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それぞれの想い

 さて、足掻けるだけ足掻いてやろう。

そう決意した小百合であったが、その翌日、小百合は東京、プリンセスレコードの事務所に足を運んでいた。

 勿論、あっという間に諦めてプリンセスレコードに泣きつきにきたわけではない。

里中プロの代表者として、この度の話について打ち合わせに来たのである。

 向こうから(プリンセスレコード)の話であるのに、こうして小百合が足を運んでいるのは、まあ弱小事務所と大手事務所との差であろう。

 ちなみに美彩は、今日が月曜日なために学校である。

 

(しかし、大した違いだなぁ……)


大きな広いオフィスに、大人数のスタッフ。

小百合もわかりきっていたことだが、やはり実際に目の当たりにしてしまうと、尚更そう感じてしまう。


(小学生の頃、こんな凄い所に所属していたっていうのに……今の環境でもひたむきに頑張っていられる美彩ちゃんは、やっぱり凄い……)


 あの時。美彩の面接を行った半年前。

今までの小百合の人生の中で、あれ程驚いたことはなかった。

 ――こんな娘が、なんでうちなんかに……? というのが素直な感想だった。

書類審査の時にも、今まで見たことがないくらい可愛らしい整った顔をしていると思ったが……。

実際面接をした時、当たり前ではあるが、あの書類の写真が何の加工も施されていない生のものなのだという事実に、もう一度驚かされた。

 面接した限りでも、全く性格に問題点も見当たらず、それでもこれだけ可愛い娘がアイドル志望でこんな弱小事務所に入りたがるということは、想像もできないくらいの音痴か、あるいは運動音痴なのだろうと思っていた。

 だからこそ、本来は問題なく合格であったのに、小百合は少し美彩を試すことにしたのだ。

「――試しに何か歌ってみない?」 と。

 

 広くはない……むしろ狭いスタジオまで美彩を案内し、たまたまそこに置いてあった『Empress』のCDを、美彩が「これでいいです」と言ったので、OFFボーカルにして流してみた。

 

 そうして、イントロの後に口を開いた美彩の歌声に、一瞬でその場に釘付けになってしまったのだ。



 ……あれだけの素質がある少女に対して、自分がしてあげられることなんて殆どない。

不甲斐ないとは思うし、勿体無いとも思う。

 それでも、他の事務所があの娘を受け入れないのなら。あの娘がこんな事務所を選んでくれるのなら。

私に出来ることならば、何だってやってあげよう……。

内心かなりびびっているけれど、今はそんなことは気にしないようにする。

 よしっ! と気合を入れて、小百合は打ち合わせに臨んでいった。



 

「ふむ……Empressも逃げましたかね」


 それと時を同じくして、ホーリープロダクションオフィス。

その一フロアに設けられた『Project 風音 真歌 戦略会議室』と書かれた一室でも、会議が行われていた。


「気持ちはわからないでもないが……プリンセスレコードも、もう少しプライドを見せて欲しい所だな」

「Empressにはその日、他のイベントを入れておいて……。その代役として、全く無名のアイドルを指名してくるとは……」


 オファーを出した当時、Empressには他のイベントなんてなかったはずだ。

それくらいは調べがついている。

要するに、風音 真歌にびびって逃げ出したのだろう。

Empress『も』、と言うからには勿論、他のトップアイドルと呼ばれるグループも、オファーを出したにもかかわらず辞退してきているのだ。

 結局参加してくるのは、各事務所のトップではなく、代役として二番手や三番手が指名されている。

ただし、あくまで各事務所のトップグループへとオファーを出したことは公表させていただくつもりだ。

それを断ったことで、間接的に逃げたのだとファンには伝わるだろう。


 我々が行いたいのは、ただのアイドル公開処刑では決してない。

トップアイドルたちと、この完璧なバーチャルアイドル、風音 真歌との競い合いを行いたいのだ。

例えどんなに素晴らしい技術で創られていても。

それでもまだ、風音 真歌は未完成なのだ。

 その人工知能もまだ、最新技術としてこそ注目を浴びているに過ぎない。

『彼女』にはもっともっと、一流を相手にした『経験』が必要である。


 実際、今回のライブにおいては、風音 真歌が負けてもいいと思っている。

スクールアイドルとは違ってプロのライブには明確な勝ち負けなどないが、それでも観客に与えるイメージ、パフォーマンスのレベルには、しっかりと『感想』という勝ち負けがつく。


 まだまだ風音 真歌は、リアルな映像の域を超えられていない。

勿論ライブでは立体投影の最新3D技術が使われており、それこそPVとは全く違う、大迫力のステージとなるだろうが……。

 それでもまだ、本物のアイドルならば、風音 真歌を凌駕すると信じていた。

故に、ホーリープロダクションからは、所属のトップアイドル、九人組の『ナインテイルズ』が出演予定であり、彼女らには『問答無用で風音 真歌を叩き潰せ』という指示が出されている。

 『今の風音 真歌』相手に手も足も出ないようでは、未来のアイドル界に希望はないだろう。

 ――風音 真歌も凄かったけど、やっぱりプロのアイドルも凄いんだ。

ライブの後、観客にはそう感じてもらえれば、今回のライブは成功したと言えるだろう。


 『生身のアイドルの魅力』を何よりも信じているのは、他ならぬバーチャルアイドルを創りあげた『Project 風音 真歌』のメンバーなのかも知れない。




「如月 美彩など聞いたこともない名前だ。そんな無名を出演させて、ステージを白けさせでもしたらどうするつもりだ」

「……あ、でたでた……如月 美彩。里中プロ芸能事務所所属……お、顔は可愛いじゃないですか」

「ふん、そんな弱小事務所に居るのなんて、所詮顔だけでしょ」

「いやいや、それでもプリンセスレコードの斎藤 重明からの指名だからね。一応それなりのローカルアイドルか何かなんじゃないの?」

「ずぶの素人を出すくらいなら、あそこにだって『Nexus』みたいなそこそこ売れてるグループがいるでしょうしね」


「ん~……でも何か、どっかで聞いたことある名前なんだけどなぁ……昔すぎるのか思い出せん……」

「子供の頃に子役でもやってたんじゃないです? 自分は五年前入社ですけど、そんな名前聞いたこともないですよ? 今十五歳ってことだから……少なくても十歳からは、全く無名ってことですね」



 『Project 風音 真歌』の会議室の話題は、プリンセスレコードから指名された、美彩について持ち切りだった。



[きさらぎ みあ]


 ――そんな中、こっそりと。

誰にも聞こえない『声』で、会議室に置いてあったPCの中……。


『風音 真歌』が、呟いた。





 Empressは、今をときめくトップアイドルのひと組であり、『五人』のメンバーで構成されている。

その中の最年少、今年高校生へと進学した15歳の少女が、不満そうな顔で小百合が居る会議室を睨んでいた。

 アッシュブラウンの髪をツインテールにした、美彩と同じくらい小柄で、少し丸顔の少女である。


「――栞……。仮にもトップアイドルの一人が、人前でそんな顔をしているんじゃない」


そんな少女――愛川 栞(あいかわしおり)に、隣に立ったもう一人が声をかける。

栞の隣に立っているのは、同じくEmpressの一人。19歳の大学二年生、高木 玲奈(たかぎれいな)である。

ちなみに月曜日であるが、二人は今日取材とラジオ番組の収録のため、学校は休みである。


「……玲奈さん。でも、あたし納得できないんですっ! 風音 真歌だかなんだか知らないですけど! あたしたちEmpressが、そんなのから逃げたように見られるんですよ!?」

「……プロデューサーも、何か考えがあってのことなんだろう。それに、代役で指名されたというアイドルも少し気になる……」


「……如月 美彩、でしたっけ……。あたしが加入する前に、半年だけEmpressにいて、解雇された娘なんですよね」


 栞が不満に思っているのは、この如月 美彩の存在もあった。

自分は会ったこともないので全く知らないのだが、プロデューサーや玲奈など、そいつのことを知っている他のメンバーたちが、妙に如月 美彩に拘っているように見えるのだ。

 ここ最近はそうでもなかったのだが、栞がEmpressに加入した直後などは随分だった。


 メンバーの中で一緒にダンスレッスンを行っていると、時々突然誰かが栞の方へと顔を向け……そして栞の顔を確認すると、まるで憑き物が落ちたような朗らかな顔で微笑むのだ。

 最初の頃は、随分と自分に気を使ってくれる先輩たちだなぁと嬉しがったりもしていたが……。

その内それが、気遣いからくる行動ではないことがわかってきた。


 要するに、皆は『後ろにいるのが如月 美彩ではないこと』に安心していたのだ。

Empressは元々五人組のユニットを想定されており、そのために美彩が解雇された後、栞がメンバーとして抜擢された。

 栞に美彩が解雇された理由は聞かされていない。ただ、解雇されるようなレベルだったのだろうと思っていた。

 他のメンバーは流石に半年間以上先にレッスンをしていて、年齢的にも少し離れているため、栞はついていくのが精一杯だった。

それでも、自分は絶対に解雇されてたまるもんかと、精一杯頑張ったのだ。

 頑張って頑張って……自分でも信じられないくらい努力して、皆についていったのに。


 結局栞は、いつまで経っても『皆が振り向いた時に、少し後ろからついてくる存在』だった。

 幸いにも他のメンバーとは皆キャラが違うため、そして一番小柄で年少ということもあって、栞はEmpressの末っ子ポジションを獲得し、それなりに人気も高い。

 そういった理由で、メンバーのリーダーである高木 玲奈と一緒に、二人でラジオ番組をやったり取材を受けたりしているのだ。

 Empressの活動も、栞が所属してから既に五年半も経っている。

――それなのに。


 未だに如月 美彩は、メンバーの心に居座り続けているのか。

五年半も前にEmpressを解雇されたくせに……。しかも、それからずっと無名だったやつが。

 

「如月 美彩……」


 と、玲奈がぽつりと呟いた。

何か思いつめているような表情をしている玲奈に、栞は視線で先を促す。


「……本来『アレ』が、今まで無名のままでいるはずがなかった……。間違いなく、今まで何かの圧力でもかかっていたんだろう」


 玲奈の言葉に、栞は思わず息を呑んだ。

たった半年一緒のユニットにいただけの玲奈に、そこまで言わせる美彩は一体何者なのか……。

そして、解雇した『玲奈がそこまで言う』相手に対して、圧力をかけるような存在は何なのか。

 確かにそうだろう。

 栞には非常に気に食わないが、美彩は何万人ものオーディションを突破してきたような存在だ。

そんな存在が、あんな名前も聞いたことがない弱小事務所に、それもつい最近になってようやく所属しているのだ。

 いくらなんでも不自然すぎる。何か人為的な圧力でもかかっていると考える方が自然か……。

ただ、そう考えるとその何者かは、非常にプリンセスレコード(こちら)側の人間である可能性が高い……。


「……はぁ。あたしにはそういうのはサッパリです……。あーあ、風音 真歌か~。やっぱりあたしたちもステージ出たかったですね~」


 会話が不穏なものになってきそうだったので、栞は慌てて話題を転換することにした。

そんな栞を一瞥すると、玲奈も軽く息をつく。


「まあ、やっぱりアイドルはステージに出てこそな所はあるからな。風音 真歌のライブというのも気にはなる。果たしてPVを流すだけのような風音 真歌のライブが成立するのだろうかな……」


「何か凄いみたいですよ。こう、3Dでガッと! グングン出てきて、本当にそこに居るみたいにできるっぽいんですよね~。あたしも一回見てみたいですよ」


「……しかし、それだとただの3D映画のような気もするけどな」


「ま、実際はお客さんもそんなつもりで見に来るんじゃないですかねぇ。純粋にアイドルのライブを楽しむってより、最新技術に間近で触れてみたい……って感覚みたいな」


「だとすると、出演するアイドルたちは中々ハードルが高いライブになるかもな」


 映画を見に来たら、アイドルがライブを始めましたといった状況……。かなり極端だが、観客席に占めるアイドルファンの割合によっては、かなりきついものになりそうだった。


「……ですよねぇ」


 返事をしながら、栞はうっすらと思っていた。


――それで如月 美彩も、ボロボロになってしまえばいい。

そうでもすれば、きっと玲奈さんたちもあいつの呪縛から開放されるだろう……。

 ……でも。


「私たちは出場できないけれど、『プロのアイドルなんてこの程度か』なんてこと、言わせないようなステージを見せてやってほしいな」


 そう。

勿論如月 美彩だけじゃない。

出場するアイドル全てだ。


「とーぜんですよ。あたしたちが居ないステージで、勝手にプロのアイドルが負けられたら許せないです! 意地でも風音 真歌のファンをあっと言わせてやってほしいですね!!」


 




「あっ……」


 と、その時会議室では、小百合が小さく声をあげていた。

対面の席には、腕を組んだ斎藤が座っている。

――その表情は。


「……というわけで、美彩さんにはこのライブで消えて頂きたい……。Empressが今より上にいくためには、美彩さんの呪縛から解放させる必要があるのですよ……。何、難しいことは言っていません。美彩さんにはただ、全力でステージに臨んで頂くだけでいいのですよ」


「……仰っている意味が、よくわかりません……」


「ふふ、そのままの意味でとって頂ければ結構。まさか美彩さんが解雇されたのがEmpressからだと知らないとは思いませんでしたが……。単純に、今の美彩さんの全力を出して頂くだけで結構なのです。楽曲や衣装、その他の全てのサポートはプリンセスレコードが行います。美彩さんの全力が出せるように……」


――五年半も碌にどこの事務所にも所属できず、まともなステージなんて一回もやったことがない。

如月 美彩なんて、今やこんな程度の存在なのだ。


 そう、確認できればいいのだ。

Empressには未だあの娘の存在が呪縛のようにまとわりついている。

それを打ち破るには、単純に如月 美彩を既に凌駕していると確認するしかない。


『そうさせる』ために、随分と手を打ってきたのだ。


「……とてもありがたいお話ではあるのですが……。申し訳ございません。うちの美彩が全力を出すと、えらいことになりそうなんで……ご期待には添えそうもございませんわ、おほほほ」


 そんな斎藤に対し、小百合は額に青筋を浮かべつつ、なんかおかしい敬語を使いながら応えた。

何を企んでいるのかはサッパリ不明だが、呪縛がどうのとかなんか厨二っぽいとか思ったが、小百合にはひとつだけどうしても許せないことがあった。



――斎藤は、美彩を侮ったのである。


 小百合の言葉に、斎藤はにやりと笑みを浮かべる。


「よろしいでしょう……。話は決まりですね。美彩さんがどんなステージを見せてくださるか……非常に楽しみになってきましたよ」


「サポートの件、確実にお願いしますよ。うちの美彩ちゃんの全力に腰抜かすんじゃありませんよ!!」


 小百合は怒るとかなりの根性が出るらしかった。

しかしここで支援を断らないところはちゃっかりしている。


(あぁ……私大手のやり手プロデューサー相手になにやってるんだろう……!) 


 ……内心相当びびっているが。


(うぅ……あんまり好きじゃないんだけど、今日帰ったらお酒飲んでやる……)


 小百合は、やっぱり小心者だった。







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