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最強魔王様の日本グルメ  作者: 至高の飯はTKG
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第十四話 魔王とウキウキフィナンシャル

「やれやれ、姫たちの方はどうにか落ち着いたな」


 茶会の翌日。

 姫たちの魔王に対する攻勢は、すっかり弱まっていた。

 彼女たちの存在を忘れていないという魔王のアピールが、とりあえずは上手く行ったようである。

 今後どれだけその効果が持続するのかは大いに不明なところだが、当分は安心だろう。

 これで、大好きな二度寝を大いに楽しめると言うものだ。

 執務机にもたれかかりながら、魔王は早くも翌朝のことに思いを馳せる。

 そうしていると、ニスロクの眼が冷たく細められる。


「魔王様、魔界会議がいよいよ迫っております。準備はよろしいので?」

「そうだな。細かいことについては万事、そなたに任せる」

「……まったく、こういうことはいつも私に投げられてしまうのですから。たまにはご自分で指図をなさってみては?」

「そのようなことはそなたの方が慣れておるからな。舞踏会の手配など、我には出来ぬ」


 会議は踊る、されど進まず。

 魔界会議を端的に言い表すのに、これほど相応しい言葉もない。

 会議と名がついてはいるが、魔界会議は実質的には魔界上層部総出の大舞踏会のようなものだ。

 このような場の手配において、ニスロクほどの適任は居ない。


「それに、我には我の仕事があるのだぞ? わかっておるだろう」

「はい、それはもちろん」

「うむ。では早速出かけるとするか」


 軽く肩を回すと、背筋を伸ばす魔王。

 魔界会議で饗される食事は、すべて魔王城側が用意するのがしきたりである。

 ――最高の食材を用いて、どれだけ贅を凝らした料理を準備できるのか。

 ここに魔王としての力量が現れるとされるため、決して手は抜けない。

 もしありふれた安っぽい食事でも並べようものなら、たちまち権威が墜ちてしまうのだ。

 魔王が就任したばかりの頃、時間が無くて市場に流れていた下級の魔物肉を使ったため、随分と影で馬鹿にされたことを彼は今でも覚えている。


「この時期ならば、魔竜山脈のドラゴンが良いだろうか?」

「魔王様、それは三年前にお出しになされたばかりです」

「では、遠吠え森のフェンリルではどうであろう?」

「それはおととしの魔界会議で饗されております」

「むむ……! ならば、死角海域のクラーケンはどうだ!」

「……たまにはシーフードが良いと言って、去年出したばかりでございます」


 ニスロクの言葉に、魔王は天を仰いだ。

 魔界の名だたる食材は、ここ数年でほとんど出してしまっている。

 前年と同じものではいけないと言った規定はないが、それをやってしまったら興ざめというものだ。

 第一、彼のプライドがそんなことを許さない。

 錆びついた権威を笠に着る名門連中に、成り上がりと言われるのは一度限りで良かった。


「人間界の物は……ダメだな、あまり旨くない」

「魔王様、こうなったらいっそ……異界の料理はいかがでございましょう?」

「おお、その手があったか! だがさすがに、これまでのようなわけにはいかぬぞ。そもそも用意すべき食材の量が違うしな」


 魔界会議に参加する魔族は、百名を超える。

 大食漢もいるため、人間基準ならばざっと千人分は必要だ。

 それだけのものを異界で準備して持ち帰るとなると、流石に骨が折れる。


「別に、すべてを異界の食材で賄う必要はございません。むしろ、食材は魔界の物を使った方が安全で良いでしょう。皆が皆、魔王様のような鋼の胃袋を持っているわけではございませぬので」

「……何だか、あまり褒められている気がせぬぞ」

「そこはお気になさらずに。魔王様は、調味料と調理法だけを持ち帰ってくればよいのです。そうすれば、いかようにも目新しい料理が作れましょう。食材の新奇性ばかりが、料理の神髄ではありませんゆえに」


 なるほどと、深く頷く魔王。

 たとえ食材がまったく同じでも、調理法や調味料が異なればいかようにでも味わいは変わるはずだ。


「なるほどな、それは妙案だ。となれば、早速異界に赴いて調味料と調理法を書いたレシピを手に入れてくるとしよう」

「よろしくお願いします」

「うむ。だがその前に……」


 魔王は懐に手を入れると『一万円札』を取り出した。

 彼の眼にはただの紙切れとしか見えないそれであるが、異界においては最も強力な通貨である。

 あちらの世界で便利に買い物をするためには、何としてでもこれを大量に入手する必要があった。

 金貨では、受け取りを拒否されたりしていちいち不便なのだ。


「まずは何とかして、こいつを確保せねばな。では、行って参る」

「お帰りをお待ちしております」


 もはや完全に慣れた様子で、頭を下げるニスロク。

 魔王は彼女に頷きを返すと、一路、異界へと赴いたのだった――。




「……参ったな」


 異界についてから、約一時間後。

 魔王は金貨を手にしたまま、途方に暮れていた。

 今回転移した場所は、一度目に転移したのと同じような雰囲気の活気ある場所であった。

 そこで通行人を捕まえて、金貨と円を交換すべく、摩天楼の下の「買取ショップ」とやらに連れて行ってもらったところまでは良かったのだが――


「外国人なんたら証明かびざとやらがないと、交換することが出来ぬとはな」


 正確には、外国人登録証明とビザである。

 この二つのうちいずれかを提示して、不法滞在でないことを証明しなければ、金品の買取りは出来ないと言われてしまったのだ。

 そんな書類、魔法で異世界からやってきている魔王が持っているはずもない。

 彼は仕方なく、金貨の両替をあきらめて店を出てきたというわけである。


「この魔王が金の事で悩むとは、何とも世知辛い物よ……!」


 可視化してしまうほどのオーラを放ちながらも、魔王は公園のベンチで頭を抱える。

 彼の放つ異様な存在感に、近くにいた子どもの一人が泣いた。

 たちまち母親が鋭い目つきで魔王を睨みつけるが、逆にその昏い気配にビビってしまう。

 親子連れは音もなく公園から立ち去って行った。


「はあ……。こうなったら、実力行使するしかないか……!」

「よ、よう、兄さん。随分と困った顔してますなあ?」


 不意に、誰かが後ろから声をかけて来た。

 振り向いてみれば、黒くパリッとした服を着た男が立っている。

 先ほどさって言った親子連れと入れ替わりで、公園の中に入ってきたようだ。

 彼は魔王の気配に軽く顔を引きつらせつつも、やけに親しげな様子で話しかける。


「今にも死にそうですけど、もしかして金ないんですか?」

「ああ、なくて困っている」

「だったら、いい話ありまっせー。ちょっと危ないんやけどね、たった五分で三十万!」

「……何?」


 魔王の眼の色が変わった。

 彼は猛禽のような鋭さで、男の瞳を覗き込む。

 殺気すら感じるそのまなざし。

 男は冷や汗を浮かべつつも、笑みを保ったまま言う。


「か、簡単な仕事でっせ。私ら、ある会社に頼まれて地上げ――ごほん、マンション用地の取得を行っておりましてね。それをちょーっとお手伝いしてもらおうかなと」

「本当に簡単な仕事なのだな? 我にはあまり時間がないのだ」

「は、はあ……。とにかく、話だけでも聞いてくださいよ。絶対に損はさせませんから!」


 そういうと、男は懐から四角い紙切れを差し出した。

 魔王がそれを受け取ったところで、彼は頭を下げて自己紹介をする。


「わたくし、ウキウキフィナンシャルの屋久やく座太郎ざたろうと申します。よろしゅうお願いします!」

「うむ、承知した。汝の名は覚えておこう」

「……は、はいわかりました。では、早速事務所の方へ行きましょか」


 魔王の尊大さにペースを乱されつつも、彼を事務所へと連れていく屋久。

 彼の瞳の奥には、愉悦にも似た光が宿っていた。

 弱った獲物を前にした肉食獣のようである。

 しかし、彼は知らない。

 目の前の魔王が、魔界最強と言われる怪物であるということを――。


魔王様は既にマのつく自由業なので、ヤの付く自由業には転職しません!

そこだけはご安心ください。

……って、このネタ分かる人いるんだろうか?


次回はちょっぴり無双した後で、飯を食べます。

新レギュラーもここで登場予定です!

……文字数が増えたりしなければですけど(汗)


※追伸、男の名前をちょっと変更。

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