長は蝙蝠へと手を伸ばすと、その足から手紙を取り、巻かれていたリボンをほどく。
「エヴァネルからの文だ。ふむ……ほう、これは面白い!」
「族長、文にはなんと?」
「どうやら、魔王はロクな食材を調達できておらぬらしい。やはり、所詮は剣の腕だけの若造よ。とうとうボロが出おったわ」
膝を叩き、高笑いをする族長。
それにつられるかのように、重鎮たちも次々に笑い声を漏らす。
圧倒的な力に抑えられて普段は忠誠を誓っているが、その実、魔王のことを快く思っている者は少なかった。
魔族の中でも血を尊ぶ傾向の強い吸血鬼族からしてみれば、魔王は「親の素性も知れぬぽっと出」でしかないのだ。
「これは素晴らしい好機ですぞ、族長様。ここで我らがホワイトドラゴンを見せつければ、他の種族の者たちも我らの力を見直すことでしょう!」
「かかかッ! 戦に敗れてはや五百年、ようやく我らにも運が向いてきたことよ。真に魔界の盟主にふさわしいのが何者か、教えてくれよう!」
「はッ!!」
族長の命を受け、慌ただしく準備を始める一同。
その中にあって、一人だけ渋い顔をしている者が居た。
族長の息子にして、エヴァネルの父であるフォースト卿である。
彼は怪しく目を光らせる族長の顔を見上げると、冷静な口調で言う。
「族長。あまり、魔王を侮らぬ方が良いかと」
「ふん、臆病者めが。あのような成り上がり者に恐れをなすのか?」
「そういうわけでは。しかし、魔王の力は本物です。我らでは勝てぬことぐらい、族長とてよくわかっておるでしょう? あまり刺激せぬ方が良いかと」
「何も正面切って戦をしようなどというわけではない。じわじわと、周辺の支持を我らの側に向けていくのが今回の作戦だ。そのために、『ちょっとした細工』も用意した」
「まさか、ホワイトドラゴンにあれを仕込むおつもりですか!?」
顔を引きつらせるフォースト卿。
もし、彼が思っている物を土産に仕込むというのであれば、それは間違いなく魔王への反逆だ。
しかし、族長は笑いながら言う。
「案ずるな。細工は流々、ばれはせぬ」
「しかし」
「だいたいだな、元はといえば――」
そういうと、族長は再び手紙を開いた。
周囲の視線を気にしながら、彼はその文面をこっそりとフォーストに見せる。
手紙にはたった一行だけ「魔王は異界食材を集めています。それ以外はないです」と記されていた。
まったくと言っていいほど、やる気が感じられない。
「この間から、いつもこの調子だ。やる気が感じられぬ」
「……うーむ」
「大方、魔王に上手く飼いならされてしまったのであろうよ。吸血鬼族の姫ともあろうものが情けない」
「あのエヴァネルが、まさかこうなるとは……」
フォーストは大きく肩をすくめる。
まさか娘のエヴァネルがこのようなことになるとは、流石の彼も予想外であった。
どちらかといえば、吸血鬼族の覇権を邪魔する目の上のたん瘤として、魔王を憎んですらいたのだ。
それが「けーき」とやらを馳走になったと連絡をよこして以降、すっかり大人しくなってしまったのである。
「理由は良い。こうなった以上は、あやつを使って魔王を取り込むことは難しいであろう。策を弄してでも、支持を集めて魔王を引きずりおろすしか我らの道はないのだ。分かったな?」
「はい」
「よし、では準備を進めよう。明日の朝には出立するぞ! ははは、我らの手に栄光が戻る日も近い!」
再び高笑いをする族長。
その横顔を、フォーストは複雑な表情で見つめていたのだった――。
なろうコン最終選考を通過いたしました!
宝島社様からの刊行となります!
これも読者の皆さんのおかげです、ありがとうございます!
今後とも、応援よろしくお願いします!!