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最強魔王様の日本グルメ  作者: 至高の飯はTKG
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第二十二話 魔王と見慣れぬ食べ物

「なんだ、その粉は?」


 若菜が取り出した粉を、魔王は興味深げな様子で見つめた。

 何か、植物の粉であろうか。

 しっとりとして肌触りのよさそうなそれは、微かに甘い菓子のような匂いがする。

 以前、この世界で立ち寄った『ケーキ屋』で嗅いだそれに、よく似ていた。


「薄力粉よ。これを使って、安くてうまい料理を作るのだよー」

「パンでも作るのか?」

「ちょっと違うかな。まあ見てて、関東人でもおいしくやるから」


 そういうと、若菜はどこからか円盤型の調理器具を取り出して来た。

 コロシアムの模型のような形をしたそれには、薄っぺらな鉄板がはめ込まれている。

 さらに端っこには円形のつまみがついていて、何かを調整できるようになっていた。

 流し込む魔力の量でも変えるのかと、魔王はあたりをつける。


「なんなのだ、それは?」

「ホットプレート。カセットコンロでもいいんだけど、焦げ付いちゃうんだよね」


 若菜はそう言いながら、ホットプレートをテーブルに置き、黒いひも付きの金具を壁に差し込んだ。

 つまみの横にオレンジ色の明かりが灯り、ジーッと何かが震えるような音がする。

 一体何が起きると言うのか。

 魔王は食い入るような眼差しで、ホットプレートを見やった。


「まずはタネをつくらないとねー」


 若菜は冷蔵庫から、材料の数々を引っ張り出して来た。

 たちまち、テーブルの上が調理器具と食材でいっぱいになる。

 彼女はまず薄力粉をボールの中に入れると、どこからか芋を取り出してそれをおろし金ですり始めた。

 たちまち出来上がる、とろりとした白い液体。

 それをあらかじめ用意していたらしい黄金色のスープと共に、薄力粉の中へと投入していく。


「ここで空気を入れるのが美味しくなるポイントなのよ、奥さん!」

「そうなのか。若菜……さん」


 ノリノリな若菜に、つられて慣れない感じの返答を返す魔王。

 その後も魔王にはよくわからない解説――料理番組とやらを参考にしているらしい――を入れながら、若菜は手早くボールの中身をかきまぜた。

 彼女はそこへ細く切った緑色の野菜を投入すると、さらに良く混ぜ込む。

 たちまち、ほどよく空気を含んだ肌色の生地が出来上がった。

 若菜はそれの入ったボールを小脇に抱えると、先ほど置いたホットプレートの上へと手を伸ばす。


「よーし、温まってるね。あとは焼き上げるだけッと」

「そのドロドロの何かを……焼くのか?」

「うん、そうだよ」


 そういうと、若菜はホットプレートの上に生地を流し込んだ。

 得体の知れない液体が、熱せられた鉄板の上でグラグラと沸騰する。

 その様子は、さながら火山から流れ出た溶岩のようだ。

 それに野菜が混じり、ぐしゃぐしゃとした様子はとてもまともな食べ物のようには見えない。

 魔王も魔界の住民としてゲテモノの類はいくらでも知っているが、こんなものはさすがに初めて出会った。


「食える……のか?」

「もちろん!」


 魔王の疑問に、若菜ははっきりと断言した。

 そうしている間にも、彼女は薄っぺらな肉を白い平箱のようなものから取り出し、マグマの山の上にのせる。


「見てて、これが秘技『燕返し』よ!」


 若菜はどこからか大きな鉄のへらを取り出した。

 彼女はそれをクルクルっと器用に回すと、軽快に打ち鳴らす。

 そして鋼の先端を先ほどから焼いている生地の下へと滑り込ませると、えいやッとばかりに気合を入れて持ち上げた。

 半回転。

 平たい生地がたわみながら宙返りし、こんがりときつね色に焼けた裏面が露わとなる。

 見るからに柔らかそうな生地だと言うのに、空中でほとんど分解しなかったのはさすがというべきか。


「ほう、やるではないか」

「まあね。ま、大阪の人ならもっと綺麗にひっくり返すんだろうけど」


 そういうと、若菜は後頭部を気恥ずかしそうに掻いた。

 その視線の先には、わずかに飛び散った生地の欠片がある。

 魔王からしてみればたいしたことはなさそうだが、若菜はこれが気に入らないらしい。


「ま、いいわ。あとはお好みソースをたっぷりと……」

「待て、それをかけるのか?」


 若菜が取り出した得体の知れない液体を見て、思わず魔王が待ったをかける。

 異様なほど黒々としたそれは、とても旨そうには見えなかった。

 さらにかなりの粘性があり、垂らせばしばらく形を保って盛り上がっているほどにドロドロとしている。

 匂いも強く、味が濃いなんてレベルではなさそうだと魔王は思った。


「そうよ。お好み焼きは、やっぱりこれを掛けなきゃ!」

「……いくらなんでも、それは味が濃すぎるのではないか?」

「そう? 私はたっぷりかけるのが好きだなー」


 そういうと、若菜は容赦なくお好みソースを投入する。

 たちまち、白っぽかった生地全体がソースの赤黒い色で染め上げられた。

 鉄へらでムラが無いようにソースを伸ばすと、若菜はさらにその上に白い液体を投入していく。

 黒と白のまだら模様が、生地の上に出来上がった。

 そして最後に、魚の風味がする木くずのようなものをたっぷりと載せる。


「最後は青のりを散らして……完成ッ!」

「…………これは、外れかもしれないな」


 思わず、息をのむ魔王。

 出来上がるまでの料理過程を見ていて、これほど不安になる食べ物は彼にとっても初めてのこと。

 ――あのぐしゃぐしゃとした液体から作った生地に、見るからに濃すぎるソースをかけて、果たして旨い食べ物は出来るのだろうか?

 異世界の食べ物はほぼ例外なく美味かったが、今回だけはだめかもしれない。

 魔王の頭の中で、そんな諦観が首をもたげる。


「はい、お好み焼きの出来上がりだよ! 召し上がれ!」

「うむ……」

「なんか、やけに渋い顔するね?」


 目の前にドンッと置かれたお好み焼き。

 魔王は箸を手にはしたものの、なかなかそれに手を付けようとはしなかった。

 箸の先が、ためらうように宙を彷徨う。

 その様子を見た若菜は、頬を膨らませて急かすように言う。


「早く食べないと、不味くなっちゃうよ? 冷めたお好み焼きなんて、お好み焼きじゃない!」

「だが、この我にも決心と言うものがあってだな……」

「安心しなって。お好み焼きは超美味しいのだよ? 大阪人なんて、毎日食べてるくらいなんだから!」

「これを毎日……だと?」

「そうだよー。本場大阪人の身体は、半分はお好み焼き、半分はたこ焼きで出来てるって言われてるぐらいなんだからー」


 調子よく、適当なことを吹かす若菜。

 もちろんそんなはずはないのだが、世間の常識など知る由もない魔王はそれを真に受けてしまう。

 ――オオサカ人とは、いかなる種族なのか。

 蒼の瞳が、すうっと細められる。


「オオサカ人とやらは、これをそれほどまでに食べるのか?」

「うん、毎日食べるよ! 昼はたこ焼きで、夜はお好み焼き。朝は串カツかな?」

「他のメニューはよくわからぬが……オオサカ人とやらは恐ろしいのだな」

「ま、大阪のおばちゃんは世界最強だからね。地球の都市で唯一、宇宙人の戦闘メカを破壊してるし」


 若菜は拳を振り上げると、大阪人について熱く力説する。

 嘘八百もいいところなのだが、その勢いに押された魔王は感心したようにうんうんと頷いた。

 彼の頭の中で、大阪人がどんどん恐るべき戦闘種族としてイメージされていく。


「そのような連中が、この世界にもいたのか」

「そうだよー。日本が滅びても大阪は生き残りそうな気がするなー」

「だが、そのような連中が食べている物が果たして旨いのか? 我が知っている戦闘種族どもは、どいつもこいつもゲテモノ喰いであったぞ」

「大阪人も外国人から見たらそうかも。海の悪魔を焼いて食べてるぐらいなんだから」

「ほう、悪魔を喰らうのか。あのようなものを喰らうとは、ううむ、ますます……」


 若菜の話を聞いて、一段と食欲がなくなった魔王。

 彼の苦い顔を見た若菜は、仕方ないとばかりに強硬手段へと打って出る。


「ほら、あーん! いつまでも放っておいたら冷めちゃうよ!」

「むむ……」

「あーん! あーんだよ!」


 お好み焼きを箸で摘まむと、若菜はそれを魔王の口元へと付きつける。

 食べて食べてと差し出される、黒い物体。

 魔王はその味を想像して唇をゆがめるものの、こうなってしまっては断りきれるはずもない。

 仕方ないとばかりに開いた口へ、すぐさまお好み焼きが突っ込まれる。


「ほれ、召し上がれ」

「んぐッ……!? これは……!」


 肉の塊にかぶりついたような、重い味わい。

 お好み焼きは、その見た目の通り味が濃かった。

 だが、決して不愉快ではない。

 旨みが幾層にも重なり合ったその味にはどこまでも広がりがあり、円熟されていた。

 味の濃い料理にありがちな、特定の味のみが尖っているということがない。

 さらにその旨みたっぷりのソースを、上にかかった白いソースの酸味がぎゅっと引き締めて調和させている。

 そこへパンチのある魚介の風味が加わって、魔王の舌はさながら底知れぬおいしさの海へと放り込まれたかのようだ。


「旨いな。味は見た目通りに濃い、だがまた食べたくなる味だ」

「でしょ? これで、一枚なんと百円! 超お安いのだよ!」

「ほう。ということは、予算が四百円だと四枚も作れるということになるのか」

「ザッツライト! その通り!」


 若菜は自慢げにそういうと、親指を立てる。

 安くてうまい。

 相反するこの二つの要素を実現したお好み焼きなる料理に、魔王は大いに感心した。

 これならば、いささか華やかさには欠けるがパーティーに出す料理としても十分である。

 さらに、若菜は続けて言う。


「他にも、ピザ風お好み焼きとかバリエーションはいっぱいあるのだよ!」

「気になるな。作ってくれるか?」

「もちろん。タネを作り直すから、ちょっと待っててねー」


 そういうと、若菜は再び材料を取り出して調理を始める。

 待つことしばし。

 やがて魔王の目の前に、先ほどとは趣の異なったお好み焼きが差し出された。

 先ほどは黒と白のツートンカラーであったのに比べ、ずいぶんと色鮮やかである。

 細かく切った野菜やソーセージが乗せられていて、何とも華やかな印象だ。

 全体を白く彩る物体は、魔界にもあるチーズであろうか。


「これは、旨そうだな」

「ノーマルももちろんいいけど、これも自信作なのだよ。こっちはイタリーの薫りだねー。さ、食べた食べた!」

「うむ」


 先ほどのお好み焼きは文句なしに旨かったので、今度は安心して口に運ぶ魔王。

 たちまち舌の上で、野菜の酸味とチーズの濃厚な風味が広がる。

 特に焦げたチーズの部分は香ばしく、とろりとした食感が生地のふんわりとした食感と相まって、たまらない。


「これはこれで素晴らしいな。このほどよく酸味の効いた野菜は、何というのだ?」

「トマトだよ」

「ほう、トマトか。覚えておこう」


 その後も、黙々と食事を続ける魔王。

 口数こそ少ないが、その顔は何とも幸せそうで、普段は引き締まった眼元がとろんと緩んでいる。


「私も一緒に……いっただっきまーす!」


 最低限の片づけを終えた若菜が、魔王に続けてお好み焼きを食べる。

 たちまち、桜色の唇からほうっとため息が漏れた。

 幸せそうに顔が緩み、頬の輪郭が少し下へと崩れる。


「んー! 我ながら最高の仕上がり! 料理の才能あるねー!」

「世辞抜きにして、そなたの料理は旨いと思うぞ。これならば、ニスロクにも勝てることだろう」

「えっと、メイドさんの名前だっけ? ふふん、この若奈ちゃんはメイドさんごときには負けないのだよ! 私を倒したいなら、最低でもセバスチャンを連れて来いって感じだね!


 またもや、よくわからないことを言う若菜。

 彼女の頭の中では、執事=メイドより料理が旨いという図式が成り立つらしい。

 魔王は彼女の言葉に「セバスチャンとは何者か?」と思いつつも、いちいち聞き返すのも面倒なので、話を合わせて頷いておく。


「まあよい。ともかく、この料理ならばニスロクにも勝てるであろう。また数日のうちに取りに来るゆえ、用意しておいてくれ」

「ん、取りに来るの?」


 若菜は首をかしげると、目を丸くする。


「私が料理を作りに行くんじゃないの?」

「いや、我が取りに来るのだ。そなたには来られぬ場所であるからな」

「あ、なるほど。宇宙人さんたちのいる場所には、地球人の私は行っちゃいけないんだね」

「……良くわからぬが、納得してくれて何よりだ。では、料理の用意を頼むぞ」

「うん、連絡してくれればいつでも。ただし、そういうことなら一つ条件があるかな」


 そういうと、若菜は急に意地悪な顔をした。

 細められた瞳が、悪魔めいた微笑みを浮かべる。

 何を言われるのか――魔王は少し身を固くした。


「どういう条件だ?」

「対戦相手の顔をさ、ちょっと見せてもらえないかなーって?」

「顔?」

「そうそう。戦う相手の顔も分からないんじゃさ、流石にちょっとと思って。お料理って、作る時のメンタル的なところも大事だし」

「そういうことならば、良かろう。紙か木の板はあるか?」

「待ってて。チラシがあったはず……」


 そういうと、若菜は部屋の奥からひどく薄っぺらな紙を取り出して来た。

 両手を広げなければ開き切れないほどの大きさがあるそれは、ひどく滑らかで、照明を反射して光っている。

 表には恐ろしいほど精密な筆致で、食物の絵が隙間なく描かれていた。

 絵画か何かであろうか。

 貴重そうなものを随分と雑な扱いで持ってくるな、と魔王は少しばかり呆れる。


「さ、この裏を使って」

「……このように貴重なものの裏を使ってしまって、良いのか?」

「貴重? 見終わったらメモ帳ぐらいしか使い道ないんだから、いくらでも使っちゃっていいよ?」

「ふむ……。さすがは異世界だな、このような物が当たり前にあるとは」

「あ、そっか。宇宙人さんのところだと紙は逆に珍しいんだね」

「うむ。我の城でも、紙は貴重であるぞ」


 すれ違いながらも、奇跡的に話がかみ合ってしまう若菜と魔王。

 その勘違いに気づかぬまま、魔王は魔力を高め、渡された紙に念を込め始める。

 やがて魔王の眼から七色の光が放たれ、紙に焼き付けられていく。


「ぐ……!」

「おおおッ! さすが、宇宙人さん! 目からビームだよッ!」


 興奮する若菜。

 そうしているうちにも、念写は完成した。

 見事に浮かび上がった美しい少女の姿に、若菜の口からため息が漏れる。


「すご……! 物凄い美人さんだ……!」

「そうであろうか? 悪くはないが」


 普段から見慣れているがゆえに、さほど興味なさそうな魔王。

 すると若菜は、またもからかうような顔をする。


「えらく辛辣な評価だね。もしかして……照れてる?」

「む、それはどういうことか?」

「だーかーらー! 宇宙人さんとこのメイドさん、結構いい関係なんじゃないの?」

「……そのようなことはない。我とニスロクは、いささか付き合いは長いがただの主従関係だ」


 ほんの一瞬、魔王は言葉が遅れた。

 すると若菜は、さらに調子に乗って言う。


「ほんとに? 信用できないなあ!」

「偽りはない。ないと言ったらないのだ」

「そうは言われても、その様子じゃ――」

「む、そろそろ時間だな」


 魔王が日本にやってきて、それほど時間は経過していない。

 だが状況が悪くなってきたので、魔王はいったん逃げの一手を打つことにした。

 指輪に魔力を込め、発動時間を早めてやる。


「あ、こら! まだそんなに時間たってないよね!?」

「我が経ったと言ったら、経ったのだ」

「む、いきなり逃げ――」


 若菜が文句を言っている間に、転移が発動した。

 こうして魔王の身体は光に還り、魔界へと戻って行ったのであった――。


久しぶりの更新です。

どうにも筆が乗らなかったのですが……なんとか戻ってきました。

次回から、魔界会議に向けて話がもっと動き始めます。


それはさておき、ネット小説大賞もいつの間にか二次通過をしていたようで。

これも皆様の応援のおかげです、ありがとうございます!

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