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最強魔王様の日本グルメ  作者: 至高の飯はTKG
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第二十話 魔王、約束する

「旨い……!」


 魔王の口から吐息が漏れる。

 さっぱりとした赤身のマグロに、ほどよく絡み合ったゴマ油の風味。

 舌触りも滑らかで、口の中でとろけるようである。

 さらにそこへ加わる、卵のコク。

 濃厚な味わいが口に残り、長く後を引く。

 ――旨い。

 感想はただただそれに終始した。

 箸を持つ手が止まらず、次々と口にマグロが運ばれる。

 控えめに盛られたマグロの細切れは、あっという間に空っぽになってしまった。


「む……もうないのか」

「私の分も食べる?」

「良いのか? そなたも、あまり食べてはいないだろう?」


 口の端によだれを滴らせつつも、一応は遠慮する魔王。

 先ほどの回転寿司屋では、彼よりもむしろ若菜の方が食べていない。

 というよりも、ほとんど何も口にしていないと言っていい。

 彼女がいざ皿を手にしようとした頃には、魔王が騒動を起こしてしまったのだから。


「いいよ、私は。ダイエット中だしさ。それに……」

「それに?」


 聞き返してきた魔王から、若菜はちらっと視線を逸らした。

 彼女は台所の奥の戸棚を一瞥すると、すぐさま視線を彼の方へと戻し、笑いながら言う。


「とっておきの奴があるんだ。300円ぐらいのお高いやつ」

「なんだ、それは? 食べ物ならば、大いに興味があるのだが……」

「そうだよ。でも、それがなくなったらホントに私のご飯が無くなっちゃうからダーメ。それに、あれをお客様に出すのは料理人の卵としてプライドが許さないしね」

「もしや、まずいのか?」


 そう尋ねられて、腕組みをする若菜。

 彼女は喉の奥で軽く唸ると、額に一本、皺を寄せる。


「個人的には好きかな。やめられない止まらないって感じもあるし。でも、基本的に超ジャンクフードだからね。料理人の卵としては、あれを全面的に肯定しちゃうのも……。うーん」

「つまり、旨いのか?」


 砂場を掘り返すかのように、似たような問いを繰り返す魔王。

 上手にごまかせなかった若菜は、ムムッと額の皺を深める。

 本音で言えばおいしいのだが、おいしいと言ってしまえば魔王が自分にもくれとごねるのは目に見えていた。

 だが、今この家に『その食べ物』は一つしかない。


「ま、まあ不味くはないかな。でも、化学調味料とかバッチリ入ってるから嫌いな人は嫌いだよ。それに味が濃いから、そういうのに慣れてないときついんじゃないかなー。宇宙人さんにはちょっとね」

「そんなに癖のある物なのか」

「うん、特に今日の奴は特濃とんこつだからね。味が濃いから、さらに好み別れるし」

「良くわからぬが、おぬしが言うなら間違いではないだろうな」


 しぶしぶながらも、魔王は引き下がった。

 味覚に関しては、若菜のことを大いに信頼しているのである。

 だが、未知の食べ物を食べられなかったことも事実。

 少ししょんぼりとしてしまった彼に、若菜は笑いながら言う。


「また今度、機会があったら食べよ。ね?」

「うむ、そうだな。我の寿命は無いに等しいが故、いくらでも待とう」

「そ、そんなに待たれても地球人の私の方が先に死んじゃうんだけどな……」


 困ったように、後頭部をポリポリと掻く若菜。

 やがて彼女は、思いついたようにポンと手を叩く。


「そうだ、次に会う約束をしようよ! その時に、お土産として渡してあげるよ! いつがいい?」

「そうだな……。魔界会議も近づいておるし、出来るだけ早めにしたいところだが……いつと言われると、少し困ってしまうな」


 魔界の住民というのは、人間と比べてかなりルーズな生き物である。

 そんな彼らと共に生活している以上、魔王の生活習慣もまたなかなかにルーズなものであった。

 特に忙しい時期になると、予定などあってないがごとしである。

 特定の時間に会う約束をしたところで、きちんと向かうのは難しい。


「ん、宇宙人さんのお仕事は予定が立たない感じなの?」

「まあ、そんなところだな」

「だったら、何時間か前に知らせておいてくれれば私の方が合わせようか? 学生でいろいろ自由も効くしさ。バイト先も家だし」


 気安い様子で言う若菜。

 魔王は「それはありがたい」と、素直に頭を下げる。

 彼は若菜に向かってゆっくりと手を差し出した。


「では、この間渡した石を貸してくれ。あれに少し細工をして、連絡が取れるようにしよう」

「そんなことできるの?」

「無論だ」

「流石宇宙人さん、石で通信するなんてハイテクだね! オーパーツだよ!」


 ポケットから石を取り出すと、若菜はひどく興奮した様子で手渡す。

 それを受け取った魔王は、爪で石に魔法陣を刻みつけた。

 魔王の魔力がたっぷりと込められた陣は、怪しくうごめき、光る。


「おお、凄いよ凄いよ! これはあれだね、ムー的なノリだね!」

「ムー? とにかく、喜んでもらえて何よりだ」

「大切にするね! 連絡が来たら、すぐに反応するから! 既読無視は絶対無しだよ!」

「……あい分かった」


 あまりのテンションに少し引きつつも、紳士的な対応をする魔王。

 やがて若菜が少し落ち着いたところで、彼は小声で尋ねる。


「ところで、次に会うときは何を食べさせてくれるのだ? 話だけでも、先に聞いておきたい」

「あー、そうだね。えっと、確か予算四万円でパーティーをするんだったっけ?」

「そうだ。そなたには、それの参考となるメニューを教えてもらいたい」

「パーティーの人数は何人ぐらい? それによって、かなり異なってくるよ」


 今日の反省も踏まえて、少し具体的なことを尋ねる若菜。

 魔王は魔界会議に参加する面々のことをそれぞれ思い浮かべながら、言う。


「ざっと見て……百人といったところか」

「多ッ!? それで、予算四万円!?」

「そうだ」

「桁が一つか二つ足りないぐらいだよ! どういう見積もりをしてんのさ!」


 見通しの甘い魔王に、思わず凄んでしまう若菜。

 すると魔王は、彼女から軽く視線を逸らして言う。


「ある程度は問題ない……はずだ。食材はほとんど現地調達するからな。レシピと調味料さえ調達できれば、何とかなる」

「現地調達って、宇宙人さんの地元は宇宙でしょ!! 私、宇宙食材の調理法なんて知らないよ! 食材はこっちで買ってもらいます!」

「む、それではあまりに金が……足らぬのではないか?」

「そうだよ、だから怒ってるの! もうちょっとさあ、何とかならないの? お金」


 そうは言われても、すぐに金を稼ぐのは難しい。

 魔王は軽く肩をすくめると、再びイスに深く腰を下ろす。

 金貨を換金する方法は失敗したばかり。

 アルバイトを始めようとしたが、そちらもすぐにダメになった。

 城には唸るほど財宝があると言うのに、口惜しいことこの上ない。


「……すまぬ。何とか四万でやってくれ」

「もう、しょうがないなあ。四万円で百人ってことは、一人頭四百円ってとこか……。無理をすれば、できない金額でもないか……」

「何とかなりそうか?」

「なりそうじゃなくて、何とかするの! ま、私に任せておいて。今度、お呼びがかかるまでには何とかしておくよ!」


 そういうと、若菜は朗らかな笑みを浮かべた。

 こうしたところで、魔王の身体が光を帯び始める。

 三時間が経過して、異世界転移魔法の効果が切れ始めたのだ。


「む、そろそろ時間だな。ではまただ」

「まったねー、宇宙人さん! 期待してて、予算四万円でもなんとかして見せるから!」


 こうしてこの日の来訪は、無事に幕を閉じたのだった。

 後日、新聞の地方欄に「謎の刃物男、回転すし店に乱入!」の見出しが躍ったことはあまり知られていない――。


お久しぶりです。

カクヨムがオープンするということで、そっちのコンテストにかかりっきりになってしまっていました。

ですが、どうにか仕上がりそうですのでこっちに戻ります!

更新ペースも徐々に戻していきますので、ご期待ください。


カクヨムではなろうからの転載で『シャルロッテ・ホームズは星占いを信じない』と完全新作で『彼女は自家製ゾンビです!』を投稿してます。

よろしければ、こちらも応援していただけるとありがたいです。

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