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最強魔王様の日本グルメ  作者: 至高の飯はTKG
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第十七話 幹線道路沿いの回転寿司

 コーヒーショップ葵は、知る人ぞ知る名店である。

 住宅街の片隅で、若菜の祖父の代から五十年に渡って営業を続けている。

 決して派手ではないが、通からも愛される自家製ブレンドコーヒーとおいしい軽食が自慢の店だ。

 昔から贔屓にしている客も多く、週末はそれなりに賑わう。

 だが――平日の午後は、あくびが出るほど暇なのが常であった。


「あー、暇。営業してるだけ、経費の無駄なんじゃないの?」

「そういうこと言わないの。そんなに暇だったら、若菜はもう休んでも良いぞ?」

「……分かった、じゃあお風呂でも入っちゃお!」

「こらこら! 昼間から風呂なんかに入ってると、ふやけちゃうぞ? 水道代だってばかにならないし」

「だって、この制服すっごい蒸れるんだよ? 化繊じゃなくて、もうちょっといい布使ってよ!」


 葵はカウンターに腰を下ろすと、スカートの裾を掴んでパタパタと仰いだ。

 手を持ち上げるたびに、白い布と眩しい太ももが丸見えになる。

 年頃の娘というより、中年の風格すら感じさせる態度。

 そのあまりの色気のなさに、マスターはふうっとため息をついた。


「しょうがないなァ。分かった、入ってきなさい」

「あいよ! とっとと済ませてくるね!」


 カウンターの奥にある、関係者以外立ち入り禁止と掲げられた扉。

 そこから住居部分に侵入すると、若菜はすぐさまブラウスのボタンに手を掛けた。

 彼女は服を脱ぎ捨てるようにしながら、脱衣場へと急ぐ。

 ぽろりぽろりと、靴下が廊下に転がった。

 葵若菜、十七歳。

 料理は出来ても片付けが苦手なお年頃であった。


「ふー! 服脱ぐとすっきりするなぁ! きもちー!」


 脱衣場に着くと、すぐに葵は下着姿となった。

 彼女はつかの間の解放感を味わうべく、思いっきり背筋を伸ばす。

 制服の中に閉じ込められていたふくらみが、ゆっさと重たげに揺れた。

 ブラジャーをしてなお弾むその姿に、若菜の口からため息が漏れる。


「あれ、またおっきくなった? こりゃ、制服買い替えなきゃダメかな。しっかし、我ながらご立派なサイズだこと」


 脱衣場に置かれている洗面台。

 そこに備えられている鏡を見ながら、若菜はグラビアアイドルよろしくポージングをする。

 たちまち、胸が寄せられてただでさえ深い谷間がより深くなった。

 トランプぐらいならば、すっぽりと挟めそうである。

 その大迫力に、当の本人である若菜も変な感動を覚えてしまう。


「うほ、これプ○イボーイの人よりでかいんじゃない? グラビアいけちゃう?」


 調子に乗って、今度は胸を持ち上げて挑発するかのようなポーズを取る。

 するとここで、鏡にスウッと黒い影が差した。


「お、おわァッ!!!!」

「む、これは驚かせてしまったようだな」

「い、いきなり人来た!? え、ええ!?」


 突然現れた魔王に、若菜は混乱してまともに言葉を発することすら出来なかった。

 彼女は過呼吸気味になりながらも、とっさに周囲を見渡す。

 脱衣場のドアは閉じられていて、開ければ音が鳴る。

 天井の換気口は恐らく外に通じているが、そんなところから入ってこられるのはサンタさんかル○ン三世ぐらいのものだ。

 ――いったいぜんたい、どうやって入ってきたのか。

 恐怖よりも何よりも、疑問が先に立ってしまう。


「ど、どこから!? ま、魔法!?」

「良くわかったな。そなたの持っている石を起点にして、次元移動してきたのだ。ターゲットが出来た分、いつもより少し骨が折れたがな」

「じ、次元移動!? わけわかんないよ、スター○レックか何か!?」


 伝説的SFドラマの名を上げる若菜。

 先ほどは魔法と言ったが、彼女はどちらかといえばファンタジーよりもSF派であった。

 だがファンタジーの権化たる魔王は、そう言われても意味が分からない。


「……すまんが、スターなんとかはおそらく関係ない。この魔道具と我の魔力の賜物だ」

「へ、へえ……。イッツァファンタジー……!」

「それより、早く服を着るのだ。女子があまり肌を晒すものではない」

「あッ!! ぎゃあッ!!!!!!」


 脱衣場の端に落ちていた、プラスチックの桶。

 若菜はそれを思いっきり、魔王の頬へとぶつけたのであった――。




「もう、信じらんないなァッ!! 女の子が下着姿になってるところへ入る、普通!?」

「……だから、転移先の様子は分からぬと言っているであろう。まさか我も、そなたが昼間から風呂に入ろうとしているとは思わなかった」

「最近の女の子は、一日三回ぐらいお風呂に入るもんなの! だいたい、転移ってなんなのさ……」


 十分ほど後。

 魔王は葵家の居間で、風呂上がりの若菜に思いっきり絞られていた。

 いつになく神妙な面持ちで、彼は若菜の小言に耳を傾けている。

 魔界の住民が見たら、その場で腰を抜かすような光景だ。


「それで、うちに何の用? まさか、私の裸を見ることが目的だったとかじゃないでしょ?」

「そなた、この間自分で言ったではないか。パーティーの準備を手伝うと。そのことで、こちらに来たのだ」

「ああ、そういえばそんなこと言ったっけ。だったら、あらかじめ連絡とかしてよ。いきなりじゃビックリするよ!」

「そうだな、今後は事前に来る時間を伝えておこう」

「ちゃんとしてよね。もしもう一度同じことやったら、今度は警察呼ぶから!」


 魔王の額に指をあてると、怖い顔をして言う若菜。

 しかし、その脅しも魔王には通用しない。


「あいわかった。して、けいさつとは何か? 言い方からして、騎士団の一種か?」

「き、騎士団って……ああ、もう! ついてけない!」

「すまぬな、この国のことにはまだ詳しくないのだ」

「この国って、警察は世界中どこでもあるでしょ……! ま、いいや。それよりパーティーの準備ってまず何をするの? 材料とか決まってるなら、うちで使ってる良い仕入れ先を紹介するよ?」

「そうだな。まずは……何を造るかメニューを決めたい。おすすめはあるか?」


 ――そこからなのかい!

 若菜は盛大にずっこけそうになった。

 しかし、ここまでくるとさすがに彼女も慣れたもの。

 ため息をつきながらも、顎に手を当てて考える。


「そーだなー……。えっと、あなたはどんな料理がいいって思ってるの? 例えば、肉料理がいいとか」

「強いていうなら、この国らしい食事が良い。この国の料理はわが国では珍しいからな、喜ばれるであろう」


 魔王の言葉に、うんうんと頷く若菜。

 ――外人さんなら、日本食は珍しいだろう。

 彼女の頭の中で、金髪の男が怪しい通販番組よろしく、「ウマイヨ!」と変なイントネーションで叫ぶ。


「そっか、そういうことなら和食がいいね。和食でパーティーメニューってなると……お寿司か。あんまり自信ないけど」

「おすし?」

「あ、もしかして食べたことないの? へー、外人さんには一番人気があるのに」

「む、そうなのか。外人とやらはよくわからぬが、一番人気とは気になるな」


 人気と聞いては、黙っていられない。

 魔王は瞳を輝かせると、舌なめずりをする。

 白く尖った歯が、きらりと光った。

 吸血鬼の牙すら思わせるそれに、若菜はおいおいと冷や汗を流す。

 このままでは、自分が食べられてしまいそうな気がした。


「そんなに、食べてみたいの?」

「ああ、一番人気と聞いてはな!」

「わかったわかった、じゃあ一度行ってみよう! 百円の回転寿司だけど」

「うむ」


 そういうと、若菜はそのまま魔王を連れて家を出た。

 黄昏も近い住宅街を、二人でゆっくりと歩く。

 やがて家々の波が途切れ、大きな幹線道路に出た。

 片側三車線の道を、トラックが猛スピードで駆け抜けていく。


「あれはなんだ? 大型の魔獣種か?」

「ちょっとー!! 危ないって!」


 何の気なしに道へ出た魔王を、慌てて若菜が連れ戻す。

 油断も隙もあったものではない。

 彼女は魔王の手を握ると、そのまま彼をエスコートするようにして歩き出した。

 こうしてどうにか道なりに進んだところで、二人の目の前に大きな平屋建ての建物が現れる。


「む、誰かの館か?」


 いつか見たすーぱーのように、横幅の広い造り。

 しかしその屋根はすーぱーと違い、三角に尖っていた。

 さらに煉瓦を薄く反らしたようなものが、屋根の上で波を打っている。

 魔界では全く見かけない建具に、思わず魔王の眼が細められた。

 他にも、白い壁や木枠の窓など、これまで見てきた建物とは趣が少し違うように思える。

 戦の時によく使う旗も、敷地に沿って無数に翻っていた。


「違うよ。ここが『スシタロー』、私が良く来るお寿司屋さん」

「ほう、ここがか。なかなか立派な構えだな」

「ははは、回転寿司だけどねー。見た目だけは、雰囲気出てるかな?」


 若菜に連れられて、そのまま店の敷地へと足を踏み込む魔王。

 やがてひとりでに動くドアを抜けると、そこには――


「食べ物が……流れている!?」


 広々とした店の中を、縦横無尽に走り抜ける道のような何か。

 その上を、皿に乗った食べ物らしきものが無数に流れていたのであった――。


珍しく、魔王様視点ではなくそれ以外の視点でスタートしてみました。

感想・評価などありましたら、よろしくお願いします。

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